07.禁書になっているが
試合を終えて回復魔法を掛けてもらったウィクトルは、スッキリしたような表情を浮かべている。
転入試験の日程が終わって一段落したところに、自分よりも強そうな人物と他流試合を経験できた。
そのことが単純に嬉しかったのだ。
「ウィクトル、気分はどうだ? 頭部のダメージは俺たちの魔法では手が出せんからな。違和感があるようなら病院に連れて行く」
「ありがとうございます。問題ありませんよドルフさん」
「そうか? 俺たちが附属病院へお前を担ぎ込めば、武術研の活動ということで治療費と薬代は国から出る」
「そんなメリットがあるんですか?! 王国は太っ腹なんですね。合格したら武術研究会に入部させてもらいたくなってきました」
ドルフが言った附属病院での治療に関する費用負担は事実だった。
だが、その治療にあたるのが、学院を卒業した見習い医師が中心だという事実を語る者はその場にいなかった。
見習い医師を監督する医師は百戦錬磨の魔法医師であり、医療事故が起きたという話を聞いたことが無いからだ。
むしろ入院する前よりも身体の調子が全身で良くなっているという評判があったが、その理由を深く考える者はいなかった。
「その辺りはまた考えればいいだろう。ウィンも言っていたが、お前は受験を終えたばかりだ。大人しくしている方がいい。高等部の入試の話だが、毎年何人かは試験後の開放感から何かしら仕出かす者たちがいる」
「そうだったんですね」
「ああ。それにウィクトル、お前は誇りを大切にしているのだろう。受験後もそれに恥じない行動をするべきだ」
ドルフの言葉にハッとした表情を浮かべたあと、ウィクトルは頷く。
「はい、助言に感謝します、ドルフさん。ところで、あなたを――皆さんを紹介してくれた礼をウィンさんに伝えたいのですが……」
そう言ってウィクトルは周囲の気配と匂いを探りながら、ウィンを探す。
だがどうにも彼女は部活用の屋内訓練場の中には居ないようだった。
「ウィンのねーちゃんだったら、試合が終わるまで居たじゃん?」
「でも用事があるとかで、目をはなしたら居なくなっていました」
見学をしていたルナとヘレンがそう告げると、武術研の部員たちは苦笑いを浮かべた。
「逃げ足の速さは惚れ惚れするくらい見事なんだよな」
「気配遮断と組合わせるから追いきれないわよね」
「ウィンが姿を消すってことは何か面倒事がある可能性ってことか」
「おまえらもうちょっと言い方を考えろよ。あいつが逃げるのは自分が変人を引き寄せるのを嫌ってだろ」
彼らの言葉のうち、さり気なくライナスが一番ひどいことを言っている気がしたが、ヘレンは黙っていることにした。
「それで、みんなにも紹介しておこう。ウィンをつけてきたようだが、俺の妹のルナと、その友人のヘレンだ」
『妹がいるのかよライナス?!』
ルナの存在が初耳だった武術研の者たちは、そろって驚きの声を上げていた。
気配を完全に遮断し場に化して観察していたウィンは、やっぱりライナスとは一度話したほうがいいと脳内にメモをしてその場を後にした。
あたしは身体強化をし、気配遮断をして場に化して学院を後にした。
商業地区に辿り着くと、適当な建物の屋上からノーラに連絡を入れることにした。
【風のやまびこ】を使うと、すぐに彼女に繋がった。
「こんにちはノーラさん。突然すみません。いま大丈夫ですか?」
「こんにちはウィンちゃん。大丈夫よ~。今年もよろしくお願いします」
「あ、こちらこそ、今年もよろしくお願いします」
その後、ソフィエンタから聞いていたけれど、『血神』の件で話を伺いたいと伝えると快諾してくれた。
「そうね、闇神様からその話は聞いているわ~。今日これから会って話しましょう?」
「え、いいんですか?」
「大丈夫よ~。ダーリンの家はウィンちゃんは知ってるわよね?」
「…………あ、はい。知ってます。ローガン先生のお家ですよね?」
前回訪ねた時は胸焼けしそうになったから良く覚えています。
「そうよ~。ダーリンも大丈夫って言ってるから、このあといらっしゃい?」
「分かりました、お言葉に甘えて伺います」
「待ってるわ~」
もの凄く弾んだ声でノーラは連絡を切った。
いちおう妖しい予感みたいなものは感じなかったので、特に問題無いのだと思うことにしよう。
「手土産になにかお茶菓子でも買って行こう……」
あたしはそう呟いてテイクアウトのできる喫茶店に寄り、甘いものを買ってローガン先生の家に向かった。
ローガン先生の家がある集合住宅に到着し、ドアの前に立つと中から知った気配を三つ察知できた。
そのことでとりあえずホッとしつつ、玄関のドアノッカーを鳴らした。
直ぐにノーラの声がして中から扉が開く。
「こんにちはウィンちゃん。いらっしゃい」
「こんにちはノーラさん。なんだかもうローガン先生の奥さんって感じですね」
「嬉しいことをいってくれるじゃない~。ダーリンの他にニナちゃんも居るわ。上がって頂戴」
やっぱりニナがいるのか。
ノーラからの話に、なにか関係があるのかも知れないな。
「お邪魔します」
あたしは招かれるままにローガン先生の家に上がり込んだ。
王国の一般的な住居と同じように履き物を履いたままリビングに通される。
そこにはローガン先生とニナが居て、丸テーブルを囲んで椅子に座りハーブティーを飲んでいたようだ。
「こんにちは」
「「こんにちは」なのじゃ」
ニナはあたしと目が合うとホッとしたような表情を浮かべていた。
挨拶もそこそこに【収納】から手土産のお菓子を取り出して渡す。
今日買って来たのはドライフルーツが入ったワッフルのクリームサンドだ。
ちょっとボリュームがあるけれど、美味しい奴だから良しにしてもらおう。
「ローガン先生は入試や転入試験の仕事には駆り出されなかったんですか?」
「勿論駆り出されたさ。一昨日が試験監督で、昨日は採点の手伝いをしたよ。でもぼくは採点の方は、穴埋め問題や択一式問題なんかを手伝っただけだがね」
なるほど、この世界ではマークシート方式も画像認識処理も教育現場では導入されていないんだろう。
「特定の記号や単語を判定するだけなら、ゴーレムとか魔道具に任せられたらラクが出来そうですね」
あたしの言葉でニナとローガン先生が一瞬固まった後に顔を見合わせた。
「魔道具に任せるという発想は確かに良さそうなのじゃ」
「そうだねニナくん。……魔法工学の先生か、リー先生辺りに相談した方がいいかも知れないな」
「うむ。伊達に年初から『ラクこそ正義』と宣言しておったわけではないのじゃ」
「ニナちゃん、なんの話かしら~」
切り分けたワッフルのクリームサンドを皿に盛り付け、ノーラが持ってきた。
「いや、最初はローガン先生が、入試の採点に駆り出された話をしていたのじゃが――」
ニナは『簡単な採点について魔道具などを使ったら省力化できるのでは』とあたしが指摘した話を説明した。
それとピザパーティーのあいさつで、あたしが『ラクこそ正義』を宣言した話をした。
「――ということで、ウィンのラクを求める心根は、ある種の才能になりつつある気がするのぢゃ」
楽しげに語るニナの様子に、ローガン先生とノーラは眩しそうな視線を向けていた。
「そういうことなのね~。ウィンちゃんは無駄を省くための視点を磨き始めたのかも知れないわね~」
「そんな大層なものじゃ無いんですけどね。ただラクをしたいのは真実ですっ!」
あたしがそう言い切ってキリっとした表情を浮かべると、ニナは苦笑してローガン先生とノーラは穏やかに笑ってくれた。
手土産に持ってきたワッフルをみんなで食べながら、今日の本題の話を訊いた。
元々はデイブから頼まれた話だけれど、『血神』という存在を赤の深淵という秘密組織が崇め始めたという情報があるそうだ。
ニコラスの友人で、ユリオという白の衝撃のメンバーが持ち込んだ情報らしい。
ソフィエンタにまで確認してしまったのだけど、ノーラに訊いてみろと言われてしまい今日にいたる。
「それでノーラさん、肝心の質問をしたいんだけど、防音にした方がいいかしら?」
あたしが声を掛けた次の瞬間、ニナから風属性魔力が走って周囲の音が消えた。
「周囲を魔法で防音にしたのじゃ」
「ありがとうニナちゃん。そうね、血神の話だったわよね。結論から言えば、ワタクシたちの一族の神よ」
「より正確には、妾たちの一族の祖霊信仰なのじゃ」
ノーラとニナはそう言ってから、ローガン先生の方を向いた。
ローガン先生は無詠唱で【収納】から一冊の古ぼけた本を取り出した。
「これは王国では禁書になっているが、研究目的でぼくが個人的に管理している本だ。写本だけれど、旧い神々の神話を集めて記述している」
そう言ってローガン先生は本を開いた。
ノーラ イメージ画 (aipictors使用)
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