09.鉄は熱いうちに打て
風紀委員会の打合せが終わり、解散となった。
リーとカールとニッキーは委員会室に残り、さらに打合せを続けるようだった。
その他のメンバーは委員会室を離れ、それぞれが所属する部活などに向かう。
その途中で一人他の者から別れて、部活棟とは別の場所に向かうエリーの姿があった。
エリーは時おり足を止め、周囲の気配を確認しつつ誰にも付けられていないことを確かめてから構内を進む。
そして彼女は初等部の教室が入っている講義棟の階段を上り、屋上に出る。
屋上に数名の生徒がたむろしているのを確認したあと、出入り口の扉から影になる位置に一人の女子生徒が佇んでいるのを確かめる。
エリーは彼女に近づき、口を開いた。
「E案件の新しい情報があるにゃ」
「詳しく聞かせてもらおうかしら」
相手の女子生徒は屋上の手摺りに寄り掛かって本を読んでいたが、それを閉じてエリーに応じた。
どうやらエリーと彼女は顔見知りのようだ。
「委員会の都合で明日、王都の商業地区に向かうにゃ」
「単独?」
「委員会の生徒みんなにゃー」
エリーの言葉に舌打ちしつつ、女子生徒はポケットから手帳を取り出してメモを取る。
「目的は?」
「委員会の仕事にゃ。それ以上は学院の許可が出るか不明だから話せないにゃ」
「ふむ。先生たちの有無は?」
「居ないにゃ」
エリーの言葉に初めて女子生徒は笑みを浮かべるが、そこには妖しさが秘められていた。
「他には何かあるかしら?」
「みんなで行くけど恐らく私服にゃー」
「それは……っ?! 私服とはポイントが爆上がりね」
「ポイントにゃ?」
「こっちの話だから。……それで、情報は他にはあるかしら?」
エリーが情報は以上だと告げると、女子生徒は満足げに頷いた。
「貴重な情報に感謝するわ。今回の報酬はどの形に?」
「今回は情報で頼むにゃー」
「あら、あなたが自分の足ではなく、わざわざ情報をね」
「詮索は無用にゃー。K案件を頼むにゃ」
「ここでそのネタって……、どういうこと? あなたなら『斬撃』から取れるんじゃないかしら?」
「ノーコメントにゃ」
いぶかし気な女子生徒に対し、エリーは不敵に笑う。
その様子に息を呑み、思わず問う。
「まさか、あなた自身が動くの?」
「無いにゃー。アタシの好みは知ってるにゃ?」
「まあそうね……。前に『びっくり箱みたいな人がいいにゃー』とどこかで叫んでいたって話は聞いているわ」
エリーは女子生徒の言葉に気まずそうな表情を浮かべ、コホンと一つ咳払いする。
「あたしのネタはいいにゃ……」
「そうなんだけど、一時期仲間内で『びっくり箱みたいな人』の定義についてかなり深いところまで議論が飛び交ったのよ?」
「んー……、みんなヒマにゃー」
エリーにヒマと言われて女子生徒は我に返る。
「べつに暇じゃないし、K案件の話は分かったわよ。情報としては、“初恋相手に再会した可能性”と“『斬撃』と初恋相手と天秤にかけた可能性”と“その件でクラスメイトに気合を入れられた”の三つね」
「最後の話を詳しく知りたいにゃ」
「もちろん説明するわ――」
そう言って女子生徒は得意げな表情を浮かべた。
彼女との情報交換を終えた後、エリーは屋上を後にした。
初等部の講義棟を出て、エリーは部活棟に向かう。
その道すがらエリーは構内を走る運動部生徒に視線を走らせながら呟く。
「研いだカタナにゃー……。『鉄は熱いうちに打て』、ストライク・ワイル・ジ・アイアン・イズ・ホットにゃー」
誰に告げるでもなくそう言って、彼女は鼻歌を歌いながら歩いて行った。
風紀委員会の週次の打合せも終わり、あたしとキャリルは部活棟に向かっていた。
適当にどこかの部活に顔を出そうかと思っていたのだけれど、キャリルから声を掛けられる。
「ウィンはこの後どうするんですの?」
「そうね。寮に戻るには早すぎるし、回復研で本を読むか、美術部に顔を出そうかと思ってたけれど」
「特に予定が決まっていないのでしたら、先日の続きで【風壁】の練習に参りませんか?」
確かにそれはいいアイディアだ。
ノルマという訳ではないけれど、シンディ様から(今週末ではなく)来週末の闇曜日、風魔法の指導を受けることになっている。
自室で出力を抑えて練習するのもいいけれど、大きなサイズで【風壁】を練習しておくのも大切だろう。
「分かったわ、付き合うわよ」
そうしてあたし達は前回同様、実習棟の魔法の実習室外にある訓練スペースに移動した。
相変わらず放課後にもかかわらず魔法の練習を行う生徒たちが居たが、今日はプリシラやホリー達は居ないようだ。
ただ、『虚ろなる魔法を探求する会』のナタリーが居ることに直ぐに気づく。
あたしが視線を向けるとキャリルも同じく気が付いたようだ。
「……集中して魔法を練習しているようですわね」
「そうね。魔力の属性で言うと火魔法か……。魔力の集まり具合だと上級魔法ね」
「【火焔壁】かも知れませんが、確かにご自分の部屋では練習できないでしょうね」
ナタリーはどうやら火魔法の上級魔法である【火焔壁】を練習しているようだった。
あたしの知り合いの中では、ゴッドフリーお爺ちゃんが火魔法を極めているというのを母さんから聞いたことがある。
ちなみにお爺ちゃんは水魔法も極めているらしい。
あとはコウが火神さまの覡だから、火魔法は普通の人よりは得意だと思う。
それでも周囲を焼いたり吹っ飛ばす危険があるし、練習場所は選ぶ必要があるだろう。
「あたし達も練習しましょう」
「そうですわね」
あたしとキャリルは二人とも【風壁】の練習に集中した。
しばらく練習してから一息つくと、あたし達に拍手をする人が居た。
気配に気づいた段階で分かっていたけれど、そこにいたのはナタリーだった。
「こんにちはキャリルさんにウィンさん。【風壁】の制御、見事だったわ。そろそろ習得してしまうのではないかしら?」
「「こんにちは」ですの」
「先輩も【火焔壁】の制御、見事でしたわ。集中してらっしゃいましたわね」
「あら、見ていたのね。ありがとうキャリルさん」
こうしてナタリーが話す様子を観察すると、本当に普通の女子生徒のようだ。
彼女が『虚ろなる魔法を探求する会』に所属しているのを知っているから、反射的に警戒してしまうけれども。
「ウィンさんは今日も私とお話してくれないのね」
「いえ、別に避けている訳ではありませんよナタリー先輩」
「ああ、やっと喋ってくれたわ!」
そう言ってナタリーが微笑むと、あたしは思わず毒気を抜かれてしまった。
初対面の時は他の『虚ろ研』の面々と、悪魔を宿した生徒に対処するあたし達を人ごとのように見物して楽しんでいた。
その時の様子が頭の中にある。
あたしは細く息を吐く。
「ナタリー先輩と初対面のとき、ご自分が標的になっているのにお気楽な様子で他人事のようにあたし達を見物していたじゃないですか。その時のイメージが残っているんですよ」
あたしの言葉にナタリーは目を丸くした後に腕組みし、なにやら考え込んだ後に口を開いた。
「ごめんなさいウィンさん、キャリルさん。そう言われたらそう取られても仕方なかったわ。でもお二人の手並みは学院内で有名だし、安心して観て居られたのよ」
「はあ……」
「それにそうね、あのときのお礼をきちんと言っていなかったわ。この場にいない同胞たちの分も含めてお礼を申し上げます。お二人ともありがとうございました」
そう言ってナタリーは、ニコニコとした笑みを浮かべて深く礼をした。
そこまでされてしまったら、あたしとしてはここは普通に接するしかない。
でも『同胞たち』か。
「お気遣いどうもです、先輩。せめてああいう危ない時は、もっと危機感を持っていてくださいね」
「ウィンの言う通りですの。でも、あのときは何も無くて良かったですわ」
そう言ってキャリルが微笑んだ。
「ええ、本当に感謝するわ」
「ところで先輩、ひとつ伺いたいんですが」
「何かしらウィンさん」
「先輩も『呪いの実践』を行っているんですか?」
あたしがじっとりしたした視線を向けると、ナタリーは怪しく微笑む。
「なに? ウィンさんもそういう話を気にする子なの?」
「ええ、知り合いが呪いでひどい目に遭っているので」
ジェイクの事ですけれどね。
「あ、……そうか、うーん、そうね。でも……、呪い自体はただの技術よ。私は魔法の『付与技術』としての可能性に興味があるだけよ」
ナタリーはそう言って胸を張ったが、あたしとキャリルは思わずため息をついた。
ナタリー イメージ画 (aipictors使用)
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〇プロローグ追加のお知らせ
いつもお読みいただきましてありがとうございます。
一年以上投稿を重ねたところで恐縮ですが、本日 (令和7年1月8日)ようやく物語冒頭にプロローグを追加いたしました。
本編等の流れは変更がございませんが、まだご覧になられていない皆さまは、ぜひご笑読いただけましたら幸いです。
引き続き頑張って投稿してまいりますので、よろしくお願いいたします。
熊野八太 拝
お読みいただきありがとうございます。
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