09.万力のようにギリギリと
武術研での練習を適当に切り上げて、あたしは寮に戻った。
ヘレンやルナも帰宅を促されていたけれど、パトリックはまだ練習をしていくようだった。
寮に戻ってからは自室で過ごし、姉さん達と夕食を取り、宿題と日課のトレーニングを片付けて軽く読書をしてから寝た。
一夜明けていつも通りにクラスに向かい、午前の授業を受けてお昼になった。
昨日の夜の段階で日課のトレーニングをしている時に、ニッキーから連絡があった。
風紀委員会は闇鍋研の活動を警戒するため、昼休みにはパトロールをするというものだった。
カールとニッキーとエルヴィスが昼休み開始直後からパトロールを始め、それ以外のメンバーが昼食を食べ次第参加することになっていた。
あたしとキャリルはみんなと食事を取りつつ、サンドイッチのセットを大急ぎで平らげてパトロールに参加した。
「大急ぎでお昼を済ませてきたけれど、急いで来る必要は無かったのかしら?」
「部の看板こそ掲げてはおりませんが、闇鍋研究会の方々が普通に軽食を配ってらっしゃいますわね」
「いや、片方はサラも言っていたけれど、料理研と食品研の合同チームらしいわよ?」
あたし達はいま合格発表の掲示板がある広場まで来ていた。
目の前では他の部活や研究会に混じって、紙袋に入った軽食を配る集団の姿がある。
彼らを観察するあたし達を見付けたのか、ニッキーがこちらに歩いてきた。
「こんにちは二人とも。ウィンちゃんは明日の放課後に模擬戦もあるのにごめんなさいね」
「「こんにちは」ですの」
「模擬戦についてはイメージは出来ているので、べつに大丈夫ですよニッキー先輩」
「それよりも先輩、見たところ闇鍋研究会の人たちでしょうか、特に咎められることも無く軽食を配っているようですわね?」
「そうなのよね……。周りを見てもらえば分かると思うけれど、万が一の時のために警備員や先生たちも何人か配置されているの。でも闇鍋研の方も工夫して来たのよ」
「「工夫 (ですか?) (ですの?)」」
あたし達が当惑した声を上げると、ニッキーは状況を教えてくれた。
まず闇鍋研が使っている食材だが、叫び芋という植物系の魔獣食材を使っているそうだ。
叫び芋は捕食されそうになると叫び声を上げて他の魔獣を呼び寄せるそうだが、加熱すればジャガイモのように料理できるという。
加えて王国の北部や、北のオルトラント公国では飢饉のときなどに増やして主食代わりに食べてきた歴史があるらしい。
「――なので、闇鍋研の連中は“歴史に関する学び”とかを前面に押し出して魔獣食材に関心を集める作戦を採ってきたのよ」
「何というか、小賢しいですね」
「でも歴史に学ぼうという態度自体は評価されるべきやも知れませんわ」
「キャリルちゃんの言葉の通りなのよね……」
そう言われてしまうと、あたしもツッコミづらくなってしまう。
確かに闇鍋研の連中が使っている食材が飢饉を救ったようなものなら、トリビアを添えて配れば合格者たちの印象は良くなるかも知れない。
それでも気がかりな点はあるので、ニッキーに確認しておこうか。
「その叫び芋って食材ですけど、食べたことで副作用みたいなヘンな効果は無いんですよね?」
「私も気になったから先生たちに確認したけど、大丈夫らしいわ。でもそうね、長期に食べ続けると太りやすくなるみたいだけれど」
「そんなに栄養があるんですの?」
キャリルの驚いた声にニッキーは頷いた。
「どうやらそうみたいなのよね。その辺は魔獣食材だかららしいけれど、環境魔力を集めまくっているって話は聞いたわ」
そこまで聞いてあたしは少しだけ興味が出てしまった。
「ちなみに彼らが配っているのは、どんな料理なんですか?」
「ええと確か、フライドマッシュポテトボールだったかしら? 外はカリッとしていて、中はふっくらしているらしいわ」
それは魔獣食材と聞いていなかったら、即座に味見をしに頼み込みに行ったところだな。
一瞬キャリルからじとっとした視線を感じたが、あたしは思わず苦笑した。
「大丈夫よ。さすがのあたしでも、魔獣食材にいきなり手を出すほど豪胆じゃないわ」
「それならいいですわ。ウィンなら必死に食い付くかと思っていたのですが、少し安心しました」
ぐぬぬ、普段の自分が自分なので強く反論できない。
とりあえずあたしはキャリルの言葉をスルーことにした。
「そうなると非公認サークルでも色々やらかしてくれる闇鍋研ですから、今日顔を見せているメンバーだけでも名前を押さえておいた方がいいんじゃないですか?」
「大丈夫よ。それはカール先輩とエルヴィスとジェイクとアイリスが、先生たちと一緒に進めています。ただ、ここに居る連中は名前がバレてもいいと思っている人たちなのかもしれないわね」
それで風紀委員のみんなの気配が辺りに散らばっているのか。
でもエリーの気配がここには無い気がするな。
そう思いつつニッキーとあたし達が話し込んでいると、合格発表の掲示板のある広場に新たな一団が現れた。
全員エプロンを付けているからちょっと目立つかもしれない。
「あれ? エリー先輩がいるし、ウェスリー先輩がいる?」
「もしかして料理研の人たちですの?」
「ようやく来たわね。エリーにも風紀委員会の仕事を頼んだのだけれど、料理研の活動があるからムリだって断られたのよ。非常時には予備風紀委員として行動するって言ってくれたけれど」
エリーたちが何をするのかを見ていると、マジックバッグから紙袋に入った何かを取り出して受験生らしき子供たちやその保護者達に配り始めた。
「あれって、闇鍋研に対抗してるんですか?」
「そうらしいわ。料理研と食品研が合同で用意したらしいわよ」
何を用意したのかはあたし的にはちょっと、いや、かなり気になる情報ではある。
「『正統派の公認サークルが料理で負けてはいけない!』ってウェスリーが檄を飛ばしたみたい」
「「はあ……」」
「ちなみにあの紙袋には、ピザチップスが入ってるらしいわ」
「ピザチップス?! ですか?!」
あたしの動揺した声にニッキーが不思議そうな顔で頷く。
「ええ。薄く伸ばしたピザ生地を細かく切って、油で揚げて、熱いうちに粉チーズと塩をまぶした……ウィンちゃん?」
あたしはニッキーの説明の途中から、フラフラと料理研と食品研の合同チームの方に足が動き始めていた。
「ちょっとあたし、情報収集に行ってきます」
そう告げて移動しようとしたときにガシッと肩を掴まれた。
それはキャリルの手だった。
「おちつきなさいウィン。受験生に配るものをあなたが取ってどうするんですの?」
まるで万力のようにギリギリとあたしの肩をキャリルの指が締め付けるが、あたしは少しでも前に進むべく意識を向ける。
「でも、あれは、そうね、どういうものかは確かめた方がいいと思うの。キャリル、お願い!」
「落ち着きなさいウィン!」
「はーなーしーてー」
「だーめーでーすー」
あたしとキャリルのせめぎ合いを観察していたニッキーが、冷静に一言告げる。
「ええと、エリーから試食用のピザチップスを預かってるわよ? もう冷めちゃってるけど二人とも味見するかしら?」
それを聞いたあたしは直ぐにニッキーに向き直った。
キャリルも息を吐きつつニッキーに向き直る。
「ぜひおねがいします」
「ウィン、もう少し落ち着いて下さいまし」
キャリルのじとっとした視線を感じつつ、あたしはキャリルと共に味見用のピザチップスの入った紙袋を受け取った。
さっそくひとつ取り出してみるが、見かけは地球でいう所のトルティーヤチップスみたいな感じだ。
三角形というかくさびのような形というか、細かく切り分けられたピザ生地がスナック菓子のように揚げられていた。
その表面からは何とも食欲をそそるチーズの香りが漂ってくる。
「それでは失礼します」
そう断って口を付けると、パリッとスナック菓子らしい食感で噛み切ることが出来た。
そのまま咀嚼すればポリポリという音と共に、適度な塩加減とチーズのフレーバーで味付けられた小麦系の味が口の中に広がった。
あたしはそのまま三枚くらい味わってから手を止めた。
「これ、危険な奴ですね。幾らでも食べられそうな気がします」
「確かに美味しいですわ。レシピを訊いて我が家でも作れるようにしたいところです」
キャリルも神妙な顔をして頷いている。
あたし達の様子を見ながらニッキーが微笑む。
「その味も大したものだけれど、料理研と食品研の子たちは闇鍋研の連中に無い強みを持っているわね」
「強みですか?」
「ええ。闇鍋研のフライドマッシュポテトボールは少し手間がかかるけれど、彼らのピザチップスの方は大量に作るのに向いているらしいのよ」
確かにマッシュポテトは芋を茹でる手間が発生するけれど、ピザチップスは生地さえ作れば後は切って揚げて味付けするだけだ。
大量生産という点では料理研と食品研に分があるだろう。
「料理研と食品研が意地を見せたのですわね。見事ですわ」
「エリーによると、ウェスリーが情報収集して、その情報をもとにメニューを決めたらしいわ」
その話を聞いて、こんな競い合いでも情報って大事なんだなとあたしは考えていた。
するとあたし達と話し込んでいたニッキーに魔法で連絡が入った。
「何ですって? 部活棟の屋上で不穏な叫び声が幾つも聞こえる? 詳しく説明してください」
目の前の状況は落ち着いているものの、学院内の別の場所では問題が起きたようだった。
ニッキー イメージ画 (aipictors使用)
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