06.集団になったときには
キャリルの部屋を訪ねてノックをすると、本人が直ぐに扉を開けてくれた。
【風のやまびこ】で連絡をすることもできるけれど、寮では直接訪ねられるから便利だよなと思う。
「あらウィン、どうしたんですの?」
「こんばんはキャリル。こんな時間にごめんなさい。ちょっと相談したいことを思いついちゃったんだけど、今いいかしら?」
「相談ごとですの? 別に構いませんわ」
消灯時間までまだ十分時間があるけれど、ちょっと遅めな時間だ。
それでもキャリルはいつも通りに応じて部屋に通してくれた。
「お茶を入れましょうか?」
「いいわ、ありがとう。それで相談したいことなんだけど、夕食のときにも話をしたけれど『魔神の加護』の件よ」
「魔法の実習で差が出るという話をしていましたわね」
「それも気になるけれど、風紀委員会の関係でも気を付けた方がいいんじゃないかしら」
「そういうお話ですの……。ウィン、やっぱりちょっとお茶を入れますわ。少しお待ちなさい」
「あ、ありがとうキャリル。それじゃああたしも秘蔵の焼き菓子を出しておくわ」
キャリルが共用の給湯室でハーブティーを淹れてくれて、あたしは商業地区で買ったクッキーを提供した。
「それで本題だけれど、『魔神の加護』って魔法とか魔力を使う技の上達が早くなるでしょ? それで急に強くなったと錯覚して、ヘンな行動をする生徒が増えないかちょっと心配なのよ」
「ヘンな行動ですの?」
「ええ。具体的には学院構内での野良試合が増えたり、妙な闇討ちをする連中が出てきたりしないかしら?」
あたしの言葉にキャリルは「そうですわね……」と言ってから少し考えて応えた。
「可能性は高いかも知れませんが、わたくしは問題無いと思いますの」
「ふーん。どうして?」
「わたくしが個人的に野良試合や闇討ち上等――という理由は横におきます」
「う、うん」
良かったよ、個人的なバトル脳による判断とかじゃなくて。
あたしはお茶を頂きながら話を聞く。
「おそらく例外はあるのでしょうが、挑む方も挑まれる方も『魔神の加護』を得るタイミングは大差無いはずです。あとは効率の高低はありますが、同じように修行をすれば差はそれほど縮まらないのではないでしょうか」
それは一理ある考え方だ。
『魔神の加護』によって修行効率が上昇しても、同じようなタイミングで上昇したなら基本的には当初の差は変わらない気はする。
「修行効率の違いによって一時的なパワーバランスの変化は起こるんじゃないかしら?」
「もちろんそれは起こるでしょう。でもそれがそのまま野良試合や闇討ちの増加につながるかといえば、わたくしはトレーニングの方に向かう気がしますわ」
「それはそうなのよね。イジメの可能性は大丈夫かしら?」
「それは今さらですわウィン。学院の生徒は風紀委員をしていますと色々みえてくる面はありますが、それでも王国の同年代を代表するような人たちです。ちょっとした諍いや行き過ぎたおふざけはありますが、悪辣な人はこれまであまり会ったことがありませんわ」
それは確かにキャリルのいう通りだ。
風紀委員や学院が追い切れていない事件の可能性は残るけれど、校風としてちょっと考えづらい。
そもそも揉め事が起こった段階で食券で賭け事を始めようとする妙なところがあるし、ある意味おバカなところがあるから悪辣さは想像しにくいか。
ただ風紀委員会の打合せで、過去には体育祭で脅迫を行ったような事例は聞いたから油断はしない方がいいのだろうけれど。
「確かにね。それじゃあ大丈夫と言っていいのかしら……。なにか見落としている予感がする」
「ウィンの予感ですか。それはちょっと無視できませんわね」
じっさい何か『魔神の加護』関連での面倒事が起こるような予感がしたんだよな。
「ウィン、このクッキー美味しいですわね。商業地区で買ったんですの?」
「そうよ、イエナ姉さんから教わった店で買ってみたの。クッキーを売ってた菓子店が、小麦なんかの製粉所や酪農家が親戚同士らしいのよ」
「まるでチームを組んでお菓子を作ってらっしゃるんですのね」
確かになあ。
原料製造から協力して菓子作りに臨んでいるというのは、この世界では珍しいとおもう。
「それにしてもチームか……」
「どうしたんですの?」
ここまでキャリルと『魔神の加護』の影響の話をして、生徒ひとりひとりはそれ程問題が無いんじゃ無いのかという話になった。
ならそれが集団になったときにはどうなるんだろう。
そこまで考えた時に、あたしは非公認サークルのことが頭に過ぎった。
「ねえキャリル、生徒個人では問題無いとしても、『魔神の加護』は集団には影響は無いかしら?」
「集団、ですの?」
「うん。もっと具体的にいえば、非公認サークルの活動が先鋭化する可能性は無いかしら」
「ああ……、そちらがありましたわね」
「個人的には、『虚ろなる魔法を探求する会』や『闇鍋研究会』はヤバいような気がするわ」
「わたくしは『美少年を愛でる会』と『地上の女神を拝する会』が心配ですわね」
ああ、そいつらもいたか。
というか、『美少年を愛でる会』の方は幹部のパメラの妹であるヘレンに会ったばかりだ。
あの時に情報を仕入れておけばよかったんだろうか。
もう済んだ話ではあるけれど。
「……じゃあさキャリル、念のためニッキー先輩に話だけでも上げておかない?」
「そうしましょう」
キャリルがニッキーに直ぐ相談するかを確認して来たので、他にも何か相談することがあったことを思い出す。
「あ、そういえば全然べつの話を思い出したけれどいいかしら?」
「どうしたんですの?」
「キャリルは【風壁】のトレーニングはどこでやるの?」
「それは姉上と話しましたが、魔法の実習室外の訓練場か、広域魔法研究会が使っている魔法演習場の隅を借りればいいのかなと」
そうか、普通に学院の施設を借りればいいんだな。
「それに、ウィンさえ良ければまた新学期も、『闇神の狩庭』を使わせて頂きたいですわ」
「もちろんやりましょう。キャリルを含めて、みんななら大歓迎だし」
「ふふ、ありがとうございますウィン」
そのあとあたし達は【風のやまびこ】でニッキーに連絡を入れた。
「――相談内容は分かったわ。確かに非公認サークルの件は凄く気がかりね。今から二学期を迎えるのが気が重くなってきたわ」
「それは済みませんでした」
「構わないわ。早めに監視を始めた方が安心できそうだし」
「わたくし達の方でも気を付けておきますわ」
「お願いします、キャリルちゃん、ウィンちゃん」
ニッキーとはそこまで話してから連絡を終えた。
その後あたしはクッキーを平らげてからキャリルの部屋を出て自室に戻った。
薬神たるあたしは神々の街にある喫茶店で、アレスマギカと会って話し込んでいた。
惑星ライラのプロシリア共和国で、古くから過激な魔神信仰をしていた『赤の深淵』について、その扱いに注意が必要なことになったのだ。
あくまでも神としての範疇を超えてはいけないという行動規範のことだ。
「――話は分かりましたがソフィエンタ先輩、納得がいきません」
「仕方ないじゃない。あなたが目の敵にしてた『赤の深淵』の子たちは、信仰の対象を“魔神”から“血神”に変えちゃったんだから」
当初から『神としての性質がヤバい方向に曲げられそうなときは、地上に干渉するのは神々の権利』と説明していたが、どうにも妙な方向に事態が動いた。
『赤の深淵』が“血神”という存在を信仰している以上、アレスマギカへの信仰の話ではない。
いくら彼らが暴走しようが、現状ではアレスマギカの権利とは関係ない話になるのだ。
「でも先輩、それじゃあ何かあったときディアーナを護れないってことなんですか?!」
「だから落ち着きなさいって言ってるでしょ。順番に説明しようとしてるのに……」
あたしはホットコーヒーを飲みながら思考を仕切り直す。
「あなた自身を護る権利と、巫女や覡を護る権利は別の話です」
「……! それはつまり、ディアーナに危機が迫りそうなときは、ぼくから手を打てるってことですね?」
「そうなんです! さっきから話を止めるからやっとここまで話が進んだよ! 話を聞いてよ、あたし先輩よ?」
「それは……、すみませんでした」
アレスマギカは済まなそうに頭を下げてから、まだ口をつけていなかった紅茶を飲んだ。
「よろしい、許します。その上でクギを刺すけど、現状『赤の深淵』の件で惑星ライラの子たちに干渉するのは、巫女や覡を護るときだけだから! そこんところを説明できないのにやらかすと大変よ?」
そう告げてあたしはアレスマギカをじっと睨む。
その視線に少しだけ彼は焦りを見せた。
「ど、どうなるんです?」
「最悪の場合、アカシックレコードからの巻き戻しがあるから大ごとになるわ」
「もしかして先輩たちに怒られまくるんですかね?」
「そうね。タジーリャ様を始め、ほとんどの先輩たちはお小言をひとこと程度で済ませてくれるけど、ティーマパニアはぽかぽかと両手をグーにして延々と叩いてくるわ」
「それは……」
「痛くは無いけど居た堪れなくなるから、やるなら覚悟なさい」
あたしがなぜそんなことを言えるのかは、説明する気は無いですけど。
「はい……」
「あと当然、相対時間で百万年くらい研修があるから」
「はい……」
アレスマギカは“研修”という単語を聞いてゴクリと唾を飲み込んだ。
その様子に満足したので、あたしはアレスマギカへの圧を弱める。
「あたしたち神々は魂のための道具よ。でも意思のある道具だし、好き嫌いくらいあるの。何かの工場で動いている機械ではないのよ」
「意思のある道具、ですか」
「ええ。だからアレスマギカ、あたしはこう言っておくわ。『上手くやりなさい』」
「努力します……」
アレスマギカは絞り出すように返事をして、あたしに頷いた。
ニッキー イメージ画 (aipictors使用)
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