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04.何も得なかったのだろうか


「ええと、それじゃあ食べさせてもらいますね」


「どうぞ、遠慮せずに食べてください」


 あたしの目の前にはテーブルを挟んでパメラが座っている。


 テーブルの上にはパンケーキや、カットフルーツやカスタードプリンなどが乗った皿がトレーに乗って置かれている。


 そしてあたし達のテーブルの周囲には見届け人を自称するローリーの他に、キャリルたち実習班のメンバーなど模擬戦後にあたしをねぎらってくれた人たちがいる。


 他にもパメラの仲間たちやらまったく関係のない大量の野次馬たちが集まっている。


 いつもはユルい空気の流れる午後の食堂は、異様な雰囲気となっていた。


 その中であたしは大量の視線を浴びてスイーツを食べることになった。


 ホントに野次馬が邪魔だなあ。


 これではどちらが罰ゲームか分からない状態なんですけど。


 思わずそう叫びたいところを我慢して、あたしはカスタードプリンから頂いた。


 口に入れたら味が分からないとイヤだなと思ったけれど、あたしの食い意地はこの状況でもキッチリ仕事をしてくれたらしい。


 卵のフレーバーが残る滑らかなプリンの味に、カラメルソースが絡んで優しい風味が口の中に広がる。


 スイーツって不思議だ。


 口に入れるだけで笑顔があふれてくるのが自分でも分かる。


「ウィン、あなたは本当に美味しそうに食べるんですね」


「ええ。じっさい美味しいです」


「それは重畳(ちょうじょう)です」


 そう言ってパメラは黙り、あたしが食べる様子を観察している。


 奇妙な沈黙が食堂に満ちるけれど、もう気にしないことにしてあたしは食べる。


 そもそもパメラが奢ることになったスイーツを配膳口で選ぶとき、彼女もあたしの隣に立って眺めていた。


 パメラは「それでは全く足りないでしょう」と淡々と告げて、あたしが何か告げる前にトレーにスイーツを勝手に追加した。


「ウィン、私は全くあなたに敵いませんでした。完敗でした」


「気は済みましたかパメラ先輩? 何やら必死に言いがかりを付けられて、戦う理由にされた気がするんです。そろそろ、理由を話してくれませんか?」


「理由、ですか?」


「ええ。あたしは武術研に所属しますし、戦うというだけならそちらで戦います。妙な言いがかりとか八つ当たりは困るんです」


 ゆっくりとプリンを口にしながら、パメラの答えを待つ。


 少しして、彼女は告げた。


「嫉妬――だとおもいます」


「何についての嫉妬ですか? 言いたくないなら構いませんが」


 あたしの言葉にパメラは首を横に振る。


「妹……、ヘレンからあなたの名前が出たのです。そして説明するうちにウィンが二つ名を持っている話になりました。するとヘレンは目を輝かせたのです……」


 そこまで語ったあと細く息を吐き、苦笑いを浮かべながら言葉を続けた。


「『二つ名を持つってことは、色んな人から見てすごい人だよね』と、ヘレンは言った気がします。妹に他意はありませんでしたが、私は自分のことを考えてしまいました」


「それが理由ですか?」


「そうです。たったそれだけのことですが、他でもない妹から言われて、私は悔しかったのでしょう。だからあなたと戦う理由を探した――そう思っています」


 パメラはひどく冷静にそう言ってみせた。


「他人事のように言うんですね」


「いいえ。どんなに取り繕っても私はあなたに負けましたし、自分が負けたことを他人事のように思うつもりは無いですよ」


 そう告げるパメラは、辛そうとか苦しそうとかそういう感情が抜け落ちている感じがした。




 強いていえば彼女は、くたびれているように見えた。


 でもそれは模擬戦後の心理的な疲労感によるのかも知れない。


 今後彼女に嫉妬やらで確実に絡まれないようにするには、あたしとしてはパメラが今回の模擬戦で満足してくれた方が良かった気がする。


 だが、本人に達成感が無いのならそれは難しいだろう。


 カスタードプリンを食べ終えたあたしは、カットフルーツを食べ始める。


 パメラにとっての達成感は、なにか客観的な成果があれば良かったハズだ。


 でも模擬戦ではあたしが勝利した。


 今さら再戦をしてあたしがワザと負ける訳にもいかないし、それはパメラも望まない気がする。


 なら今回の模擬戦でパメラは何も得なかったのだろうか。


 そこまで考えたところで、あたしはふと思いつく。


「パメラ先輩、ちょっと確認して欲しいんですけど、先輩のステータスの情報は何か変化は無かったですか?」


「え? ステータス、ですか。そういえば負けが確定してからチェックしていませんでしたね……」


 そう告げてパメラから魔力が走る。


 無詠唱で【状態(ステータス)】を発動して内容を確認しているのだろう。


 だが彼女はその状態で固まってしまった。


「パメラ先輩?」


「…………」


「パメラ先輩?!」


「……………………」


「ちょっと、どうしたんですか? 大丈夫ですか?!」


 パメラが使った魔道具のことはニナから訊いている。


 何やら使用にはリスクがあったようで、魔法を発動しようとして異常でも起きたのだろうか。


 あたしがそこまで考えたところで、パメラの口が動く。


「そ……」


「そ?」


「そ、蒼槍戦姫(そうそうせんき)です……、蒼槍戦姫ですウィン!!」


「ええと、どういうお話ですか、パメラ先輩?」


 目の前で叫びつつ、パメラの表情が緩やかにほどけていく。


 なにやら頬が赤らみ、微妙に目も赤くなっている気がするな。


「称号を得たのです! 私の初めての称号は、蒼槍戦姫となりました!」


『おお~』


 パメラの叫び声に、それまで息をひそめていた周囲の関係者や野次馬たちは一斉に声を上げた。


 パメラの仲間たちからは、彼女に「おめでとう!」という声が幾つも掛けられている。


「女子についた称号にしては厳つい気もしますけど、それで良かったんですか先輩?」


「無論ですウィン! 私には喜びです!」


『おお~』


「おめでとうございます。――ところでパメラ先輩、まだ罰ゲームの途中ですよ?」


 あたしがそう言って歯を見せて笑うと、彼女はハンカチを取り出して、にじんでいた涙を拭う。


「そうでしたね」


「安心してください。がんばって急いで食べます!」


「ゆっくり味わって食べなさい! 私のお小遣いから奢っているんですから……。それに、しっかり味わわないと食堂のスタッフの方たちに失礼です!」


「それは同感です。じゃあ、普通に食べますね」


 あたしの言葉にパメラは頷いた。


 そのあとパメラは口数が多くなり、あたしとの模擬戦の内容の話などをした。


 あたしが最後に武器を仕舞った理由を訊かれたけれど、魔道具を剥ぎ取るためだったと説明したら納得してくれた。




「お゛ね゛え゛ちゃ~ん……、お゛ね゛え゛ちゃ~ん……!」


 あたしの視界の端では罰ゲームを終えたパメラが仲間たちに囲まれていたが、彼女本人はガン泣きするヘレンに抱き着かれていた。


 あたしとパメラが話すのをヘレンも聞いていたわけで、ローリーが解散を告げた直後に大泣きしながらヘレンはパメラに抱き着いていた。


 今回の模擬戦の切っ掛けの一端は、パメラが語るところではヘレンの言葉にあったようだ。


 それを気にしているのだろうけれど、ヘレン以外はパメラもあたしも気にしていない。


 席を立つときにそれははっきりと明言しておいたので、大ごとにはならないと思う。


 集まっていた野次馬たちはバラけて行き、風紀委員会のみんなやプリシラとかホリーもあたしに一声かけて引き揚げて行った。


「それでウィン、この後はどうしますの? わたくしは時間がありますし、寮に戻る前にどこかに寄るなら付き合いますわよ」


「そうね。寮に戻るにはさすがに早すぎるのよね。どこかの部活に顔を出そうかと思ってるけれど……」


 キャリルに応えていると、近くのディアーナとマルゴーの姿に気づく。


「せっかく時間があるんだし、ディアーナとマルゴーさんに学院内を案内してみようかしら?」


「いいと思いますわ」


「(エルヴィス先輩の)妹さんやね。転入が決まっとるし、時間があるのやったら学院を案内したげたらええんちゃう?」


「私も今日は付き合いますよ?」


「妾も時間はあるのじゃ」


 サラとジューンとニナもあたしの案に賛同してくれた。


 先ずはディアーナとマルゴーに声を掛けてみようか。


 そう思ってあたしは彼女たちのところに向かった。



挿絵(By みてみん)

ヘレン イメージ画 (aipictors使用)




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