08.神々の道具として
何やらレノックス様からの評価でカリオが舞い上がってしまった気がするけれど、打合せには集中してもらわないとな。
あたしは少しだけ大げさな口調で告げる。
「カリオ、いい気分になっているところ悪いけれど、これから改めて役割分担の話をするの。ニヤニヤしてないで集中して頂戴ね?」
「べ、べつにニヤニヤして無いぞウィン」
「ホントに? 絶対の絶対に?」
「う……、すこし嬉しかったけど……」
「ウィン、話を続けよう。昼休みの時間も限られている」
「あ、ごめんねレノ。そうしましょう」
その後の話し合いで、いままで『斥候・遊撃』と一つにまとめていたものを分けることにした。
その上でさらに話合い、『敢然たる詩』のメンバーの役割分担は以下のように決まった。
・斥候:主担当ウィン、副担当キャリル。
・遊撃:主担当カリオ、副担当レノックス。
・盾役:主担当キャリル、副担当コウ。
・攻め手:主担当コウ、副担当カリオ。
・回復:主担当レノックス、副担当ウィン。
「――という分担でどうだろうか」
レノックス様によれば攻め手と遊撃のちがいは、攻め手が基本的に盾役とセットで動くのに対し、遊撃は戦況で必要な攻撃を適宜判断して行う役目とのことだった。
「無難だと思うぞ」
「ボクも悪くないと思う」
「わたくしも異論はありませんわ」
「そうね……。回復の余力を残すという意味では、あたしがラクし過ぎてるけど仕方ないのかしら」
あたしがそう言うと、みんなは黙ってこちらをじっと見る。
「ど、どうしたの?」
「ウィンを自由に動かすと、俺たちのトレーニングにならないんだよな」
「いや、決してそんなことは無いんだけどね。でも魔獣を撃破する速度が上がりそうだよね」
「素早く攻略できること自体は、歓迎すべきではあるんだがな」
「でもそれではつまらないですわ」
「えーと……」
キャリルにつまらないとか言われちゃったけど、どうしたものか。
「今のところ回復役はオレで足りているが、今後は分からん。ウィンに副担当を頼んでおくのが無難だろう」
「そうね……、分かったわ」
「あと斥候役の人ですが、戦闘中は遊撃の二番手と周囲の警戒を兼ねることにしたらいかがでしょうか?」
キャリルがそういう意見を出したけれど、みんなで話し合って当分はそれで行くことになった。
その後は今週のパーティの活動の話になったけど、予定通り指名依頼である『魔力暴走の汎用的対処法の研究』への参加ということになった。
「マクスとの模擬戦か……、あいつ休み前よりも強くなってる気がするんだよな」
「そう? 誤差みたいなものじゃないかしら」
クラスで会った感じでは、気配としては確かに腕は上げたような気がする。
でも目に見えてヤバくなった感じはしないので、手堅く鍛錬してるんじゃないだろうか。
「腕を上げたなら、油断する訳には行かないだろう」
「ボクも同感だけど、どこで鍛錬したんだろうね」
「ふむ、マクスは刻易流ですが、王都に道場は無かったはずですわ。もしかしたら学院内で練習相手を見つけたのかも知れませんわね」
そうで無かったら王都南ダンジョンに特訓に行ったとかも考えられる。
ただ刻易流と聞いて、あたしはパトリックが思い浮かんだ。
案外二人で練習していたりしても驚かないけれど。
昼休みを終えて午後の授業を受け、放課後になった。
実習班のみんなとプリシラとホリーと一緒に部活棟に行って、そこからあたしとニナは附属農場に移動した。
「精霊魔法の特別講義も久しぶりな気がするわ」
「じっさい少々時間が空いてしまったのじゃ。いちおう妾のところには学院から参加者が魔力暴走を起こしたという報告は無いのじゃ」
そういうことなら、試験期間や年末年始の休みの間に無茶なトレーニングをした生徒はいなかったということか。
構内を移動しながら参加者のことを思い出すと、前回までは特定の属性魔力を身体に発生させて、その状態を保つ訓練をしていた。
あれは精霊を感知する準備と言っていたな。
「前回までは準備って話だったけど、今回はいよいよ精霊を感知する鍛錬かしら?」
「そうなのじゃ。いちおう今回と次回を予定しているのじゃ」
「ふーん。……根本的な問題だけれど、精霊って生き物なの?」
「その辺りも今回の講義で説明する予定なのじゃ。ちなみにウィンはどう考えておるのじゃ?」
ニナが興味深そうな顔であたしに訊いた。
王国の住民が予備知識が無い状態で、精霊をどう捉えるのかを見ておきたいのだろうか。
「そうねえ。ニナが使った精霊魔法や、それ以前にも見たことがあるけれど、『気配は感じられるけれど自然現象に感じる』のよね」
例えば風の精霊でいえば気配は感じるけれど、感覚的に竜巻みたいな風の塊をイメージしてしまう。
気配がある時点で生き物に近いけれど、捉えている魔力的な情報はそれが自然現象だと言っているような感じだ。
「でもあたし達みたいな肉体は無いから、精神生命体に近いのかなって漠然と思ってたわ」
「さすがウィンなのじゃ。なかなかいいセンを行っているのじゃ」
「お、それって正解ってことかしら?」
「その辺も含めて、みんなの前で説明するのじゃ」
「分かったわ。楽しみにしてる」
附属農場の玄関ではマーヴィン先生とデボラが待っていた。
マーヴィン先生とか忙しいだろうに、良く来れたな。
「こんにちはアルティマーニ君、ヒースアイル君。今年もよろしくお願いします」
「「よろしくお願いします」なのじゃ」
「私からも挨拶しておくよ。二人とも今年もよろしくお願いします」
あたし達はデボラにも挨拶を返す。
「マーヴィン先生、お忙しいでしょうに大丈夫だったんですか?」
「ええ。アルティマーニ君から今日の講義の予定は伺っていましたから、時間を作ったんです」
「報告書なら上げておるのにのう」
「でもニナ先生、こういうのは直接聞いてみたいと思うよ」
「それは光栄なのじゃ」
そうやって話しながら、あたしたちは“特別講義臨時訓練場”に向かった。
参加者が全員揃ったところでニナが挨拶をし、講義が始まった。
「さて、それでは今回は精霊を感知する鍛錬を行うのじゃが、そのまえにみんなに訊いてみたいことがあるのじゃ。それは『精霊とは何か』という問いじゃ」
そう言ってニナは参加者を見渡すけれど、みんなそれぞれに考え始めたような表情を浮かべる。
特別講義に参加しているだけあって、みんなやる気はありそうなんだよな。
何人かが手を挙げてニナに答えている。
アンはあたしと同じで精神生命体と応え、ジェイクは環境魔力が何らかの魔法的な反応によってゴーレムのような魔法生物になったと応えていた。
カレンはみんなの意見に全て大きく頷いていたな。
「だいたい意見が出そろったかのう。実は『精霊とは何か』という問いに対する学術的に正確な答えは『不明である』というものじゃ。しかしそれ故に精霊魔法に関連して、共和国では有力説となっている答えはあるのじゃ――」
精霊魔法の本場である共和国でも、精霊が何かという正式な答えは持っていないそうだ。
通常の学術的な難問であれば、この世界では神々に祈祷の類いを行えばヒントを神託で授けてくれる可能性がある。
ところが精霊に関しては、有史以来共和国を含め、どの国でも神託を得ることに失敗している。
このことから状況証拠的に、精霊という存在は神々の秘密に関わると考えられるようになった。
その上で精霊について調べてみると、気配を持っていることに多くの者が気付いた。
「気配があるという時点で生き物に近いわけじゃが、物理身体ではなく環境魔力の塊なのじゃ。ゆえに精神生命体であるという説が生まれたのじゃ。しかし精霊には、生命体には存在するはずのものが欠落しているのじゃ。何が欠落しておるのじゃろう?」
ニナはそう言ってみんなに発言を促す。
直ぐにジェイクが手を挙げた。
「もしかしてそれは感情ですか?」
「半分正解じゃ。生き物の精神活動では、意志と感情と知性の働きが通常は存在するのじゃ。ところが精霊には知性――この場合は状況の知覚とか認識の意味が強いのじゃが、それのみしか無いのじゃ。意志や感情の働きが無いのじゃ」
「生き物にあるはずのものが無いということは、あるいは共和国では折衷案が採用されているということですか?」
マーヴィン先生がニナに確認したが、彼女は大きく頷く。
「そうじゃ。精霊とは精神生命体と魔法生物の中間にある存在で、神々の道具として環境魔力に関する働きを担うという説じゃ」
ここまでの説明で疑問があればとニナがみんなに問いかけると、カレンが手を挙げた。
「もし精霊が神々の道具なら、私たちがそれを使うのは大丈夫なんでしょうか?!」
「もっともな疑問なのじゃ。それについては共和国は昔からこう言われているのじゃ。『人間は神々の作品だから大丈夫』というものなのじゃ」
『お~』
なにやらみんなから感心の声が上がっている。
「いろいろ話したが、精霊魔法は普通に使える魔法なのじゃ。ただ、精霊についてどういうものかということは、頭の片隅に入れておいて欲しいのじゃ。良いじゃろうか?」
『はい!』
みんなの声に頷きつつ、ニナは講義を進めた。
ジェイク イメージ画 (aipictors使用)
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