05.上達するのが恐ろしくなって
「よしおまえら、忘れ物はねえな?! 昼メシの時にバリーが健康うんぬん言ってたが、要するに元気ならいいんだ。もし元気が無くなったらいつでも遊びに来い、おれが相手をしてやるぜ」
荷物をまとめたあたし達はブルースお爺ちゃんちでリビングに集まっていた。
お爺ちゃんはシラフに戻っているけれど、たぶん魔法を使って酔いを醒ましたんだと思う。
あたしを含めて子ども組はそれぞれにマジックバッグを持ち、そのまま寮に移動できる状態になっている。
お爺ちゃんが休みの最後にひとことと前置きして告げたのだ。
「爺ちゃんこそ、仕事のストレスでお酒を飲みすぎるなよ」
リンジーが微笑みながら告げる。
「騎士団は巡礼客対応で大変だと思うけど、頑張ってね」
イエナ姉さんがお爺ちゃんやバリー伯父さんとバートに声をかける。
「バート兄さんと時々手合わせもしたいし、またそのうち来ます」
ジェストン兄さんがそう言って微笑む。
これはあれか、ひとりひとこと的な流れになっているのか。
「次は春休みかしら? 父さんは狩人だし、畑もそんなにないからまたみんなで集まりましょう」
アルラ姉さんがそう言って微笑む。
「みんなで集まったら、また何かやりたいわね。元気になるようなイベント、できるだけ考えておくわ」
「父さんはまたピザを食べたいな」
「僕もピザは好きな食べ物になりました。またやってもいいですね」
「そのときゃ休暇取って本格的に飲むぜ」
「ぼくもそれまでにもっと鍛えておきます」
あたしの言葉に父さんと、バリー伯父さん、お爺ちゃん、バートが順番に言葉を重ねた。
というかバートは何を鍛えるつもりなのやら。
それでもピザパーティーを気に入ってくれたなら良かったとおもう。
「ウィン、待ってるわ。他のみんなも、何かやりたくなったら相談なさい」
『はーい』
コニーお婆ちゃんの言葉にあたし達は返事をした。
ふと横を見るとリンダ伯母さんがリンジーの頭を撫でながら何か声を掛けているけど、リンジーの顔が赤くなっている。
たぶんジャロッドの関係で何か言われてるんじゃないかな。
程なく姉さん達に声を掛けていた母さんがあたしのところに来る。
「ウィン、あなたは好きにやりなさい。あと、手紙はいつでも書いてね」
「分かったわ、母さん」
あたしが応えると、母さんは頭を撫でてくれた。
「あと、アルラが望むなら気配まわりの技術を教えてあげなさい。キャリル様に教えたのと同じ流れでいいわ」
休み中に母さんは、アルラ姉さんが刈葦流を習い始めたのを本人から聞いたようだ。
あまり月転流を教えることにはこだわっていないみたいで、あたしたちの助けになるならという態度だ。
「アルラ姉さんが武術を覚えたら、フィールドワークと称して各地の遺跡にいりびたりになる気がするかな」
「ウィン、何か言ったかしら?」
「何でもないわ。母さんにお願いをされていただけよ」
アルラ姉さんからは不信の目をじとっと向けられたけれど、あたしはスルーした。
そうしてあたし達は一通り言葉を交わした後、荷物を持ってブルースお爺ちゃんちを離れた。
大人組はお爺ちゃんちの前で見送ってくれたけれど、あたし達が角を曲がるまでずっと家の前に居た。
その後、最寄りの停留所から王都内の乗合い馬車に乗って、あたし達はそれぞれの学校に戻った。
アルラ姉さんとルークスケイル記念学院の寮に戻り、玄関の受付で帰寮の手続きを済ませて自室に戻った。
そのまま自室で軽く【洗浄】を掛けて掃除する。
そしてマジックバッグから教科書や参考書を取り出して、【収納】の中に移し替えたりしながら夕方まで過ごした。
夕食の時間になるとキャリルとアルラ姉さんとロレッタ様があたしの部屋に来て、みんなで食堂まで降りて一緒に食べた。
「なんだかうまく言えないけど、寮の食事を食べると戻ってきたなって感じがするわ」
「そうですわね。明日からまた学院の日々ですわ」
あたしとキャリルのやり取りに、ロレッタ様が口を開く。
「新学期になっても、とくに変わることも無いというべきなんでしょうけど、今年は魔法に関しては色々ありそうよね」
「それは――『魔神の加護』のことを言っているのかしら?」
アルラ姉さんの問いにロレッタ様は頷く。
「もちろんそうよ。加護の強さによって生徒ごとに差が出るのは確定してるし。先生たちも悩みどころじゃないかしら」
確かにロレッタ様が言う通り、魔法の実習の授業は影響が大きそうな気がする。
今のところニナが入学した段階で無詠唱を使えた実績があるので、『魔法構造の可視化技術』の方まで早めに進む生徒が増えるのかも知れない。
ソフィエンタが以前、魔神さまが魔法を高度に使いこなすのを望んでいるって話をしていた。
学院に戻って実際に魔法の実習を受ける段階になって、上達の速さの違いはどう影響するんだろうな。
姉さん達やキャリルと話しながら、あたしはそんなことを考えていた。
闇曜日夜の商業地区は、酔客相手に酒場が盛況だ。
そのうちの一つ、カウンター席しかない小さな店ではウィラー・レスター・サマースケイルがウィスキーを一人で飲んでいた。
ローブを着た地味な格好で、知らなければ彼が学院の研究者とは想像しないだろう。
そこにロングコートを着て冒険者の格好をした女性が入店し、ウィラーの隣に座る。
「“この人と同じものを”」
何を考えているのか悟らせないような曖昧な笑みを浮かべたまま店主に告げると、直ぐにウィスキーがストレートでカウンターに出された。
「やれやれ、“スモーキーな香りが好きだとは意外です”」
「“いいえ、試すのは初めてなんです”よ。美味しそうに飲んでらしたので」
女性の言葉に頷くと、ウィラーは無詠唱で風魔法を使い、自分たちを囲むように見えない防音壁を作り上げた。
「今回はほとんど情報がありませんよ? 流石にあそこまで王家の皆さまが『魔神の加護』を早期に得られるとは思っていませんでしたし」
「ええ、理解しています。神さまの予定表を暗部も把握していませんし」
女性はそう言って悪びれずに笑う。
ウィラーは一つ嘆息してから、無詠唱で【収納】から書類を取り出す。
それを手渡しつつ、微妙そうな表情で女性に告げる。
「こちらで調べられた分です。お分かりでしょうが、寮に残っている生徒のみです」
「充分です。これは今後の継続的な分析用資料にします」
女性は書類に抜けが無いかを簡単に確認したあと、無詠唱で【収納】に仕舞い込んだ。
「手堅いですね」
「そういう仕事です。また追って連絡しますが、定期的に同様に貴族家の子息令嬢のステータスを魔法で鑑定して、その変化を調べて頂くつもりです」
「分かりました。用件は以上ですか?」
「ええ。――ですが前回仰っていた件をうちの魔法使いに確認しましたが、五感共有までは行けそうです」
女性はそう言って少しだけ柔らかく微笑む。
「せっかく『魔神の加護』がもたらされたのです。色々試すことをお勧めしますよ。では……」
ウィラーはそう言ってからポケットから硬貨を出しカウンターに置くと、席を立って店を出た。
女性は一口だけウィスキーを飲み、ウィラーと同じように硬貨をカウンターに置いて夜の王都に消えた。
夕食後には自室に戻って日課のトレーニングを始めた。
ブルースお爺ちゃんちでやるのと違って部屋は狭くなったけど、ある意味で気楽だ。
最初に環境魔力のトレーニングから始める。
勉強机の椅子に座った状態で、自身を包むように球状の環境魔力をイメージした。
ここまでは休みの前も出来ていたけれど、動かそうとしても速度はかなりゆっくり目で、球状の環境魔力を維持するのがメインだった。
ところが『魔神の加護』を得てから数日たち、元旦の夜辺りからもっとラクに回転させられそうな感触があった。
今では以前よりは少しだけ速めに球状の環境魔力を回転させられている気がする。
環境魔力の流れにムラが出ないようにするというのは、以前クラウディアが強調していた。
できるだけ均一に制御できるように、速度よりも密度を意識して環境魔力の制御を練習した。
次に時魔法と【回復】のトレーニングを行う。
『魔神の加護』をいただく前の段階で、【加速】と【減速】がおよそ三パーセントほど効果が上昇した。
【減衰】、【符号演算】、【符号遡行】がおよそ一パーセントほど。
【純量制御】は覚えたばかり。
「『魔神の加護』を貰ったのが二週間前で、(この世界では)十二日前。加護で修行効果が十二倍になっているから、単純計算で百四十四日トレーニングしたのと同じ効果がある……。(この世界だと)四点八か月……五か月弱。あれ? 『魔神の加護』ってヤバいよね?」
今更ではあるけれど、努力すればした分だけ魔法が上達するのが恐ろしくなってきたな。
ちょっと心配になってきたけれど、先ずはトレーニングを片付けるか。
【加速】と【減速】はそれぞれ【純量制御】を重ね掛けして、大豆を箸で移すトレーニングをした。
次に【回復】の練習を、寮に戻ってくるときに入手した葉っぱで行う。
【回復】はずい分スムーズに発動できている気がする。
同じ葉っぱをちぎり取って、【減衰】で枯らしてから【符号遡行】で元の状態に直す。
【符号演算】はサイコロで狙った目を連続して出せるように練習する。
当面の目標は、四回連続してコンスタントに同じ目を出せるように出来るのを目指す。
六面のサイコロを使うので、四回連続だと六の四乗で千二百九十六通り。
コイントスで一パーセント以下を出せるようになったから、サイコロで0.1パーセント以下を目指してみる。
というかこのままだとホントに賭け事にしか使えないな。
でも偶然が作用することなら、現実を収束させてラッキーを引き寄せられると思っている。
始原魔力を身体に纏わせるトレーニングは順調で、糸状に纏わせる細さと使い勝手の両立が今の課題だ。
時属性魔力を纏わせるトレーニングは全身で纏わせるのと、手刀に纏わせた時属性魔力を広げていく練習をぞれぞれ行っている。
次に『風水師』のスキル『環境把握』を発動させて周囲の気配や環境魔力の動きを探る。
『環境把握』のスキルは出来ればスキルに頼らずに再現したいのだけれど、どこまで練習すれば実現できるんだろうな。
【風壁】のトレーニングはスペースの問題があるので、とりあえず手のひらサイズでトレーニングする。
これは練習方法を考えた方がいいかも知れないけど、シンディ様から一緒に習っているからキャリルに相談しようか。
最後に手のひらに葉っぱを乗せて、【振動圏】の“調査”で調べるトレーニングを行った。
「これだけこなしてもまだ寝る時間じゃ無いんだよな……」
あたしはそう呟いてから、『魔神の加護』で感じた懸念というか心配事を誰かに相談した方がいいんじゃないかと思い始めた。
考えたくは無いけど、急に魔法が上達すると気が大きくなっておかしな行動をする生徒がでないだろうか。
「問題は誰に相談するかよね」
少し考えてから、あたしは先ずキャリルに相談してみることにした。
リンジー イメージ画 (aipictors使用)
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