05.意外とまっとうな選択
あたしがディアーナとマルゴーに案内を申し出ると、ディアーナは嬉しそうな表情を浮かべた。
「せっかくなのでこの後、マルゴー姉さんと二人で学院内を散策しようと思っていたんです」
「ああ。なんせエルヴィスの奴はウィンの話だと乾くヒマが無いみたいだし、ディアーナとワタシで歩いた方がいいって思ったんだよ」
ちょっと待って欲しい、あたしはそんなことは言っていないと思うのだけれど。
「『先輩が女子にモテる』って話は前回お会いしたときに出たかも知れないですけど、それだけですよ? ていうか『乾くヒマがない』ってどういう話です?」
「なんだい、興味があるかいウィン?」
そう言ってマルゴーはニヤニヤと笑う。
「まったく無いですよ? ――それよりも、散策に行くんですね?」
「ノリが悪いねえ。……まあいいか。いちおう今回は学院の施設の中も入れるように、正門の警備のところで受付を済ませてある。常識的な範囲ならワタシらも入れるだろ?」
「それは抜かりありませんわねマルゴーさん」
キャリルが少し感心したような声で告げる。
「まあね。以前ちょっと頼みごとで学院に顔を出したことがあってね、正式な手順は知ってるのさ」
『ふーん』
「それじゃあ、学院内を少し歩いて回りましょう」
「はい!」
「ああ」
あたしの言葉にディアーナとマルゴーは弾んだ声で応じる。
その後あたし達は学院内を散策した。
食堂を出て講義棟に移動して魔法科初等部の教室を見て回り、実習棟に移動して魔法の実習室を案内する。
大講堂の大ホールを案内して図書館内を案内し、そのあとはみんなで部活棟に向かった。
「やっぱり王国を代表するような学校は違うねえ。ワタシも王都の学校に来れば良かったよ」
「マルゴーさんはどこか学校に通ったんですか?」
「ああ。親戚に誘われて、フサルーナ王国の学校に通ったよ。その時に商売の基本とかを学んだが、部活で何となく始めた屹楢流に少しは才能があったようでね」
「そこで学んだんですね」
「まあね。気が付いたら冒険者なんて商売をしてたが、始めたころは向いて無いと思ってたねえ――」
構内を歩きながらあたしとマルゴーが冒険者の話をしていたら、気になった話題だったのかディアーナが声を掛けてきた。
「ウィンさんはもう冒険者登録をしてますよね?」
「ええ、してるわよ?」
「だからウィンさんて強いんですか? なにかウィンさんの強さって秘訣とかあるんですか?」
そう問われるととても困ってしまう。
あたし自身、強いかと言われると首を傾げてしまう。
「あたしなんてホントにまだまだよ。謙遜とか卑下とかじゃなくて、事実よ。そもそもうちの流派ではもっと強い人がいるし、今だって――」
そう言ってあたしはマルゴーに視線を向ける。
「なんだいウィン? ワタシに見とれちまってさ」
「見とれた訳じゃありませんよ。マルゴーさんとかあたしよりも強いですよね?」
「さて、どうかねえ。強さなんてお手軽に決まるもんじゃ無いし、やり方次第だろ。それにウィン、本当に必要な戦いだったら、相手の強さとかは関係無いことは分かるね?」
そう言われてしまうとその通りなんだよな。
「分かります。……でもそういう話は、話題を振ってきたディアーナにしてあげて下さいよ」
「ああ、確かにね。――ディアーナ、強さなんてあるレベルを超えたらやり方次第だよ?」
「むう、そういう話じゃないのに……。みなさんもウィンさんが強いって思いますよね?」
「ウィンの強さはわたくしの目標ですわ! マブダチとして宣言できます」
いや、そういう宣言はやめようよキャリル。
キャリルはどんどんあたしを追い越して、ラルフ様とかを目指していいと思う。
「あたしが強いかどうかはともかく、武術とか戦う上での心構えは、狩人の父さんや師匠である母さんに仕込まれたものよ」
「つまり、ウィンさんの環境が整っていたと?」
「そうかもね。でもトレーニングの途中から、『この世界は力が無ければ守れないものってあるぞ』って思ったわ。それも効いてると思う」
あたしの言葉にマルゴーが少し感心した表情を浮かべる。
「いい覚悟だねウィン。それは大事だよ」
「ありがとうごさいます」
そこまで黙って聞いていたニナがあたしに質問する。
「ちなみにそう思ったのは、どんなトレーニングをした時なのじゃ?」
「んー…………、ひみつです」
『えー』
いや、みんなに言うのはちょっと怖いんだよな。
父さんにいつものように狩人の手伝いで森に連れて行かれて、害獣ということで『この先に居るクマを一人で仕留めてみろ』って初めて言われたときだったと思う。
みんなとはその後もお喋りをしつつ、あたし達は部活棟の玄関に辿り着いた。
玄関に着くと早々にマルゴーは「ちょっと挨拶してくるから、ウィン達はディアーナを案内してやってくれ」と言って消えた。
「どこにいったのかしら?」
「マルゴー姉さんは魔道具の研究者の先生に挨拶に行くとか言ってました」
「もしかしてマーゴット先生やんな?」
「あ、そういう名前の方だったと思います。あとウィンさんに誘われなくても、後ほど史跡研究会の部室で兄さんと合流する予定でした」
そういうことならディアーナに部活棟を案内してから、史跡研究会の部室に送ればいいか。
どこか訪ねたい部活があるかを訊いたら、エルヴィスから概要は聞いているらしい。
「料理研究会に行ってみたいです。どんな活動をしているか興味がありますね」
「本人が行きたい部活があるならそこに向かう方がいいのじゃ。学院は兼部が出来るゆえ、転入後にもまた考えてもいいと思うのじゃ」
確かにニナの言う通りだったし、部活棟全体を回るのは時間が足りないだろう。
みんなも頷き、あたし達は料理研究会の部室に移動した。
放課後のこの時間だし、もしかしたら学院の食堂で厨房の設備を借りに部員が出払っている可能性もあった。
でも幸い部室には何人かの部員たちが居て、ディアーナは話を聞くことが出来た。
「あの、親戚の姉さんから聞いたんですが、『男性の胃袋を掴むのは全ての基本』というのは正しいんでしょうか?!」
ディアーナは第一声でそんな質問をする。
あたしは思わず脱力してしまったけれど、彼女に応対した料理研の女子部員の先輩はギラッとした視線を浮かべてサムズアップする。
「もちろんそれは正解ね!」
そのやり取りを見ていたあたし達は思わず苦笑いを浮かべた。
そういう話はマルゴーから聞いたんだろうけど、ディアーナは何を教わってしまったのだろう。
あたしは微妙に不安を感じた。
その後もあたし達の顔見知りの先輩も交えて、ディアーナは料理研のことを教わっていた。
一通り料理研の活動を聞くころには、ディアーナはすっかり入部を決めた様子だった。
料理研はウェスリーとかが居るのが微妙に不安だけれど、逆にいえば彼でさえ料理研では(おそらく)普通に部活が出来ている。
そういう意味では意外とまっとうな選択なのかもしれないと、あたしは秘かに考えていた。
料理研の見学を終えたディアーナを連れて、あたし達は史跡研究会に移動した。
部室に到着すると先に来ていたマルゴーの他には、ライゾウとエルヴィスとコウとレノックス様の姿があった。
「こんにちはー、ディアーナを案内してきました」
「ああウィン、お嬢ちゃんたち、ありがとうよ。いまエルヴィスの奴が世話になってるのを、お礼を言っていたところなんだ」
「こんにちはみんな。今日は模擬戦を見せてもらったが、見事な手並みだったなウィン」
ライゾウがそう言って褒めてくれるけれど、パメラとの模擬戦を見学に来ていたのか。
「そうですね。展開自体は無難な感じで出来たかなと思っています」
「パメラと言ったか、彼女も見事な腕前だったし、とても貴重な一番を見せてもらった。ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
あたしの言葉に頷くと、ライゾウはディアーナに視線を移す。
「君がエルヴィスの妹か。初めまして、おれはライゾウ・キヅキという。エルヴィスにはいつも世話になっている。よろしく」
「あ、はい。初めまして、わたしはディアーナ・リュシー・メイといいます。いつも兄さんがありがとうございます。よろしくお願いします」
ライゾウが席から立ち上がりお辞儀をしながら挨拶をすると、ディアーナは礼をして挨拶をした。
そのあとあたし達は勧められて適当な椅子に座る。
「それでライゾウ、例の話が進んでいるんだって? 詳しく聞かせてくれないか? ――マルゴー姉さんは学院の外の人間だけれど、ボクの王都での保護者だし、何より冒険者として豊富な経験があるんだ。ボクらの参考になるかも知れない」
「……なるほど、それでエルヴィスはマルゴーさんを呼んだのか」
「なんだい? お姉さんに何か相談事でもあるのかい?」
ライゾウとエルヴィスの話に自分の名前が出てきたことで、マルゴーは声を出す。
「はい。我が部で予定していることがあって、それで意見を頂けたら嬉しいです。実は我が部は、王都地下に眠るかも知れない古代遺跡を調査するという目標があります」
「へえ、――そいつは面白そうな話じゃあないか」
ライゾウの言葉にマルゴーは笑みを浮かべ、興味を示した。
マルゴー イメージ画 (aipictors使用)
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