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01.強そうというなら


 ディアーナたちと昼食を済ませたあと、彼女は早めに試験会場に入ると言い出した。


 エルヴィスとマルゴーが居るから大丈夫だと言っていたし、ディアーナはあたしとコウに気を使ったのかも知れない。


「それじゃあ、ボクは図書館に寄って寮に戻ります」


「あたしも学院の外に寄り道してから帰るわね」


 コウの言葉の後にそう告げて、あたしは何となくいつもの感覚で右こぶしを突き出してしまった。


 やってしまってから握手とかの方が良かった気がしてきたけれど、ディアーナだけじゃなくその場にいたマルゴーやエルヴィスとコウもグータッチをした。


「行ってきます」


「「行ってらっしゃい」」


 あたしとコウはディアーナ達を見送って、そのあとあたしは図書館に向かうコウを見送った。


「さて、商業地区に寄り道でも……、その前にキャリルに連絡を入れた方がいいわよね」


 魔法で連絡してきて『魔神の加護』の習得に関するコツを相談されたけれど、折角ディアーナ経由で有力な情報を聞き出せた。


 早めにキャリルに教えてあげたい。


 そんなことを考えていると、食堂の方から妙な気配の人物があたしに真っすぐ近づいてきた。


 気配は若干抑え気味だけれど、何か意図があるんだろうか。


 そう思ってその人物に視線を向けると目が合った。


 年齢はあたし達と同じくらいにみえる獣人の少年で、特徴的なのは丸い獣耳をしていることだ。


 割と人懐っこそうな笑顔を浮かべてこちらに近寄って来るけれど、身のこなしが何となくニコラスとか最近のカリオを想起させる。


 もしかしたら風牙流(ザンネデルヴェント)を修めているのかも知れないな。


「やあ、こんにちは。きみも受験生ですか?」


「こんにちは。違いますよ、知人の血縁者が受験するので応援に来ていたんです。どうしましたか? 会場に迷ったなら案内しますが」


 あたしの言葉に嬉しそうに微笑みつつ、少年は首を横に振った。


「いいえ、違いますとも。試験開始までまだ時間があるじゃないですか。ですのでこれから二人で、イイことをしませんか?」


 あたしは思わずその言葉で脱力した。


 受験会場でナンパの類いだろうか。


「ええと、イイことって?」


「もちろん、ぼくかきみが壊れるまで、武を競うということです」


 少年は爽やかにそう言い放って微笑む。


 その微笑みの底にある目の光に、あたしはある種の狂気に近いものを感じる。


 それは戦闘狂(バトルマニア)の目かも知れないが、名前も知らないあたしに言い寄ってくる時点で、何となくキャリルよりもかなり重症な感じがする。


 いや、キャリルと一緒にしたら彼女に失礼か。


 あたしとしてはどこからツッコんだらいいのか悩み始めた。


 ていうか、何がもちろんなんだろうか。


「ええと……。うーん、要するに武術の試合ということですか?」


「もちろんです、強そうなお嬢さん!」


「あ゛ー……、ちょっと待って下さいよ。強そうというなら、あちらの皆さんの方が見てくれ的に強そうじゃありませんか?」


 そう言って右手で示した先には、視覚で認識しながら脳が存在を除外しようとしていた筋肉競争部の皆さんが、集団で謎のポージングをしていた。


 食堂の出入り口の近くで陣取って受験生を応援するような言葉を叫んでいる。


 たぶんパフォーマンスか何かなんだと思う。


 上半身ハダカで元気だな。


「ええと、ディンラント王国では、肉壁の皆さんを強いと評価するのでしょうか?」


 その言い草も辛らつだな。


「別にそういうわけでは無いわ。どうしてあなたは、あたしを強いと判断するの?」


「それはあなたの身のこなしが、ぼくの流派の高弟に近いものを感じるからです」


「ふーん。でもあたしはあなたと関係は無いわね、名前も知らないし」


 あたしの言葉にハッとした表情を浮かべると姿勢を正し、すぐに少年は自己紹介を始めた。


「これは失礼しました。ぼくは名前をウィクトル・フェルランテといいます。プロシリア共和国出身で、フェレット族の生まれです。風牙流(ザンネデルヴェント)を学んでいます。家族の都合で、首都ルーモンにある国立ルーモン学園初等部から、学院への転入を考えています。よろしくお願いします」


 きちんと自己紹介してくれたか。


 基本的にはウィクトルというこの少年は真面目な人柄なのかもしれない。


 戦闘狂という怪しい部分を持っているだけで。


「あたしはウィン・ヒースアイルです。学院の初等部に通っていますが、風紀委員会に所属しています。学則などを乱すようなことは、学院に報告しなければなりません」


 あたしが風紀委員という説明を言った瞬間、ウィクトルは固まってしまった。


 まあ、いきなりどっちかが壊れるまで試合をしようとかいう辺りで、個人的にはアウトな気がするんだが。


「そ、それは失礼しました。思わず嬉しくなってヒースアイルさんに声を掛けてしまいました」


「ウィンで結構です。はあ……、本当に学院に入る気があるなら、転入試験に集中してください」


「はい……」


 なんか自業自得とはいえウィクトルはショボーンとしてしまったな。


 これでメンタルに影響が出て試験結果に影響が出るなら、すこし可哀そうではある。


「武を学んでいる方なら、もっと胸を張りましょうよ。さっき知り合いと話していましたが、『実戦のように鍛錬して、鍛錬の時のように実戦を戦え』って言ってましたよ」


 あたしの言葉にウィクトルはまたハッとした表情を浮かべる。


「それに学院には武術研究会という部活があります。壊しあいまではしませんが、入学後に武を競うことは出来るはずです。大陸中の武術を研究していますね」


「そ、それは参考になります!」


 なんだか目がキラキラして来たな。


 人ごとながら、ウィクトルはこんなに単純で大丈夫なんだろうか。


「分かったら、早めに試験会場に向かって試験に集中してください」


「わかりましたウィンさん。ありがとうございます。またお会いしましょう!」


 ウィクトルはそう告げて爽やかに笑い、手を振って去って行った。


「フェレット獣人ってあんな感じなのかしらね」


 微妙にツッコミ足りない気分を残しつつも、あたしは頭を切り替えてその場から移動した。




「ということがあったのよ」


「ウィンはときどき妙なことに関わりますわよね、本当に」


 ディアーナから聞いた内容をキャリルに伝えようと思ったのだけれど、連絡を入れたところで時間があるならと家に誘われた。


 身体強化と気配遮断をして王都を駆け、かなり顔パス状態になっている通用門と通用口を抜けて応接間の一つに案内される。


 そこでお茶とお菓子を頂きながらさっきの少年の話をした。


「関わるって言われても、今回のは向こうから近寄ってきたのよ? だいたい通りすがりの異性に向かって、どちらかが壊れるまで武を競おうって誘うのは変態よ」


「それは確かにそうですわね。ただ、辻試合を思いのままに申し込んで果たし合う武芸者という生き方は、憧れる部分がありますわ」


 ダメだこの令嬢、早く何とかしないと。


 なにやらあたしのマブダチは目を輝かせている。


「憧れでとどめておきなさい、あまり無茶をすると伯爵さまがガッカリするわよ」


「そ、それは……。でもお爺様なら分かってくださいますわ」


「シンディ様は?」


 あたしがシンディ様の名前を出すと、キャリルはそっと視線を逸らした。




 肝心の『魔神の加護』の話をすると、キャリルは今からさっそく試してみるという。


 大声は必要ないけれど、『加護を得て何をどうするか』ということを述べて祈れば、加護が得やすくなるだろう。


 ディアーナからのその情報を伝えると、キャリルは黙り込んで自分の考えを整理し始めた。


「――そうですわね、先ずは試してみようと思いますの」


「考えはまとまった?」


「大丈夫ですわ」


 キャリルはそう微笑んで、胸の前で指を組んで目を閉じる。


 そして告げる。


「いと高き魔神さま。わたくしは魔力を使う技術が上手くなりたいです。この国のために生きる人々を、支え護るための力が欲しいのです。そのために御身の加護をお与えくださいませ……」


 キャリルが祈りの言葉を終えたところで、微かに神気の流れを感じた。


 サラが『魔神の加護』を得た時と同じような感覚だ。


 キャリルはそっと目を開ける。


「これでどうでしょうね」


「キャリル、すぐにステータスを確認してみた方がいいわ。サラが加護を得た時と同じように神気の流れを微かに感じたの」


「分かりましたわウィン!」


 その結果、無事にキャリルは加護を得ていた。


 魔法や魔力を使う技の上達の効率は十倍とのことだった。


「おめでとうキャリル!」


「ありがとうございますウィン。――ありがとうございます魔神さま、そしていと高き神々よ。先ほどの言葉にたがわず、わたくしは努力いたしますわ」


 彼女はそう言って胸の前で指を組んで祈っていた。


 そのとき応接間には暖かい日差しが入り込んでいて、陽だまりの中で目を閉じて祈るキャリルの姿からは穏やかな気配が感じられた。



挿絵(By みてみん)

ウィクトル イメージ画 (aipictors使用)




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