01.退屈ささえ感じた鍛錬
一夜明け、一月の第一週も今日で終わりだ。
明日からはまた学院での授業が始まる。
ここ数日の流れ通り、母さんと朝に月転流の基礎訓練をしながら取り留めも無くそんな話をする。
「年末年始の二週間だけだと、ほんとうにあっという間よね。あたしはもうちょっと平和に過ごしたかった気がするわ」
「別にいいじゃない。あっという間だったのなら、それはウィンが充実していたってことだと思うわ」
「そうかなあ……」
休みに入ってからすぐに『魔神騒乱』があって、ディアーナと知り合いヤバそうな天使を斬った。
『魔神の加護』を得て、風魔法の【振動圏】を覚えて、【粒圏】を教えてもらうのが延期になった。
ウェスリーから呪いの腕輪の件でカスタードプリンの報酬を貰って、マイルズさんと勝負をしてミントパンケーキを貰って、ピザパーティーをブルースお爺ちゃんちで行った。
なぜか陛下が来ることになって、みんなでうどん屋でのの字を書いたら店の人からまんじゅうを貰ったな。
元日に書店に本を買いに行ったらネコ探しに関わって妙な称号を貰った。
ディアーナの応援に行ったら、コウの初恋相手らしき人だったシルビアとの再会を目撃した。
その件に関連して、マルゴーになぜかあたしが弄られつつ恋愛講座的な何かを聞いた。
ソフィエンタやティーマパニア様と話をしているうちに【純量制御】のネタを仕入れて、王宮でホープから教わった。
ティーマパニア様からは塩ラーメンをご馳走になったっけ。
あとはウィクトルには結局からまれたけど、武術研に押し付けて部長と試合をさせて、ライナスから色々と要確認事項を聞いた気がする。
「――うーん、充実っていうよりは色々と追い立てられていた気がするわ」
「別にいいじゃない。友達と一緒の時間を過ごせるのは学生の間だけなんだし」
「友達だけじゃなくて色々面倒なこともあった気がするんですけど」
「でも退屈はしなかったでしょう?」
「あたしはもっとラクがしたいわ」
「それならもっと頭を使わないとね」
「うー……、頭かあ」
相変わらずあたしと母さんは早朝の訓練用の庭で、円運動で移動しながら掌を打合せ続けている。
その動きに破たんは無いし、客観的にみてもこの速い動作の中で、自身の心の動きが揺るがずに落ち着いていることが自覚できる。
目のまえの事象と、記憶のなかにある情報と、個別のできごとへの感慨と、それらを客観的に眺める意識がある。
母さんと掌を打ち付けるという動作は体力や魔力を使っている。
目まぐるしく移動しつつ、半ば勘で母さんの動きを察知しつつ、自らの挙動で応じる。
ミスティモントで月転流の基礎訓練に慣れてきたころには、退屈ささえ感じた鍛錬だ。
けれど、打つという行為そのものになり切るように、集中できていることが少し楽しい。
「どうしたの? なんだか嬉しそうだけれど」
「何でもないわ母さん。それより明日からまた学院なのよね」
「身体に気を付けてがんばりなさい」
「うん、分かってる」
その後もいつもの鍛錬のように母さんと打ち合い、鍛錬を終えたら朝食の準備を手伝いに向かった。
みんなで朝食を食べたけれど、ブルースお爺ちゃんとバリー伯父さんは今日は休みなようだ。
二人とも年末年始は仕事が続いていたようだけれど、ようやく休みが取れたとか言っていた。
お爺ちゃんは昼間はみんなで外食しようとも言っているけれど、リンジー曰く昼間から呑んだくれる積もりだろうとのことだった。
「別にいいじゃねえかリンジー。年末年始に働いてたんだし、少しくらい呑んだくれるのは大目に見ろやハハハ」
「いや、わたしは気にしないよじいちゃん。でもさ……」
そう言い淀んでリンジーはコニーお婆ちゃんをチラ見した。
コニーお婆ちゃんは笑顔を浮かべている。
「たまにはいいでしょう。もし暴れるようなら直ぐに【解毒】で酔いを醒ますわ」
「そりゃ呑んだ分が消えちまうだろ。つうかいくら何でもこの歳で、呑んで暴れたりはしねえよコニー」
「はいはい」
どうやら話が付いているようなので、あたし達はそのやり取りにホッとしていた。
朝食後は片づけを手伝って、身支度を整えてから母さんと一緒にブルースお爺ちゃんちを出た。
身体強化と気配遮断を行って王都を駆け、待ち合わせ場所の冒険者ギルド屋上に到着する。
この場所に立つと『魔神騒乱』の時の事を思い出す。
あのときはここから広場に突入したんだよな。
いまでは広場の端には屋台が並び、朝の早めの時間帯なのに広場に来ては長いこと祈りを捧げている巡礼客らしき人たちの姿が見られる。
雑踏の音は聞こえて来るけれど、遠目に見る分には人出の多さの割には平和そうに見えた。
もうここは聖地なんだよな。
あたしの様子に気づいたのか、母さんが口を開く。
「あの日のことを思い出していたのかしら?」
「そうね。少しだけね」
「結果論だけれど、大したことが無くて良かったわね」
「じつは薬神さまとか魔神さまと話したけれど、けっこう綱渡りだったみたいなのよね」
「それでもあなた達は何とかしたじゃない。月輪旅団の流儀でいえば、結果がすべてよ」
「そうねえ……」
その結果が目の前の平和なら、少しはがんばったかいがあったんだろうか。
そんなことを考えていると、広場とは反対側の壁の方から気配を押さえて屋上に上がってきた人が居た。
視線を向けるとそこには初めて見る女性が居る。
「おはようございます、ジナ先輩!」
「おはようレイチェル。お元気そうね」
ジナ先輩とな。
母さんの後輩ってことは冒険者か、もしくはブライアーズ学園の卒業生だろうか。
「そちらが噂のウィンさんかしら。なるほど、ジナ先輩に似てるし隙が無いなあ」
「ええと、おはようございます」
「ああ、ごめんなさい。おはようございます。わたしはジナ先輩のブライアーズ学園での後輩のレイチェル・ジェイド・グドールです。ここの冒険者ギルドの副支部長をしてるわ」
「副支部長さんですか?! どうも、初めまして、ジナの娘のウィンと申します。よろしくお願いいたします」
あたしの反応に笑顔を浮かべながらレイチェル副支部長は頷く。
見た感じは母さんの後輩というには結構若い感じがする。
それでも立ち振る舞いには隙が無いし、魔獣相手というよりは対人戦闘を積んできた人の気配がする。
もしかしたら冒険者ギルドの中でも、賞金首狙いの冒険者をしてきた人なんだろうか。
「こちらこそよろしくお願いします。そんなに硬くならないでちょうだい。今日は副支部長じゃなくてプライベートで来てるのよ。あとわたしはレイチェルと呼んでくれればいいから」
「はい……。え、どういうお話ですか? まさかレイチェルさんも鬼ごっこに参加するんですか?!」
たぶんこの人はかなり強そうな気がする。
知り合いの中でいえばブリタニー辺りに並びそうな感じだろうか。
まともに戦いたくない相手だ。
そんなことを考えていると、知った気配が次々に現れた。
どうやらホリーたちが現れたらしい。
「おはようございます。……あれ? 叔母さんがいるのかー」
「おはようございます。……ってレイチェル叔母さん?」
「おはようございますフェリックス、ホリー」
「ホリーの親戚の人だったんですか?!」
叔母さんということはクリーオフォン男爵家の親戚か。
ということはこの人も蒼蜴流を使うのだろうか。
そう言われてみればそんな体捌きのようなというか、言われたら気づくような気配をしている。
「ホリーたちが集まって風牙流で行う鬼ごっこの鍛錬をすると、ジナ先輩から聞いたんです。「面白いから見学なさい」と言われて来てみたんです」
「はぁ……」
そんな見せ物って訳でも無いし、客観的に見て面白いものだろうか。
鬼ごっこに加わらないで知り合いの攻防を見物する分には、意外と面白いかも知れないけれど。
「おはようウィン」
「おはようホリー……、どうしたの?」
なにやらホリーが微妙そうな表情を浮かべつつあたしに耳打ちする。
「叔母さんは前に話した『モデルになった令嬢』のお母さんなの」
「……はい?」
以前ホリーと話している時に、「年上の従姉が小説の『暗殺令嬢』のモデルだ」と言っていた。
その母上ということか。
「でもまあプライベートで見学みたいなことを言ってるわよ」
「見学した結果が父さんやグライフのおじさまに伝わったら、ガッカリさせるかもー……」
そういう心配か。
なにやらホリーは自信なさげな表情を浮かべている。
「でも一生懸命やったなら、これは鍛錬だしそこまで大ごとにはならないわよ」
「そ、そうよねー」
「あたしは気楽にのんびりやるけど」
「ウィンー」
そんな話をホリーとしている間にも、今日の鬼ごっこの参加者が冒険者ギルドの屋上に集まっていた。
ジナ イメージ画 (aipictors使用)
お読みいただきありがとうございます。
おもしろいと感じてくださいましたら、ブックマークと、
下の評価をおねがいいたします。
読者の皆様の応援が、筆者の力になります。