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12.基本的には逆恨み


 『闇神の狩庭(あんじんのかりにわ)』を使っていたあたし達は現実のニナの部屋に戻っていた。


 いきなり人口密度が高い状態になってしまったけれど、ニナが淡々と告げる。


「済まぬがサラとジューンとアンは、『向こう側』で新たに得た修行効率が、現実でも保たれているかを確認して欲しいのじゃ」


 そういうことか。


 これまで闇神の狩庭では記憶しか持ち出せなかった。


 それが新たに得たステータスの変化まで持ち出せたなら、新事実発見ということになるだろう。


 すぐに三人が調べたところ、確かに『魔神の加護』の修行効率はサラとアンが八倍になり、ジューンが十倍になっていた。


「まさか十倍になっているとは思いませんでした。魔法工学への魔神さまの期待を感じます!」


 うん、超魔法文明の記憶があるみたいだから、アレスマギカさまは魔法工学は好物かもしれない。


「ウチは八倍やけどそれでもすごいやんな。魔神さん感謝やで!」


「わたしなんか効率がいきなり倍になっちゃったわ。魔神さま、がんばります」


 三人はそれぞれ嬉しそうに感謝を述べていた。


 その様子を伺いながら、人口密度が高い室内でニナが何やら頷いている。


「今回たまたまじゃが、『闇神の狩庭』という魔法的に閉鎖された空間からステータスという魂に関わる情報での変化を持ち帰ることが出来たのじゃ。これは中々興味深い状況なのじゃ」


 何かに気づいたのかも知れないけれど、そろそろお開きにするよう言った方がいいだろうな。


「ニナ、興奮しているところ悪いけれど、そろそろ解散でいいかしら? さすがに狭すぎると思うの」


「それもそうじゃな。また来週も開催で良いなウィン?」


「ええ。当面は同じように開きましょう」


 そうしてあたし達はニナの部屋から退散した。


 自分の部屋に戻ったあたしはしばらくボケっとすごした後、宿題を片付けてから日課のトレーニングを行った。


 ふと放課後に薬草薬品研究会でジャスミンから聞いた植物の気配について、自室のローズマリーの鉢植えで試してみた。


「動物とは同じ感覚ではムリそうね……。気配自体は何となく分かりそうな気はするんだけれども……」


 せっかくだから観察日記も始めることにした。


 あまり変化は無さそうだけど、記録することよりも観察する方がメインだし、それはそれで変化なしって書けばいいか。


 使っていなかったノートに簡潔に、日付と時間と観察した結果を短文で書いた。


 その後は軽く読書をしてから寝た。




 翌日は普通に起き出して朝食を取り、いつも通り午前中の授業を受けた。


 そう言えば今日は転入試験の合格発表があるんだよな。


 ディアーナとか来てるんじゃないだろうか。


 シルビアやウィクトルなんかも来てるだろう。


 そこまで考えて、あとでディアーナに魔法で連絡を入れてみることを決めた。


 お昼になって実習班のいつものメンバーと食堂に向かう。


 けれど食堂の扉をくぐる前から微妙な敵意が食堂内にあるのを感じて、あたし的には逃げたくなってきた。


 食堂を前にしてあたしは足を止める。


 ただ、ニッキーからは不戦敗とかになると後が面倒だといわれたんだよな。


 ほとぼりが冷めるまで気配を遮断して過ごし、パメラからの接触そのものを逃げるのもアリなんじゃないだろうか。


 あたしがそこまで考えたところで、キャリルがあたしの顔を覗き込む。


「ウィン、『火攻めは火で征すべしファイト・ファイヤ・ウィズ・ファイヤ』という言葉もありますわ」


 キャリルは穏やかに微笑んで告げるが、その内容は物騒この上ない。


 彼女も食堂内の敵意を察知しているんだろうけれど、ダンジョン通いでの成果が出ていると思う。


「死中に活という言葉もあるのじゃ」


 ニナものんびりした口調で言ってくるけど、やっぱり気が付いているか。


「シチューにカツが入ってるのはカロリーが高そうね」


 ムリにダジャレで誤魔化そうとしたけれど、サラとジューンもあたしの方を見ている。


「ウィンちゃんどないしたん?」


「なにか気分が悪いんですかウィン?」


 サラとジューンは心配して声を掛けてくれた。


 まあ、いきなり足を止めたらそうなるよね。


「ええと、もしかしたらちょっと食堂で、とある先輩から試合というか、模擬戦を申し込まれるかも知れないわ」


「どういう状況なんそれ?」


「基本的には逆恨みだけど、暴力沙汰にはならないと思うから心配しないでね」


「そう言われたら心配になりますよ。あまり無茶しないでくださいね」


「大丈夫、ニッキー先輩とかには相談してあるから、騒動になるなら口を出してもらうことになってるの」


 サラとジューンは心配してくれているけれど、ニッキーの名を出したら一応納得してくれた。


「ウィンなら何とでもなると思うのじゃ」


「同感ですわ。お昼を食べそこなう前に、食堂に向かいましょう」


「そうね、――そうしましょう」


 あたし達はそんなやり取りをして、食堂に踏み込んだ。




 学院の食堂は入学試験の合格発表日ほどではないけれど、転入試験の合格発表があるためかいつもよりも混んでいる気がする。


 あたし達が食堂に入ると直ぐに、女子生徒の一団が周りを取り囲んで来た。


 そしてあたしの前には案の定というかパメラの姿があった。


 あたし達が居る一角がいつもとは違う雰囲気になり、次第に周囲の注目を浴びて食堂内が静かになっていく。


 程なくパメラが一歩あたしに近づき、口を開く。


 大声を出している訳ではないのによく通る声だ。


「ごきげんよう、ウィン・ヒースアイルさん」


「こんにちは、パメラ・レイエス・ヘンダーソン先輩。昨日ぶりと言った方がいいでしょうか。もっとも、昨日は講義棟の陰から離れて集団であたしをコソコソと観察していたようですが」


 あたしの言葉にすこしだけ眉を顰めるが、パメラはすぐに薄い笑みを浮かべる。


「視線が気になったなら失礼しました。二つ名持ちの風紀委員さまを見かけたので、友人たちと話題にしていたのです」


 あたしはその言葉に思わず重くて長い溜息をつき、肩をすくめてみせた。


 そう言えばこの人には、ヘレンに好き勝手に吹き込んでくれたことへの苦言を伝えていなかった。


 そもそも接点が無いけれども、いまはいい機会だろう。


「妹さんから伺いましたが、ずい分好き勝手に人のうわさを流して悦に浸っているみたいですね? あたしがゴリゴリの武闘派で、多くの生徒が夢に見てうなされて、優等生然として他者を顧みず、常に周囲にイケメンがちらつく、でしたか? パメラ先輩は礼法部に所属と記憶していますが、本人不在の場で面白おかしく妙な話を広めるのは、どんな作法ですか? ねえ――」


 そこまで一息に気持ち大き目の声で告げた後、あたしは少しだけ本気の殺気を辺りにぶちまけて直ぐに引っ込めた。


 パメラはそのまま黙ってあたしを見ていた。


 彼女が黙っていたのは十秒ほどだと思うけれど、食堂はさらに静かになっていく。


 あたしの殺気を受けた後、パメラは細く息を吐いてから口を開く。


「その件ですが――、どうやらヘレンにあなたの紹介をするときに、私情が過分に混ざってしまったようです。それは私のうちにあった、あなたの才能への嫉妬のせいかもしれません。ですので、あなたを不快にして傷つけたことは、この場で謝罪いたします。申し訳ございませんでした」


 彼女はそう告げて、典雅な所作で一礼してみせた。


 あたしが見る限り、確かにその礼は心がこもっているように見えた。


「納得は出来ませんが、理解はしました。ですので謝罪は受け入れます」


 あたしはそう言ってから少しだけ表情を緩めた。


 すると食堂の空気も少しだけ緩む。


 そしてそのタイミングでパメラが大きな声で告げる。


「ですが私の不徳の話とは別に、ウィンさんには妹が筋肉マニアになるきっかけを作られてしまいました! このケジメを付けてもらいたいと考えているのです!」


『おお~?』


 ガタッ――


 食堂の各所からは声が上がり、筋肉競争部の連中だろうか、何人ものガタイのいい生徒が席から立ち上がってこちらに身体を向ける。


「え゛…………、きんにくまにあ? 済みませんが、あたしはそういう趣味はありません!! あたしはどちらかというと筋肉が多すぎる人は苦手です!! 普通の人がいいです!!」


『おお~』


 食堂の各所からは再び声が上がり、立ち上がっていたガタイのいい生徒たちは少しだけショボーンとした様子で席に着いた。


 というかなんであたしは自分の趣味を暴露させられているんだ。


「あなたの好みはどうでもいいのです!」


「いえ、ちょっと待って下さい! あたしは確かにパメラさんの妹さんを武術研に案内しました。ですがその後に見学して、彼女が何をどう判断したかはあたしのせいでは「いいえ! あなたがきっかけです!」」


 だれかたすけてほしい。


 あたしがそう思ったところで、その場にニッキーとカールとローリーが現れた。



挿絵(By みてみん)

キャリル イメージ画 (aipictors使用)




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