06.課題の見つけ方
「あたしが学院で見過ごせないこと、ですか」
「ウィンさん、あなたが生徒会室を訪ねたときの話は、書記のシャロンさんから聞いています。その時に、貴族の派閥や魔神の信奉者の問題が起きたときの対応を相談されたとか」
「そうですね。生徒会長と副会長、書記の三人に、昼休みに話を聞いたことがあります」
あの時はジャニス経由でデイブからの調査依頼を受けたあとだったな。
学院内での違法薬物のほかに、貴族の派閥の動向や、魔神信奉者について情報を集めるという話だった。
生徒会が情報を集約しているなら、そこから情報を抜けば調査ができるかもとか考えていたんだったか。
結果、生徒会と風紀委員会は学校と週一で問題共有していると生徒会で知った。
加えて学院は国と繋がりがあると今日確認ができた。
デイブは国からギルド経由での依頼で動いている。
学院経由で国が知っている情報を、あたしが生徒会とかから抜いて報告しても情報的な価値はないだろう。
生徒会なり風紀委員会なり学院が、意図的に国に隠している情報があるなら話は変わるけれど。
「そのときに、生徒会の子たちから不穏な話は相談してほしいと伝えられたはずです」
「そうですね」
「問題の対処や解決には、我々教師やスタッフなどの大人が動きます。それでも、トラブルの初期対応が上手くできるなら、解決もうまくいくとわたしは考えます」
「初期対応と言いましたが、リー先生。貴族派閥の問題はともかく、他の問題はそんなに気を付けるべきというか、頻繁に起こったりするものなんですか?」
「わたしたちが気にしているのは、トラブルの頻度もそうですが、影響度も注視しているんです」
「……じっさい、違法薬物の問題は大ごとになりましたね」
「そうです。同じくらい、魔神信奉者や反王国、危険な魔道具の流通や学生を堕落させる遊びなど、懸念の材料はあるのです」
「それをいま、あたしに言ってしまうのは大丈夫なんですか? あたしがどこかに情報を横流ししたりとかは考えないんですか?」
あたしの言葉を聞くとリー先生は一瞬目を丸くした後、それまで以上にニコニコした笑顔を浮かべた。
「大丈夫です。そもそもそんなことをたくらむ人は、いまそんな話をしないでしょう。それに、もともとあなたは貴族派閥の問題などに関心を持って話を聞いていました。これは、あなたの中に当事者意識と、善なる心がある証拠だとわたしは判断します」
「……善なる心云々は買い被りです。せいぜいあたしや、あたしの身内とか仲間が巻き込まれたら嫌だなってだけです。リスクコントロールってやつです」
「ウィンさん、あなたとわたしの中にある身内という考えは同じものです。わたしの場合、すこしだけあなたよりもその範囲が広くて、学院の方を向いているだけなのです」
変わらず笑顔を浮かべるリー先生を伺いながら、どの辺に話を落ち着かせようかあたしは考える。
身内の安全のためにというのは、あたしが学院に手を貸す利益としては妥当だ。
これに、あたし個人の利益は何があるだろうかと、頭の中で計算する。
「まだ納得はしていませんが、リー先生の話は理解しました。それで、あたしは具体的になにをすればいいですか? あと、そのことであたし個人は何を得られますか?」
「取引のお話ですね、うふふ。先にウィンさんの取り分の話をしましょうか。協力してくれた時は、内申点に加算します。これは高等部受験のときの加算点になります。あとは、いまあなたにある寮の門限は午後七時ですが、調査協力の名目で十時にします。高等部は午後九時ですが、十二時ですね」
「門限の方は悪用するとは考えないんですか?」
「先ほどのやり取りを繰り返すつもりはありませんよ。あなたは大丈夫です」
正直あたしは寮の部屋は窓から出入り出来てしまうので、そこまで魅力を感じなかった。
一応リー先生の話を聞いて、それに条件交渉をしてみようかと頭に浮かぶ。
「その代わりに、何をすればいいですか?」
「ひと言でいえば風紀委員会の手伝いに加わってほしいのです」
「手伝い……けっこう時間的に拘束されそうなら、考えてしまいます。委員の補佐という形ではダメですか?」
「言葉が曖昧でしたかね。係の名前としては『予備風紀委員』という名が付いています。活動内容は、学生生活の中で目についたものを、風紀委員会や生徒会に調査報告することが一つ」
「はい」
「もうひとつは、魔力や武術、魔道具などを使ってトラブルになるのを防いだり、初動で先生たちが来るまで時間を稼ぐこと」
「ノルマとか義務や、当番みたいなものはあるんですか?」
「ノルマや当番はありませんが、週一回は風紀委員会に顔を出してもらっています」
「途中でやめることは可能ですか?」
「可能です。その場合はわたしか生徒会か風紀委員会に伝えてください」
だいたいの話は把握したと思う。
けれど、もうすこし現場の話を聞いてみたいがどうすべきだろうと頭を捻る。
それとは別に条件面での交渉は、リー先生と今してしまった方がいいだろう。
「二つ、考えています」
「何でしょうか?」
「一つは、あたしのメリットとして検討してもらいたい条件があります。別の一つは、もうすこし風紀委員会のメンバーの話を聞いてみたいことです」
「そうですか。条件は、どんな内容ですか?」
「リー先生に相談する話では無いかも知れないですけど、あたしは薬草薬品研究会に所属しているんです。でも薬薬研のメインは農学というか栽培なんです。……栽培に関心がないわけでは無いですけど、医学に役立つような薬草や薬品の勉強に興味があって、その場合誰に相談したらいいのか分からないんです」
「そうなんですね……」
リー先生の笑顔が少しだけ曇る。
「はい。それなので、いま言った内容について学院内の該当する先生にあたしを紹介してほしいんです」
「全くあなたは……。それは便宜でも何でもないですね」
そう言ってリー先生が微笑む。
「えっ?」
「学生が学ぼうとしているのを助けるのは教師の仕事です。……ただ、厄介な部分はあるんですよ。農学に強い附属研究所のトップが南部貴族で、医学が関係する附属病院はトップが北部貴族です。学院内では有名な話として、彼らは過去に予算配分で揉めたことがあるんです」
「ああ、おカネの恨みですか……」
そりゃ根深そうだ、と思う。
あたしの言葉にくすりと笑ってリー先生が応える。
「そうですね。……それでも学生相手の部分ではわたしや学長の目があります。高等部で魔法医学を教えている先生と、薬薬研顧問の魔法農学を教えている先生に来週前半に話を通しておきます」
「ありがとうございます!」
「気にしないでください。ウィンさんは来週の後半の放課後などで、都合のいい時間に高等部の職員室に顔を出してください。いつでも構いませんよ」
そう言って、リー先生は対象の先生たちの名前を教えてくれた。
「風紀委委員から直接、予備風紀委員の話を聞いてみたいというのも妥当でしょう。こちらも来週後半以降の、昼休みか放課後に顔を出してみてください」
「……わかりました」
「返事はわたしに直接伝えてくれてもいいですし、風紀委員会の誰かに伝えてくれても大丈夫です」
「そういうことならリー先生は忙しそうですし、風紀委員会の人に伝えることにしますね。遅くても今月中には返事をします」
「返事はそこまで急がなくていいですよ」
そう言ってリー先生は微笑む。
「それにしてもウィンさん、あなたは面白い子ですね」
「面白い? ですか?」
「ええ、課題の見つけ方というか、考え方がもしかしたら政治学に向いているかも知れません」
「そうでしょうか?!」
ちょっと動揺する。
あたしって、政治家タイプというよりは一兵卒タイプだと思ってたんだけど。
「高等部になったら、政治学の履修もお勧めしますよ。魔法科でも選択科目で取れますから」
「そうですか……。でもあたしは政治に向いているとも思えないですけど。平民ですし」
「将来文官になるのなら学んでおくべきですし、組織の中で生きる上でも有益と思いますよ」
「そうですか……。そのときはお願いします。なんせ、まだ初等部で入学したばかりなので」
「それもそうでしたね」
そう言ってリー先生は笑った。
それにしても、とあたしは思う。
リー先生はあたしが花街に踏み込んだことを知っていたが、それは寮を抜け出してのことだ。
結局その点については、リー先生から触れられることは最後まで無かった。
週末になったが、休みの日でも今日はあたしは予定が入っていない。
いつもの時間ころに目が覚めるが、ベッドで一度体を起こす。
そして、枕元にある時計の魔道具で時間を確かめて躊躇なく二度寝をすることに決めた。
お腹すいて無かったし。
どれくらい寝ていたか分からないけど、部屋のドアをノックする音で目が覚める。
ドアの向こうでサラがあたしを呼ぶ声がするので、何か用事があるのかも知れない。
たぶん、ヒマしてるならまたどこか行こうとかそういう話だろう。
がんばってベッドから起きてドアを開けると、サラとジューンが居た。
「おはようウィンちゃん。今日は予定あるん?」
「いや…………ないよ…………」
「これからジューンちゃんと王都探険に行こう思っとったんやけど、ウィンちゃんどうする?」
「うん…………いいよ…………行こう。ちょっと……まってね。……支度するから寮の食堂で待っててくれるかな」
とりあえず意識を正常モードに持っていき、返事をした。
「分かった、待っとるで~」
「ウィン、急がなくていいですよ」
「大丈夫、すぐ行くよ」
王都の商業地区についたので、サラとジューンに訊いてみる。
「それで、今日はどこか行きたいところとかあるの?」
「んー、ウチはまた新しい店を開拓したいわ。喫茶店さんとか食堂さんとか、雑貨屋さんとかその辺かな?」
「私は魔道具のお店とか発酵食品のお店に行きたいです。部活とは別の面から見れたらいいなって」
「お、発酵食品はウチも興味ある……けど臭いがきついとこはどないしょうか?」
「部活のときみたいにスカーフで顔を覆ったらいいんじゃないですかね」
「まあそうやんな。不審者で通報されんかったらええけど」
「みんなでお店に入ったら大丈夫ですよ」
そんな話をしながら漬物屋やチーズの店などを順番に回ってみた。
チーズの店ではサラとジューンが店員のお姉さんに産地の話などを訊いたら、試食用に少しだけチーズを切って出してくれた。
食べやすさだのコクだのフレーバーだの料理との相性だの、マニアックなネタを聞いてサラとジューンは目を輝かせていた。
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