12.特に警戒していない感じ
あたし達が実習棟の魔法の実習室外にある訓練スペースに向かうと、先客がいた。
訓練スペースには日本の弓道場のように、遠隔で魔法をマトに当てる訓練が出来るスペースがある。
その他には併設する形で、地球のテニスコート三面分ほどの多目的訓練スペースがある。
学院の生徒数からすればごく一部ではあるけれど、それでもざっと数えて三十人くらいが多目的訓練スペースにいる。
「あら、プリシラとホリーがいますわね」
「あ、ホントね。アーシュラ先生もいる……」
プリシラとホリーとアーシュラ先生の他には、よく見れば裁縫部部長のエレンや、他にも裁縫部の部室で見かけたことがある女子生徒が数名集まっていた。
そしてそのうちの一人には、虚ろなる魔法を探求する会に所属する女子生徒のナタリーの姿もある。
悪魔を宿した生徒の騒動の時に、現場にいた人だ。
あの時彼女は被害者だったし、その身をどうこう言うのは失礼かもしれない。
それでもあたしは彼女にはあまりいい印象が無かった。
結局それは彼女たち虚ろ研の生徒が呪いの実践者で、あたしが呪いにいい印象が無いからかも知れない。
ああでも、先入観で評価するのは我慢しよう。
いまのところ何かが起こるような予感も無いのだし、ナタリーと揉め事がある訳ではないのだから。
「プリシラたちも魔法の訓練かしらね」
「ここに居るということはそうなのでしょう」
幸か不幸か向こうは向こうで何か魔法の練習をしているようなので、こちらは邪魔せずに練習をしよう。
そう頭を切り替えたところで、あたし達に気が付いたアーシュラ先生が声を上げた。
「おーい、ウィンにキャリルじゃないか。お前さん達も魔法のトレーニングかい?」
そう言いながらアーシュラ先生は歩いてきた。
あたし達が先生に挨拶すると、先生も挨拶を返してくれた。
「あ、はい。キャリルのお婆様から魔法を教えて頂いているので、そのトレーニングをしようと思って」
「へえ、どんな魔法だい?」
「【風壁】の練習に来たのですわ」
「そうなのかい? まったく、もう上級魔法かい? 今代の魔法科初等部一年は攻めてるねえ」
そう言ってアーシュラ先生は歯を見せて笑う。
先生のその口調で、あたしは彼女が以前同じようなことを言ったときの事を思い出した。
プリシラの『魔人形師』のスキル、『眷族覚醒』の魔法化の話のときだ。
きっぷのいい口調で先生が、『攻めてる』と言っていたのが印象的だった。
「もしかして先生とプリシラが居るということは、新開発した創造魔法の【従僕召出】を練習するためですか?」
「ああ、察しがいいねウィン。どうだい? お前さん達も覚えたいなら教えるが?」
そう言われたあたし達の中で、アルラ姉さんとロレッタ様の目がシャキーンと輝いた。
あたしはそこまでやる気は無かったのだけれど、姉さんとロレッタ様が完全に釣られてしまった。
加えてアーシュラ先生が覚えやすい魔法だと言ったので、折角なので教えてもらうことにした。
あたし達は裁縫部の人たちに合流して自己紹介をしながら挨拶をすると、裁縫部部長のエレンがあたしに声を掛けてくれた。
「久しぶりですねウィンさん」
「お久しぶりですエレン先輩。オレンジ色の布を用意してもらった時はありがとうございました」
「いいえ、あれくらいは大したことはありませんよ。今日使うような縫いぐるみを、幾つも作るような話ではありませんでしたし」
そう言ってエレンは、手の中のウマの縫いぐるみを示しながらニコニコと笑う。
でもこの人はあのときリー先生に必要経費を水増し価格で請求するって言いそうになっていたから、あまり油断はしない方がいいんだよな。
「縫いぐるみですが、プリシラから借りようと思っているんですけれどダメですかね?」
そう言って裁縫部の人たちを観察するけど、それぞれが縫いぐるみを手にしている。
もう放課後になってから時間が経っているし、この人たちは結構練習したんじゃないだろうか。
「大丈夫と思いますよ。今日はマジックバッグで大量の人形を持参しているようですし」
エレンは微笑みながらホリーが手にしているマジックバッグを見やった。
そのあとあたし達は、プリシラの縫いぐるみコレクションから手のひらサイズの人形を借りて【従僕召出】を習うことになった。
ホリーが取り出したネコの縫いぐるみを受け取りながら、あたしは小声で声をかける。
「ねえホリー、あなたが特に警戒していない感じということは、“大丈夫”なのね?」
そう言ってあたしは一瞬だけナタリーに視線を向けた。
ホリーは表情を変えることも無くひとつ頷く。
「みんな特に問題無いわ。ちょっと癖がある人もいるけど、全く許容範囲よ」
「ふーん……、まあいいわ」
あたしの言葉にホリーは肩をすくめてみせた。
人形を借りたあたし達は二手に分かれた。
アルラ姉さんとロレッタ様はアーシュラ先生から教わり、あたしとキャリルはプリシラから教わった。
「私がウィンとキャリルに何かを教えられるというのは、非常に誇らしいと断言します」
「そこまで気負わなくてもいいのですわプリシラ。楽しみましょう?」
「キャリルの言う通りよ。けっこう面白そうな魔法よね」
練習を続ければ縫いぐるみと五感共有できるようになるとプリシラから聞いて、あたしのやる気が変わった。
我ながら現金なやつだなと思う。
「そうですね。まずは人形を立ち上がらせるところを目標にしましょう。想定する練習時間は二十分から三十分です」
「意外と早く覚えられるのですわね?!」
「キャリルとウィンなら、習得は速やかに済むと確信します」
「まずはやってみましょう」
あたしたち三人は頷き、魔法の練習を始めた。
プリシラに教えられてあたしとキャリルは三十分ほどで【従僕召出】を覚えることが出来た。
想像以上だったのはその効果だ。
ネコの縫いぐるみを魔法で立ち上がらせただけなのだけれど、自分で動かしたというだけでかわいく感じてしまった。
プリシラが縫いぐるみにハマる理由が少しわかった気がした。
「ここまで簡単に覚えられるなら、男子はともかく女子には使うひとが増えるかも知れないわね」
「アーシュラ先生としては、できるだけこの魔法を広めたいと希望するそうです」
「なにか意図があるんですの?」
プリシラは頷き、詳しく説明してくれた。
それによると【従僕召出】を使うことで、プリシラと同じように“役割”の『魔人形師』覚える人が増えるかも知れないと考えているそうだ。
加えて古い記録によれば、『魔人形師』で経験を積むと『魔人形導師』を覚えられるという。
そこからさらに経験を積んで、『魔駒師』を覚えるところまでは過去に記録があるそうだ。
「――アーシュラ先生は『魔駒師』の上位に『魔駒導師』があるのではと推察しています」
「それはどのような意味があるんですの?」
「アーシュラ先生は、ゴーレムの魔法と同質のスキルが得られるのではと期待しています」
「それって、またウィラー先生に魔法化してもらえるってこと?」
「その通りですと回答します」
もしかしたらアーシュラ先生は、ウィラー先生と組んでゴーレムの魔法をもっと発展させたいのかも知れないな。
あたしは何となくそんなことを考えていた。
プリシラたちから【従僕召出】を習ったあたし達は、その後【風壁】を練習した。
しばらくするとプリシラたちが練習を切り上げて解散すると言って来た。
あたし達はもう少し練習することを伝えると、彼女たちは多目的訓練スペースから引き揚げて行った。
その時に視線を感じたのでナタリーの方を見ると、彼女はなぜかあたしに微笑んで手を振っていた。
そのままスルーするのも無作法に感じたので、目礼をしたら何を言うでもなく彼女は裁縫部の人たちと一緒にその場を去った。
「――ねえキャリル、あのナタリー先輩だけどどう思う?」
「敵意は無さそうですわね。虚ろ研の先輩という時点で構えてしまいますけれど、普通に微笑みかけられましたわね」
「今のところ、何かを企んでいるような様子は無かったわよね」
あたしとキャリルはそんなことを話してから【風壁】の練習を再開した。
その後は適当なところで練習を切り上げ、四人でそのまま寮に戻った。
寮に戻ってからはいつものように過ごし、姉さん達と夕食を取ったあとに宿題と日課のトレーニングを片付けた。
寝る前に本を読みながら、ボンヤリと明日のパメラとの模擬戦のことをあたしは考えていた。
プリシラ イメージ画 (aipictors使用)
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