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08.一族はマイペース


 ローガン先生は古ぼけた本を開き、その書名をあたし達に示してみせた。


 写本と言っていたから魔法で複写したものかも知れないけれど、『プロシリア異神総覧』と記されているのが見える。


 先生は禁書と言っていたけれど、研究目的とはいえそんなものを所持していていいのだろうか。


 そこまで考えて、あたしはローガン先生が顧問になっていることを思い出した。


「禁書って言っていましたが、珍書研究会では禁書も扱うんですか?」


「ああ、そうだね。場合によっては扱う。結局、稀覯書とか珍書はぼくの好物だけれど、ぼくの趣味に任せて生徒を犯罪者にするわけには行かない。だから見分け方を教えないといけないんだ」


 ローガン先生によれば、珍書研究会では部員たちのさまざまな伝手で珍しい本を入手してくるそうだ。


 実際に公認サークルとしての活動を始めてから、彼らの蔵書に頬を緩めつつ、数冊ほど禁書が含まれていて頭を抱えたという。


「アンリくんが嬉々としてぼくに本を示す時はだいたい要注意でね。一番最近だと年末に『珍しい本を手に入れました!』って連絡をくれたんだけど、詳しく話を訊くと古い散文詩の本に見せかけた火魔法の禁術の実践記録だったんだ」


「うわぁ……」


 それは確かにヤバいかも知れない。


「魔法の研究では、たまに聞く話なのじゃ」


「そうねえ。大っぴらに記録できないナイショのお話は、ひっそりと隠して記しておくものよね~」


 ニナやノーラは何故か嬉しそうな様子でそう言うものの、禁術の実践そのものには二人とも、いやローガン先生を入れて三人ともツッコまなかった。


 禁術とはいったい何だ。


 小一時間三人を問い詰めたくなったけれど、あたしは我慢した。


 ほかにもローガン先生によれば、王制を害する可能性がある思想書であるとか、王立国教会の神々を強く冒涜するような内容は禁書になることが多いという。


 それらは一見して読むだけで判別できるものは市井に出回らないが、日記や散文や随筆などに偽装して世に出ることがあるのだそうだ。


「でもそうだな、研究会の生徒たちに接するようになって、ぼくも勉強させてもらっているよ。やはり珍書は面白いな」


「奇貨居くべしなのじゃ」


「稀覯書とか珍書って、響きからしてロマンがあるわよね~」


 それは多少は理解できるけれど、あたしは程度問題かなとおもう。


 少なくとも手元に禁術の実践記録を置いて、一人ニヤニヤと読んで楽しむとかは無いだろう。


「さて……、少し脱線してしまったけれど、『血神(けっしん)』について共和国内で書籍に載るようなレベルの情報を紹介しておこう――」


 そう言ってローガン先生は手元の本から血神に関する記述を紹介してくれた。


 血神とはプロシリア地域を故郷とする、いわゆる吸血鬼の一族が信仰し始めた神とされる。


 基本的には『魔神騒乱』以前の魔神と同様で、祖霊信仰の一種とされる。


 ただし魔神と同様に時代が(くだ)るにつれて、祖霊信仰から離れ一柱の神であるとみなす解釈が登場する。


 祖霊信仰は吸血鬼一族で多く見られ、概ね穏やかな思慕の対象だ。


 対して一柱の神としての血神はプロシリアで秘された神として扱われ、供儀を必要とする存在として扱われるようになった。


「――以上だな。要するにハニーたちの一族から、時代を経て別の神としての貌が生じてしまったわけだ」


「そうじゃのう。そもそも同じ神が時代を経て、いつの間にか神話が増えて信仰の幅がふえるのは良くあるのじゃ」


「同感ね~。でも血神の話はかなり極端よね~。ワタクシたちにとっては始祖やその周囲にいたご先祖たちですもの」


 ノーラが指摘する点はたしかに奇妙ではある。


 ただ日本の記憶で神道の発想からすれば、祖霊が神として祀られていて、同時に神として荒ぶる部分も等しく祀られるようなケースはある。


「言ってしまえば、ワタクシやニナちゃんにとっては、お爺ちゃんやお婆ちゃんたちと大きくは変わらないわ~」


「確かにそうなのじゃ」


「お爺ちゃんやお婆ちゃん、か。――そう言えばハニー、きみのご家族にご挨拶に行かなければならないね」


「そうね~。でもワタクシの家族は地元でノンビリと過ごしているし、ダーリンの都合でいつでも大丈夫よ~」


「助かるよハニー。少し先になるけれど、今年の夏にはバカンスも兼ねて、きみの故郷に行こう」


「ええ。歓迎するわダーリン」


「ノーラ……」


「ローガン……」


 これはどの辺りでカットインすべき状況なんですかね。


 そう思いつつニナの方に視線を向けると、死んだような目であたしを見て彼女は頷いた。


 たぶん好きにしろという意味なんだろう。


「あの、まるで新婚さんのような空気が漂っているところを申し訳ないですが、先に本題を済ませてもらえませんか?」


「そうじゃのう。そうすれば妾たちはとっとと帰るのじゃ。あとは二人きりで好きなだけ過ごせばいいと思うのじゃ」


 あたしとニナの言葉に、ノーラとローガン先生は嬉しそうにうなずいた。


 その時あたしの目はたぶん、ニナと同じような感じになっていたんじゃないかなと思う。




 ローガン先生から本を使った説明をしてもらったので、あたしはノーラから現状での共和国内の血神について話を聞いた。


 けれどその内容は、ローガン先生から紹介されたものから大きく外れるものでは無かった。


「――というわけで、共和国の中でも血神はマイナーな神さまね~。子孫のワタクシ達からすれば、新たに信者を集めようとする意味があまりないことも大きいわ」


「そうじゃの。魔神さまの場合は『魔神騒乱』以前の段階では、それでも共和国内で魔族以外に信仰するものがそれなりに居ったのじゃ。しかし血神はそのような連中は聞いたことが無いのじゃ」


「魔神さまと血神の違いは、同じ祖霊信仰でも魔族と吸血鬼の違いってことでいいのかしら?」


 あたしがハーブティーを飲みながら問うと、ノーラは頷いた。


「魔族に関してはそこまでヒドイ迷信は無いし、共和国の議会にも多く参加しているわ。国として魔族の哲学を受け入れる素地はあるのよ~」


「対するに吸血鬼一族はマイペースなのじゃ。それは言い方を変えれば閉鎖的とも捉えられかねんのじゃ」


「本当は閉鎖的では無いんだけどね~。人口が少なめなのと、ニナちゃんがいう通りマイペースで自由な人が多いからと思うのよ」


 その結果が迷信として様々な場所に残っているのはいいんだろうか。


 たぶんいいと判断したのかも知れないけれど、もしそうなら彼らが長命なのも関係がありそうだとおもう。


 ある時期にヒューマン族とか獣人族と良好な関係を築いても、時間が経つにつれて吸血鬼一族以外は世代交代していく。


 それが常であるなら、一族としてマイペースになって些末なことは気にしなくなるんだろう。


 でも迷信や偏見で身の安全にかかわるなら、問題な気はするけれども。


「いまノーラさんが『マイペースで自由な人』って言いましたけれど、吸血鬼ってどういう一族なんですか?」


「どういうとはどの面の話なのじゃ?」


 ノーラではなくニナがあたしの言葉に反応した。


 ちょっと曖昧な訊き方だっただろうか。


「ええと、そうね、共和国内での立ち位置や、ニナやノーラさん達の自己評価は分かったと思うのよ。それで、もし許されるなら、吸血鬼の由来の話を訊いてみたいわ」


「それはぼくも聞いてみたい。もちろん、許される範囲で構わない」


 あたしとニナの話を注意深く聞いていたローガン先生も興味深そうに告げた。


「ダーリンやウィンちゃんなら、ワタクシたちの一族のことを話すのは問題無いわ~。ただ、文献に残したり誰かに伝える必要が出て来た時は、一言相談してね」


「分かった」


「分かりました」


 ローガン先生とあたしの返事に満足そうな表情を浮かべ、ノーラは話し始めた。


「吸血鬼について話すなら、その起こりから話をするべきね」


 吸血鬼の一族は一万年程前、現在の共和国のあるプロシリア西部の山間(やまあい)の地域に突如として現れた。


 彼らが残した記録から、最初の世代から長命であったことが知られているという。


 以来現在に至るまで細々と代を重ね、ノーラやニナが初代から数えて十五代目の世代とのことだ。


「――初代がなぜ吸血鬼となったのかは記録が曖昧なの」


「その辺りは妾も調べたことがあるのじゃ。耄碌している里の長老連中やら、初代の孫の世代と暮らしていたという仙人の話では、突然変異という説と魔法による人体改造という説があるのじゃ」


 ちょっと待って欲しい、いきなり仙人が話に出てきたんだが。


 さすがにローガン先生も気になったのか声を上げる。


「ええとニナ君。その仙人の人は吸血鬼の一族なのかい?」


「ヒューマン族と吸血鬼の夫婦で、共に仙人なのじゃ。ノーラお姉ちゃんとローガン先生のように、男がヒューマン族で女が吸血鬼なのじゃ」


 ニナの言葉でノーラとローガン先生の表情が緩む。


 しかしまあ、そこまで長く続く夫婦って凄すぎる。


 ほとんど夫婦円満のご利益がある現人神って感じじゃないだろうか。


「ちなみに何才なの?」


「計算上は八千才以上らしいのじゃが、本人たちはもう歳を数えておらぬし、正式には不明なのじゃ」


 そこまでいくと、年齢という概念がバグりそうだから気にしないことにする。


「いちどワタクシのお爺ちゃんの友だちが、遊びで【鑑定(アプレイザル)】をかけて旦那さんの年齢を調べようとしたらしいけれど、失敗したらしいわ~。その人は五千年前の遺跡の出土品の鑑定には成功していたから、それよりも昔に生まれたらしいわね」


「うはぁ……。普段何をしてるんですその人たち?」


 あたしが訊くとノーラはニナと顔を見合わせてから応えてくれた。


「一年の殆どを旅に出ているわね。この大陸や、別の大陸の各地に別荘を持っているって話もあるけど、本人たちがナイショにしてるの~」


 だんだん吸血鬼の一族の話というよりは、長命な種族の年齢話に突入している気がする。


 珍しい話とはいえ無理にでも軌道修正を図らないとな。


「いろいろ興味深いけれど、ちょっと話が逸れているので戻します」


「わかったわ~」


「吸血鬼になったのが突然変異か魔法による人体改造ってことですが、身体が変化する前は人間――ヒューマン族だったんですか?」


「いいえ~。【鑑定】の魔法で調べきれないから状況証拠になるけれど、エルフ族から変化したのが吸血鬼の一族らしいわ~」


 ノーラが説明し、ときどきニナが補足してくれたけれど、鍵になるのは平均寿命と世代数なのだという。


 一万年前に世界で壊滅的な疫病の被害があり、人類の先祖が大量に亡くなったそうだ。


 その正確な記録は残っていないけれど、疫病を生き延びた世代を初代としたときに数字が合うという。


「魔族――いわゆる古エルフ族の平均寿命が約三千歳で、疫病から数えていま最も若い連中が十一代目なのじゃ。いっぽう妾たち吸血鬼一族とエルフ族は共にいちばん若くて十五代目で、平均寿命も両方が約二千歳なのじゃ」


「もしかしてその一万年前の疫病が影響してるってこと?」


「知らんのじゃ」


「ワタクシも知らないわね。長老の人たちや仙人さん達でも怪しいわ~」


 ニナが首を横に振り、ノーラは肩をすくめた。


 長命な種族だからって歴史の全てを把握している訳じゃあ無いんだな。


 ワッフルを頬張りながら、あたしは考え込んだ。



挿絵(By みてみん)

ウィン イメージ画 (aipictors使用)




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