11.禁術の実践を企むだろう
期せずしてユリオを同席させながら、ジャニスとニコラスが昼食を食べていた。
ユリオの目的は白の衝撃のメンバーとして、今後増加する魔神の巡礼者を護ることだった。
そのために悪辣な行為を行わないよう、王都の裏社会にクギを刺すつもりなのだそうだ。
「ユリオの目的は分かったけどよ、いちおう確認すんけどそれだけか?」
ユリオに問いかけるジャニスの視線は鋭い。
ある種の勘のようなものが、彼女の頭に過ぎった。
何かもっと面倒な事があるのではないかと。
「白の衝撃のメンバーの中で話し合って決めた目的は、いま伝えたことだけです。ただ……」
ユリオはそこで言いよどんで視線をテーブルの上に落とす。
その表情を判ずるに心配事というか、ある種の懸念のようなものを秘めているようにジャニスとニコラスには感じられた。
「どーした? おまえのともだちとそのカノジョにも言えねえような、ヤバいナイショ話なのかよ?」
「心配事があるようなら、相談に乗るからね」
「ありがとう、二人とも……」
感謝の言葉を述べるものの、ユリオは浮かない表情をにじませる。
「だー、煮え切らねえやつだな。そういう事なら、おまえがいま考えてる心配事をあーしらに教えてくれたら、あーしが月輪旅団の王都のまとめ役にユリオを紹介してやんよ」
「それは……、本当ですか?」
「ああ。ここまで話を聞く限り、おまえを会わせておいた方が、王都での騒動も減る気がするからよ」
共和国の人間には月輪旅団の名が効くことに、ジャニスは内心で自信を深める。
「はあ……、騒動ですか?」
ユリオとジャニスのやり取りにニコラスも言葉を添える。
「共和国大使館としては、そもそも揉め事を起こして欲しく無いし、ユリオや君の仲間にハデに動いてほしく無いって話になるよ」
「それは……、うん」
ニコラスの言葉にユリオが頷く。
ジャニスとしては白の衝撃が、腕っぷしだけで王都の裏社会を引っ掻き回す事を想像した。
治安のためにはその方がいいかといえば、決してそうではない。
暴力に頼らないような、詐欺じみた悪辣な犯罪が増える可能性が出てくる。
そうなればお上が今以上に王都の暮らしへの締め付けを強めるだろう。
今まで以上に月輪旅団の仕事での手間が増えかねない。
「おまえが暴走して暴れまわる前に、法に触れないようなやり方を助言してくれるかもしれねえだろ」
「確かに僕は――僕らは、王都の衛兵さん達の仕事を増やしたい訳じゃあないですからね。月輪旅団と繋がりが出来るなら嬉しいです」
その言葉にジャニスは少しばかり物言いを付けたく感じていた。
出会い頭にいきなり試合をするよう口説かれたからだ。
「だけどな、大前提としておまえが持ってる心配事を、いまここで全部吐き出してからだ! 厄ネタになりそうなもんは、とっとと影だけでも捉えときてーんだよ!」
「僕もジャニスに同感だね。僕らに言えない事なのかい?」
ジャニスとニコラスの言葉でユリオは目を閉じて考え込む。
カトラリーは完全に机の上に置き、腕組みをして何やら考え込んでいる。
そして勢いよく目を開き、一つ頷いてから口を開く。
「分かった、話します。まず、白の衝撃は、以前から赤の深淵と仲が悪いのは知っていますか?」
「仲が悪いって話は聞いてる。でもそもそも、その組織の知識がねーんだわ」
ジャニスが首を傾げると、ニコラスとユリオが顔を見合わせたあと赤の深淵の説明をした。
「――はあ、ランチを公国料理にしなくて良かったぜ。腸詰めとか食べてたら色々考えちまっただろうからな」
呻くようにジャニスが告げると、ユリオが真面目な表情を浮かべる。
「彼らの信仰は、命への冒涜です。ですので僕らは彼らと戦って来た歴史があります」
「なるほど。赤の深淵の連中が、王都での禁術の実践を企むだろうっていう心配があるんだね」
「それはほぼ確定しているので、見かけたら僕らは真っ先に潰します。ですが彼らに関して未確定情報があるんです」
「どんなんだ?」
「あくまでも僕らの内部情報ですし、裏が取れていない情報だというのを汲んで欲しいんです」
ユリオの言葉にジャニスがため息をつく。
「もったいぶってんじゃねーよ。キリキリ吐け」
「はい。彼らは魔族の古典儀式派が組織の中核をなしているので、古くから魔神さまに対する信仰があります。それがいわゆる『魔神騒乱』を機に変わったようなのです」
「変わった? 何が変わったんだい?」
「信仰の対象を『真魔神』とか『血神』とか呼び始めたようなんです」
「どういう意味だ?」
「分かりません。そのような教義は魔神さまの信仰には、これまで聞かなかったものなのです」
ユリオの言葉に、ジャニスとニコラスは考え込んだ。
その頃にはランチで頼んだフサルーナ料理は完全に冷めてしまっていた。
結局ユリオがもたらした話では分からないということになり、ジャニスは彼をデイブに紹介することにした。
そのことが決まったため、ジャニス達は気分を変える意味で王都の暮らしに関する話をしつつランチを平らげ、店を後にした。
王城に着いたあたしとニナはデボラから聞いていた段取りで彼女と合流した。
そのまま案内されて王城の砦部分にある魔法の演習場に移動する。
するとそこには前回ニナと訪ねた時に見かけた顔ぶれがそろっていた。
ホープも待っていてくれたようだ。
ニナと二人で宮廷魔法使いの皆さんに新年のあいさつをして、ニナは闇魔法の指導を始めた。
「ご無沙汰していますホープさん」
「やあ、こんにちはウィンさん。また会ったね」
「ええと、今日はよろしくお願いします。ところで今更で申し訳ないんですけど、ホープさんてフルネームを聞いていないような気がするんですよ」
「そうだった?」
ホープはそう言ってあたしとデボラを交互に見る。
「ホープはその辺は適当だからな。割と良くあることだし気にしないでやって欲しい、ウィン」
「あ、いえ。あたしの方こそちゃんと確認しなかったので、ニックネームとかでずっと呼んでいたのだったら申し訳ないかなって思って」
「「マジメだなあ」」
いや、だって気になっちゃったし。
というか宮仕えの宮廷魔法使いの二人がそんなことを言っていいんだろうか。
二人とも学院の卒業生だった気がするし、後輩だということでフレンドリーに接してくれたのかも知れないけれど。
「それじゃあ改めて自己紹介を。僕はホープ・ノーマン・ウィリアムズといいます。守秘義務があるから細かい話は出来ないけれど、普段は創造魔法関連の研究を行っています。よろしくねウィンさん」
「はい。学院で風紀委員会に所属しているウィン・ヒースアイルです。こちらこそよろしくお願いします」
「うん。最近だと撲殺君殺し(仮)で有名だね」
ここでも付きまとうのか。
やっぱり称号って呪いだよ。
「お願いですので、その呼び名はホントに勘弁してください」
あたしの心底イヤそうな顔にデボラとホープは笑っていた。
「それじゃあ時魔法の【純量制御】を希望しているってことだったから、その指導を行うよ」
「はい、お願いします」
「【純量制御】はステータス情報などによれば、『任意の物質の概念量を制御する魔法』と分かっています。ただこれでは分かりづらいので日常に置き換えると、転がるボールを加速させられる魔法として有名です」
「とてもイメージしやすいです」
効果についてはティーマパニア様から聞いているし、ホープからそこまで詳しい解説は必要無かったりする。
もっともホープもあまり説明自体は詳しくするつもりは無いようだ。
あたし達が案内された魔法の演習場は屋内だったけれど、床は土魔法で作られた物らしくコンクリートのような石造りになっていた。
そこにホープはポケットから取り出した小さいボールをそっと置く。
教え方はマーヴィン先生が【符号演算】を教えてくれた時と同じような感じだ。
軽く蹴ったボールに【純量制御】を掛けてみせてくれた。
「たしかに、ボールが加速しましたね……」
「うん。君が言った通りイメージはし易いけど、前回教えた【符号遡行】の方が分かりやすかったと思う」
【符号遡行】は『転がしたボールをスタート地点まで戻す魔法』と説明された。
確かにこれ以上ないくらい分かりやすかった。
それに比べればボールの加速というのは、人によってはイメージしずらいかも知れない。
「それじゃあ、やってみます」
練習を始めて数分後、あたしは【純量制御】を覚えてしまった。
「もしかしたらと思ったけど、ずい分あっさりと覚えたねえ」
「……もしかしてウィン、『魔神の加護』を持ってるな?」
ホープとデボラが興味深そうに告げた。
「あ、はい。魔神さまの加護は頂いています」
あたしの言葉に二人は納得していた。
「みなさんのお仕事は魔法を使いますし、『魔神の加護』は重要になってくるんじゃないですか?」
「ウィンの言う通りだね。私たちの仕事の効率が大きく変わってくると思うよ」
「新魔法の開発や魔道具の研究とかでどんな影響が出るかが、僕個人としては気になるかな」
ソフィエンタの説明だと魔神さまは魔法を高度に使いこなして欲しいらしいし、これからどんどん変わっていくんだろうな。
デボラとホープの話を聞きながら、そんなことを考えていた。
デボラ イメージ画 (aipictors使用)
お読みいただきありがとうございます。
おもしろいと感じてくださいましたら、ブックマークと、
下の評価をおねがいいたします。
読者の皆様の応援が、筆者の力になります。




