04.目標をもって過ごして
午後の授業が終わってから実習班のみんなと部活棟まで移動し、そこからあたしはキャリルとニナと一緒に附属研究所に向かった。
玄関で待っているとすぐにマクスと『敢然たる詩』のメンバーが揃う。
ほどなく高等部の先生がやってきて、あたし達は地下にある『附属研究所内部演習場』に移動した。
「皆さんこんにちは。今年も本日より、『魔力暴走の汎用的対処法の研究』を始めたいと思います。どうか皆さん、くれぐれも事故の無いようによろしくお願いします」
『よろしくお願いします』
マーヴィン先生のあいさつを経て、あたし達は装備を整えた。
前回同様にディンラント王国の軍事機密の装備品で、レノックス様が「近衛騎士が訓練で使うものだ」と呟いていたものだ。
どういう仕組みになっているのか、この装備を使うのは「魔力による高負荷トレーニングのようなもの」とマーヴィン先生が以前言っていた。
たぶん体内の内在魔力の流れを制限するような特殊な魔道具なんだろう。
「これを付けると安全に模擬戦が出来るのはいいんだけど、泥仕合になるのよね」
「あら、わたくし的には基本を確認できる重要な機会と考えていますわ」
「そうだな、俺もキャリルの言う通りだと思うぞ」
「…………」
レノックス様はひとり離れ、マーヴィン先生やニナたち研究者チームと今日のあたし達の戦術などについて打合せしている。
マクスもあちらに居るな。
コウはその様子を眺めたあと、所在無げにあたし達がこれから使う演習場の真ん中の方に視線を向けていた。
「どうしたコウ? なにか考え事か?」
「あ、うん。何でもないよ。……そうだね、マクスが腕を上げたみたいだから、どうなるかなって思っていたんだ――」
コウはカリオとそんな話をしていた。
それほど待たずにレノックス様が戻ってきて、マクスはひとり演習場の開始位置に歩いていく。
「待たせたな。今日検証する戦術は、魔力暴走を起こした相手を密集陣形で押さえる戦い方だ。今回に限らず毎回この指名依頼では二度の戦闘を行うが、両方とも密集陣形で戦う」
「二度同じ陣形で戦うのは、結果の再現性を確認するためですの?」
「いや、一度目は密集陣形で普通に戦い、二度目は任意のタイミングで睡眠の魔法薬を使用する」
『魔法薬 (ですの)?』
「ああ。密集陣形を検証するのは一般的な衛兵でも実践しやすいためで、魔法薬はそのついでらしい――」
ついでという単語がモヤっとするな。
レノックス様によれば、医療目的などにも使われる一般的な睡眠の魔法薬は、魔力暴走を起こしている人間には効かないと考えられているらしい。
「効かないのに確認するのね?」
「そうだ」
今回はその確認をして、次回以降に魔法薬の効果を高めたものを試すらしい。
「魔法薬が効かないことを確かめなきゃいけないって、研究って大変なんだな」
「でも理解はできるわ。魔法薬が効くかどうかを見定める基準のデータが欲しいのよね」
「ウィンの言う通りだ。煩わしく感じるかも知れないが、実際に大変なのは研究者のチームだ。オレ達には鍛錬になる。気を引き締めて行こう」
レノックス様の言葉にあたし達は頷いた。
「具体的な戦術を伝える。密集陣形はすでに伝えたが、今回は盾役として二名が前に立ち相手の攻撃を捌く。そして残りの三名でダメージを与える。その上で動きが鈍ったり隙が生まれるようなら取り押さえるという流れだ」
「シンプルですが、衛兵が運用するには現実的な戦術ですわね」
「ああ。それで盾役だがキャリルとコウに任せようと考えている。行けるな?」
「当然ですわ」
「……」
「コウ?」
何かを考え込むようなコウの様子に、あたし達は視線を向けた。
「あ、ごめん。盾役だね、承知したよ。キャリル、よろしく頼む」
そう応えるコウは、いつもよりも集中していないように感じられた。
演習場の中であたし達とマクスは距離を取って、それぞれ模擬戦の開始位置に立つ。
審判役の先生が指示をして、直ぐに模擬戦が始まった。
相変わらず『無尽狂化』のスキルを発動したマクスには、魔力暴走に近い理不尽な魔力の集中が起きている。
互いに走り寄って戦いが始まるが、キャリルの戦槌がリーチのある分誰よりも早く初撃を繰り出す。
マクスは素手だけれど特に慌てることも無く、魔力が集中した腕でキャリルの攻撃を難なく往なす。
そのタイミングでコウがマクスに突きを繰り出してきたけれど、マクスはこれも往なしながらコウの懐に入り込む。
そのままマクスは肘を叩き込むけれど、これがあっさりとコウにヒットした。
衝撃でコウは数メートル吹っ飛ばされ、それでもマクスは怪訝そうな顔を浮かべつつ深追いすることは無かった。
直ぐに、背後に回り込んでいたあたしとカリオの同時攻撃が迫っていたからだ。
これをカリオの掌打を引き込むように掴んであたしに対する盾にして、そのままカリオの身体をあたしの方に押し出してきた。
そこにレノックス様が回り込んで細剣の刺突を放ち、同時にキャリルの打撃が迫った。
マクスは慌てることなく二人の攻撃を、バカみたいに魔力が集中している腕で払い受けしつつ、多対一の基本である敵の身体を肉壁にするように移動していた。
「あー……、今回も泥仕合ね。魔力暴走って大変なのね……」
思わずあたしは呟きながら、斬り込んでいくコウに合わせてマクスに斬撃を繰り出していた。
その後も制限時間いっぱいまで模擬戦が続いた。
装備で普段の実力が制限されている状態では、あたし達は『無尽狂化』で魔力集中が起こっているマクスを押さえることはできなかった。
初回の模擬戦が終わって休憩している時、マクスがうさんくさい笑みを浮かべつつコウを誘い出した。
あたし達から少し離れたところでマクスがコウへと肩を組み、うさんくさい笑みのまま何かを小声で話している。
それに対してコウは少し戸惑ったような、寂しげなような、普段あまり見せない表情を浮かべてひと言ふた言マクスに応えていた。
「なんなのかしらねアレ?」
「分かりませんわ。ですが先ほどの模擬戦で気になったところを、マクスなりに指摘していたのかも知れませんわね」
「まあ、確かにね」
それでも問題点に気が付いたならコウだけに言わずに、『敢然たる詩』のみんなとも共有してもいいのに。
そんなことを考えつつ、あたしは用意されたお茶をいただいて休憩に専念していた。
二回目の模擬戦も似たような内容になった。
レノックス様が言っていた通り、睡眠の効果がある魔法薬はマクスに掛けても効果が無かった。
身体の表面にかかればそれだけで効果があるそうなのだけれど、全く効果が無く制限時間までみんなで模擬戦を行った。
ちなみにマクスに魔法薬を掛ける役目は、今回はカリオに任せた。
何となくの流れであたしに任されそうになったときに、かつての睡眠薬をマクスにぶっ掛けたときの事を思い出して辞退したのだ。
さすがに今回は妙な称号が付いてくるとは思わないけれどさ。
予定していた今回の模擬戦は終わり、あたし達は解散することになった。
前回と同様ニナを残してあたし達は全員で部活棟まで移動し、玄関で別れた。
みんなと別れたあと、ボクは史跡研究会の部室に向かう振りをして少し歩き、途中で気配を抑えてから部活棟の裏口から外に出た。
そのまま学院の構内を歩き、多くの在校生たちとすれ違う。
彼らの多くは普段通りに過ごしていて、その表情は明るく充実しているように感じられる。
それは多分、彼らがそれぞれに大なり小なり目標をもって過ごしているからだろう。
ボクは幼い日に強くなるということを目標に定め、刀を取った。
血によるものか父や兄たちの教えが優れていたのか、道具や環境が良かったのか、あるいはその全てが作用したのか。
幸いにもこんな若輩のボクでも、冒険者登録をしてダンジョンに挑める程度には武を学ぶことが出来た。
そもそも根本的な部分の話だけれど、強くなろうとしたのは生き別れの幼なじみのことがずっと心にあったからだ。
状況的に彼女――シルビアが人攫いに遭ったことは、当時の僕によるものではなく地元の大人たちに共通した意見だった。
仕方がなかったんだとか、そういう巡り会わせだったんだとか、すべてが予め定まっていたように語る声はよく耳にした。
ボクはその声がキライだった。
いちどジン兄に訊いたことがある。
目の前で失った訳でもないのに、大切な幼なじみが失われたことは諦めなければならない事なのかと。
あのとき兄さんは、「人の死はある意味、自分の中でそれを認めた時に成り立つのかも知れません」、そう応えてくれた。
兄さんの声はボクの中にストンと定まって、それ以来前を向くことが出来た。
いつかシルビアを見つけ出す――
そのためにボクは自らの刃を研いできた。
そしてそれが期せずして叶ってしまった。
それはどこまでも望んでいたハズだった。
その現実が前触れ無く実現する日が来た。
ボクは強くなりたかったけれど、その途上で目標が叶ってしまった。
それゆえにボクはどうすべきかと思った。
思ってしまった――
強くなることは僕にとって手段だったはずだけれど、その先が分からなくなってしまった。
気が付けば、待ち合わせの場所に居た。
マクスに誘われて図書館脇のガゼボまで来ると、すでに彼はいつものような表情でボクを見た。
「らしくねえんだぜコウ。どんなカタナだってたまには研いだ方がいいんだぜ?」
あるいは彼はボクの悩みに、部分的にでも気づいているかも知れない。
マクスの暴力と知性が混然となったいつもの笑みに、ボクはなぜかホッとしていた。
コウ イメージ画 (aipictors使用)
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