09.頭の中にイメージを作って
附属農場の“特別講義臨時訓練場”で、精霊魔法に関するニナの特別講義が開かれている。
ここまでで精霊に関する知識を説明したので、いよいよそれを感知する鍛錬を行うことになった。
「今日これからおこなう鍛錬じゃが、精霊を感知するという鍛錬じゃ。この段階では魔力暴走のリスクはあまり無いゆえ、気楽に行って欲しいのじゃ――」
そう言ってニナは説明を始めた。
その間に助手のあたしはマジックバッグからオイルランタンを幾つか取り出す。
あたしの傍らではデボラが生活魔法の【種火】を無詠唱で使い、火を灯していった。
デボラに【火操作】を使ったのかを訊いたら、【種火】だと言っていた。
【火操作】よりも魔力消費が少ないそうだ。
それを見ながらあたしはマジックバッグから木製バケツを幾つか取り出して並べた。
これにもデボラが生活魔法の【水生成】を無詠唱で使い、飲用にも使える水を中に注いでいった。
準備をする間にもニナの説明を聞いていたけれど、参加者は地水火風のどれかの属性魔力を身に纏わせるのだそうだ。
このとき基本的には加護を得ている精霊の属性と同じものを使う。
基本的にはというのは、すでに別の属性を覚えていて二つ目の属性の精霊を感知するケースもあるからだ。
あたし達パーティーを襲った連中で、いまはデボラが監督している連中のことなのだが。
ともあれ、火の精霊の加護がある例でいえば、ランタンを前に火属性魔力を自分の身体に纏わせる。
その状態で意識をランタンの周辺に向けながら、纏わせた火属性魔力をスイッチを切るようにオフにする。
とつぜん火属性魔力を切ることによって、環境魔力中にいる精霊を感知することがしやすくなるそうだ。
水の精霊の加護持ちはバケツに入った水の周辺に意識を向ける。
風の精霊の加護持ちは目の前の空間にある大気に意識を向ければいいし、地の精霊の加護持ちは床や壁の石材に意識を向ければいいらしい。
「――やり方としては簡単じゃし、みんなは加護を持っている時点でかなり有利なのじゃ。焦らずに取り組んで欲しいのじゃ」
『はい!』
「一旦成功した者も、何回行っても成功するように繰り返し鍛錬して欲しいのじゃ。それでは各自、鍛錬を始めるのじゃ」
ニナの指示を受け、参加者たちは散らばって鍛錬を始めた。
必要とする参加者にランタンやバケツを手渡した後、あたしはニナの方を向く。
何やらマーヴィン先生とデボラを交えてニナは話し込んでいた。
「――トレーニングの内容はシンプルですが、あの内容で精霊を感知できるのですか?」
「共和国では一般的な方法なのじゃ。加護を持つ者は労せずしてこの方法で感知できるのじゃ」
「ふーん。ニナ先生、加護を持たなかったり、持っていても別の属性の精霊の加護の場合はどうなんだい?」
「その場合は運というか確率に任せる形になるのじゃ。目的の属性の精霊の加護がなくとも、この鍛錬を行うあいだに加護を得られれば精霊魔法が使えるのじゃ」
けっきょくは精霊の加護が無いと精霊魔法は使えないみたいだな。
ある意味でこの精霊を感知するトレーニングは、精霊から加護をもらうための儀式を兼ねているように感じる。
「運頼りとはなかなか厳しいものがありますね」
「そうなのじゃ。ただ他の精霊の属性の加護を持つ者は、新たに加護を得やすいことが知られているのじゃ。加えて、精霊に関する説明を一通り行い、本人の頭の中にイメージを作っておくことが鍵なのじゃ」
マーヴィン先生の指摘に、ニナが説明を加えた。
あたしがどういう意味だろうかと思っていたら、デボラも気になったようだ。
「鍵ってどういうことだい?」
「適切なイメージを作っておくと、全く精霊の加護を持たない者も加護を得られる可能性が高まるのじゃ。加えて、精霊の感知までの時間も短縮できるという報告があるのじゃ」
「なるほど……、その辺りの情報は王国では得られていないのですよ」
「精霊魔法の実践に関わる話で、現場の知恵じゃからのう。感覚的な話になるし、なかなか論文などにはし辛いのじゃ」
「感覚的な話を論文にすることはできないの?」
あたしが気楽な感じで質問すると、マーヴィン先生とデボラとニナはそろって腕組みをした。
「……不可能ではありませんが、書き方に注意が必要ですね」
「そうだね。マーヴィン先生の言葉を補足すると、再現性や客観性という点で注意が必要だろう」
「だいたい面倒な内容になった上に、査読に投げたら怒られるパターンと思うのじゃ。今回の鍛錬は、『慣習的な鍛錬である』という報告ということで書くことは可能と思うのじゃ」
「ふーん。論文化するのって大変そうね」
でもまあ、デボラが言った通り再現性や客観性が求められるということは、言われてみたらその通りだと思った。
その後、ニナの説明を受けて、デボラが「私達も挑んでみよう」と言い出した。
マーヴィン先生もその言葉に喜色を浮かべて快諾したので、あたしも付き合いで試してみた。
その結果、デボラは水の精霊の加護を得て大はしゃぎしていた。
「デボラ先生は、宮廷魔法使いとして初の精霊魔法使いになりそうですね」
「そうなるといいですね! でもこれでニナ先生の特別講義に参加するモチベーションがさらに上がりました!」
マーヴィン先生の言葉にデボラが嬉しそうに応えていたので、あたしも「おめでとうございます」と伝えておいた。
ちなみにあたしとマーヴィン先生は、精霊の加護を得ることはできなかった。
あたしは風の精霊の感知を試したけれど、マーヴィン先生は地の精霊の感知を試したみたいだ。
マーヴィン先生はちょっとがっかりした表情をしていたな。
ニナいわく、時間を置いて試したらうまくいくこともあるそうだ。
諸説あるけれど、武術などの魔力運用の影響が出ている可能性があるとか言っていた。
その上で、興味があるなら気長に取り組むように、マーヴィン先生にアドバイスしていた。
そのアドバイスを丹念にデボラがメモしていたのが印象的だった。
年初の精霊魔法の特別講義は無事に終わった。
参加者の表情を見る限り、みんな手ごたえを感じているような感じがした。
「――さて、それでは今回の精霊魔法の特別講義はここまでなのじゃ。このあと十分ほど休憩してから、刈葦流の指導を行うのじゃ」
ニナがそう告げるころにはアルラ姉さんとロレッタ様と付き添いのキャリルが、三人で附属農場の“特別講義臨時訓練場”まで来ていた。
あたしは休憩時間の間に参加者が使ったランタンと、水が入ったバケツをマジックバッグで回収した。
休憩が終わると直ぐ練習が始まる。
刈葦流の基本的な鍛錬の流れかもしれないけれど、前回も見た木製の大鎌を使ったものを行っている。
突きや往なしと組合わせた前進と後退だけど、参加者はみんな少しずつ慣れて来ているようだ。
その後はニナが個別の動作を説明し、参加者がそれを真似て大鎌を振るう鍛錬を行った。
期間が空いてしまっているし、身体を使う武術の鍛錬はホントは毎日やった方がいい。
ただこの集まりは精霊魔法の特別講義がメインであるし、刈葦流の鍛錬は身体操作とかのトレーニングの意味合いが強そうだ。
あくまでもあたしが見る限り、参加者のみんなは武術に関しては初心者だ。
おそらく護身術としての杖術を習ったことがあるくらいの人たちが多いと思う。
ふとキャリルの方を見ると、なにやら興味深そうな視線を稽古している人たちに向けている。
「どうしたのキャリル。何か気になったことでもあるかしら?」
「いえ、わたくしが見る限り、ジェイク先輩の動きが前回見た時の印象よりも上達している気がするのです」
「確かにね。休みの間に自主トレーニングを頑張っていたのかも知れないわ」
実戦を意識した鍛錬を行うには、ひとりで型稽古だけを行っているのみでは限界はある。
それでも師匠の動きを頭の中でイメージして、それに近づくために努力するのはムダでは無いと思う。
そうか、そういう意味ではジェイクはニナの動きを頭の中でイメージして、頑張ってトレーニングしたのか。
あたしは何となくジェイクの上達の理由が分かったような気がした。
刈葦流の鍛錬が終わり解散となった段階で、あたしはカレンの元に向かった。
「カレン先輩おつかれさまでした」
「あ、ウィンちゃん! おつかれさまでした!」
パッと見した限りではカレンは普段通りみたいに見える。
「そうそうウィンちゃん、高等部の試験だけど合格したわ!」
「おお! それはおめでとうございます! ちょっとだけ心配してたんですよ」
「えへへー。でも落ちた同級生の話は聞かないから、たぶんみんな合格してると思うわ!」
「それは安心できる情報ですね。これからもよろしくお願いしますね」
「こちらこそお願いしますねウィンちゃん!」
そういうやり取りをしてあたしはカレン先輩と握手をした。
すると背後で「イヤだーーー!」と叫ぶ声が聞こえたので視線を向ける。
なにやらアイリスがデボラにつかまって話をしていたみたいだけれど、たぶんまた闇曜日の休みに刈葦流の特訓をする話をしていたんだろう。
あの二人は将来的に上司と部下みたいになるのだろうけれど、仲が良さそうだなと思う。
そう考えているあたしを含め、周りのみんなも生暖かい視線をアイリスとデボラに向けていた。なーむー。
カレン イメージ画 (aipictors使用)
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