03.始まりに過ぎません
みんなで夕食を食べた時に、『魔神の加護』を得るコツの話は黙っていることにした。
少なくとも今晩中に王家やプリシラの家に伝わるまでは、秘密にしていようと思う。
「フェレット獣人の少年に絡まれた?」
「なんだか重度の戦闘狂って感じだったの」
父さんがあたしの話に食いついた。
ディアーナ達と別れて食堂を離れるとき、ウィクトルという転入試験の受験生に声を掛けられた話をしたのだ。
「言葉遣いは丁寧だしあいさつも出来る子だったけど、あたしが言うまで自己紹介を忘れてたわね。どちらかが壊れるまで武の試合をしようとか言われたのよ? 変態よ?」
「でもさウィン、ただの変態少年なら転入試験で弾かれるんじゃないの?」
興味深そうにリンジーが指摘するけど、それはその通りなんだよな。
「確かにね。『首都ルーモンにある国立ルーモン学園初等部から、学院への転入を考えている』とか言ってたけどね」
「国立ルーモン学園と言ったら、共和国では名門だったと思うわよ。王都でいえば校風はブライアーズ学園に似ているんじゃなかったかしら」
コニーお婆ちゃんがルーモン学園のことを知っていた。
そんな学校に通う生徒が、わざわざ学院に転入してくるのか。
魔神さまの関係で、そういう学生も増えてくるのかも知れないな。
在校生と揉めて、風紀委員の仕事が増えないでほしいと思う。
夕食を食べたあと早めに部屋に引っ込んだあたしは、プリシラに連絡を入れることにした。
『魔神の加護』を得るコツの話を伝えるためだ。
あたしは【風のやまびこ】で連絡を入れる。
「こんばんはプリシラ、突然ごめんなさい。急ぎで話したいことがあるの、いまいいかしら?」
「こんばんはウィン。大丈夫と回答します。急ぎの話、ですか?」
ああ良かった、一回で連絡が繋がったよ。
「ええ。元々はキャリルに相談された話が発端だったのだけれど、『魔神の加護』を得るコツが分かったのよ」
「それは……、詳しい説明を希望します」
「元からそのつもりよ――」
あたしはサラが『魔神の加護』を得るときに、ニナに相談したところから説明した。
『祈祷や呪いなどの魂にまつわる技術は祭句を口にすることだから、魔神さまに祈るとき小声でも口に出して祈れ』という話があり、サラはそれで加護を得た。
今日ディアーナに確認をしたところ『声に出して祈る』が正解だと分かった。
大声は不要だけれど、『加護を得て何をどうするか』ということを述べて祈れば加護が得やすくなると説明された。
その場にいた者と話し、『目的意識』がカギだろうということになった。
「――ということなの」
「全て承知しましたウィン。非常に有力な情報に感謝が尽きないと申し上げます」
「どういたしまして。でもここまでで話は半分よ。もう半分話があるの。この情報をあたしはキャリルとそのお婆様に伝えてしまったのよ」
「それは……、貴族の派閥の問題を気にしていると仰いますか?」
さすがにキャリルのお婆様まで口に出せば、プリシラはすぐに察してくれたか。
「その通りね。魔神の巫女様は今日中には王家に報告すると思うわ。魔神の巫女様が特定の貴族派閥を贔屓にするわけでは無いと思うし、プリシラにはお家の方に相談してほしいの」
「その問題も承知したと回答します、ウィン」
「ありがとう、プリシラ」
「いいえ。『魔神の加護』の情報について話を伺った段階で、最善の結果のために私はお婆様に相談することを想起しました」
プリシラのお婆様は魔法に関する二つ名持ちで、シンディ様のライバルだったはずだよな。
確かに相談した方が、プリシラも安心できるんだろう。
「そうね、魔法の研究に優れたお婆様って話だったし、いい判断だと思うわ」
「ありがとうございますウィン。あなたにそう言われると勇気が出ると回答します」
「うん。――それじゃあプリシラ、がんばって」
「はい、それでは失礼します、ウィン」
ウィンとの連絡を終えたプリシラは侍女を呼び、祖母であるイネスと急ぎ面談する時間を得るよう指示を出した。
イネスの方もこれを快諾し、プリシラは祖母の部屋を訪ねた。
調度品は一流の職人が設えたもので揃えられており、その部屋の格式から侯爵家夫人の私室と判別できた。
そしてその豪華で美麗な私室に負けることなく、シンプルだが品のあるドレスを着たイネスがプリシラを迎えた。
イネスに示され、二人は室内のソファに並んで座る。
「お婆様、突然の訪問失礼いたします」
「問題ありませんよプリシラ。あなたがこの時間に訪ねるとは、いつぶりでしょうね」
そう言ってイネスは口角を上げる。
「お婆様のお邪魔をしてはいけないと判断しておりました」
「そうですか。淑女の判断としては無難ですが、祖母としては少し寂しいですよプリシラ」
「申し訳ありませんお婆様」
プリシラはそう言って固まってしまうが、言葉以上に焦っているのかも知れないとイネスは思う。
彼女の態度に気付かない口調で、イネスはプリシラに問うた。
「それで、急ぎの話とは何でしょうか?」
「はい。以前お話したクラスメイトのウィンより、先ほど『魔神の加護』習得の情報を教わったと報告します。ウィンは魔神の巫女さまの話として、魔神さまから情報を得たとのことでした――」
プリシラはその後、キャリルやシンディに伝わっている事や、王家に報告されている事などをイネスに伝えた。
「――報告は以上になります。その上で、最善の行動をご相談したいのです、お婆様」
「いい友人を持ちましたねプリシラ」
「自慢できる友人であると確信します」
イネスの言葉にプリシラは胸を張る。
それを見てイネスは目を細める。
「いいでしょう。貴族派閥まわりの話は、私が手を打っておきます」
「ありがとうございます、お婆様」
「あなたはこれから自らの想いを言葉にし、魔神さまに祈ればいいのです。その祭句の例文を示しますので、あなた自身の想いを言葉にしなさい」
イネスはその直後に無詠唱で【収納】から紙片と筆記具を出し、簡単な例文を記してプリシラに渡す。
プリシラはそれを読み、しばし目を伏せて考えていたが、やがて視線をイネスに向けた。
「お婆様、考えがまとまりました。お婆様に『強くなりたい』と相談したときの気持ちを、魔神さまに示します」
「好きになさい」
イネスの言葉に頷くとプリシラは胸の前で指を組み、目を閉じて祈った。
「いと高き座にある魔神アレスマギカさま。私プリシラ・ハンナ・ドイルが魔法によって、大切な人たちを護れる強さを得られるよう、御身の深淵なる英知をもって加護をお与えくださいませ」
その直後、イネスは微かにプリシラに神気が流れ込んだように感じられた。
プリシラ本人はゆっくりと目を開け、組んだ指を解いた。
「いちばん私にとって大切なことを願いました」
「ええ、良い祈りだったと思います。プリシラ、早速ですがあなたのステータスを確認してごらんなさい」
「分かりました」
イネスに促されてステータスを確認したところ、プリシラは『魔神の加護』を得ていた。
しかも、魔法や魔力を使う技の上達の効率は十倍だった。
「『簡素なのは豊かである』という言葉もありますが、あなたの願いを上手く示せたようですね」
「お婆様のお陰です、ありがとうございます」
「いいえ、プリシラの魂の可能性が、魔神さまに認められたのです。しかし、加護を得たのは始まりに過ぎません」
「はい、これまでと変わらず、努力します」
まっすぐに応えるプリシラの頭を、イネスはそっと撫でた。
夕食を取ったあとは宿屋の部屋に引っ込み、フェレット獣人のウィクトルは参考書にかじりついていた。
その様子を眺めながら、ウィクトルの兄は目を細める。
「ウィクトルでもそこまで必死になるのかい? 夕食のときは試験の初日は上手く行ったって言ってたのに」
「え……、うん……。試験は思った以上には上手く行ってるけど、今まで以上に転入試験に集中することにしたんだよ、ユリオ兄さん。ちょっと気付かされたっていうか」
弟の言葉にユリオは興味深げな表情を浮かべる。
もともとウィクトルは影響を受けやすい心根をしているが、それは本人が納得できることに対してのものだ。
そしてウィクトルが納得しやすいのは、武に関する話が殆どだ。
ユリオ自身も子どもの頃はそうだったので、非常に共感できるのだが。
「なんだい、試験会場で野良試合でもしてきたのかい?」
「そうしようと思って声を掛けたんだけど、相手は風紀委員会の子だったんだ。試験に集中しなさいって諭されちゃってね。――あと、武術研究会があるとも言ってたね」
「本当かい?! いいなあっ。僕も入ろうかな? 高等部なら入れないかな?」
「さすがに自分の歳を考えてねユリオ兄さん。それに兄さんが戦うと死屍累々になっちゃうからさ」
ユリオはウィクトルの言葉に心底残念そうな表情を浮かべる。
「確かに二十代で学生は厳しいかもね。いいなあウィクトル」
「それを言うならぼくはユリオ兄さんが羨ましいよ。巡礼目的の冒険者ってことで来てるけど、地ならし目的でいろいろやるんでしょ?」
「そこはナイショかな」
ユリオの言葉にため息をついて、ウィクトルは参考書に意識を集中させていった。
プリシラ イメージ画 (aipictors使用)
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