10.詳しく話を伺いたいところ
手が足りている合格発表の掲示板前を離れ、あたしとキャリルは部活棟に急いだ。
ニッキーへの通報では、部活棟の屋上からひどく切迫したような大勢の悲鳴が聞こえて来るとのことだった。
しかも階段最上部にある屋上への出入り口の扉には、屋上の方から大きな物がバリケードのように置いてあり、扉を開けられないらしい。
「獣人の子たちによれば血の臭いなどはしていないみたいだけれど、何があるか分からないの。申し訳ないけれど、ウィンちゃんとキャリルちゃんで確認してきてくれるかしら?」
ニッキーにそう言われたのがついさっきで、あたしとキャリルは身体強化と気配遮断を使って構内を駆けていた。
直ぐに部活棟に辿り着き、建物の外側をひさしなどを足場にして一気に駆け上った。
そしてあたしとキャリルは部活棟の屋上に降り立つ。
そこであたし達が見たものは――
「ええと……、料理? かしら?」
「あれは皮むきをしているのでしょうか?」
あたし達の視線の先では数名の男女が集まって芋 (?)のようなものを手に取り、包丁で皮むきをしていた。
その間もひっきりなしに「ギャアアアアアアアアアアア」という不穏な叫び声が屋上に響くけれど、どうやら声の主はその芋 (?)のようだった。
皮むきしている生徒の他には木製テーブルを屋上に設置して、その上で携帯型のコンロの魔道具を使い大きな鍋で何かを煮込んでいる生徒も居る。
他には巨大なフライパンを用意して加熱している生徒の姿もあった。
とりあえず誰かに話しかけて状況を確認しようと彼らを見渡すと、ひとりの男子生徒が慌てた様子であたしの方に駆けてきた。
「こんにちはウィンさんと、ええと、キャリルさんだね。以前、王都南ダンジョンではお世話になりました。今日は闇鍋研究会として活動しています」
あたしはその言葉で脱力した。
記憶したくなかったけれども、ダンジョンではこの先輩はジュリアス・ハーマンと自己紹介していた気がする。
『地上の女神を拝する会』と『林業研究会』の他に闇鍋研でも活動していたのか。
実は風紀委員会的には、要監視対象のヤバい生徒なんじゃないのか、この先輩は。
あたしは思わずそう考えてしまった。
ちなみにその間にも芋 (?)からの叫び声は聞こえていた。
「詳しく話を伺いたいところですが、こちらの事情をお話しますわ。つい先ほど、『部活棟の屋上から、多数の悲鳴のような叫び声が聞こえてくるので、何とかしてほしい』という通報がありましたの」
「加えて屋上にあがって状況を確認しようにも、出入り口の扉が開かないという報告でした」
あたしはそう言って出入り口の方に視線を向けるが、そこには大きな机が置かれていた。
マジックバッグを使って設置したんだろうけれど、荷物置き場みたいになっているな。
「あれではバリケードですよね? 不安に思った生徒が多数いるんですよ」
「それは……、申し訳なかった。誰かに迷惑をかけるつもりは無かったんだ。でも、そうだね、不快に感じている人が居るならそれに配慮が必要なのは当然です」
「そもそもどういう状況なんですの?」
キャリルの問いにジュリアスは頷くと、真面目な表情を浮かべて告げる。
「おれ達は魔獣食材の可能性を伝えたくて、今回は叫び芋の料理を受験生に振舞っているんだ」
そう言ってからジュリアスは右手の拳を握り締めるが、彼の後ろからは「ギャアアアアアアアア」という叫び声が響いていた。
「要するに料理研と食品研の合同チームに対抗するために、大量に作りたかったんですね?」
「ですが魔力が心もとなくなってきたので、節約したら叫び芋が叫ぶのを止められなかったということですの?」
「そうなんだ!」
だめだ、あたしこの人を殴りたい気がする。
ガマンはするけれども。
「さっき『迷惑をかけるつもりは無かった』って言いましたけど、思いっきり迷惑がかかってるじゃないですか!」
「皆さんの中には獣人の生徒はいなかったようですが、聴覚が鋭い生徒がひどく不安を覚えているようなのです。先ず、今すぐにあの叫び声への対処を行って頂きたいんですの」
手を止めずに料理に励む闇鍋研のメンバーを一通り見渡して、キャリルが告げた。
キャリルの言葉に衝撃を受けたような表情を浮かべたあと、ジュリアスは一つ頷く。
「分かった。まずここを防音にします」
そして彼は無詠唱で風魔法を使い、周囲に見えない防音壁を作った。
その後も闇鍋研究会のメンバーに声を掛け、叫び芋に【睡眠】を掛けるようにしたら叫び声はすぐに消えた。
「【風操作】や【睡眠】をケチるなど、どれだけ叫び芋を料理するつもりだったんですの?!」
あたしの後ろでは、呆れを多分に含んだ声でキャリルがジュリアスに詰め寄っていた。
あたしといえば、参考までに魔獣食材の料理というものを見学しておこうかと思って見まわっていたのだけれど、直ぐに後悔した。
叫び芋を大きな鍋で茹でているのだけれど、鍋の中では芋だか魔獣の臓器だか分からないようなものがドクンドクンと血管のようなものを浮かべて脈打っていた。
茹でるのを担当していた女子生徒に確認したけれど、茹で続けると叫び芋の組織が変性して魔力が抜け、普通のジャガイモのようになるとのことだった。
「こりゃ食べ物に困ったとかじゃ無いとあたしは要らないかな……」
あたしが半ば茫然としながら告げると、女子生徒は苦笑いを浮かべつつ口を開く。
「その気持ちも分かるけど、実際にその時になってから食べられる食材を探すのって危険よね? 普段から知識を蓄えるのも大切かなって思うのよ」
まともな意見だったけれど、彼女の話では魔獣食材を試す部員では共通認識だと言っていた。
それにしても他の生徒の迷惑はもっと考えてほしいんですけど。
その後、屋上に居た闇鍋研究会のメンバーから全員の学生証を一時的に預かり、屋上の出入り口の扉をふさいでいた大きな机の位置を変えさせた。
「今回のことはリー先生に報告させてもらいますので、心して処分を待って下さい」
預かった学生証はキャリルに【収納】で仕舞ってもらった。
何となくだけれど、あたしが預かった場合はジュリアスが妙なことを口走らないかとイヤな予感がしたのだ。
「皆さんの魔獣食材への思い入れは把握しましたので、その点は参考意見として報告しておきますわ」
あたし達はそう言って屋上の出入り口からその場を離れた。
「フライドマッシュポテトボールを作ること自体は止めてこなかったけれど、いいわよね?」
「その点は問題無いでしょう。配る場所では監視の目がありますし、お昼休みもじきに終わります。問題にはならないと思いますわ」
「確かにね」
そう言ってからあたしは部活棟の最上階の廊下から、【風のやまびこ】でニッキーに状況を報告した。
その時点でお昼休みも残り少なくなっていたので、あたしとキャリルは午後の授業に向かった。
窓から冬の貴重な日差しが差し込む中、王都にある豪奢な私邸の書斎で遠距離通信の魔道具に向かっている男がいた。
それはこの邸宅の主である豪商、ノエル・ストーネクスだった。
通信相手の画像にはこの国の重鎮である侯爵、ヒメーシュ・バリー・ドイル・キュロスカーメンの姿がある。
ヒメーシュの顔には、孫であるプリシラに接する時のような甘さは無い。
魔道具越しではあるが、互いに長い付き合いである侯爵と豪商の表情には、真剣なものが含まれていた。
「――ということで、閣下よりお預かりした魔石の流通の件は完全に軌道に乗りました。あとは時間が解決してくれる状況となっております」
「ふむ、凡そ想定通りとなったか。恐るべきはアレッサンドロの奴だな。今となっては神となったと言われても納得しか出来んわ」
「はい」
「ところでノエルよ、お前、違法薬物の件は知っていたな? 闇ギルドの連中を使う事は未だ構わん――連中はこの国の掃除屋の面があるからな。だが末端の統制が取れていないのは問題だ。雑な仕事はお前の首を絞めるぞ。それは分かっているな?」
ヒメーシュの詰問に、ノエルは顔色を変えることはない。
「無論です。全て闇ギルドの者達なら対処できると判断し、看過しました。上層部はともかく、末端は経験でしか学べない連中ばかりです。生贄が必要だったと判断しました」
「なら、当初の予定通り、他国の冒険者相手に極限状態を生き延びる道具として売りさばいたのだな?」
改めて問うまでもなく、ヒメーシュの情報収集能力なら把握している事実であろうことは、ノエルも理解していた。
それでも問うたのは、念押しの意味だということも理解している。
「仰る通りです。魔獣栽培から魔石収穫と販売網が完成した段階で、薬物の取引は停止しました。純利益から判断して、続けるメリットが少ないですからな」
「ならば善し。――頃合いだろう」
「と、仰いますと?」
ノエルの問いにヒメーシュはニコリともせずに応える。
「王都の拡張が確定的になった。そのためには大量の資金の需要が発生するはずだ」
「それは……! 追い風ですな」
「うむ。魔石取引を使って金貨を集め、長期戦を行う予定だったところにこれだ」
「分かりました。証文の引き受けを活用した取引を本格化させ、北部貴族の御用商人の商売を加速させるのですね」
「本来は硬貨での支払いが基本となっているところを、別の証文で支払うことで行う。コインをかき集めて支払う者達が気付く迄に、拡張した街の不動産を押さえればいい」
「はい。王宮との土地の貸与税の交渉も、建物を押さえれば北部貴族が有利になるでしょう」
「そうすれば紙幣経済が見えてくる。そこまで担当してくれれば、そこから先は儂の仕事だ」
「陛下に“議長”になって頂くのですね」
ノエルの言葉にようやくヒメーシュが微笑む。
「アレッサンドロ……、いや、魔神様が王都を聖地としたことで見えた筋道だ」
「必ずや、やってのけます、閣下」
「力まんでもいい。楽とは言わんが、お前の方は分のいい勝負だ」
二人はそこまで語ってから、遠距離通信の魔道具を介して頷き合った。
寒々しい冬の中で、彼らの目にはある種の熱が宿っていた。
キャリル イメージ画 (aipictors使用)
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