10.植物の気配って
ニナの精霊魔法の特別講義が終わったけれど、寮に帰るにはまだ少し早い気がした。
早く帰ってもいいけれど、いつものメンバーも寮に戻っているかは分からない。
あるいは夕食までは部屋で過ごすことになるだろう。
それなら一学期にそうしていたように、どこかの部活に顔を出したほうがいい。
そう考えたあたしはカレンと一緒に薬草薬品研究会の部室に向かった。
ちなみにキャリルは姉さん達と歴史研究会に向かったみたいだ。
ニナはアンと一緒に美術部に向かったようだし、いつも通りだな。
「こんにちはー。今年もよろしくお願いします!」
部室には久しぶりに会う部員のみんながいて、思い思いに過ごしていた。
みんなの関心は、あたしと一緒に部室に入ってきたカレンに向かったけれども。
「部長から聞いているけれど、カレンちゃんを含めて内部進学組は全員合格したみたいじゃない?」
「やっぱりそうなんですか?! 私も受かった話しか聞かなかったんで、多分そうじゃないかと思ってたんです!」
どうやらみんなは部長のジャスミンがどこかから仕入れてきた噂話で、内部進学組の試験結果を知っていたみたいで、そんなやり取りをしている。
みんなにつかまってお喋りを始めているカレンを横目に、あたしは部室にある魔道具の給湯器を使ってハーブティーを淹れた。
今日はまだお茶は淹れていないみたいだったから、お喋りも始まっているし時間的に丁度いいだろうと思ったのだ。
みんなに感謝の声を貰いつつ、あたし達はハーブティーを頂いた。
休み中に会わなかった人たちと話したけれど、『魔神騒乱』を除けば穏やかに年末年始を過ごせたようだ。
「さすがにあんな事が起こるなんて普通は思わないわよ」
「そうですよね。あたしも人間が神さまになるなんて意味が分かりません」
ジャスミンが苦笑するけれど、確かに言う通りではある。
裏事情として邪神群が動いた結果ということは知っている。
邪神たちが自分たちの目的のために、アレッサンドロという人物を魔神に造り替えた。
その理由をひとことで言えば、『邪神たちにとって都合が良かったから』という話はソフィエンタから聞いている。
神界のソフィエンタの部屋で、みかんを頂きながら聞いたので覚えているけれども。
「ところで全然別の話なんですけど、休み中に先輩たちに訊きたいことがあったんですよ。相談までは行かないですけれど」
「どうしたのウィンちゃん? なんでも応えるわよ!」
さっそく耳ざとくカレンが話を聞いてくれた。
「じつは休み中に動物や植物の気持ちを理解できる“役割”の話を聞いたんです。それで植物の気持ちが分かるっていう耕作者は、どうやったら覚えられるか知りたかったんです」
「耕作者についてはちょっと時間がかかるかも知れないけれど、植物の世話をするのが一番よ!」
「そうね、部活の薬草を手入れしたり観察するだけでもいいし、鉢植えを買って自分の部屋で手入れするのもいいわ」
カレンとジャスミンが教えてくれたけれど、それだけでいいのか。
「何かコツとかあるんですか?」
「続けるのが一番無難ね!」
「カレンが言うとおりだけど農場の先生に前に聞いた話では、『植物の気配を探ろうとする』ことで覚えることもあるようよ」
そんなことが可能なんだろうかとあたしは反射的に考え込んでしまう。
確かに植物は生き物だけれども、動物のように感じられる気配は植物には無い。
「植物の気配って、感じ取れるんですか?」
「動物の気配とか魔獣の気配が感じられる人なら、大丈夫だって聞いたことがあるわ」
『へ~』
ジャスミンは知っているだけで、自分ではできないみたいだ。
確かに植物系の魔獣は気配を感じ取れるけれども、おなじ延長線上で行けるんだろうか。
さらに話して分かったけれど、部活の先輩たちはジャスミンのいう『植物の気配』という話は知らなかったようだ。
日課のトレーニングで試してみてもいいかも知れないな。
その後も植物関連の“役割”の話になって、初心者が覚えやすいものには耕作者の他に『伐採者』というものがあるという話も聞けた。
伐採者は木こりが基本だけれど、枝打ちや雑草の刈り取りでも覚えるのだそうだ。
「称号があると“役割”を覚えやすいみたいなんですけれど、そういう話は聞いたことはありますか?」
あたしが話題を振ってみたけれど、植物関係の称号はみんな知らないみたいだった。
「研究者のひとがもしかしたらそういう称号を持っているかも知れないけれど、そういう人は初心者では無いと思うわ」
「ですよねー」
あたしはジャスミンの話に納得した。
いい時間になったので寮に向かおうと薬薬研の部室を出て部活棟の玄関に向かう。
するとそこでたまたまフェリックスに会った。
「こんにちはフェリックス先輩」
「やあウィン、こんにちは。……そういえばウィンには言っていなかった気がするな」
「何かあったんですか?」
フェリックスの不穏な声色に思わずあたしは眉をひそめる。
それに対してフェリックスは肩をすくめた後、手招きして玄関ホールの隅っこの方にあたしを誘った。
壁際に二人で立つと、フェリックスは【風操作】で周囲を防音にする。
「大した話では無いんだけれどね、明後日には初等部の入試の合格発表があるじゃないか」
「そうですね」
ルナやヘレンが受験した試験の発表だ。
ちなみにディアーナやウィクトルが受けた転入試験の合格発表は、明日行われる。
「俺の独自の調査で分かったんだけど、その初等部の合格発表の時に『闇鍋研究会』が何らかの活動を計画しているらしい」
「闇鍋研かぁ……」
あたしは思わず呻いてしまう。
連中は『虚ろなる魔法を探求する会』と連携して、呪いの食品を作った実績がある。
加えて連中は薬草園に忍び込んで、薬草を盗もうとしたことがあった。
あの時は罠で撃退できたけれども。
「個人的にはいい印象は無いですけど」
「奇遇だね、俺もだよ」
「具体的な計画内容は分かっているんですか?」
あたしの問いにフェリックスは少し考え込んだ後に告げる。
「恐らくだけれど、特殊な食材を使った菓子の類いを計画しているようだね」
「特殊な食材? お菓子でですか?」
「植物系の魔獣素材を仕入れたようなんだ」
「あー……」
それは菓子にするにせよ、事前に説明しなかったらいろいろ問題がある気がするな。
身体に妙な影響を与えたり、そのことで合格発表に集まった受験生や保護者にトラウマを与えかねない。
「ヘンな効果が出たらマズくないですか?」
「ヘンな効果が出るかな?」
「分かりません。魔獣食材を使った料理は詳しく無いんで」
「そうかー……」
「「うーん……」」
あたしとフェリックスは考え込んだけれど、ほぼ同時に同じ結論に至った。
先に告げたのはフェリックスだけど。
「まだこの話は風紀委員会には伝えていないから、ウィンからカール先輩なりリー先生に伝えてもらえるかな? 諜報技術研究会からの通報ってことで」
「分かりました。あたしもその方がいいと思います。取り急ぎ直ぐにニッキー先輩に連絡しておきます」
「頼んだよ」
「ええ。――ところで、『風紀委員会“には”』っていま言いましたよね? 諜報研内部では情報共有済みですか?」
「はは、君は耳ざといね。ウェスリーには伝えてあるよ。何やら妙な対抗意識を燃やして、料理研として参戦するようなことを言ってたね。『緊急会議だー!』とか叫んでたな」
どうしよう、すごく不安だ。
「大丈夫ですかそれ?」
「分からないけど、料理研は幹部がまともだから大丈夫だとは思うよ」
そう言ってフェリックスは微笑み、ひらひら手を振ってその場から去って行った。
部活棟玄関がこっそり伺える位置から、建物から出てくる生徒たちを数名の女子生徒が監視していた。
「…………! 来たわ!!」
小さくそう叫んだのはパメラだった。
彼女の周りにいる女子生徒たちは、学院非公認サークル『美少年を愛でる会』のメンバーたちだ。
パメラの視線の先には、部活棟を出てきたウィンの姿があった。
何気ない様子で歩いているが、寮へと向かうつもりだろう。
一同がそう考えた刹那、ウィンはパメラ達の方に視線を向け十秒ほど観察した後にその場を去って行った。
「気付かれていたわね。斬撃の乙女は伊達ではないというところかしら」
「でも、距離にしたら百メートル以上離れてるわよ? 建物の陰から伺ってたのに……」
仲間が告げるが、パメラは首を横に振る。
「あの子に限らず王都南ダンジョンで鍛錬をしている生徒は、百メートル離れた程度では気配を読む人は居るわよ」
パメラの言葉に女子生徒たちは「なかなか難敵ね」などと告げている。
一部は「ダンジョンに行くならヒミツの特訓を追跡したいなぁ」などと呟いている少女もいるが。
「それでパメラ、あなたホントにあの子に挑むの?」
「ええ。私の妹を勝手に筋肉マニアにしたケジメは、つけてもらう必要があるわ。いちおうこれまでの下調べで、あの子は食事に強い執着があることは分かっているの」
そう言ってウィンが去った方向へパメラは視線を向ける。
「納得がいかないのよ……!」
パメラの声に、少女たちは揃って頷いていた。
パメラ イメージ画 (aipictors使用)
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