04.興味を持って調べている
鬼ごっこも終わったので解散し、あたしと母さんはブルースお爺ちゃんが予約したという店に移動した。
商業地区にある店で、名前は『女神の分け前』という。
以前シルビアと知り合った時に公国料理の『ヒッコリーの一撃』という店に行ったけれど、今日の店も夜の酒場がメインの店らしい。
王国の酒場系の店らしく肉の香草焼きも揃っているけれど、王国西部の料理がおいしいという話だ。
母さんに案内されて店内に入ると、外見は石造りの建物の一階なのに床材や壁材に木材を使っていて落ち着く雰囲気だ。
店の中にはそれなりにお客さんは居るようだった。
店員さんが母さんに声を掛けてくるのでお爺ちゃんの名前を出すと、奥の個室に案内された。
個室には家族みんなとブルースお爺ちゃんちのみんなが揃っていて、大人組はすでにエールを飲んでいるようだ。
子ども組は木製の大きなタンブラーに入った果実水を飲んでいる。
「すまんジナ、ウィン、もう始めてるぞ」
お爺ちゃんがエールのジョッキを掲げると、それに合わせてバリー伯父さんと父さんがジョッキを掲げる。
「お待たせしました。といっても時間的にはだいたい予定通りだったと思いますけれど」
「まあ、硬いことは言いっこなしだ。見ての通り料理もこれからだし、まずは乾杯しよう」
「分かったわ、あなた。ウィンも座りなさい」
「はーい」
空いている席に座ると、確かにテーブルにはマッシュポテトや肉串なんかが並んでいるだけだ。
と思っていたらスープの皿が出てきたぞ。
羊肉と野菜が煮込まれたシチューだけど、香りがすでに美味しそうだったりする。
暖かいうちにすぐにでも頂きたいところだけれど、全員揃ったし乾杯してからの方がいいのか。
するとバリー伯父さんが仕切り始めた。
「はい、それじゃあみんな揃いましたし、乾杯をしますね。子どもたちはまた学校が始まりますし、今年一年健康に気を付けて頑張ってください。大人の皆さんも同様です、一年間元気に頑張りましょう。――それではヒースアイル家の健康を願って、乾杯っ!」
『乾杯!』
あたし達は乾杯した後に拍手をしたが、すぐに店員さんが追加の料理を運んで来た。
いわゆるベーコン・アンド・キャベツだけど、地球でいえばアイルランドの料理だった気がする。
もうちょっと詳しく説明すれば、「塩漬け豚肉のケール煮込み、マッシュポテト添え」だ。
この店ではクリームソースも別の容器で出されたから、好みで掛けて頂くんだろう。
ちなみにケールというのはキャベツの原種の葉物野菜で、王国ではサラダとしてよく出てくる。
少しだけ苦みがあるから小さい子供は苦手だったりするかもだけど、ドレッシングで気にならなくなる味だ。
あたしは目の前のベーコン・アンド・キャベツにドバっとクリームソースをかけて、マッシュポテトと一緒に頂いた。
「うまっ! ベーコンの肉の風味とケールの野菜感がクリームソースでまとまってるところに、マッシュポテトでフィニッシュって感じね!」
「ウィン、気持ちはわかるけど落ち着いて食べような」
リンジーが苦笑しているけど、これは美味しいうちに食べたい味だ。
「あんまり飛ばすと他が食べられなくなるわよ」
イエナ姉さんがそう言った直後にボクスティ(ポテトパンケーキ)がやってきた。
見た目は生地にジャガイモを使っている薄めのパンケーキだけど、チーズを使ったタマゴソースみたいなものを挟んでいる。
「それ絶対美味しい奴よね?!」
「だから落ち着きなさいウィン、まだシェパーズパイやフィッシュアンドチップスやラム肉のステーキも来るはずよ」
アルラ姉さんが諭すように告げ、ジェストン兄さんやバートが生暖かくあたしを見ていた。
それを聞いたあたしは、食べるペースを抑えることにしたのだった。
「それでジナ、ウィンの様子を見るとか言ってたが、自分の目で見てどうだった?」
「そうですね。おおむね問題無いと思っています」
ブルースお爺ちゃんの言葉に母さんが微笑んで応える。
「母さんホント?」
「ええ。街なかでの動きを見たかったけれど、私から見て気になるところは無かったわ」
その言葉にあたしは胸をなでおろした。
ここで次回までの宿題とか言われたらどうしようと思っていたのだ。
「ただ、このまま毎日を怠惰に過ごしたりせずに、いま行っている独自の研究を進める前提ですけど」
「ええと、研究?」
さて、どの話だろう。
時属性魔力を使った技である絶技・識月は誰にも説明していない。
『魔神騒乱』のときに衆人環視の中で権天使の右腕と武器を斬ったのは、各所に知られてしまっていると思う。
それ以外だと時魔法を幾つか独自の視点で練習中だ。
説明するように言われても色々とヤバいネタを含んでいる気がする。
いまのところは白を切ることにしよう。
できるだけ表情を変えずに首をかしげてみるが、少しだけあざとかったかも知れないな。
でも母さんとしては、あまり具体的な内容をこの場で訊くつもりは無さそうだった。
「何でもいいわ。ウィンが自分で興味を持って調べていることがあるなら、それが一番だもの」
「う、うん……」
「もし無いようなら課題とか宿題を出したところだけれどね」
「…………」
母さんは「うふふふふふ」と不気味に微笑みながらあたしに視線を向けた。
あたしは視線を逸らしてテーブルの上のボクスティを取り分ける。
その様子にリンジーが面白そうな様子で告げた。
「えー? ウィンには宿題を出したほうがいいんじゃないかな、ジナ姐さん?」
「あまり怠けているようならそうしたかも知れないけれど、自分なりに試行錯誤しているみたいだからそちらの方がいいと思うのよ」
意外と母さんは見てくれているのだろうか。
もしかしたら気配察知とか魔力の察知の類いで、日課のトレーニングをチェックしている可能性はあるか。
何といってもあたしの月転流の師匠だし、知らないうちに観察されていてもおかしくは無いけれども。
「そうかー……。ウィン、命拾いしたな?」
「なんでっ?! あたしそこまで怠けて生きてるワケじゃ無いわよ?!」
「でもウィンはラクをするためには一生懸命なのよね?」
あたしとリンジーのやり取りにイエナ姉さんが面白そうに訊く。
「もちろんよ! ラクこそ正義ですから!」
あたしはそう言ってキリッと表情を引き締めた。
その受け答えにリンジーなどからツッコみの声が上がったりして、賑やかな感じでみんなとの食事は続いた。
デザートのミンスパイ(シロップで煮込んだドライフルーツ入りの小さいパイ)を頂きながら大人組の男性陣を見れば、赤ら顔で完全にできあがった顔をしている。
エールとかだとワインと並んで大人たちにとっては水みたいなものだけれど、量を飲めばもちろん酔っ払いの出来上がりだ。
ちなみにすでにブライアーズ学園を卒業して、光竜騎士団で騎士見習いとして働いているバートもお酒を飲んでいる。
王国では周辺諸国同様、慣習的に十五歳を迎えた時点で成人としている。
飲酒は文化的な素地があることと、水の代わりにエールやワインを飲む地域がある。
子どもだって大きく酔わない程度に酒を飲む分には、咎めるひとは居ない。
ただ多くの子どもは果実水の方が飲みやすく、用意がある店ではそちらを飲むことが多いけれど。
あたしもムリにお酒を飲みたいとは思わないかな。
「――そんでよ、ぶぉくさつくんってなまえがついたわけよ。おれとしちゃあべつにそこまでみょうな、ことはしちゃいないんだけろよ。うはははは」
「しかしおじいちゃん、さいしょになづけたひとは、ヒック、それらけいんぱくとがあったっれことですよ」
「おいバート、幾らなんでも飲み過ぎじゃないか? おまえ、明日は仕事だろう?」
「だいじょーぶですよ、ぶらっどおじっっぷ。これもたんれんれす」
「全く、仕方ない奴です。確かに酒程度に飲まれていては、騎士団では先が思いやられますがね」
「あははは、いいじゃねーかおまえら。さけくらいたのしくのもーぜ」
楽しそうなのはいいんだけど、あの状態は放置して大丈夫なんだろうか。
思わずコニーお婆ちゃんの方を見るとニコニコしているので、まだセーフということなんだろう。
デザートを食べ終わったタイミングで母さんとリンダ伯母さんとコニーお婆ちゃんが話し込んで、そろそろお開きにしてお爺ちゃんちに引き上げることにした。
引き上げる段階になって酔っぱらったバートが駄々をこねたので、リンダ伯母さんが容赦なく【解毒】で体内の酒を分解した。
するとバートは直ぐに酔いがさめて大人しくなった。
そこまでのやり取りを見ていたお爺ちゃんに「さけはのんでものまれるなってこった、うはははは」と言われてバートは微妙そうな顔をしていた。
バート イメージ画 (aipictors使用)
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