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07.早めに取り掛かること


 さすがにお腹が空いてきたので、二人に言って手ごろそうな食堂に入った。


 シチュー類を出す店だったので、あたしはマトンを使ったクリームシチューを頼んだ。


 サラは鶏のトマトシチューで、ジューンは鶏のクリームシチューだったな。


「それでウィンちゃん、風紀委員の話はどうなったん?」


「何か大変なことに巻き込まれてませんよね?」


 料理を待ちながら、二人に訊かれた。


「そういえばキャリルには話したけど、サラとジューンには話して無かったわね。先生からの話については、お願いとお誘いだったわ」


 ちなみにキャリルは今日はロレッタと王都の伯爵邸(タウンハウス)に行っている。


 何か用事があるらしい。


「風紀委員やらされそうなん?」


「いや、委員そのものじゃなくてね、『予備風紀委員』って名前の係があるみたいなのよ」


「どんなことをするんですか?」


「カンタンにいえば、生徒にトラブルがあったとき風紀委員や先生が来るまでの時間稼ぎかな。……あとはトラブルの種を見つけて報告とか」


「生徒のトラブルですか。……魔法科だと戦闘ができる子もいますから、危ないんじゃないですか?」


 そう言ってジューンは眉をひそめる。


 そんなことを話していると料理が届いた。


 一緒に出てきたパンをちぎってシチューにつけて口に放り込むが、クリームソースにチーズの香りが強く出ていて食欲をそそる。


 この店は当たりかもしれないな、などと思う。


「危ないかどうかでいえば、攻撃を食らうとかのリスクはあるかもなとは思うわ。でもその辺りは、実際に係になってる人に話を聞きたいって伝えたわ」


「そんなヤバいことに関わって、ウィンちゃんにメリットあるん?」


「二つメリットを出されたわよ。一つは高等部の入試に加算される内申点になるんだって」


「もう一つは何ですか?」


「調査協力って名目で寮の門限を伸ばせるみたい」


 そこまで話すと二人ともその内容を考え始めた。


「内申点はともかく、門限は微妙なんちゃうかな?」


「私は内申点もそれほどメリットは感じません。先のことは分かりませんけど、進学するだけなら高等部入試はそこまで難関とも思えませんし」


「そうかも知れんね」


「それでも特待生試験を受けるなら、加点はメリットにはなるかなとは思ってるわ。それにひとつ相談事を出してみたのよ」


「お、さすがウィンちゃん、転んでもただでは起きん子やな」


「別に転んだわけじゃ無いでしょう。……相談事って何ですか?」


 サラの言葉に苦笑しつつ、ジューンが問う。


「うん。あたし薬薬研に入ったんだけど、あそこって栽培とか農業のことがメインなのよ。でも個人的に医学とかで役に立つ薬草や薬品ってどこで勉強したらいいのか聞いてみたの」


「そんなん考えとったんや。医学に興味があるん?」


「まあね。そうしたらそれは便宜でも何でもないって言って、話を通しておくから来週高等部の二人の先生に話を聞きに行けって言われたの」


「便宜ではない、ですか?」


「教師の仕事は学生が学ぶのを助けることだ、だったかな。そんなようなことを言ってたわ」


「リー先生やるやん。……まぁでもそれって便宜でなくても、前借りと思わせる策略も混ざってそうな気がすこーしだけするんやけどな」


 そう言ってサラは苦笑した。


「そこまで恩を着せるというか、企んでる感じはしなかったわよ?」


「そうなんですね。……それで、返事はいつまでにとか言われたんですか?」


「あたしから今月中に受けるかどうか返事をするって言っといたわ。リー先生との話はそれで終了よ」


「それは……ちゃんと、風紀委員のひとに話を聞いた方がいいですね」


「うん」


「ウチもそう思うわ。……ところでお二人さん、大変なことに気が付いたんやけど」


「どうしたの?」


「ウチらまだこのシチューにスプーン使って無いやん。ちぎったパンで他の人のシチューを味見できへん? なあ?」


「「たしかに!」」


 そのあとあたしたちはシチューをちぎったパンでシェアした。


 この店はあたしたちのお気に入りになった。


 店を出たあと商業地区の散策を再開した。


 魔道具の店を幾つか回って二人は店員さんから、魔道具を作る工具の話などを聞いていた。


 その後に工具の店を教わったのでそちらにも向かって、サラとジューンは工具を何点か買っていた。


 ときどき屋台や小さな公園に寄ったりして、結局夕方になるまで散策してから寮に帰った。


「また誘ってね」


「また行きましょう」


「そやね。またみんなで行こう」


 そう言って、それぞれ自分の部屋に戻った。




 週が明けて九月も第四週になった。


 個人的にはデイブからの仕事があった関係で、もっと長い期間が過ぎているような気分になる。


 でも実際にはまだ入学してから一か月経っていない。


 学院での生活に慣れてきたら、もっと時間が経つのが早く感じるのかも知れないとも思う。


 それはそれで何となく残念な気はするのだけれど。


「そういえばウィン。ダンジョンにはいつ頃行きますの?」


「今月後半にしようって話だったわね。キャリルに合わせるわよ」


「とうとうウィンとキャリルはダンジョンに挑戦するんですね。無茶しちゃダメですよ?」


「そうやで。なんでわざわざ危ないとこに行くんやろうな……」


 実習班のみんなと食堂でお昼を食べた後に、ダンジョン行きの話になった。


「もちろん修行のためですわ! でもそうですわね。先週末に引き続き、わたくしは今週末も予定があるんですの」


「それじゃあ仮置きで、来週末の闇曜日の休みに行く方向で考えておこうか」


「分かりましたの! 燃えてきましたわ!」


「初回は様子見だし、そんなに潜らないわよ?」


 そんな話をした。




 ウィンたちの席の近くで食事をとっていたコウたちは、聞くでもなく彼女らのダンジョン行きの話を聞いていた。


「……こんどはダンジョン行きみたいだね」


 そう言ってコウは厚切りベーコン入りクリームソースのパスタを食べる手を止める。


「『王都南ダンジョン』だな。まあ、王都周辺には他に無いが」


 白身魚のムニエルを食べながら、コウの言葉にレノックスが応じる。


「そのダンジョンて、冒険者登録していないと入れないのか?」


「いや、そんなことは無いはずだよ。冒険者ギルドが管理しているダンジョンでは、潜るときに少額の入場料が取られるだけだね。潜る前に冒険者になっていた方が、ギルドに魔石を売ることでランク認定なんかでメリットがあるという話だね。高位ランクになれば受けられる依頼の幅が広がるんだ」


 サイコロステーキを食べていたカリオが問うが、出身地で冒険者登録しているコウが応えた。


「今回もお前は行くのか、コウ?」


「行くと言ったらレノはどうするんだい?」


「そうだな。たまには行ってもいいか」


 二人の会話を聞いていたパトリックはビュッフェで皿に大量に取った卵料理を食べていたが、食事の手を止めて驚いた表情を浮かべる。


「レノ、君はダンジョンに潜ったことがあるのかい?」


「あるぞ? 王都南ダンジョンなら、深く潜らなければそこまで危険でも無い」


「そうなのか?」


 カリオが怪訝そうな表情を浮かべる。


「あいつらならば、という話だがな。特にウィンは地元で親の狩猟を手伝っていたと聞いている。それなら初めのうちは、居眠りしながらでもあいつは大丈夫なはずだ」


「それはダンジョンに注目すべきなのか、彼女たちに注目すべきなのか悩むところだね」


 レノックスの言葉にパトリックが苦笑いを浮かべた。


「悩むまでもなく、ボクは彼女たちに注目しているさ」


「はいはい……」


 コウの言葉を半ばスルーしつつ、カリオはビュッフェで皿に山盛りにしたサイコロステーキをぽいぽい口に放り込んでいた。




 その日の放課後、あたしは薬草薬品研究会で薬草図鑑を眺めていた。


 椅子に座って実習室にあるような大き目のテーブルに本を置きページをめくっていると、ときおり鼻をくすぐるハーブの香りが心地いい。


「それじゃあウィンちゃんは薬草とかを医学で使うことに興味があるんだね!」


「そうなんですよ。医学も興味があるといえばそうだけど、魔法以外のアプローチで身体を治すことも面白そうかなって思ったんです」


「その辺は難しそうだね!」


 薬薬研のカレン先輩には、予備風紀委員のことや今週後半に高等部の先生に会いに行くことを話した。


 カレン先輩は【鑑定(アプレイザル)】を使って鉢植えの小さな薬草の状態を確認し、ノートにメモを取っている。


「魔法医学も万能では無いし、感染症への薬品を使った治療なんかはここ数十年くらいで発達した分野ね」


 同じテーブルで農業の本を読んでいた部長のジャスミン・エンライトが口を開いた。


「部長はその辺の知識はあるんですか?」


「詳しくは無いわね。解毒を含めた回復魔法でも治らない病気ってやっぱりあって、その患者の症状を緩和するものを鑑定の魔法で徹底的に調べたのが始まりみたい」


「そうなんですね」


「ええ。もともと微生物なんかは醸造発酵に関わる職人が鑑定の魔法で見つけていたから、概念自体はあったの。それが病気の原因になるケースを、薬品で狙って対処できるようになったのはまだ歴史が浅いらしいわ」


「微生物って言えば、食品研究会の伝説の菌は凄いらしいよね!」


「あれは……また極端な例ね」


 ジャスミンは視線を上げて苦笑する。


「何かあったんですか?」


「鑑定の魔法を駆使して微生物の改良を続けたら、ものすごいコクが出るチーズを作れるようになったらしいわ。でもチーズの臭いが凄すぎて、部活棟で獣人の生徒がぱたぱた気絶する事件があったのよ」


「そのときの秘伝の青カビは学院が没収して封印されたの!」


 ノリノリで青カビを魔改造したんだろうな、たぶん。


 何をやってるんだ食品研は。


 サラとジューンは大丈夫なんだろうか。


「それは極端な例だけど、微生物と薬品についてはまだ研究の余地が多いらしいわよ」


「ウィンちゃんはそういう薬草や薬品を使うようになるのかしらね?」


「どうなんでしょう。まだ予備知識も何もないから、どこから手を付けたらいいかって感じですけど」


「そういう意味でも、高等部の魔法医学の先生と話しておくのはいいことだと思うわ。凄く優しくていい先生よ」


「まぁ、まだ学院に入ったばかりですし、まずは話を聞きに行く感じですよ」


「でも、勉強を始めるのに早めに取り掛かること自体は悪いことじゃ無いんじゃないかな!」


「わたしもそれには賛成ね」


 先輩たちはそう言ってくれた。


 この世界、鑑定の魔法が個人のレベルで使えるのはいいことだけど、あまり手が付けられていない分野を学ぶのはやっぱり大変だろうな、などと考えていた。



挿絵(By みてみん)

レノックスイメージ画(aipictors使用)




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