07.遊撃として優秀だった
一月も第二週になり、二学期が始まった。
授業がある時のように朝はのそのそと起き出して寮の朝食を取り、自室で身支度を整えてクラスに向かった。
学院では新学期が始まっても始業式とかは無く、そのまま休み前のように授業が始まる。
休み前と同じように、クラスメイト達が揃っていることに何となくホッとする。
休み中に会っていなかった女子たちとお喋りをしていたら、ディナ先生がクラスにやってきて朝のホームルームが始まった。
教壇に立って席に着いたあたし達を見渡した後、ディナ先生は口を開く。
「皆さんおはようございます。そして新しい年になりましたが、今年もよろしくお願いします」
『よろしくお願いします』
あたし達の反応にディナ先生は微笑む。
「いいですね。久しぶりのホームルームですが、皆さんの元気そうな姿に安心します。――さて、まずは連絡事項からです。学期が変わりましたので、席替えやクラス委員の選出を行います。ですがこれは明日以降、転入生の各クラスへの割り振りが確定してから行います」
「先生! Aクラスは転入生は来そうなんですか?」
カリオがいきなり質問をしたが、みんなも興味がある内容だっただろう。
みんなはディナ先生からの返事を、カリオと同じように静かに待っていた。
「済みませんがその質問には答えられません。そうですね……、楽しみに待っていて下さいねと言っておきます」
『お~?』
みんなも半信半疑だけれど、こればっかりは学院の守秘義務とかの関係があるんだろうと思う。
どっちにしろ明日には分かるみたいだし、先生の言う通りそれまで待てばいいことだ。
「それでは今日の授業についての連絡事項の話に移りたいのですが、その前に魔法の実習の話をしなければなりません――」
ディナ先生は「気になっている人も多いでしょうが」と前置きしたうえで、以下の内容を連絡した。
・『魔神の加護』により魔法の上達に差が出ることになったため、魔法の実習は進め方を変更する。
・初等部の魔法実習は、基本的にこれまでのカリキュラムを行う。
・各段階での課題達成をもって、次の段階に直ぐ進ませる。
・こなせる者は前倒しで高等部の内容を解禁する。
「――ということになります」
「先生、ちょっとええやろか?」
「どうぞサラさん」
「えっと、参考に聞いときたいんやけど、高等部の人らの魔法の実習はどないな形になるんですか?」
確かに初等部の方は前倒しで高等部の内容を習うなら、初等部三年生で高等部のカリキュラムに進む生徒も出てくるだろう。
「はい、高等部の魔法の実習は全て応用に切り替えることが決まっています。農業での魔法の応用、医学での応用、鑑定など商取引での応用、魔法工学での応用、などなどですね」
『お~』
より実学に即した方向に魔法実習が変わる感じになるのか。
高等部になるまで関係無いけれど、ちょっと面白そうだな。
戦闘以外での魔法の応用は興味があるぞ。
「先生、その場合だと、高等部で基礎的な内容の実習を掘り下げたり学び直したい連中は困ると思うんだぜ?」
マクスが手を挙げて発言するとディナ先生は頷く。
「高等部での魔法実習の基礎的な内容は、今後は選択制になります。別に学べないことにはなりません」
「分かったんだぜ」
「はい。それでは、今週の授業の連絡事項があります――」
そうして朝のホームルームは休み前のように行われた。
午前中の授業が終わってお昼になった。
いつもの実習班のメンバー、キャリルとサラとジューンとニナと一緒に食堂に向かう。
講義棟の方からの入り口から入ると、食堂内は大勢の人出があった。
「なあなあ、いつもより食堂が混んどるのとちゃう?」
言われてみればその通りだけれど、その理由はサラが忘れているだけだろう。
「そうね。今日は高等部の入試の合格発表だもの。もう貼りだしてるんじゃないかしら?」
「ああそうやんな。……先輩らは大丈夫やったろうか」
「内部進学する人たちは内申などで有利でしょうし、基本的には大丈夫だと思いますよ」
「ジューンの言う通りですわ。それに今回仮にダメでも、来月には入試の後期日程があります。そこで再チャレンジすれば良いのです」
内申書でも有利だし、初等部の授業を受けている時点で、ある程度高等部入試の試験対策になっている。
ふだんマジメに授業を受けていれば、外部から高等部を受験する人よりは有利だと思う。
「それより今はあたし達の心配をしましょうよ」
「ふむ、なにか心配事でもあったかのうウィンよ?」
「これだけ人が多かったら、料理も席も取り合いにならないかなって微妙に心配なのよ」
あたしが割と本気で心配していると、みんなに笑われてしまった。
「私は受験の結果発表の時に食堂で食べられましたよウィン。心配しなくても大丈夫ですよ」
「そうやでウィンちゃん。食堂のオバちゃんらは毎年のことやし、慣れてはるおもうで」
「妾も同感なのじゃ」
「そう言われたらそうよね」
「わたくしたちも料理を取りに参りましょう」
その後、結論をいえばあたし達は無事に昼食にあり付けた。
あたしは久しぶりに運動部御用達サイズのバゲットサンドを頂き、みんなもそれぞれ美味しそうなものを取っていた。
お喋りをしながら頂いて、あたしとキャリルは『敢然たる詩』の打ち合わせのためにみんなと別れた。
魔法の実習室にはあたしとキャリルが先に着いて、程なくレノックス様とコウとカリオが来た。
打合せのためにあたしは【風操作】で周囲を防音にする。
「この場所にこのメンバーで集まるのは久しぶりな気がするな。休み中はオレの都合で活動できずに済まなかった」
レノックス様はそう言って神妙そうな顔を浮かべる。
「気にしてはいけませんわ。おうちの事情で動けないのですもの、それは不可抗力です」
「ボクも同意見だよレノ。あくまでもこのパーティーは鍛錬が主目的だし、優先する予定があるならそちらを片付けるべきだ」
「俺も異議なーし」
「あたしも同感ね。それよりも、お城で騎士団の人たちと模擬戦をやったときの課題の話をしたいんだけど」
あの時は王宮の教導担当のひとに、二つ指摘を受けていた。
「『個人の戦闘力』と『全ての組み合わせ』ってキーワードだったよな?」
「そうですわね。個人の戦闘力は各自が鍛錬すればいい話ですが、もう一つの方はそこまで掘り下げていなかった気はしますわね」
カリオとキャリルは覚えていたけど、あまり時間は経っていないし当然か。
「全ての組合せって、ボクらは五人だから二人一組と三人一組の一セットずつに分かれて戦う話だったよね?」
「そうだ。ただ、それを考えるためには役割分担を考えておく必要があるだろう。――その話だなウィン?」
レノックス様の指摘の通りだ。
パーティーを密集陣形にするのでも、二人一組と三人一組に分けて戦うのでも、各自の役割分担を考えておく必要があるだろう。
「ええそうよ。カリオが加入する前は決めていたけれど、遊撃にフィットしたからあまり問題にして無かったと思うの」
「え、なに? 俺の話?」
カリオが途端に焦ったような表情を浮かべる。
このまま弄ってもいいんだけど、それで脱線するのも時間のムダではあるんだよな。
「いいえ、わたくしたちがある意味で、パーティーの運用をあいまいにしてきたという話ですわ」
「そこまで問題にならなかったのは、カリオが遊撃として優秀だったってことなんだ。でもそのせいでキチンと話して無かったと思うんだ」
「そのあたりはオレから説明しよう――」
レノックス様はそう言って、『敢然たる詩』がスペシャリスト集団を目指すかゼネラリスト集団を目指すかの議論があったことを話した。
スペシャリストの集団は、一般的な騎士団のようにある程度人数が居る場合に成り立つ。
それに対してゼネラリストの集団は、威力偵察や暗殺などの特殊作戦のための部隊のように、人数が限られ状況次第で誰かの補助をする必要がある。
あたし達は、理想的には各自が何でもできるゼネラリストを目指したいけれど、折衷案として『ゼネラリストを目指すスペシャリスト』という方針にした。
そしてそれを実現するためにパーティーの中の役目を決め、主担当と副担当を決めた。
「――ということだ」
「……それは、俺としてはもっと早くに聞いておきたかったな」
「ああ。だが言い訳になるが、コウも言った通りおまえは遊撃として優秀だったのだ。回復役はともかく、遊撃、斥候、攻め手に加えて状況次第で盾役も出来るポテンシャルがある。オレはそう判断していた」
レノックス様は少しカリオを褒め過ぎなんじゃないだろうか。
でも否定する理由も余り無いんだよな。
そしてレノックス様の言葉にカリオは表情がやわらぐ。
「そ、そうかな? そんなに煽てても何も無いぞレノ」
カリオの反応にレノックス様は溜息をつく。
「オレがパーティーの戦力に関する真面目な話に、なぜおまえへの世辞を混ぜる必要がある? 客観的な判断だ」
「そ、そうか。分かったよレノ」
そう応えてカリオはにへらっと笑った。
ディナ イメージ画 (aipictors使用)
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