02.鼻歌でも歌いそう
王宮の私室で王族直系の血を引く者たちが集まり、議論をしていた。
議論のテーマは『竜狩りを民に任せられないか』だった。
そのためにネックになってくるのは、永くディンラント王家が秘密としてきた事実を公表するかというものだ。
歴史の中に埋もれ、人類の知から隠されてしまった神性龍に関する秘密をどうするのか。
神性龍は神から与えられた仕事を現在でも護る存在だ。
この星に存在する大精霊を制御して、環境魔力を調整する役目を神々に託されている。
人類史から逸した事実がディンラント王家に伝わるのは、それを助ける存在と振れる機会があるからだ。
これまでは永い時の流れの中で王家が竜狩りの責を担って来ており、それですべての仕組みが回っていた。
そこに魔神アレスマギカより問題提起があった。
ゆえに彼らは論じた。
「メリットとデメリットですか。竜狩りを民に任せる場合と、王家が担い続ける場合で考える必要があるでしょう」
「そういうことだ。おれとしては竜狩りを王家が担い続ける場合のメリットとデメリットを先ず述べよう――」
リンゼイの言葉に頷き、王たるギデオンが現状維持の場合の問題点を挙げた。
竜狩りを王家が続ける場合、メリットとしてはこれまで通りの体制で進めることができる。
デメリットとしては、今後百年千年と時代を重ね王制が崩れたとき、仕組みを維持できなくなる可能性がある。
「――ということで、竜狩りの仕組みの維持と王制の継続は繋がった問題だ」
「親父がまとめた以上、俺が竜狩りを民に任せた場合を述べた方がいいだろうな――」
続いてライオネルが口を開く。
竜狩りを民に任せた場合、メリットとしては王家が神々から託された責務に縛られなくなる。
デメリットとしては、王制の根拠が消え、王国の政治体制が変わる可能性がある。
「――それは同時に、王制の下で国として行って来た竜狩りを、維持できなくなるリスクもあるだろう。もっといえば竜狩りをすべきとする者とそうで無い者で国が割れたり、ひどい時は大陸や世界に混乱が波及するリスクもある」
「充分ありうることだ。決して王制ありきで述べる訳ではないが、吾輩としては民に任せた場合のデメリットが目につくぞ」
ライオネルの説明にオリバーが表情を硬くする。
そこまで話した段階で、彼らは竜狩りを民に任せた場合のリスクを考え込んでしまった。
最悪の結果としてディンラント王国だけではなく、人類を二分する議論や騒乱の種になりかねないことを気づいたのだ。
「ひとついいでしょうか?」
「どうしたレノ?」
「最悪の場合は単純な人類の二分では済まないかも知れません。神性龍を自勢力に引き込もうとする者によって、千々に割れて争う可能性です」
レノックスがギデオンに告げると、その場の者たちは考え込んだ。
神性龍は世界に一体しかいない存在ではない。
ディンラント王家が把握している情報では、世界に十体存在するという。
それらは全て並みの人類を超越した知性を持つ存在ではあるが、それと感情は別の話だ。
情に絆された神性龍が、特定の政治勢力を利する未来は想像したくない未来だった。
「ここまで話をして、論点の見つけ方は見えてきましたね」
「それは同感だ、リン。どういう条件でもデメリットを先ず想起し、それを何らかの方法で解決しようとするのが現実的だろう。そこを整理する中で戦略が見えてくると考えよう」
リンゼイの指摘にギデオンが応えるが、その言葉にその場の者は頷いた。
ギデオンはその上で「だが――」と言葉を続ける。
「論点整理はいま言った通りだが、根本的なアプローチは以前からおれの直轄で進めさせている」
「初耳だぞ兄者。いや……、直轄といえば……、学院になにやら働きかけているのはレノを鍛える一環では無いのか?」
オリバーが怪訝そうな表情を浮かべるのに対し、ギデオンは不敵に微笑みレノックスは苦笑いを浮かべた。
「レノの冒険者パーティーを学院内で戦わせている。その相手は魔力暴走をスキルで発生させることが出来る生徒だ」
「まさかそれは! ……竜たちの精霊の試練への対処を研究するためですか?」
ギデオンとレノックスを除き、これまで具体的な内容を知らなかった一同は興味深げな視線を浮かべた。
「まだまだ始まったばかりですよリンゼイ兄上。そもそもオレが学院に入ってから半年も経っていないですし」
「確かにな。だがレノのクラスメイト達が協力的なお陰で、短期間でも情報は取れ始めている」
「さすが親父とレノ。鍛錬にもなるしいい計画だな」
苦笑するレノックスに対し、ギデオンとライオネルは不敵に笑い合った。
その後も彼らは話合い、今後の方針を共有した。
中でも重要な点としてギデオンが強調したのは、頭に浮かんだ問題そのものを疑えという点だった。
それは先日ギデオンがウィンと話した時に、秘かに決めた方針だった。
学院に着いたあたしはマルゴーに連絡を入れてディアーナたちと合流した。
彼女たちは前回会った食堂前のベンチの辺りに居た。
「おはようございます」
「「おはようウィン」」
「おはようございます、ウィンさん」
相変わらずディアーナにさん付けで呼ばれてしまったけど、性分だとか言っていたのだったか。
「また来てくれたのかい? もしかしてディアーナをだしにして、コウの様子を調べに来たんじゃないのかい?」
マルゴーが凄く晴れやかな笑顔を浮かべながらあたしに訊いてきた。
「いちおう素直にディアーナを応援に来たんですよ? それにコウの初恋の相手らしきシルビアですけど、試験の数日前に知り合ってたんです」
「へえ! そりゃまた運命だね。コウの奴も痴話げんかで刺されるのかねえ。水路に浮かんだら蘇生を掛けてやらなきゃだねえ」
何やら鼻歌でも歌いそうなご機嫌そうな表情で、マルゴーが言ってのけた。
どういう状況を想定してるんだよマルゴーは。
「なんかヘンな恋愛小説の読みすぎじゃないですかマルゴーさんは?」
「ん? 恋愛小説? そんな可愛らしいものよりもっと濃ゆい話は、花街じゃあ今日の天気の話なみにありふれてるんだけどねえ」
イヤな日常会話だな。
あいさつ代わりに、痴話げんかで誰かが水路に浮かぶような話が飛び交うのは、けっこうヤバいと思うんですけど。
「程々にしてくださいマルゴーさん。それよりディアーナですけど、今日はたしか実技試験があるって言ってましたよね? ウォーミングアップするなら手伝いますよ」
「ありがとうございますウィンさん。でも大丈夫だと思います。兄さんやマルゴー姉さんに手伝ってもらったり、王城で騎士団の人に手伝ってもらったんです。筆記よりもむしろ実技試験の方が自信があります!」
ディアーナの説明にエルヴィスが嬉しそうに頷き、マルゴーは頬を緩めた。
「おb……マルゴー姉さんがひいき目無しに見て、ディアーナの武術の腕前は充分実戦レベルって話になったんだ」
「それはあたしも知ってますよ。『諸人の剣』で一緒に戦ってますし、その辺の並みの兵士や冒険者だったら瞬殺ですよね。だからウォーミングアップって言ったんです」
「その辺も大丈夫だよウィン――」
マルゴーが教えてくれたけれど、魔法科初等部一年の転入試験では魔法人形が二体出て来るらしい。
両方とも一般兵程度の強さらしいので、戦闘が始まれば数秒で片が付くだろうとのことだった。
あたしは小声で「どうして知ってるんです?」と訊いたら、「カンニングにならない範囲で試験対策をして情報を集めたんだよ」と言っていた。
風紀委員会的には大丈夫なんだろうか。
何となくエルヴィスの方に視線を向けると口を開いた。
「王都の情報屋が知ってたみたいだよ。学生相手に情報を売る情報屋で、王都にある各校に過去の出題の開示要求などをして情報収集しているらしい」
そういうことなら大丈夫なんだろう。
でも学生相手の情報屋なんてあるのか。
日本の記憶を思い出せば、受験生が過去の試験対策をするのは普通だった。
こちらの入試でも過去問は出回っているし、実技試験の情報も開示請求すれば取れるんだろう。
その後は何となくコウの話になった。
エルヴィス曰く、シルビアのストレスになるといけないからと寮の自室に居るらしい。
「件の女の子がつらい記憶があって記憶喪失になったのなら、自分がきっかけにそれを思い出させてはいけないからって言ってたのさ」
「そうだったんですね」
やっぱりコウは優しいよな。
ノーラの魔法でシルビアの状態は良くなっていると思う。
でもあのとき、確か『トラウマの解消』と『自己肯定感の向上』は対処できたとは言っていなかった気がする。
そこまで想起すると、コウの配慮は決して大げさでは無いんだなと気づく。
「どうしたんだい? ウィンはやっぱりコウのことが気になるのかい?」
「いや、気になるとしたらシルビアの方です」
「なんだい、枯れた子だねえ。あんたはもしかして女の子の方がいけるクチかい?」
マルゴーが妙な絡み方を始めたぞ。
ディアーナの緊張をほぐそうと、妙な話題を進めるつもりだったりして。
あたしとしては面倒な話ですけど。
「おば……マルゴー姉さん?」
おばさんとよばれそうになったマルゴーは、エルヴィスに笑顔のまま濃密な殺気を一瞬だけ叩きつけた後に口を開く。
「マジメに、女の子が好きだって子も世の中には居るもんだけどねえ」
「マルゴーさん、そういう子は否定しませんけど、あたしはいちおう違います。あとシルビアの場合、記憶喪失って言ってたじゃないですか。それにコウの話だと人攫いに遭ったって」
あたしがそう言ってじとっと睨むと、マルゴーは肩をすくめる。
「そうだね。ワタシも色々賞金首は狩って来たし、色んな被害者の話を知っているよ。ディアーナと過ごせているから、少しばかり浮かれてるのかも知れないね」
「マルゴー姉さん?」
「何でもないよディアーナ。ウィンがコウが居なくてピリピリしてるって話さ」
「ちがいます」
ディアーナはマルゴーとあたしのやりとりを不思議そうに観察したあと、何でもない事のようにあたしに訊いた。
「そういえばウィンさんは、どういう男性が好みなんですか?」
「あたし?」
「ええ。わたしの事ばかり知られているのは不公平じゃないですか」
確かにそう言われたらそうなんだけど、あたしに訊くのか。
「そうねえ。……隣にいてくれる人。ううん、最後まで一緒に歩いてくれる人かしら」
そう応えたとき、存在しないはずの記憶の残滓みたいなものが、あたしの裡で疼いた気がした。
「……あれ?」
そして、気が付けば頬を涙が伝っている。
「それ、わたしも分かります!」
あたしを気遣ったのか、ディアーナが明るい声で応えてくれた。
何か告げようとするあたしに、マルゴーがそっとハンカチを差し出してくれた。
「あ、自分のがあるので大丈夫です」
「まったく、枯れてる子だねえウィンはホントに。でもワタシとしてはあんたの恋バナに興味が出てきたよ。そのうちネタが溜まったら話しておくれ」
あたしはポケットから取り出したハンカチで涙を拭きつつ応えた。
「もちろんイヤです」
「なんだって? こんど甘いものを食べに行くのは無しにしようか」
「え、それはズルいですよ?!」
マルゴーとあたしの笑顔を浮かべた駆け引きを見て、ディアーナとエルヴィスは笑っていた。
エルヴィス イメージ画 (aipictors使用)
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