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08.注意を説明するから


 事前にパトリックと口裏合わせをしていたから、武術研のみんなにはムリなく説明できたと思う。


 あたしはパトリックを部長に紹介したけれど、何ごとかと思ったのかみんな集まってきていた。


 武術研にはライナスのような武術マニアな家系の人も居るし、刻易流(ライフトハッケン)のフェイント技術で悩んでいるという話にみんなは興味を持ったようだ。


「対人戦を想定したフェイントだと、刻易流の師範代クラスが理想か……」


「学院では刻易流を使える留学生が、数年おきに来る程度よね」


「元々はドワーフの喧嘩殺法という話だが、恐ろしく洗練されている印象だ」


「学院内では教員の中には居なかったはずだな。王都に道場が無いし、冒険者ギルドでも学ぶ伝手が無いんじゃなかったか」


 ギルドうんぬん言っているのはライナスだけれど、彼でも知らないか。


「俺も学院内の教員や警備員が使えるという話は、聞いたことが無いな」


 部長も知らないようだ。


「そうですか……。そうなるとウィンと話していたんですが、他の流派のフェイント技術を学ぶなんてダメですかね? そんな都合のいいこと……」


 パトリックがそう言って視線を落とすと、部員のみんなは近くの人と互いに顔を見合わせてから口を開く。


「アリだな」


「アリね」


「補い合う良案となるだろう」


「一年生だとイメージできないか」


「え?」


 みんなの言葉に顔を上げ、パトリックは戸惑った表情を浮かべる。


 その様子を見ながら部長が告げる。


「初等部の一年生でも授業でディンルーク流体術を学んでいるだろう。そこからフェイントを学べばいい」


「え、でも、ディンルーク流体術って、魔力を纏う身体強化とかは学ばないですよね?」


 あたしが思わず横から口を出すが部長に笑われてしまった。


「それは初心者も参加しているからだ――」


 部長の説明によればディンルーク流体術は、だてに王国の騎士団で制式採用されている体術という訳ではないらしい。


 魔力制御による身体強化や反射増強、疑似思考加速を学ぶことはできるけれど、騎士団やコロシアムなど王国の関連組織が伝授を管理しているそうだ。


 だから学院では身体強化の指導は義務では無いとのことだった。


「元になった蒼蛇流(セレストスネーク)の投げ技や、絞め技や奥義の類いは全部スパっと廃止されているが、突きと蹴りと肘打ちなどの打撃技だけを延々と鍛えることが出来る。それはそれで奥が深いぞ」


「部長に補足すれば、身体に纏わせる魔力の属性は制限が無いそうだ。四大魔力や光や闇の属性魔力も纏えるらしい」


 部長とライナスがそう言って説明してくれた。


 反射的にあたしは時属性魔力は未対応ですかと確認したくなったけれど、取りあえず黙っていた。


 部長がふと思いついたのか、パトリックに確認する。


「いちおう訊くが、魔法科初等部一年のマクスと言ったか、彼に刻易流(ライフトハッケン)を学ぶことはできないのか?」


「マクスにも訊きましたが、彼もフェイントは得意ではないそうです。一撃の瞬間的な破壊力を鍛える方向でトレーニングしているそうで」


『あー』


 パトリックの言葉にみんなは納得していた。


 その後は軽く体験してみようという話になり、ライナスが相手をしてパトリックと約束組手のようなことを行った。


 二人とも魔力を纏わずに、ライナスはディンルーク流体術を使い、パトリックは素手の状態で刻易流を使った。


 パトリックにまず防御をさせ、ライナスが寸止めの攻撃をする。


 ライナスは蹴りと見せかけて踏み込んでジャブをしたり、右から蹴り込むと見せかけて足を置き左で回し蹴りをしてみせた。


 殴ると見せかけてヒザ蹴りをしたり、視線誘導で攻撃の箇所を誤認識させたり、肩の動きで突きに見せかけて踏み込んで肘打ちをしてみせた。


 ライナスの動きをお手本にして、パトリックは蹴りの代わりに歩法を工夫したりして刻易流の攻撃を繰り出していた。


「今回は刻易流の鍛錬目的だけど、俺としてはディンルーク流体術も一定レベルまで学ぶのを勧める。刻易流は相手の懐に入るくらいの距離が得意だけど、懐に入り込むまでの技術をディンルーク流体術で補うのもアリだぞ」


「はい……、細かいことをいえば刻易流は喧嘩殺法が元なのでベタ足ですが、ディンルーク流体術は足の指の付け根に重心があります。身体の使い方も最も堅固に安定する位置を保つのと、しなやかなひねりや反発力を活かす違いもありますし――」


 何やらパトリックはライナスと嬉しそうに話し込んでいる。


 多分だけれど、これで彼の悩みは解決する方向に向かったんじゃないだろうか。


 そう思いながらあたしは、いまから武術研で練習していくことを考え始めた。




 その日の放課後、十名強ほどの闇鍋研究会の有志は実習棟にある生物学の実習室に集合していた。


 授業も無いので彼ら以外に生徒の気配はない。


 彼らは明日予定されている初等部の入試の合格発表に合わせ、魔獣食材の料理を準備しようとしていた。


「それじゃあ、今回はおれが仕切らせてもらう。みんな集まってくれてありがとう。時間も限られているし、細かい経緯は省かせてもらうが、まずはこの部屋を防音にしたい。グーディー、たのむ」


「承知しているさ、クフフフフ」


 ジュリアスに請われてゴードンは風魔法を使い、実習室全体を防音にした。


 今日のゴードンは虚ろなる魔法を探求する会のメンバーとしてではなく、闇鍋研究会のメンバーとして参加している。


 彼は会の中では『グーディー』と名乗っていた。


 一方、今回の企画を仕切るジュリアスは闇鍋研究会の幹部であり、会の中では『リアス』と名乗っている。


「さて、先ず今日の食材だが、有志の幹部で相談して叫び芋(シャウティングポテト)を使うことにした」


 ジュリアスの言葉に幹部のメンバーが頷くが、初めてその名を聞く者たちの反応は様々だ。


 ある者は興味深そうな表情を浮かべ、別の者は緊張感を増していた。


「叫び芋って名前の時点で穏やかじゃ無さそうだな」


「でも興味深いよ。植物系の魔獣で、芋の魔獣なんて知らなかった」


「普通に考えたら一筋縄では行かなそうね」


「先輩たちもいるし何とでもなるわよ」


 それぞれが声を上げるが、ジュリアスが軽く手を叩いて注意を促す。


「はい、料理を行う上での注意を説明するからしっかり聞いてほしい」


『はーい』


 そしてジュリアスが叫び芋について説明したが、その反応を大別すれば苦笑する者と考え込む者に分かれた。


 だが彼らもまた闇鍋研究会に所属する者たちだ。


 最終的には好奇心が勝って調理を始めることになった。


 三人組程度の組になってそれぞれに作業を始める。


 ジュリアスはゴードンのほか、もう一人別のメンバーと組むことにした。


「叫び芋を見れば分かるけれど、くすんだ血のような色をしているわ」


「クフフフフ、魔獣の心臓のように見えなくも無いね」


「グーディー、君は魔獣の心臓を扱ったことがあるのかい?」


「実はあるよ。魔石を取るのに邪魔だったから、オークの心臓を摘出してどかしたことがあってね。――まあ、俺のことはいいじゃないか」


 そう言ってゴードンは肩をすくめるが、ジュリアスやもう一人のメンバーは意外そうな視線を向けていた。


「その話は初耳だけれど、確かに作業を進めよう。さっきも言ったけれど、叫び芋は火属性と地属性の環境魔力を取りこんで、皮を丈夫にする。これをこのまま刃物で剥こうとすると、突然表面に口のような器官が現れて叫び声を上げるんだ」


「だが叫び声自体は人体に害が無いという話だったな?」


 ゴードンに問われてジュリアスが頷く。


「ああ、叫び声を上げることで周囲の魔獣の注意を惹き、自分を捕食しようとしている者をそいつらに襲わせるという性質がある。まあ、名前の由来だな」


「それで水属性の【睡眠(スリープ)】で叫び芋を寝かしつける必要があるのね」


「水属性の魔法を掛けることで、皮の魔力に作用して少し剥きやすくなる効果もある。色は確かに毒々しいけれど、この色も魔力に由来する。塩水で茹でると実の性質が変わって普通の芋の色になる。そこまでやればあとは普通の芋と同じように料理すればいいだけだ」


「確かにこれは初心者でも簡単だなクフフフフ」


 そこまで話をして彼らは【睡眠】を叫び芋に掛けていき、順次皮むきを行った。


 時おり別の組のテーブルから「ギャアアアアアアアアア」という不穏な叫び声が上がる。


 叫び芋に魔法を掛け忘れたり魔法が掛かっていないケースがあるようだが、事前の説明があったため、皆苦笑しながら【睡眠】の魔法を掛け直していた。


 各テーブルに用意した携帯型コンロの魔道具と鍋で塩ゆでを始めるが、茹でられ始めた叫び芋は表面に血管のようなスジを浮かべて脈打ち始めた。


「これはグロいわねー」


「なかなか不吉な儀式をしているような気分になって来るじゃないかクフフフフ」


「まあ、芋を煮てるだけなんだがな」


 ジュリアスがいう通りではあるが、その外見的な特徴が色々と生々しく、闇鍋研究会のメンバーでも眉をひそめる者がそれなりに居た。


 塩茹でが終わると外見が普通の芋のようになったので、彼らは通常のジャガイモを使ったレシピと同じようにマッシュポテトを作った。


 そしてそれをボール状に丸めて油で揚げて塩を振り、料理を完成させた。


「よし、フライドマッシュポテトボールの完成だ。少し試食してみよう!」


『はーい』


 試食の結果は好評で、食にこだわりのある闇鍋研究会のメンバーたちも店売りできるレベルだという評価を下した。


「一つだけいいだろうか?」


「どうしたんだグーディー?」


「肉を一切使っていないのに、なぜか牛肉のようなフレーバーがするのは気にしなくていいんだな?」


「そのあたりは“魔獣食材だから”という一言で済むだろ?」


「それもそうだなクフフフフフ」


 魔法で防音になっている実習室の中では、ゴードンをはじめとした闇鍋研究会のメンバーの笑い声が不気味に響いていた。


 気配を消して潜んでいたウェスリーは彼らの笑い声をよそに、不敵に微笑みながら実習室から離脱した。



挿絵(By みてみん)

ライナス イメージ画 (aipictors使用)




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