02.ひたすらに自身の技を重ねる
ローリーの他には武術研の先輩たち数人と学院の先生たちが数人集まっていて、そこにあたしとパメラが合流した。
パメラの様子を確認すると、これがまたジューンが喜びそうな格好をしている。
身体には黒と赤を基調にしたラメラ―アーマーを纏い、首には魔道具らしき黒いチョーカーが付けられている。
そして首から上にはヘルメットは無く、黒い包帯というか鉢巻のような布切れで右目を覆っていた。
彼女はその姿で刃引きした短愴を手にしているので、パッと見の第一印象は英雄譚に出てきそうな敵役の暗黒騎士といった趣があった。
ただ気配を読む限りでは、矢張り彼女からはキャリルほどの強さは感じられない。
油断するつもりは無いけれども。
「それではパメラさんの申し立てにより、相手にお腹いっぱいになるまで甘いものを奢るという罰ゲームを掛けて、ウィンさんとの模擬戦を行います。実施に異議のある人は、いま出てきてください」
拡声魔法で響いたローリーの声で、観覧席は静かになる。
「はい、――異議は無いようですね。確認しますが二人は代理人を立てますか?」
「私は自分で戦います」
「代理人は立てません」
パメラとあたしの言葉にローリーは頷く。
「はい、二人は自分で戦うことが確認できました」
ローリーがそう告げると、観覧席から「おー!」という歓声が上がる。
野次馬たちはほんとうに邪魔だなあ。
「今回は当事者同士が模擬戦を行うということで、互いの自己紹介は省略させてもらいます――」
その後あたしたちは武器を確認され、即死攻撃の禁止などの取り決めを伝達された。
武器の確認の間に、あたしはステータスの“役割”を『影劫』になっていることを確認した。
今回の模擬戦は真剣勝負に近いかも知れないけれど、殺し合いではない。
せっかくの機会なので、スキルを使った戦闘術を戦いの中で練習させてもらうつもりだ。
いちおうぶっつけ本番ではなく、先日の母さんとの“鬼ごっこ”のときに少し試したものだ。
細かい指摘をもらって追加で試したこともあるけど、それも一応オーケーを貰っている。
確認が済んだあたし達はローリーに促され、訓練場の真ん中で互いに百メートルほど離れて立った。
「それでは二人が位置に付きました。これから僕の号令で始めてもらいます。……用意!」
ローリーの合図であたしは内在魔力を循環させてチャクラを開き、身体強化を行う。
加えていつもはそれ程意識していない思考加速、反射速度強化、専心毀斬、影拍子、無我のスキルを意識的に発動する。
専心毀斬は『雷切』のスキルで、素早く動くほど斬る動作が安定するというものだ。
影拍子は『影客』のスキルで、相手の虚実を本能的に把握できるというもの。
無我は『気法師』のスキルで環境に気配を溶け込みやすくする。
いつもは意識せずに発動しているものばかりだけれど、今回は発動を意識的に行う。
決して舐めることなく、パメラとの模擬戦を戦ってみよう。
「……始め!」
開始の合図と共に、あたしは動き始めた。
ウィンは高速移動を始めるが、三秒ほど移動して互いの開始地点の中ほどを過ぎたところで変化が起こる。
水属性魔力で形成された魔力の槍がウィンの頭上から降り注ぎ始めた。
一度に形成される水魔力の槍は三本だが、パメラの技だった。
リベルイテル流槍術の基本技術であり名は無いが、鍛錬し続けることで絶技・万雷極に至る技だ。
だが不吉な青い魔力の槍がウィンを捉える事は無く、そのまま地面へと刺さる。
そうしてウィンが疾駆する後を追って、模擬戦の場には魔力の槍の林がパメラへと伸びた。
さらに三秒ほど経ちウィンがパメラの間合いに到達すると、パメラは迷わず水属性魔力を込めた槍で連突を繰り出した。
面制圧するように繰り出されたその技は奥義・天泣極という名だったが、パメラは当初より決めていた。
ウィンを相手に一切の出し惜しみをしないことを。
ウィンもまたそれに応える。
大きくバックステップしながら槍の間合いから逃れつつ、気配遮断を場に化すレベルで行いながら、パメラから見て彼女の右後方に自身の気配を発生させる。
『影劫』のスキル『影縛居』によって、ウィンは魔力を消費して自身の気配を作り出していた。
パメラが即座に槍の石突による突きを気配が出現した場所に繰り出すのを確認しながら、ウィンはパメラの当初の位置から見て左後方に移動して斬撃を放った。
混乱したのはパメラで、このとき彼女はウィンがスキルなどの力で瞬間移動に近い能力を発揮したと錯覚する。
「デタラメじゃないッ!」
そう呻きつつ、ウィンの両手の得物による斬撃にパメラは対処する。
突きを繰り出していた石突側の柄でウィンの手斧を捌き、対処が間に合わないウィンの短剣には斬撃の当たる位置に魔力を集中させた。
「くぅっ!」
斬れはしないが短剣の衝撃に呻きつつ、パメラは体軸を回転させながら槍の穂先でウィンに打撃を食らわせようとする。
だがその時にはウィンは場に化すレベルで気配を消し、今度はパメラから見て左側に気配を出現させつつ自身は逆方向から彼女の背後に移動した。
そうしてウィンは瞬間移動と錯覚させるような動きでパメラを翻弄した。
決して急所などを狙う一撃を出さず、かと言って自身の移動に法則性を与えないように注意を払いつつ、ウィンはパメラを弱らせることに専念した。
模擬戦ゆえ殺意はない。
だが相手は仕留める必要がある。
実戦なら即座に斬り飛ばして片を付ける。
それを行わずにただひたすらに自身の技を重ねる。
その全ての行動が相手の心を折りこの戦いを終えると信じて――
ウィンはただ斬り続けた。
実際の時間では十五分ほど経過したところで、目に見えてパメラの動きが悪くなった。
魔力が切れたという訳では無さそうだ。
高速戦闘への対応のために思考加速を伴っていることもある。
模擬戦の中での十五分という時間は、ウィンに斬られ続けるパメラにとって酷く長いものに感じられた。
それでも彼女は状況を変えるために勝負に出る。
「あああああああああああ!!」
自身を鼓舞するように咆哮し、パメラは自らの周囲に間断なく水魔力の槍を降らせながら刹那の時間を稼ぐ。
リベルイテル流槍術の絶技・万雷極を使えると認定するには、狙いの正確さが求められる。
だがパメラが魔道具の補助を受けて力任せに魔力の槍をバラまく。
これならば現在の彼女の力量でも可能ではあった。
そうして稼いだ時間で彼女は片目を覆っていた魔道具をずらし、両目を覆って魔力を通しながら思念で追加機能の発動を行った。
「認めましょうウィン! あなたは強い!! ですが私も負けたくないのよ!!」
パメラは半ば無意識に、ウィンを呼び捨てにする。
彼女が叫ぶのに合わせて、目を覆う黒い布状の魔道具の表面には赤い燐光を輝かせつつ複雑な文様が浮かび上がった。
「心して受けなさいウィン! これが私の全力です!!」
パメラはそう言い放ち、自身の槍を構え直した。
応援していたパメラの仲間の女子生徒の一人が、顔色を悪くしながら席から立ち上がる。
彼女はパメラに請われて魔道具を用立てたので、そのリスクも耳にしていた。
「しあいを……、とめなきゃ……」
誰に言うでもなくそう呟き、当惑する他の仲間を置き去りにして、彼女は観覧席前に居るローリーの元に走った。
「あのっ、副会長さんっ! パメラを止めて下さい! このままだと魔力が枯渇してパメラが死んじゃいます!」
寝耳に水だったローリーと近くに居た教師が説明を促すが、彼女たちの背後からニナが告げた。
「大丈夫なのじゃ! パメラ先輩は死にはしないのじゃ。ただ、試合は止めた方がいいかも知れんのう」
「どういうことだいニナさん?」
まだ状況がつかめないローリーたちが当惑してニナに問うが、彼女は冷静な口調で告げる。
「どう聞いているかは知らんのじゃが、妾が見る限りあの目を覆っている魔道具には二つの機能があるのじゃ――」
ニナが把握していた機能の一つは魔力を視覚情報に変換して意識に送り込むものだ。
エルヴィスからの情報に加え、自身で魔道具の魔力の流れを読んで確認した。
これは一応問題が無いとニナは判断していた。
一応というのは視覚情報に変換して意識に流し込む部分が、魔力量などが増えたりした場合はリスクがあったことに気づいた。
「そこへ来てパメラ先輩は第二の機能を発動したのじゃ」
『第二の機能?』
「うむ。妾がここから見る限り、闇魔法の【反射制御】が発動しておるのじゃ。しかも合体魔法状態で四人が同時に掛けたのと同じ状態じゃ」
話を聞いていた教師が呻きながら、【反射制御】が闇属性魔力で肉体や脳の反射速度を増強する魔法だと説明する。
それを肯定しつつ、パメラが合体魔法状態で使っているのが危険だとニナは指摘する。
「死にはせぬが視覚情報を意識に流し込む機構と衝突して、体内の魔力の流れが乱れる可能性があるのじゃ。最悪、今までパメラ先輩が学んだ魔法の制御がゼロになるやも知れんのじゃ。魔法が使えなくなるわけではないが、制御が赤子レベルまで退行するのじゃ」
ローリーは表情を険しくしつつニナに問う。
「パメラさんはどの位もつだろう、ニナさん?」
「時間的猶予の話なら、早く止めるに越したことはないのじゃ。肉体にもダメージが出るしのう。しかし、本当のタイムリミットはそうじゃな――」
ニナはローリーから視線を外し、模擬戦でウィンと打ち合っているパメラを見やる。
普段のどこかのんびりした表情からは感情が消え、淡々と事実を告げた。
「魔力の流れを見る限りでは、三十分以内には割って入ってでも止めるべきじゃ」
その言葉にローリー達は頷き、表情を硬くした。
パメラ イメージ画 (aipictors使用)
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