08.真っ昼間の昼休みだぞ
翌日もふつうに授業を受け、放課後になった。
それまで名前しか登録してなかった広域魔法研究会に行ってみた。
キャリルとロレッタとアルラ姉さんも誘い合って行ったのだけど、呼吸法と特殊な魔力の操作方法のイメージを教えてもらった。
広域魔法と呼ばれるものは竜魔法を研究して成立したそうだ。
そして、そもそもの竜魔法が環境にただよう魔力を無尽蔵に使うという。
だから広域魔法も環境魔力を使うけど、そのためには身体の外から魔力を集めることができてようやくスタートラインらしい。
「新入生がまじめに練習して早い子で一か月くらいで、手の平に“なんとなく”外から取り込んだ魔力を感じられるようになるわ」
ロレッタがあたしとキャリルにそう説明する。
「けれど、大半の新入生はそこにたどり着く前に習得をあきらめるの。もったいない話よね」
アルラ姉さんが表情を曇らせる。
「まずはそこを目指せばいいんですのね」
「一日一回、寝る前の十五分は今日教えたトレーニングを行いなさい。私の妹なら――ううん、違うわね。お爺様の孫ならその位はできますね、キャリル?」
「もちろんですわ、姉さま」
キャリルは何やら闘志を燃やし始めたな。
「あたしはボチボチやるわ」
「そう言って結局やり通してしまうのよね、ウィンは」
そう言ってアルラ姉さんは笑った。
そのあと姉さんとロレッタに案内されて、部活棟からずい分離れた魔法演習場に行った。
ここでは広域魔法研究会に所属する生徒が、戦術魔法の練習を行っているらしい。
「ただの更地になっているけど、先輩たちが戦術魔法を使うから見ていなさい」
ロレッタがあたしたちに告げた。
やがて少し離れたところで生徒たちが何かの魔法を発動すると、目の前の更地は田んぼ状というか湿原みたいな状態になった。
「いまのが戦術魔法の【湿原】よ。このあとに使われる【荒野】とセットで覚えるの。学生が覚えられることが許可されているのはこの二種類だけよ」
「……二種類だけというのはリスク管理ですわね」
ロレッタの説明にキャリルが告げる。
「そうよ。個人が覚えるには危険すぎる魔法だもの。王国内で戦術魔法の習得は厳密に管理されているの」
アルラ姉さんがキャリルに応えるが、その眼は真剣そのものだ。
「危険かぁ……もしかして、四大属性魔法でできることは広域魔法でもできるの?」
「広域魔法に地水火風の各属性魔法があるのかという意味なら、存在するわね。王宮に仕える魔法兵は風属性や水属性の戦術魔法も許可されているらしいけれど、全力で放出したら災害みたいになると思うわ」
ロレッタがあたしに教えてくれた。
「その魔法を、お爺様は無詠唱で細剣に込めるのですね……」
それを聞いていたキャリルが呟いた。
やがて先ほどの学生たちは別の魔法を発動させ、湿原を荒れ地に変えていた。
その様子を見ながらあたしは、習得に制限があっても広域魔法をみんなが覚える理由を考えていた。
恐らくは、環境魔力をつかうことで、魔力切れを避けることが目的なんじゃ無いだろうか。
そのことを訊いてみると、アルラ姉さんがその通りだと応えた。
「広域魔法ではない普通の魔法では、発動に必要な内在魔力は体内に用意されている必要があるわ。でも、使った魔力を環境中の魔力からほぼノータイムですぐに補充できるのはメリットね」
「なるほどね」
「あとウィンが母さんから習った武術でも有利だと思うわよ」
「たしかにガス欠の心配は無くなるわね!」
「がすけつ? はよく分からないけど、あなたのためにはなると思うわ」
「分かったよ」
とりあえずは、今日教わったことを続けてみよう。
ふと思い立って、翌日の昼休みに初等部の各クラスをパトロールしてみることにした。
予備風紀委員の話はどうなるか分からないけれど、事前情報が無い状態のいまの同学年の状況を見ておこうかと思ったのだ。
それをお昼のときにいつものメンバーに話すと、キャリルが自分も行くと食いついた。
「同行は構わないけど、キャリルは気配を消すのはどちらかといえば苦手でしょ?」
「ウィンが異様に上手いだけですわ。あなたのお母さまにも一度確認して頂き、狩猟で野生動物から隠れる程度は問題無いと言われておりますもの」
「そうだったっけ」
「そうですとも!」
キャリルの気配察知や気配遮断は、シャーリィ様がうちの母さんに頼み込んだ。
それを、『ウィンが教える形なら』ということで、ミスティモントにいるとき習得させてきた経緯がある。
比較対象が月転流ではたしかにキャリルが可哀そうか。
「それじゃあまあ、たまには気配遮断の練習がてら行ってみようか?」
「行ってみますわよ!」
そしてキャリルはアゲアゲの表情になった。
「はー……、気配遮断か。なんやキャリルちゃんは狩人でも目指すつもりなん?」
「もしくは暗殺者ですか? なかなかゾクゾクしますね」
サラはともかく、ジューンが不穏なことを言いながらうっとりした表情を浮かべ始めたな。
暗殺者ができる伯爵令嬢ってどうなんだよ。
「ええと、その前にいまの力量を確認しておこうか。キャリル、ちょっと食堂の入口まで戻って気配を消してみて?」
「別に構いませんわ?」
「その状態で、いまちょうどサラとジューンが並んで座ってるから、気づかれないように後ろから肩に手を置いてみせて」
「少々お待ちくださいな」
そう言ってキャリルは立ち上がり、気配を消して二人の背後まで歩いてきたうえで肩に手を置いた。
「ぬお? ぜんぜん気付かへんかったわ。匂い対策もしとるん?」
「すごいですねぇ。暗殺令嬢、誕生です……!」
ジューンが妙なスイッチを入れてしまっている気がするが、気にしないことにする。
「そうね。腕はミスティモントで練習してた頃から落ちてないね。大丈夫だと思うわ」
「ふっふっふ。闇夜に舞い降りる学院のエージェント、推参ですの!」
「真っ昼間の昼休みだぞ……落ち着くんだキャリル。あとジューン、キャリルを乗せちゃダメだから」
「え? でも私、素敵だと思います」
思わず脱力するあたしにジューンが何か言っているが、気にしたら負けなのかも知れない。
そのあとあたしはキャリルを連れて初等部一年の教室巡りをしに向かった。
キャリルが気配を消して食堂を移動していたとき、数名の生徒が興味深そうに彼女らのやり取りを観察していた。
「へえ、面白い子がいるにゃー」
そのうちの一人の黒髪の女子生徒が感心した表情を浮かべてサンドイッチを頬張っていた。
「どうしたの?」
「新入生の子だと思うんだけど、身のこなしとかがいい感じなのにゃー」
いっしょに食事をしていた生徒に訊かれて応えている。
やがてキャリルとウィンが連れ立って食堂を離れると、慌ててサンドイッチを口に放り込んだ。
「ちょっとあの子たち追いかけてくるにゃ」
「はいはい。あまり付きまとうとウザがられるから気を付けなさいね」
「大丈夫にゃー」
その女子生徒はスッと立ち上がり、キャリルたちを追いかけた。
彼女の外見的特徴はヒト族のそれだったが、その眼は金色の猫目をしていた。
初等部の講義棟へと移動したが、あたしたちについてくる視線と気配を感じた。
尾行というとある意味不審者ムーブで定評のあるカリオを想起するけど、何となく追跡に慣れているような気配を感じる。
勘だけれども、カリオの気配とは違うかな。
「キャリル、気づいていないふりをしてそのまま聞いて。あたしたち、誰かにつけられてるみたい。あたしが把握しているから周囲は見渡さないで」
「どうしますの?」
「敵意とか害意は感じないけど、話は聞いてみたいかな。一年の教室がある二階のトイレの前で別れたフリをしましょう。あたしをつけてたならそのまま対処するわ」
「わたくしはそのまま一年の教室を気配を消して見て歩けばいいのですわね?」
「うん。あたしは気配を消してキャリルの右肩を二回指でつつくから、気づかないふりをしてそのまま移動して。適当なところであたしから追跡者に話しかけてみるわ」
「全クラスを見終わったら、Aクラスの自分の席に一度戻りますわ」
「それで行こう」
打合せ通りトイレ前でキャリルと別れ、入ってすぐにあたしは気配を消した。
だが追跡していた者はトイレを素通りしたので、あたしも追いかける。
追跡者はすぐに特定できた。
黒髪のショートボブをした女子生徒で、気配を消してキャリルを追っているようだ。
その隣を観察しながらあたしも気配を消して追い越すが、あたしに気づく素振りは見せなかった。
演技だとしたら大したものだけれど。
その子は金色の猫目をしているが、獣人の血が流れているのだろうか。
あたしはキャリルの隣まで追いついて打合せ通り右肩を二回つつくと、彼女はゆっくりと頷いた。
そのまま移動するが、黒髪猫目の子は一定の距離を保ったままキャリルを追ってくる。
特に害意は無さそうだ。
その間も初等部一年生の教室を観察していくが、魔法科で六つのクラスがあるうち四番目のDクラス以降は良く言えば活気があって、平たくいえば騒がしかった。
昼休みだからいいのかも知れないけれど、やたらと大声で騒いでいる集団もいくつか見られた。
入試では面接は無かったけど、素行なんかは大丈夫なのだろうかとふと思う。
地球の十歳ならこんなものかも知れないけど、普段Aクラスを見てるとなぁ。
他には、たまたま今日だけなのかは分からないけれど、一人で席に座って何をするでも昼寝するでもなく、じっとしている子が数名いた。
孤立とかしてなければいいのだけど。
廊下から魔法科のFクラスまで見終わったところで、黒髪猫目の子に動きがあった。
気配を消しているキャリルに近づいて、声をかけようとしたのだ。
「ちょっとキミ、いま時間ある「動かないでください」」
彼女の右肩に手をかけた状態で、あたしは声をかけた。
突然気配が現れたあたしたちは周囲から視線を浴びるが、あたしは気にせず言葉を続ける。
「あなたはどこのどなたで、彼女にどんな用がありますか?」
「いつの間に居たにゃー……。アタシは二年生のエリー・ロッシにゃ。予備風紀委員をしていて、スカウトをしようと思ったにゃ」
「何のスカウトです?」
「逃げたりしないしちゃんと説明するから、少し付き合って欲しいにゃー」
あたしは警戒を緩めずにキャリルに視線を向けたが、あたしに頷いてみせた。
「分かりました。昼休みが終わる前にお願いしますね」
「分かってるにゃ」
そうしてあたしとキャリルは、その黒髪猫目の女子生徒に案内されてその場から移動した。
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