11.殺到しても知らないわよ
部活棟を出たあたしは軽い敵意を持った妙な気配に気付いたけれど、仕掛けてくる様子は無さそうだった。
でもその中の一人は『美少年を愛でる会』のパメラだったような気がする。
先日のヘレンの関係のことで何かあったんだろうか。
面倒くささを感じつつ、適当に構内を歩いたところで軽く身体強化と気配遮断を掛け、小走りで寮に移動した。
そのまま自室に戻ったので、さっきフェリックスから報告があった内容をニッキーに連絡することにする。
【風のやまびこ】を使うとすぐに連絡が付く。
「こんにちはニッキー先輩。いまいいですか?」
「こんにちはウィンちゃん。大丈夫よ、何かあった?」
彼女はあたしの堅めの声色で察したようだ。
「実は今日、部活棟から寮に戻るときに諜報研のフェリックス先輩から通報がありました――」
あたしは初等部の合格発表のときに、闇鍋研究会が活動をするらしいという話を説明した。
「話は分かったわ。ウェスリーに伝わっているならカール先輩には伝わっていると思います。でもそうね、念のためリー先生には連絡を入れておきます」
「お願いします」
これで闇鍋研の用事は済んだな。
パメラたちの件はいちおう相談しておこうかな。
「それとニッキー先輩、別件ですけどちょっと相談というほどでもないことがあって」
「どうしたの?」
「じつは今日、部活棟を出たところで女子数名から軽めの敵意を感じたんですけど、そのうちの一人がパメラ先輩だったみたいなんです」
「ん……? 敵意を感じたけどパメラちゃんだったみたい? 姿は確認していないってことかしら?」
「はい。別の講義棟の陰から様子をうかがっていたみたいです。気配とかは全然隠して無かったんで、闇討ちでは無さそうかなって」
「あー……」
若干あきれるような響きでニッキー先輩が声を出すけれど、もしかして闇討ちの可能性を疑ったのがまずかったのだろうか。
でもパメラって以前の丸刈り騒動のときに、最後まで槍を振るって抵抗してた気がするんだよな。
パメラやヘレンには、あたしを武闘派だという前に鏡を見て欲しかったりします。
ヘレンは別に武闘派とは限らないのか。
「たぶんパメラちゃんが動くとしたら闇討ちは無いと思うわ。それよりも生徒会を間に挟んで模擬戦を申し込んでくる可能性があるかしら」
「え゛? もぎせん? なんで?」
「知らないわ。最近彼女とウィンちゃんで揉めたようなことは無かったのよね?」
「ええと……、その辺は無いと……、思いたいです――」
あたしは念のため、入試の最終日に武術研の見学のときに起こったことを一通り説明した。
特にヘレンがドルフ部長のことを、かっこいいと食い付いていたことを説明した。
「あー……」
「なので、あたしとしては巻き込まれた感じですけど」
「どう考えてもそれね」
「そう考えても巻き込まれただけですよね?」
「「…………」」
「まあ、さっきも言ったけれど、パメラちゃんは何かあったら正々堂々物申してくると思うわ」
正々堂々試合を申し込まれても困ってしまうんだが。
不戦敗でペナルティとかあるのかな。
「どうしたらいいんですかね? 試合を先方の勝ちってことにしたら不味いですか?」
「うーん……、お勧めはしないわね。今後ウィンちゃんに妙な条件で勝負を申し込む男子とかが殺到しても知らないわよ?」
「うげっ……。それは困ります」
全員返り討ちにすればいいだけだけれど、そもそもそういう手間を増やしたくはない。
また妙な称号が増えてもイヤだし。
「とりあえず食堂みたいな人の目があるところで揉めるようなら、私も口を出すわ」
「ありがとうございます」
そこまで話してからあたしはニッキーとの連絡を終えた。
寮の食堂で姉さん達と夕食を取ったあと、約束した時間にニナの部屋に向かった。
いつものメンバー――あたしとニナとキャリルとサラとジューン、プリシラとホリー、アンとアルラ姉さんとロレッタ様が集まっている。
人口密度はかなり高めだ。
『闇神の狩庭』へとニナに闇属性魔力を込めてもらう。
みんなにそれぞれの肩を掴んだ状態になって、あたしは「ゲートオープン」と告げながらペンダントトップ中央に触れる。
これまでと同様に強いめまいを一瞬感じた後に、寮内の周囲の気配が変化しているのを感じた。
そしていつものように食堂に移動して、適当なテーブルを囲んでみんなで座った。
「そんでどないするん? いつもの流れやと打合せをして、寮の中の“悪夢の元”を狩って回りながら屋上に行って、そこで魔法のトレーニングやんな?」
「うん、あたしもサラが言う流れでいいと思うわ。時間的にはまたニナに延長してもらって九時間くらいでどうかしら?」
「妾は構わんのじゃ。というか九時間よりももっと練習したい者はおるかのう?」
ニナが確認したけれど、みんなそのくらいで良かったようで、とくに異論は出なかった。
「それじゃあ、打合せに入りますか。といっても基本的には前回と同様で、何がしかの属性魔力の操作系魔法の練習ということでいいかしら?」
ロレッタ様がそう問いかけるが、キャリルが口を開く。
「その件ですが、まだプリシラとホリーには、伝えていないことがありますわね」
彼女はそう言って二人に視線を送る。
プリシラとホリーは半信半疑と言った表情を浮かべているな。
ちなみにサラとジューンとアンには、ニナが休みの間に話したようだ。
「じつは休みの間に色々ありまして、わたくしたちはお婆様から風の特級魔法を習うことになったんですの。いまはその準備で【風壁】を練習しておりますわ」
「おー……、特級魔法かあー」
「それは見事な学習目標だと称賛します」
二人の反応に頷きつつ、キャリルが問う。
「操作系魔法の練習もいいのですが、それらの魔法の練習も良いのではありませんか?」
あたしとしてはどちらでもいいので、とりあえず様子見することにする。
けれどアルラ姉さんは考えがあったようだ。
「キャリルの提案は分かるけれど、私はここでは操作系魔法の練習をした方がいいと思うわ」
「たぶんキャリルがそう言い出すだろうとは思っていて、アルラと相談していたのよ。この空間は普通では無いし、未習得の魔法の練習をするよりは、しっかり覚えている魔法を練習した方がいいと思うの」
ニナも姉さんとロレッタの言葉に頷いているな。
ちょっと訊いてみようか。
「ニナも操作系魔法の練習だけに絞っておいた方がいいと思うの?」
「そうじゃな、妾は別の理由になるが操作系魔法の練習を勧めるのじゃ」
『別の理由?』
みんなはニナの言葉に興味を持ったようだ。
「うむ。それほど難しい話ではないのじゃ。この空間はその性質によって、時間が経っても集中力を保ちやすいのじゃ」
「もしかして、操作する魔法は現実で練習すると、すぐあきちゃうってことかな?」
「その通りなのじゃ」
ニナはアンに頷いてから肯定した。
「操作系魔法を極める“単一式理論”の鍛錬で、最大の敵は『飽きること』なのじゃ」
『あ~……』
たしかに地味な鍛錬は飽きやすいよね。
「そういうことでしたら、それを活かさない理由はありませんわね」
そう言ってキャリルは納得した表情を浮かべていた。
打合せの後はみんなで寮内の“悪夢の元”を狩って回って、屋上に出て各属性魔力の操作系魔法を練習した。
『闇神の狩庭』の特性で“認識したこと”ですべてが決まるので、『集中力をリセットする』ことを意識するだけで集中力を保つことが出来た。
それでも延々と練習し続けるのも味気ないので、みんなで相談して一時間練習して三十分休憩するサイクルをまわした。
「これでもう六時間分操作系魔法を練習したことになるのね」
六回目の休憩のとき、思わずそんな言葉が出てしまった。
今回は相対時間で九時間の滞在予定なので、じきに現実に戻るだろう。
「ねえニナちゃん、この“夢の世界”が効率がいいのは分かったけれど、現実とくらべた時に、どのくらい効率が良くなっているの?」
「そうじゃのう。現実での集中力や生活習慣などの諸条件を考えて、日課として毎日操作系魔法を練習するのは三十分程度が限界なのじゃ。日がな鍛錬できる貴族家や隠者の類いは別とするがの。そう考えると六時間の練習は十二日分の練習といったところなのじゃ」
「ふーん」
アンとニナが練習の効率の話をしていたけれど、そういえば『魔神の加護』はこの場所でも働くのだろうか。
「ねえニナ、『魔神の加護』ってここでも働いてるのかしら?」
「働いておるはずなのじゃ。みんなの習熟度合いを見る限り、明らかにものすごい勢いで上達しているのじゃ。そもそも……ふむ……」
「ニナ?」
何やらニナが考え込んだかと思うと、突然声を上げた。
「みんなに確認するのじゃ。妾が知る限り、この場の全員が『魔神の加護』を得ているのは承知しているのじゃ。しかしこの中で、加護を得るときに祈りの言葉を口にせず得た者は居るじゃろうか?」
そこまでニナが話した段階で、あたしは姉さんが『魔神の加護』の効果を上書きしてもらったことを思い出した。
確認の結果、サラとジューンとアンが頭の中で祈って魔神の加護を得ていたことが分かった。
「詳しいことは後で説明するのじゃ! 時間があまりないゆえ、三人には口に出してこの場で祈ってみて欲しいのじゃ!」
そうしてサラにはニナが付き、ジューンにはロレッタ様が付き、アンにはアルラ姉さんが付いて祈りの言葉が決まった。
「いと高き魔神アレスマギカさん。サラ・フォンターナが願います。過日賜りました加護について、より強い効果を賜りたく存じます。魔神さまの加護により、魔法を学びやすくなり、そのことで食文化を深く掘り下げられるようになりたいです。あんじょうよろしゅうおたのもうします」
「いと高き魔神アレスマギカさま。ジューン・ギボンズが願います。過日賜りました加護について、より強い効果を賜りたく存じます。魔神さまの加護により魔法を学びやすくなり、そのことで魔法工学の進展に資する身になりたいのです。どうかよろしくお願いいたします」
「いとたかき魔神アレスマギカさま。アン・カニンガムがねがいます。過日たまわりました加護について、よりつよい効果をたまわりたく存じます。魔神さまの加護によって魔法を学びやすくなり、そのことでこの身をもって世界に勇気を示せるようになりたいです。どうかよろしくおねがいいたします」
三人が胸の前で指を組み、順番に祈りの言葉を述べた。
そして微かに神気の流れがあったことが感じられた。
直ぐにステータスを調べさせると、三人とも『魔神の加護』の修行効率が上昇していた。
もともとはサラとジューンが六倍で、アンが四倍だった。
それが今回サラとアンが八倍になり、ジューンが十倍になった。
それを聞いた瞬間ニナは妖しい目を浮かべて何かを告げようとした。
だが、同じタイミングで強いめまいが起きて、あたし達は現実にもどった。
ジューン イメージ画 (aipictors使用)
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