11.一見すればバカな申し出
その日デイブは王宮に来ていた。
月輪旅団の取りまとめ役としてではなく、冒険者ギルドの相談役として打合せに参加してほしいと声を掛けられたのだ。
打合せのテーマは『王国の公的任務を、冒険者に依頼する場合の問題点の検討』だ。
冒険者は本来、国に縛られない。
そこにディンラント王国として仕事を頼むときの問題点を、検討する打合せだった。
どうやら『魔神騒乱』が収束したタイミングでギルドに話が出ていたらしい。
冒険者ギルドからの参加者は、王国冒険者ギルド本部の本部長とディンルーク支部の支部長、その他ギルド職員が数名いる。
デイブとしては実務的な話は彼らで充分だと思っているのだが、やんごとなきお方から名前が出たそうだ。
そのため王宮の文官が、冒険者ギルドに拝み倒してデイブが参加することになった。
経緯を聞いた段階で、昨日のピザパーティーで気さくに参加者と話をしていたギデオンの顔が浮かんだが、個人として指名されたなら仕方ないかと腹をくくった。
デイブにとって冒険者ギルドの幹部は冒険者としての先輩達だし、仕方なく付き合っている面もある。
そしていざ王宮に着いて会議室に入ったところで、ピザパーティーの時に知り合ったブルースとバリーの顔があった。
何となくギデオンの気分で巻き込まれたような気がしながら、デイブはブルースたちと目礼を交わした。
彼らが集まった会議室は抑制が効いた調度品で品良く飾られており、ここが王国の行政の中枢であることを意識させるような年季の入った机と椅子が並んでいた。
打合せ自体は文官やギルド職員の実務担当者が仕切っているだけあり、スムーズに進んでいる。
公務に関連する冒険者の仕事という意味では、現時点でも賞金首の仕組みであるとか、貴族家からの領内の魔獣討伐依頼の仕組みがある。
これに加え、各国に根を張る冒険者ギルドとしては、公的な仕事を受ける際のノウハウもそれなりに蓄積されている。
近隣諸国では北のオルトラント公国が、未踏ダンジョン攻略に際して国の機関に属する者か国家資格を有する冒険者以外の挑戦を制限している。
そういった具体例が順に検討され、ディンラント王国でも公務に近い依頼は資格制度を設ける案が打合せ参加者で共有された。
こんな話なら、おれは来る必要は無かったんじゃないですかねえ――
そんな言葉を飲み込みつつ、デイブは話されている内容自体は頭に入れて行く。
情報に価値があるのは事実だからだ。
そして打合せは滞りなく終わり、次回以降も後日行われることが伝えられた。
「つぎは辞退させてもらいたいところだが……」
小声でそんなことを呟きながら席を立つと、ブルースとバリーがデイブに近づき声を掛けた。
「デイブ相談役殿、昨日はありがとうございました。色々と興味深い話を伺うことができましたぞ」
その口調にブルースが連隊長として話しかけてきたことを察し、デイブが応じる。
「ブルース連隊長閣下。私こそ大変お気遣いいただきありがとうございました。まだまだ自分が不勉強だということを知り、汗顔の至りです」
デイブが不勉強と告げたのは、昨日ブルースと一緒に飲んだ時のやり取りを思い出したためだ。
ブルースの出身地である、王国西部の海沿いで作られる酒のつまみの話が勉強になったというやりとりだったが。
それを思い出したのか、バリーがブルースの隣で黙って破顔した。
「なんの、相談役殿がその職務に忠実なのは、自分も知るところです。もし宜しかったら、このあと是非、自分とバリーにそのお知恵を貸していただけませんでしょうか?」
そう言ってブルースがデイブにウインクした。
デイブは冒険者ギルドの人間達に一声掛けて別れる。
そしてブルースとバリーに案内された会議室にはギデオンが居た。
他には近衛騎士のクリフとレノックスが同席している。
会議室は先ほどと同様の格式を感じさせるが、いまここに居るのはデイブ達だけだった。
「よう、来たかデイブ。手間を掛ける」
「こんにちは陛下。ご機嫌麗しく存じます。不躾ながら、直接お話をする非礼をご容赦くださいませ。――それともダイオン様とお呼びした方が宜しいでしょうか?」
デイブが一礼しながら告げるとギデオンは笑う。
「好きに呼んで構わんし直答で問題無いが、ここでの話はギデオンとして話す必要があってな。それにしてもデイブよ、おまえはそんな話し方もできるのだな」
「陛下、さすがに私も場と立場は弁えますよ」
そう応えながらデイブは昨夜、ギデオンとワイン談義をした時の口調が脳裏によぎった。
すぐに忘れることにしたのだが。
「はは。とにかく座ってくれ。ブルースたちも座れ」
『はい』
デイブ達が示された席に着くと、ギデオンは告げる。
「今日おまえに来てもらったのは、月輪旅団の取りまとめ役であるおまえに話を通しておきたかったからだ」
「どんな話ですか?」
旅団の名が時点でデイブは頭を切り替えた。
少しばかり、デイブは旅団の王都の取りまとめ役としての貌を意識しながら応じる。
その変化にギデオンは口角を上げる。
「すでに兆候は掴んでいるかも知れんが、王都を拡張することを考えている」
「そうですか」
ギデオンの言葉に対し、重さも軽さも熱も無く、デイブはただ応える。
「ああ。対応自体は早めに着手していたが、各国とのやり取りで王都への魔神信仰の巡礼客の増加が避けられないことは判明していてな。放置すれば王都の住人たちの暮らしを圧迫するだろう。分かっていることには手を打たねばならん」
「はい」
デイブにしても、ギデオンが言っていることは十分想像の範囲内の話だ。
それをいま自分に告げることの意味は、確認しておく必要があるが。
「おまえのところの爺さんにも、使いを送る予定だったんだがな。折よく昨日おまえと会えた。その上で言っておかねばと思ってな」
爺さんというのは、ゴッドフリーのことだということは分かる。
「何をでしょうか」
「おまえ達は身内を大切にする。だからおれ達が王都を拡張するのは、民の暮らしを守るためだと最初に言っておくべきだと思ってな」
「たしかに、実際に話が動けば色々あるでしょう。揉め事も、いい話も、それこそうんざりするほど、ですね」
王都が拡張されれば新しい街が出来る。
そのための人出が必要になるし、それは新しい雇用を生むだろう。
貧民街から労働者を集めるようになるだろうし、ヒトやモノやカネが集まることで事件も増えるはずだ。
ただその最初の方針が『民のため』ということなら、何かあったとしても王国はその方針に従って動くはずだ。
そしてその民には、王都の住人である月輪旅団の構成メンバーも含まれる。
「それで、王国は月輪旅団の味方だから、王国の味方をしろと?」
ギデオンは首を横に振る。
「ちがう。旅団のお前らの本質は流民だ。時代を経ても国には縛られん。だからそういう意味では対等だ」
「そうですか」
「ああ。だから頼みたいが、王国が下手を打ちそうなら、遠慮なく物申してくれ」
そこまで話を聞いて、デイブはギデオンの態度に心の中で舌を巻く。
一見すればバカな申し出ではある。
王の立場から、国が流民の傭兵団に対等だと宣言すること。
だがある意味で、月輪旅団に王国の警戒網へと加わるよう誘っている。
月輪旅団の取り分は、王都の安寧で得られる普段の暮らしだろう。
「話は分かりました。お恐れながら、宗家に諮りたいと存じます」
「それで構わない。どうせ今日明日でどうこうなる話では無いからな。ただ、話自体は早い方がいいと判断した」
「ありがとうございます」
デイブはそう言って頭を下げた。
「こちらこそ手間を掛ける」
ギデオンもそう言って頷いた。
そこまで話が進んでから、部屋の空気が少しだけ和らいだ。
「ときにデイブよ、月輪旅団の話とは直接関係無いのだが、王都の動きで気になるものなどは無いか?」
「気になるものですか? それは陛下の方が把握されているのではないですか?」
デイブは会議室に呼ばれたときの貌に意識を切り替えていく。
「だといいのだが、昨日話をしていておまえ達とおれ達の手勢とでは、少々目の付け所が違うようなのでな」
「それ程違いませんよ。ですが気になるといえば、裏社会の動きがどうなるかは気になりますね」
裏社会という単語に、ギデオンは眉をひそめる。
「動きがあるのか?」
「まだ分かりません」
そう応えながら王宮に入る直前の連絡が脳裏によぎる。
ジャニスを経由したエイミーからの情報だが、月輪旅団の仲間の読み通りなら少々面倒な動きがあるかもしれなかった。
その後デイブ達は暫くの間、互いにとって差し障りのない範囲で当面の懸念事項の話などをして過ごした。
マルゴー達と学院の食堂で話をしてから、あたしは適当なところで席を外した。
少し考えを整理したくて、一人で学院の構内を歩く。
時間が経てば食堂に行ってディアーナたちと合流し、一緒にお昼を食べる約束をしてある。
あのとき聞くでもなく話を聞いてしまった。
コウとシルビアのやり取りだ。
コウが彼女の幼なじみで、ずっと心に留めて育ってきたのは理解した。
同時にシルビアは記憶を失っていることも。
あたしとしては、シルビアがノーラの闇魔法による治療を受けることになった場面に立会った。
だからシルビアの状況に関しては、コウよりも少しだけ情報は持っている。
でも信義の問題で、シルビアやグロリアに黙ってコウに伝える訳にはいかない。
「ノーラさんからのお仕置きもかなり恐ろしいのよね……」
シルビアたちがコウに話すことを決めない限りは、あたしは黙っていようと思う。
そう思いながらあたしは寮に向かった。
そのまま今日はジューンの部屋に向かい、お昼までは彼女とお喋りをして過ごした。
デイブ イメージ画 (aipictors使用)
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