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10.警護されるべき対象


 あたしは物理的に頭を抱えつつ、キャリルと話す。


「一つだけ確認したいんだけど、先方は無礼講を了承してくれているかしら?」


「問題ございませんわ。レノから言質を取っております。レノの話ですと髪型や服装に気を付けて行くとのことでした」


 変装とかそういう問題じゃない気がする。


 でも以前ゴッドフリーお爺ちゃんと訪ねた時の陛下を考えるに、自動的に無礼講にしてくれそうな気はする。


 とはいうものの一国の王がお忍びで訪ねるってどうなんだろう。


 ブルースお爺ちゃんとかも頭を抱えるんじゃないだろうか。


「はぁー……。分かったわ。今の話を聞いて、もう参加者を増やさない方がいいと思ったわ」


 警護の都合とか色々あるだろうし、屋敷の中が人混みで動きが取れないような状況は避けた方がいいと思う。


「そうですわね。レノのお父上が求めない限りは締め切った方が良いでしょう」


 陛下が同行者を増やす可能性もあるのか。


 あまりそれは考えたくないけど、キャリル経由でレノにクギを刺してもらうか。


「キャリル。レノに連絡してこれ以上は収容人数の関係でムリって、クギを刺してもらっていいかしら?」


「分かりましたわ」


 キャリルとの連絡を終えたあたしは、気分的にぐったりした。


 お忍びで無礼講でクラスメイトの父とはいえ、この国の最高権力者があたし達のピザパーティーに降臨する。


 その情報の圧力でくたびれてしまったのだ。


 あたしの様子は流石に表情や所作に出ていたのか、サラ達が心配そうに声を掛けてきた。


「なあウィンちゃん、どないしたん? 問題でも起きたとかそういう連絡やった?」


 あたしはどう言葉を返そうか考えつつサラの方に視線を向けるけれど、あたしの目はたぶん死んだ魚のような目をしていたんじゃないかと思う。


「ええと、まほうでぼうおんにしてもらえるかな?」


 あたしの言葉の直後にニナが無詠唱で風魔法を使い、周囲を防音にした。


「ウィンよ、レノがどうこう言っておったが、何か横やりでも入ったのかのう?」


「あー、ここまで材料を仕入れたら、無かったことにするのは痛いにゃ。アタシは何が何でもやるべきと思うにゃー」


「そうやで。ウチらが揃っとって、問題いうてもどうにかできるんちゃう?」


「ええとね、さんかしゃがふえたの――」


 あたしはキャリルからもたらされた情報を伝えた。


 ウェスリー達が増えた件はとくに問題無く受け入れられた。


 そして――


「れのがね、ほごしゃさんとさんかするのがかくていしたの」


「レノが?」


「保護者にゃ?」


「確定なのじゃ?」


「れののちちうえだって」


『…………?!』


 三人は一拍置いてから表情を強張らせた。


 クラスメイトのあたし達にとって、レノックス様がディンラント王国の第三王子殿下だというのは公然の秘密だ。


 エリーにしても『恋バナハンター』を自称しているだけはあり、レノックス様の情報は持っているだろう。


 あたしがくたびれている理由を察したようだった。


「え、そうするとどないなん……?」


 サラは何やら呟きながら、うどんを食べる手を止めて考え込む。


「ま、まあディンラント王家には妾は特に引け目を感じるようなことは無い……はずじゃ……」


 ニナも呟きながら箸を置いて考え込む。


「一番えらい人にゃ……? アタシ、マナーとか分からないにゃー……」


 エリーも箸を置いて考え込んでいる。


「ぶれいこうらしいけどさー……、くらすめいとのおやだからってなによー……、みぶんをかんがえてよー……」


 あたしは心持ちぐったりしながら、どう準備を進めるかボンヤリと考え込んでいた。


 示し合わせた訳ではないけれど、気が付けばあたし達は四人揃ってテーブルの上にのの字を書いていた。


 どれくらいそうしていたか、何となく視線を感じた気がしてそちらに顔を向ける。


 すると店員さんや他のお客さんがあたし達を伺っている。


 あたしがそちらを見た瞬間に全員がビクッとして、見てはいけないものを見たかのように一斉に視線を逸らした。


 だってしょうがないじゃない、想定外が過ぎるんだし。




 陛下がやって来ると決めてしまった以上、天変地異でも起きてピザパーティーが流れない限りは確定事項だろう。


 色々不安しかないけれど、対策は考えなければならないとおもう。


「無礼講なのはレノから言質を取ってあるらしいわ。ここはもう腹をくくるしかないと思うの」


「そうやね。レノのお父さんいうところを、意識しとったらええだけやんな」


「貴人が無礼講と言った以上、ヘタに過剰な気遣いを見せてもかえって不興を招くだけじゃ」


 あたしとサラの言葉にニナが補足したけれど、確かに過去に会った陛下の言動はかなり直接的というか、率直な感じで話したほうが上手く会話が回った気がする。


「みんなががんばるなら、先輩としては俯いている訳にはいかないにゃ! エライ人だろうが、結局は胃袋を掴めば勝ちにゃ!」


 どういう面での勝ちかは気になるところではあるけれど、『胃袋を掴め』というエリーの言葉は説得力があった。


 ただ現実には考えなければならないことは幾つかあると思う。


 警護だとか、陛下に出せない食材や料理とか、会わせてはいけない相手とかその辺りの細かい調整だ。


 でもあたしでは完全に容量(キャパ)オーバーな仕事だろうから、まずは母さんに投げてみることにした。


 母さんには【風のやまびこ(ウィンドエコー)】で連絡を入れるにせよ、防音の状態では使えない。


 あたし達は会計を済ませてうどん屋を出ることにした。


 店を出るとき店員さんの年配の女性から呼び止められ、紙袋に入った何かを渡された。


 どうやら一人一個まんじゅうをサービスで用意してくれたようだ。


 テーブルでみんなで煤けた状態になって、のの字を書いていたのが心配になったらしい。


 妙に励まされてから、あたし達は店を後にした。




 商業地区にある小さな公園に移動し、周囲に怪しい気配が無いかを確認してから母さんに【風のやまびこ(ウィンドエコー)】で連絡した。


「母さん、ちょっといいかしら?」


「大丈夫よ、どうしたの?」


 何となくいつもと変わらない母さんの声でホッとする。


「実はさっきキャリルから魔法で連絡があって、二組の参加の話があったの――」


 あたしは母さんにウェスリー達の参加と、レノックス様たちの参加の話をした。


 その上で、陛下を迎えることへのあたしの懸念を伝える。


 でも母さんの反応は落ち着いたものだった。


「そう。――他に参加希望の人は居ないのね?」


「今のところいないけれど、キャリルと話してそろそろ締め切りってことにしようと思うの」


「分かったわ。他には何かあるかしら?」


「特に無いけど、母さんはレノックス様のお父上の話をしても落ち着いているのね」


 あたしの言葉で母さんは笑った。


「ふふ、貴人の警護は経験があるし、本来はキャリル様だってキチンと対応すべき方よ?」


「む、それは……、そうなんだけどさ」


 あまりにも普通に接してくれるから忘れがちだけれど、キャリルは伯爵家の令嬢なんだよな。


 母さんの言う通り、本来は警護されるべき対象だ。


 当日はロレッタ様やプリシラだって来る。


「ともあれ警護の関係のことや諸々は、お父さんやブルースお爺ちゃんやデイブなんかと詰めるから心配しなくていいわ。料理も陛下の方から来ると言っている以上、問題無いでしょう。ウィンは食材の調達と下準備の段取りに集中なさい」


「はーい」


 母さんとの連絡を終えてみんなに話した内容を伝えると、みんなは安心した表情を浮かべた。


 特にブルースお爺ちゃんと警護の話をするということで安心したようだ。


 そしてあたし達は残る食材の調達のために商業地区を歩き回った。




 王都ディンルークの商業地区にある市場にて、その屋台で買った食べ物を齧りながら一人の男が街を行く人々をぼんやりと眺めていた。


 商人風に見えるその男に、地味な色のローブを着こんだ男が声を掛けた。


「よう、ご同輩。景気はどうだい?」


「良くも悪くもねえな。そっちはどうだ?」


「無いわけじゃねえが、先立つものがねえとな」


 そう言ってローブの男が薄く微笑む。


 商人風の男は一つ嘆息してからポケットから硬貨が何枚か入った袋を取り出し、ローブの男に手渡した。


 ローブの男は袋の重さを確かめてから仕舞い、口を開く。


「月輪旅団の新鋭が大量の食材を買い込んでいるそうだ」


「新鋭? どいつだ?」


八重睡蓮(やえすいれん)


「ああ……、でもあのお嬢ちゃんは学生だし、仲間内で使うんじゃないか?」


 そう言って商人風の男は屋台メシを齧りながら笑う。


「俺らの商材(じょうほう)は売れるかどうかだろ、少しは頭を動かせ」


「まあそうか。食材ってどんなもんだ?」


「ピザ用の食材が大半らしい」


 そう言ってローブの男が不敵に微笑むと、商人風の男も顔を綻ばせる。


「なるほど、共和国の料理の食材を月輪旅団の新鋭が買い込んだか。旅団の連中が共和国の連中とでも、ランチミーティングよろしく親睦会みたいなのをやったりしてな」


「魔神さまの件もある。メシの種になりそうだろ?」


 そう言ってローブの男は商人風の男に手を出す。


 ここで追加の代金を渋れば他にもすぐ流すという暗黙のやり取りだ。


 それに嘆息してから商人風の男は、硬貨が入った袋を手渡した。


「まいど」


「ああ、来年もよろしく」


「そうだな、来年もよろしく」


 挨拶をしたローブの男は人混みに消えた。


 その様子をぼんやりと眺めていた商人風の男は、仕入れた商品(じょうほう)をどこに持っていけば高く買ってもらえるかを考え始めた。


 そして屋台メシを食べ終えてから、商人風の男もまた人混みに消えた。



挿絵(By みてみん)

プリシラ イメージ画 (aipictors使用)




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