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03.狩ろうとする者の目


 パメラとウィンの模擬戦は、パメラが使っていた魔道具の追加機能を発動したことで新たな段階に入る。


 これまで発動していた魔道具の機能に加え、闇魔法の【反射制御(ヴァルシャープネス)】による肉体や脳の反射速度の増強が起きている。


 これは魔力制御による身体強化を底上げし、パメラの動きが激的に加速した。


 凄まじい速さで間合いを詰めて繰り出される正確無比な槍の連突に、ウィンもまた移動速度を上げる。


「全力のキャリルよりも速いかしら」


 パメラの目を覆い、赤い燐光を放つ紋様を浮かべた黒い布状の魔道具。


 速度上昇がその効果ということは、ウィンも直ぐ思い至る。


 解除にはパメラの槍をかいくぐり、ウィンの間合いにまで距離を詰めて魔道具を破壊しなければならない。


 だがそのためには頭部に攻撃を加える必要があり、ルール上は即死に繋がる危険な攻撃とされかねない。


 パメラの槍の連撃を円の動きで大きく避けながら、ウィンは自身の刃引きした短剣と手斧を鞘に納める。


「あら降参ですかウィン?!」


 パメラの問いに応えず、ウィンは淡々とスキルを発動した。




 年末年始の休み最後の日、ヒースアイル家のみんなで『女神の分け前』という店を訪ね、王国西部の料理をお昼に一緒に食べた。


 そのあとあたし達はお爺ちゃんちに戻ったのだけれど、ここで母さんから声を掛けられる。


 話があるからということで、二人でお爺ちゃんちの訓練用の庭に移動する。


「ウィン、鬼ごっこのときに見せていた動きは、スキルを使ったものよね?」


「え、……うん。やっぱり分かるよね?」


 この時点での使い方は、パメラとの模擬戦で使った瞬間移動と錯覚させる動きだ。


「分かるわよ。恐らく気配を魔力を使って発生させるような類いのスキルね。毎回似たような位置に発生させたらワンパターンすぎるわね」


「はい、そうですね、くふうがたりませんでした、おかあさま」


 それから母さんの指導を受けたけれど、少し工夫するだけで「実戦レベルになったわ」と褒めてもらえた。


 それに気を良くしていたのだけれど、直ぐに母さんの別のツッコミが入った。


「それで、ウィンは練習するほどでもないけれど、もっと基本的で敵にとって厄介なスキルの使い方は気が付いているのよね?」


「え゛…………。すみませんおかあさま……」


 あたしの困り顔に母さんは優しく微笑む。


「まあいいわ。――気配をスキルで発生させられるからと、マホロバのニンジャが使うという分身を単純に目指してはダメなのは分かるわね?」


「ダメなのかな……。もしかして対抗されやすくなる?」


「正解ね。分身は格下相手の使用や奇襲には有効なんでしょう。でもある種の範囲攻撃という見方も出来るから、それに範囲攻撃で対抗されたら局面によっては致命的になりかねないわ」


「なるほど、気配を分けて分身で攻めても、本体と分身をまとめて魔法とかで攻撃されたら終わるってことね」


 そう言われたらそうだけど、それならあたしの疑似瞬間移動は悪く無い使い方じゃないんだろうか。


 それを母さんに訊いたら頷いてくれた。


「確かにその通り。だからウィンは良く考えて使い方を見出したのかと思っていたのだけれど、『疑似瞬間移動』って言ったかしら? それよりももっとラクで基本的な方法をウィンなら気が付いたんじゃないかと思ったのよ」


「もっと基本的な方法? 気配の発生で?」


「ええ、攻撃にも防御にも関わるのだけれど……。ここまで言って気が付かないかしら?」


 そう言って母さんはあたしに少し期待するような視線を向ける。


 これは微妙にプレッシャーだけど、『もっとラクで基本的な方法』って母さんは言ったんだよな。


 そこであたしは考え込むが、『影縛居(かげしばい)』というスキルの本質は気配の誤認だ。


 そのことで攻防に関わって、基本的な方法として使うことが出来る技術――


「もしかして間違ってるかも知れないけど、怒らないで聞いてほしいんだけど?」


「べつに怒ったりしないわ」


 そう言って母さんはニコニコと笑う。


「もしかして、“間合いの誤認”かしら?」


 あたしの言葉で母さんは妖しい笑みを浮かべて、正解を教えてくれた。




 パメラの視界の中、ウィンは凄まじい高速移動で回避していた。


 闇魔法【反射制御】の四倍効果の合体魔法と同等の魔道具を発動させているのに、彼女の全力はウィンに届かない。


 加えて先ほどウィンが自身の武器を鞘に仕舞ったことが、パメラを内心イラつかせた。


「バカにして……!」


 思わず口にしてしまうが、パメラの槍を回避し続けるウィンは決してあざけるような目をしていない。


 その目について反射的にパメラは思いを巡らす。


 強いていえば自流派の高弟が、格下を捌くときの目に似ていると思う。


 そこまで気が付いてしまえば、ウィンの目の意味が――狩人の娘と言われている女子生徒の目の意味が――パメラにも理解できてしまう。


 自分を狩ろうとする者の目。


 それに気づいたパメラは背筋に冷たいものが走るが、模擬戦の会場に大きな声が響く。


 拡声魔法を使ったローリーの声だ。


「パメラさんが使用している魔道具が非常に危険なものと判断されました。十分間以内に決着しない場合、強制的に模擬戦を停止させます」


 その声でもウィンは槍の連撃を回避しつつ機を伺い、対するパメラは歯を食いしばって表情をゆがませる。


「十分も掛かりません! ここで決着です!!」


 その声と同時にパメラは水属性魔力で形成した青い槍でウィンを囲んで退路を断ち、突きの連撃をウィンの胴部に集束させて放った。


 パメラの技はリベルイテル流槍術(そうじゅつ)の奥義・飛泉極(ひせんごく)という技で、点制圧する貫通力頼りの技だった。


 だが――


 ウィンはパメラの奥義をすり抜けるようにして間合いを詰める。


 そして当たることを確信していたパメラは、当惑しながら槍を引いた手でウィンを払おうとする。


 その動作が起こる前に、突如ウィンは宙に跳ぶ。


 パメラを飛び越えるようにウィンは跳ぶが、彼女の両手はパメラの頭部へと伸びていた。


 頭部に振動波などを叩き込む技を警戒し、パメラは回避しようとする。


 だがパメラの意識上では完全に届かないと思っていたウィンの両手のひらは、パメラの頭部を左右からそっと触れた。


 この瞬間ウィンは手のひらの中に糸状の始原魔力を発生させ、パメラの視覚補助の魔道具を切断しその手で剥ぎ取ることに成功する。


 そうしてウィンはパメラを飛び越えた後に着地して、奪った魔道具をポケットに仕舞った。


「終わらせます、先輩――」


 そう囁いた後、ウィンは場に化すレベルで気配を遮断して高速移動でパメラの側面に回り、彼女のアゴに掌打を打ち込んで脳を揺らした。


 パメラはその場に槍を構えたまま、意識を失っていた。


 それを確認したウィンは構えを解き、観覧席のローリーたちの方に大きく手を振ってみせた。




 ようやく模擬戦が終わってくれた。


 あたしとしてはこのまま逃げたいくらいだ。


 それでもあたしと意識が戻ったパメラが観覧席前に戻ると、野次馬たちから盛大な拍手が送られた。


 見せ物じゃ無いんだぞおまえら。


 そう思いつつあたしは野次馬たちにじっとりした目を送ったあと、ポケットに入れてあったパメラの魔道具を取り出し本人に返した。


 なにか苦言でも言われるかも知れないとも思ったけれど、彼女は神妙な顔で魔道具を受け取っていた。


 その後ローリーからあたしの勝利が告げられ、この後に指定の時間に罰ゲームを食堂で行うことが発表された。


 あたしはできるだけ機械的に応対したけれど、パメラの方も憑きものが落ちたかのように淡々とローリーに応じていた。


 その後ローリーが解散を告げるとパメラたちや野次馬たちは引き揚げて行った。


 その様子を見守っていると、実習班のメンバーや風紀委員会のみんながあたしを取り囲んだ。


 マルゴーやディアーナの姿もあるし、ライナスとヘレンとルナの姿もあるな。


 ヘレンはあたしの方に来ていいのだろうか。


「ウィンちゃんホンマお疲れさんやで」


「当然の勝利ですわウィン」


「なかなか面倒な相手じゃったのうウィンよ。良くやったのじゃ」


「魔道具を壊したのは残念でしたが、『アルプトラオムローザ・ツヴァイテ』の改良案が思いつきましたよウィン!」


「あ、うん。応援ありがとうねみんな。ジューン、ほどほどにしてね」


 みんなに応対していると、なぜかウィクトルが顔を出した。


 どうやら模擬戦を観戦していたようだ。


「ウィンさん、貴重な戦いを見せて頂きました。ありがとうございます。それに先日の鬼ごっこや、武術研究会へ紹介いただいた件もお礼が出来ていませんでしたね」


「こんにちはウィクトルさん。あたしの模擬戦を知っていたということは、学院内の誰かから聞いたんですか?」


「ええ。パメラさんから教えて頂いたんです」


「え、知り合いだったんですか?」


「いえ、転入試験が合格した日に、たまたまお話する機会があったのです」


 ウィクトルのことだからまた武術絡みな気がするけれど、色々やぶへびにならないようにスルーしておこう。


「そうですか。それは合格おめでとうございます。頑張ってくださいね」


「ありがとうございます。それではパメラさんにも声を掛けてきますので、失礼します。またいずれ」


 ウィクトルはそう告げて去って行った。


 彼以外にも声を掛けてくれるけれど、なんだかあたしよりもみんなの方が上機嫌な気がするな。


 思わずそれを口に出すと、マルゴーに鼻で笑われてしまった。


「それだけ鮮やかな手並みだったってことさ。あんたはもっと自信を持った方がいいよウィン」


「いや、あたし本当にまだまだなんですよ、うちの流派の中では」


 だってバケモノが多いんですよ。


「そうかい? そろそろデイブやブリタニーに手が届きそうじゃないのかい? ブリタニーをシメるときは迷わず連絡をおくれ。必ず駆けつけてワタシがトドメを刺すからね」


 あかんやろそれ。


 あたしがどうツッコもうかと考え始めていると、マルゴーが可笑しそうに笑う。


「ワタシもそれなりに賞金首狙いの冒険者を見ているけどさ、あんたが今日披露した技と似たのを見たことがある。シンプルだから破りにくいけど、地力があるから成り立つのを忘れないことだね」


「……! はい!」


 マルゴーは今回観戦だったとはいえ、初見であたしが何をしたのかを把握したようだ。


 間合いの誤認は、見る人が見たらバレる可能性は忘れないようにしようと、あたしは脳内にメモした。



挿絵(By みてみん)

ウィン イメージ画 (aipictors使用)




お読みいただきありがとうございます。




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