03.戦術的な意味はある
コイン投げの結果、あたしたちネズミさんチームが先に逃げることになった。
みんなも準備できているみたいだし、そろそろ始めてもいいだろう。
「もう始めてもいいかしら? ダメな人は居ますかー?」
みんなはあたしの方を見るけれど、特に問題は無さそうだ。
「それじゃあ始めますね」
そう言ってから身体強化をかけ、軽めに気配遮断を行って冒険者ギルドの屋上を駆け、そのヘリから真下に飛び降りた。
もちろんただ地上にダイブする訳じゃあ無くて、ひさしとかベランダの手摺り、壁のちょっとした装飾を足場にして地上まで降りて移動する。
イメージするのは鬼ごっこの時のデイブの動きだ。
デイブは妙に読みづらい気配遮断をした上に、縦の動きで街なかを高速移動する。
慣れるまでは付いていくのがヒヤヒヤものだったんだよな、足場にする建物とかを壊さないかとか考えちゃってさ。
今回、冒険者ギルドの裏手にある路地に降りたあたし達は、気配遮断したまま地上を高速移動して距離を稼ぐ。
そしてネコさんチームが近づいてきたタイミングで、壁走りから建物のひさしなどを足場に縦の機動で屋上に上がり、王都の屋根の上を進む。
すると、ある程度の距離まで近寄られたところで、威力を弱めた回転するすりこぎ棒が飛んで来た。
飛ぶ斬撃も合わせて放たれているな。
母さんやジャニスの奥義・月転陣や、フェリックスが放った蒼蜴流の蒼舌斬だろう。
けん制の意味が強いし有効打にはならないだろうけれど、いきなり先頭を走るあたしを狙って来たのはブレーキの意味が大きそうだ。
速度を上げたユリオがあたしと並走して叫ぶ。
「僕が応戦しようか?!」
「却下です。あと十秒直進して!」
あたしの言葉で何かを察したのか、前方の建物の切れ目が目に入ってユリオは叫ぶ。
「了解した。みんな、急ごう!」
『応!』
そう叫びつつも、後ろを振り返ることも無くウェスリーやホリーが木剣を振るって、飛ぶ斬撃をネコさんチームのメンバーに放っていた。
直ぐに建物が途切れ、目の前には商業地区にある小さな公園のひとつが広がっている。
あたし達は建物の壁を垂直に降り、公園の樹々の中に入り込んだ。
林の中であたしは振り返り、パトリックに殺到するネコさんチームのメンバーに対処する。
母さんの気配に対応しようとしたのだけれど、あたしに並んで嬉々としてユリオが応戦していた。
目が爛々と輝いてヤバい人になっているな。
「あはははは! ジナさん! やはりあなたは素晴らしい! 僕の見込んだ通りだ!」
「あらありがとう。でもあなたはちょっと動きに甘さがあるわね」
片やユリオは鬼ごっこということを忘れて奥義っぽい何かを繰り出しているけれど、母さんは属性魔力を纏わせた得物で往なすだけだ。
そして隙あらばユリオに斬撃を入れようとするところをあたしがフォローしている。
あたしがユリオの防御の補助担当で、ユリオは攻撃に意識を割いている感じだ。
ただこれだと母さんを大きく崩せないうえ、二人張り付いているから他が手薄になるな。
母さんを押さえられているから戦術的な意味はあるんだけど。
ふと気になって他のメンバーをチラ見する。
ウェスリーが怪しい笑みを浮かべながら、ニコラスとウィクトルの二人を相手しているようだ。
ムリに攻めようとしないでユラユラと独特の動きで避けながら、蒼蜴流のワザっぽいものを繰り出しつつ守勢に戦っている。
木剣を持っていることもあるのだけれど、格闘の間合いに入らせないように二人掛かりの攻めを立ち位置と斬撃で誘導している。
あれは中々ねちっこい戦い方だけど、実戦ならもっと攻める斬撃を繰り出している気がする。
ニコラスも実力の割には無理に攻めようとしていないし、“鬼ごっこ”の範疇を超えるつもりは無さそうだ。
残りのメンバーだけどホリーはフェリックスと戦っていて、パトリックはジャニスと戦っている。
ホリーとフェリックスの兄妹対決は、手の内を知っている相手同士だからか互いに型稽古をやっているようなきれいな打ち合いになっている。
あれは長引くなと思っていたけれど、残るパトリックがヤバそうだった。
パトリックが刻易流の直線的で単調にも感じる動きで攻めているのに対し、ジャニスは苦も無くそれに対応している。
彼は速度自体は凄いんだけどな。
「うーん、鬼ごっこだし威力を押さえてんのが不味そうだな」
「やっぱり、そう、感じますか?」
ジャニスとパトリックのやり取りが聴こえてきた。
「ああ。おまえの流派は刻易流だろ? 一撃の重さが最大の武器なのに、それを使えねえ上にフェイントとかがまだ未熟だな」
「虚実の未熟は、師匠にも、言われています」
「そこはあーしが教えてやる訳にはいかねーけどさ、ウィンのお嬢に相談してみ? 何か思いつくかもだし」
「それは、いいことを、聞きました」
「そういう訳で、そろそろ攻守交替するわ。わりーな」
何やらあたしの名前が出ていると思った時には、闇属性魔力を纏わせたパトリックの拳打をジャニスが避けて、すりこぎ棒をパトリックの首に当てた。
「ほーい、有効打だぞー。攻守交替なー」
ジャニスが叫ぶとネコさんチームのメンバーは一斉に戦いの手を止めて、その場から移動を始めた。
だが彼らが集合するまでの隙をパトリックが逃さなかった。
ウェスリーとの交戦にこだわっていたからか、ウィクトルがその場から逃げるのに若干の遅れが生じた。
気配を消した状態でウィクトルに一足で移動し、パトリックは彼の死角から威力を弱めた拳打の一撃を横腹に当てて直ぐに距離を取る。
「はい、ウィクトルさんに有効打を入れました! 攻守がまた交代です!」
パトリックの声でネズミさんチームのメンバーは大急ぎで逃げ始めた。
結局その後も何回か攻守を交代したけれど、ユリオがどうにも母さんに応戦したがって大変だった。
彼と二人一組で母さんに挑むと手が足りなくなるので、途中からもう好きにさせることにした。
最終的にはネズミさんチームではパトリックが狙われる感じになり、ネコさんチームではウィクトルが狙われる感じで落ち着いた。
後半は腰を落ち着けて対戦というよりは移動中に相手チームの弱点を突くやり取りになり、いつもの鬼ごっこの感じになって行った。
気配の付け替えは今回も行ったけれど、パトリックが取り残されることが何回かあった。
通行人の近くを通り過ぎるとき自身の気配を重ねた後に、念入りに消して場に溶け込む技術だけれど、後で訊いたら習ったことは無いそうだ。
「あーしらは普通にやるけどさ、難易度はともかくそんなに珍しいテクニックでも無くね?」
「そうだね。共和国なんかでも知ってる人は多いと思うし、習わなかったのはたまたまなんじゃないかな」
鬼ごっこも終わって再び冒険者ギルドの屋上に持ってきたけれど、パトリックがジャニスとニコラスに弄られていた。
デイブの話を聞いていたので、もっと鬼ごっこの続行をユリオやニコラスにせがまれるかも知れないと思っていた。
でもどうやらニコラスはこの後ジャニスとデートらしい。
ユリオの方はウィクトルと共にウェスリーと何やら意気投合していた。
変人どうしはひかれ合うのだろうか。
思わず頭に過ぎったけれど、あたしは黙っていることにした。
「なかなか面白かったわね」
「レイチェルさん、退屈じゃ無かったですか?」
けっきょくレイチェルは最初の予定通り、見学に徹していた。
母さんに誘われたみたいだけれど、プライベートを使ってまで見学したのは何か目的があったんだろうか。
それを訊いてみると、自流派の鍛錬に使えないかを考えていたようだ。
「自流派ってことは……」
「そうね、ホリーやフェリックス、あとはウェスリーくんと同じ流派ね――」
ということは蒼蜴流で確定か。
王都ではマイナーな流派のはずなのに、あたしの知り合いに多いのは偶然なんだろうか。
「ところでウィンさんは婚約者とかいるのかしら?」
「はぁっ?! いや、特にいないですけど、突然ですね?」
「ふふ。何となくあなたとは気が合いそうな感じがしたの。無理に誘ったりしないけど、見合い相手を探したいときは親戚から探せるから覚えておいて」
「ありがとうございます……?」
あたしが当惑した表情を浮かべると、レイチェルは苦笑した。
「ごめんなさい、他意は無いわ。ジナ先輩の娘さんで旅団の新鋭って聞いていたから、もっとクールで飄々とした娘さんをイメージしてたのよ」
学生時代の母さんはそういう感じだったんだろうか。
けっこうモテたりしたんだろうな。
「……それはガッカリさせたかもしれませんね」
「まーさか! あなたは何というか変人に絡まれやすくてツッコミ体質が板についていて、穏やかにラクに生きたいのになぜか面倒事に巻き込まれるタイプよね?」
レイチェルさんが嬉しそうに告げるが、思わずどう反応すべきか考え込んでしまう。
「それって一体……」
「なにを隠そう、わたしがそうだからです!」
「そういう仲間意識ですか?!」
「仲間意識っていうほどではないけれど、何となくそう思っただけよ。だからそうね、冒険者として活動を本格化させるときはデイブ以外にわたしも味方するわよ」
冒険者ギルドの味方か。
コネとかは使い方によってはみっともないけれど、相談相手が増えること自体はいいことだと思う。
「分かりました。その時はお願いします」
「任せなさい」
「ところで、変人の対処方法って何が一番いいんですかね?」
「そりゃもちろん、相手をしないで逃げ一択ね。でもだいたいムリなのよね」
「ムリなんですか?!」
「なかなか悩ましいわよね。別の人に仕向けると自分の評判が落ちるし」
「ああ、それはマズそうですね」
レイチェルさんとはその後、変人への対処の話で少しだけ盛り上がった。
フェリックス イメージ画 (aipictors使用)
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