02.仲間や弱者を護るために
冒険者ギルドの屋上には、鬼ごっこを行うために十人が集まった。
メンバーはまずあたしと母さん。
ホリーとフェリックス、ウェスリー、パトリック。
ジャニスとニコラス、ユリオ、ウィクトル。
そして見学者が一人いて、母さんの学生時代の後輩のレイチェルだ。
レイチェルは冒険者ギルドディンルーク支部の副支部長らしいけれど、今日はプライベートと言っている。
メンバーがそろっている以上、ルールの説明とかから入ればいいだろう。
そう思ってあたしは声を上げる。
「みなさんおはようございます」
『おはようございます』
「急なお誘いに集まってくれてありがとうございました。今日は風牙流で伝統的に行われている、鬼ごっこを使った鍛錬を王都内で行いたいと思います」
あたしがそこまで告げたところでユリオが手を挙げて口を開く。
「その前にいいだろうか、可憐で強そうなお嬢さん」
可憐で強そうって人生で初めて言われた気がするけれど、あたしのことなんだろうか。
おだてても何も出ないぞ。
ともあれ、ウィクトルによく似た顔をしていて同じような獣耳をしているので、彼がユリオだろうとあたりをつける。
「あたしは別に可憐でも無いですし、強さはまだまだです。ええとあなたが色々と噂になっていたユリオさんですね? 何でしょうか?」
「あ、申し遅れました。僕はユリオ・フェルランテと申します。冒険者をしております。――それでですね、突然ですが僕はこの場でいちばん強いあなたに、試合を申し込みたい!」
そう言ってユリオはダンスにでも誘うときのような所作で、母さんに右手を差し出した。
ユリオの言葉にみんなが戸惑っているところに、ウィクトルが動く。
「そしてぼくはウィクトル・フェルランテと申します。突然ですがぼくも兄にならい、とても強そうなあなたに試合を申し込みたい!」
そう言ってウィクトルも右手を伸ばしてレイチェルに差し出した。
レイチェルは指名されたのが嬉しいのか「まぁ」と呟いて微笑んでいる。
嬉しいのか?
「折角の申し出ですが試合はお断りします。今日は鬼ごっこをすると決めているので」
母さんがニコニコとした表情で応えるが、ああなると絶対に意見が変わらないんだよな。
でも今回は当然だと思うけれど。
明らかに気落ちした表情でユリオが告げる。
「それは残念です、『明日の勝利のためには今日は死ね』という家訓に背くことになりそうです」
「「イヤな家訓だな!」」
反射的に心の声が出てしまったけれど、どうやらレイチェルも同様だったらしい。
彼女はあたしの叫びに気付き、こちらを見て力強く頷いてみせた。
でも母さんに試合を申し込んで死を覚悟するというのは、中々いい目をしているのかも知れない。
呆れつつも、あたしは少しだけユリオの態度に感心した。
そして気落ちしているユリオに母さんが声をかける。
「あなたの家訓よりも大切なものがあるのでは? ユリオさんと仰いましたか。これだけの人数で鬼ごっこの鍛錬を行うことは、集団戦の鍛錬にも通じます」
「集団戦、ですか?」
母さんの言葉に、ユリオは静かに問いかける。
「ええ。それはつまり誰かを護り、集団で迫る対戦相手を崩す訓練になるということです。実戦の中で自分の仲間や弱者を護るためには、必要な訓練ではありませんか?」
母さんの指摘に、ユリオとウィクトルはほぼ同じタイミングでハッと気づいたような表情を浮かべた。
ホントに兄弟だなこの人たち。
母さんはその様子に微笑んで告げる。
「強者との試合も結構ですが、何のために鍛えるのかは流派を超えて常に考えるべき課題では?」
「――仰る通りです!」
「――ぼくらはまた、おのれの原点を気づかされました!」
ある意味で誠実なんだけど、大丈夫なんだろうかこの兄弟。
ユリオとウィクトルの反応に苦笑しつつ、あたしは鬼ごっこの説明を続けた。
ルールなんかは前回三対三で鬼ごっこを行った時と同じだ。
コイン投げで最初の攻守を決め、守り手は視界のどこに逃げてもいいから逃げる。
攻め手は三つ数えてからそれを追いかけて攻撃するし、有効打で一本攻撃が入ったら攻守交替する。
建物とかを壊さなければ王都内のどこに逃げてもいい鬼ごっこで、屋上や建物のカベを使って走り回る。
人混みを縫って逃げてもいいけれど、ぶつかって通行人にケガをさせたら一時中断して治療する。
ギブアップするときは叫んだ相手のところに集合して、コイン投げからやり直す。
武器を使う人は木製武器か木製の家事の道具、あるいは木の棒を使う。
チームは必ず固まって移動する。
鬼ごっこ中は基本的には気配遮断をして行うけど、小動物くらいまで抑えた気配は残すことにする。
チーム分けは適当に二人組になってもらい、グーパーじゃんけんで別れた。
ちなみにあたしは母さんとグーパーじゃんけんをした。
その結果、以下のチームに分かれた。
「それじゃあチーム分けを発表します。まずネコさんチームですが、ジナ、ニコラス、ジャニス、フェリックス、ウィクトルの五人です」
名前を呼ばれた人がチームメイトで集まり始めた。
「続いてネズミさんチームはウィン、ユリオ、ウェスリー、ホリー、パトリックの五人です」
「ねえウィン、チーム名に何か意味はあるの?」
「えー特にありません」
あたしはホリーにそう応えながら、キリっとした表情を作ってみせた。
べつに果物シリーズでもお野菜シリーズでも何でも良かったけど、取りあえず無難なチーム名にしておいた。
「レイチェルさんは見学ですが、危険な行為だとか中断が必要な状況を見かけたら声を上げてもらいます」
「分かったわ」
説明とチーム分けを行った段階で参加者の気配を覚えるようにアドバイスしたあと、十五分ほど休憩を挟んで始めることになった。
その奇妙な鬼ごっこに誘われたのは昨日の昼前くらいだったと思う。
もう年末年始の休みが終わるし、新学期に備えて少しは予習でもと思って、僕は寮の自分の部屋で教科書を広げていた。
休みの間も時々教科書や参考書を広げていたし、内容が頭から漏れているということはない。
ただ、せっかくAクラスに居るのだし、自分がどこまでやれるのかを試してみたいと思って授業を受けている。
二学期も授業に付いて行ければいいのだけれど。
「こんにちはパトリック。今いいかい?」
「こんにちはフェリックス先輩。大丈夫です。どうしましたか?」
考え事をしていると、風魔法で連絡があった。
話を聞いてみると、街なかで鬼ごっこを行って武術の鍛錬にするのだという。
「それって……、率直に言って鍛錬になるんですか?」
「やり方次第だと思うよ。俺が聞いているのだと――」
フェリックスから話を聞いてみて興味が湧いた。
何より、今回話を持ち込んだのはウィンだという。
ウィンは少しだけ食べ物に強いこだわりがあるけれど、彼女自身は真面目で誠実な人柄だ。
それでも折に触れて奇妙な人物や事件に巻き込まれていたりするので、いろいろな経験を積んでいると思っている。
彼女が行っているような鍛錬なら、学ぶことが多い内容なんだろう。
ここで“鬼ごっこ”という単語で全てを判断して断るのは、損をするような気がした。
そして翌日約束の時間に冒険者ギルドの屋上に立つ。
集まった人たちを観察しても、みんな一筋縄ではいかない人ばかりな気がした。
特にウィンのお母さんや冒険者ギルドの副支部長は、底が知れない感じだ。
まるで自分の師匠に相対した時のようだと、僕は秘かに気合を入れ直した。
ルールの説明が終わり、武器を使う流派の参加者は【収納】から得物を取り出す。
同じチームになったウィンを見ると、何やらすりこぎ棒を二本取り出して片手に一本ずつ握っていた。
「短剣の代わりかい?」
「そうよ。木製の短剣や手斧もあるけれど、鍛錬と言いつつ鬼ごっこじゃない? わざわざ使うのもどうかなって思ったのよ」
「たしかにね。でも、意外と戦闘力が高そうだね?」
僕が割と本音で感想を伝えると、ウィンは困ったように微笑んだ。
「そんなことは無いけれど、この鬼ごっこですりこぎ棒を使うのは今日で三度目だから、なんか慣れちゃったのよ。べつに慣れたくなかったけれども!」
「そ、そうなんだ……」
「それよりも今日のチーム分けでいえば、鬼ごっこに慣れてなさそうな人が狙われるわ。あとは街なかの立体移動に慣れていない人かしら。こちらのチームではパトリックか、次点でホリーが狙われると思う」
ウィンは直接的な言い方は避けてくれたけれど、こちらのチームで僕が隙であり弱点になりやすいということだ。
「分かった。守勢か、はじめからカウンター狙いで行けばいいんだね?」
このルールからすれば、有効打を貰った直後に逃げようとする相手に有効打を入れられれば、また逃げるのが有利じゃないかと思った。
ウィンは一瞬目を丸くした後に、不敵な笑みを浮かべて僕に囁く。
「ご明察。逃げようとした相手にカウンターで攻撃した方が、ラクに決まってるでしょ」
僕は思わず彼女の笑みにつられて、同じように微笑んでしまった。
ウェスリー イメージ画 (aipictors使用)
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