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07.威力より効果


 一夜明けて母さんの気配に起こされ、あたしは稽古を付けてもらった。


 相変わらずの基礎訓練の見直しだけれど、求められる動きの質はかなり高めだ。


 それでも何とかなっているのは、自分が少しは上達しているからだろうか。


「そういえばウィン、デイブから聞いているかしら?」


「ええと、なんの話?」


「注意喚起の話ね。昨日の夕食ときにフェレット獣人の子の話が出てきたでしょう?」


 その話に関連してデイブからなにか情報が来たんだろうか。


 少なくともあたしは知らないぞ。


 ちなみにあたしと母さんは普通に会話しながら、ブルースお爺ちゃんちの訓練用の庭で回転しつつ、掌打で打ち合っている。


 あいかわらずあやしい親子だとおもう。


「たぶんまだ聞いていない話だと思うわ母さん」


「そう。共和国の魔神信者の秘密組織は幾つかあるけれど、そのうち要注意なのが二つあるの。ひとつは『赤の深淵(アビッソロッソ)』で、もうひとつは『白の衝撃(インパットビアンコ)』ね」


「狂信者ってこと?」


「自分達の信仰を曲げないという点では両方とも狂信者ね――」


 母さんの話によると『赤の深淵』の方は禁術の実践を積極的に行う集団で、いまだに人間の生贄を使った儀式を行うことで有名なのだそうだ。


 もう一方の『白の衝撃』の方は、『魔力は闘争のためにある』という教義で凝り固まっている集団で戦闘狂の集まりとのこと。


「だた白の衝撃の方は、弱者を暴力から守るのは宗教的な使命であり義務としている変人の集団ね」


「正義の味方を押し売りする変態集団てこと?」


「おおむねその通りらしいわ。そしてデイブからの注意喚起だと、イタチ獣人とかそれに近い部族の獣人が多いらしいのよ。そしてフェレット獣人も含まれるそうよ。そのフェレット獣人の青年が、王都で怪しい動きをしているみたいなの」


「それで注意喚起なのね。怪しい動きって?」


「裏社会と接触しようとしているみたい」


「それは色々と不穏かもしれないわね」


 そこまで聞いてあたしはウィクトルのことを否応なしに想起した。


 あの受験生は戦闘狂の変態だったな。


「そしてここからが重要だけど、『赤の深淵』と『白の衝撃』は仲が悪いらしいのよ」


「すごく面倒な連中ね」


 共和国の魔神信仰の秘密組織が、王国の王都まで来て抗争を始めるとかだと迷惑極まりないんですけど。


「その通りね。関わってはだめよウィン」


「あたしからは関わらないわよ。ただ話を聞く限り、あたしが会ったフェレット獣人の子は関係者な気がするわ」


「分かってるわ。念のためあなたが聞いた名前をデイブに伝えておいたわ」


「さすが母さん、ありがとう」


 ウィクトル自体は悪辣な感じはしなかったけれど、戦闘狂なのは隠せていなかった気がするな。


 あたしは彼とのやり取りを思い出しつつ、内心ため息をつきながら母さんと月転流(ムーンフェイズ)の基礎訓練を進めた。




 朝食を食べた後に片づけを手伝って、それが済んだらアルラ姉さんと一緒にお爺ちゃんちを出た。


 シンディ様から風魔法の指導を受けるためだ。


 王都内の乗合い馬車で移動して、ティルグレース伯爵家の邸宅(タウンハウス)にいちばん近い停留所で降りるとニナが居た。


「おはようなのじゃウィン、アルラ先輩」


「「おはよう」」


 ニナもどうやら乗合い馬車で来たようだ。


 合流したあたし達はそのままキャリルの家に向かう。


「ちょっと母さんから注意が必要な情報を聞いたの。フェレット獣人の青年が王都で怪しい動きをしているらしいんだって――」


 道すがら、アルラ姉さんとニナにも『白の衝撃』の話をした。


「やれやれ、ディンラント王国まで来てその名を聞くとは思わなかったのじゃ」


「ニナは関わったことはあるの?」


 名前は知っていたみたいだな。


「妾は無いのじゃ。しかし妾の親戚が誘拐されそうになった時に、『白の衝撃』の関係者が助けてくれたという話は聞いたことがあるのじゃ」


「「へ~」」


「ゆえに、妾個人としては『白の衝撃』にはそこまで悪い印象は無いのじゃ。しかし、好んで関わりたくは無いがのう」


「『魔力は闘争のためにある』だったかしら? その思想自体は共和国の独立の歴史で、少しだけ見かけたりするわね」


 その後もキャリルの家に着くまで、歩きながら三人でお喋りした。




 ティルグレース伯爵家の通用門を通り、通用口でエリカの迎えを受けた。


 そのままあたし達は伯爵邸の訓練場に移動すると、すでにキャリルとロレッタ様とシンディ様が待っていてくれた。


 みんなで挨拶を済ませると、シンディ様が告げる。


「それでは皆さん、前回課題としました内容を確認します。一人ずつ順に魔法を見せてくださいまし」


『はい(ですの)(なのじゃ)』


 シンディ様の指示で、ニナを除くあたし達は順番に【風壁(ウインドウォール)】を発動させた。


 全員が無事に課題をクリアしていたので、次の段階に進めるとのことだった。


 ニナに関しては、【振動圏(シェイクスフィア)】を手のひらの上で発動させることに成功していた。


 手のひらの上にちぎった葉っぱを乗せて、【振動圏】の回復の効果を発動させてみせた。


「ニナはすでに発動には成功していますわね。発動にムラなども無さそうですし大変宜しいかと。そこからは効果範囲を広げるトレーニングに入れますわ」


「ありがとうございますなのじゃ。前回拝見したシンディ様のお手本に助けられたのじゃ。ここからは地道にトレーニングさせてもらうのじゃ」


 嬉しそうに告げるニナに、シンディ様はニコニコと微笑んでいた。


 その後、ニナはあたし達の練習を見ながら自習を進め、あたし達はシンディ様に【風壁】の指導の続きをしてもらった。


「次の段階では、手のひらの上に出現させた【風壁】の中に、風の刃を走らせるトレーニングをいたしますわ。この段階を開始できれば、あとは自習を進めることで【風壁】の完全な習得に近づけますの」


 シンディ様はそう告げて右手の平を上に向けて、あたし達の前に示す。


「お手本を示しますので、もう少し近づいて見ていてくださいね」


 あたし達がシンディ様に近寄ると、彼女は【風壁】を発動した。


 シンディ様の手のひらの上の風魔力の回転は、観察すると一枚の風の刃が内部で回っていることに気が付く。


「これをまず目指してください。意識の集中でここまでは労せずできると思いますの」


『はい』


「そして制御に慣れてきたら、風魔力の回転範囲を維持しながら、風の刃の数を増やしてください。この時のコツは、刃を薄く小さくすることです」


「お婆様、それは威力という点では大丈夫でしょうか?」


 シンディ様の説明に対しキャリルが質問した。


 あたしも気になるといえば気になる部分ではある。


「大丈夫ですわ。この場合の風の刃はナイフなどではなく、ヤスリのようなものに近いと考えてほしいのです」


 風属性魔力のヤスリか、それはちょっと凶悪だな。


「一枚の刃で全てを切断するわけでは無いと?」


「その通りですキャリル。範囲で効果を示す魔法の多くは、そのような性質を持ちますの。トレーニングを進めて行く中でいずれ気づくでしょうが、塊のような魔力の維持がカギとなります。覚えておいてくださいね」


『はい』


 そしてあたし達はそれぞれ魔法のトレーニングを進めた。




 シンディ様からの指導は休憩を挟みながら続けられた。


 休憩の時にはキャリルがシンディ様に不穏なことを質問してしまう。


 訓練場の脇に用意されたテーブルと椅子で侍女の人たちが用意したお茶を飲みながら、その話が始まった。


「ところでお婆様、武術の場合はその腕前を鍛えるために試合やスパーリングを行いますが、魔法の場合はそういうものは行わないのでしょうか?」


「そうですわね。魔法で作りだした的を使い、腕比べなどをすることはありますわ。しかし対人戦ということになると、鍛錬をするのは騎士団や宮廷魔法使いとして働く人たちでしょうか」


 シンディ様の応えに、キャリルは微妙に不満そうな表情を浮かべている。


 確かに武術の試合の感覚だと、一対一なりでワザをぶつけ合うことで腕を磨くのが普通だよね。


「キャリルよ、いまシンディ様が申したのは効率の面からいえば仕方がないのじゃ。魔法による戦いは、突き詰めれば弓矢のように距離を稼いだ打ち合いか、バリスタや投石器のような放り込みなのじゃ」


「ふむ……。ということはあくまでも戦いという面でいえば、魔法を使う者は出来るだけ早く、出来るだけ遠くから、出来るだけ威力のある魔法を使うのが最善ということになりますのね」


「出来るだけ威力のある魔法ではありませんわキャリル。できるだけ効果が高い魔法が最善なのです」


 ニナに指摘されてキャリルが応じたが、それに対してシンディ様から物言いがついた感じだ。


 ただ、シンディ様が言いたいことは何となく想像できる。


「威力より効果、ですの?」


「ええ。例えば森に潜んだ賊を討伐するのに、威力が高いからと火魔法を多用したら森林火災になりますわ」


「それは困りますわね」


「そのようなときは面倒でも【麻痺(パラライズ)】などで無力化しながら制圧すべきでしょう。もちろん、森林火災を許容できる場合は火魔法を使うかも知れませんがね」


「それは戦術しだいですわね」


「その通りです。魔法も作戦や戦術、戦略で使い方を考えるべきなのですよキャリル」


「分かりました、お婆様」


 ティルグレース伯爵家の人たちはバトル脳なんだなと思って聞いていたけれど、ロレッタ様もシンディ様の話で何やら考え込んでいる様子だった。


 当分先の話とはいえロレッタ様はいずれ女伯爵として家を継ぐし、賊との戦いを例に出されて思うところがあったのかも知れない。


「じゃからキャリル、魔法の試合をしたくなったのなら、武術の試合の中で使うかマトを使った腕比べを勧めるのじゃ」


「なるほど、よく分かりましたわニナ。それではニナ、わたくしと試合をいたしませんこと?」


「試合ということなら、妾の不戦敗で良いのじゃ」


 ニナはのんびりとした口調でそう言ってハーブティーを一口飲んだ。


 そのやり取りを見てから、キャリルがあたしに何か言ってくる前にどう応え(にげ)ようか考え始めていた。



挿絵(By みてみん)

ニナ イメージ画 (aipictors使用)




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