08.顔を出す可能性を
夕食を食べた後、早めにあたしに割り当てられている部屋に移動して、日課のトレーニングをこなす。
いつも通りに時間をかけて行ったのだけれど、【風壁】を発動させるトレーニングが想像以上に順調だった。
「一分間の維持はムリだけれど、十秒くらいはいけるわね!」
【風壁】で効果範囲内に風の渦を作り出す課題だけれど、効果範囲を直径一メートルほどに広げることには成功した。
シンディ様の課題では一分間維持できるようにということだったので、ときどきステータスで魔力の残りを確認しながら練習をした。
トレーニング後は寝るのには微妙に早い時間だったので、読書をしてから寝た。
翌日、可能な限り早めに起き出して身支度を整え、あたしはリビングに向かう。
今日はバリー伯父さんを除いてみんなが居て、朝食を食べていた。
「おはよう」
『おはよう』
伯父さんは仕事に出かけたそうだけれど、お爺ちゃんも午後から王城に出かけるみたいだ。
食事の用意をしようと台所に向かうと、今日も母さんがやってきて準備を手伝ってくれた。
「母さん、今日も賛神節に行くの?」
「そうね。せっかくここまで毎日行っているし、今日も行くわ。ウィンはお友達と買い物ね?」
「そうよ。旅団の報酬で持ち合わせは十分あるし、立て替えるとかじゃなくてあたしが払うけど?」
「そういうおカネは取っておきなさい。それに母さんとしては、何となく妙な勘がするのよね」
「え?」
勘ってどういうことなんだろう。
なにか王都でトラブルでも起きて、食材がいきなり高騰するんだろうか。
そのことを訊いてみると母さんに笑われてしまった。
「危機意識が高いのはいいことだけど、そういう勘じゃ無いわ。……とにかく、今回は母さんが払うから安心なさい」
「うん……、ありがとう」
微妙にモヤっとするけれど、そんなやり取りをしてから朝食を食べた。
今日はブルースお爺ちゃんとコニーお婆ちゃんが留守番で、他のみんなは賛神節に行くみたいだ。
リンジーは昨日と同じく、適当なところで引き上げて来るらしい。
朝食後は大容量のマジックバッグを借りてからお爺ちゃんちを出て、あたしは学院の寮に向かった。
寮の玄関で合流したあたし達は王都内の乗合い馬車で中央広場に移動した。
「収穫祭ほどや無いけど、すごい人出やんな?」
「賛神節じゃのう。共和国では教会の中で行うことが多いが、このように行われるのも面白いのじゃ。何より動物たちと触れ合えるというのは新鮮なのじゃ」
「まあ、動物をすべての日程で連れて来るのは、今年からみたいだけれどね」
凄い人出なのは『魔神の加護』の影響もあると思う。
うちの家族やリンダ伯母さんたちはまさにそんな感じだし。
その話をするとサラが興味を持った。
「ふーん、魔神さんの加護か。賛神節で祈ったら授かったりするんかな?」
「知り合いだとアルラ姉さんと、従姉の姉さんが授かったわ。まったくない訳じゃ無いと思う」
「妾は寮の部屋で祈ったら貰ったのじゃ!」
ニナは何やら得意げに主張しているな。
そういう話を聞くと、賛神節は関係ない気もしてくる。
「なあなあニナちゃん、祈り方とかあるん?」
「そうじゃな。とくに無いと思うが……、魂にまつわる技術――祈祷や呪いなどに共通するのは祭句を口にするということじゃ。よって魔神さまに祈るときに、小声でも良いので口に出すのを勧めるのじゃ」
ニナの話であたしは、日本の記憶から言霊の概念をなんとなく思い出していた。
「ふーん。それやったらやってみるわ!」
サラはそう言って胸の前で指を組む。
そして空を見上げながら告げた。
「魔神さん魔神さん、ウチは魔法が上手くなりたいです。魔法で誰かを助けてそのことで、みんなで豊かになりたいです。どうかウチに加護を授けておくれやす……」
そう言ってサラは目を閉じるが、何となくかすかに神気の流れがあったようにあたしは感じた。
「ねえニナ……」
「うむ、妾も気になったのじゃ……」
これはサラが『魔神の加護』を貰ったんじゃないだろうか。
「ねえサラ、ちょっとステータスを確認してみて」
「え、いまのでウチ授かったんかな?」
そう言いながらサラは【状態】の魔法を使った。
「おお! やったで、魔神さんの加護をいただいとるわ!」
あたしは慌てて人差し指を口に当てるけれど、特にサラが注目を集めることは無かったようだ。
まあ、人と動物でいっぱいだし。
その後ニナがサラに確認させたら、魔法や魔力を使う技の上達の効率は十倍で、ニナと同じとのことだった。
「サラ、魔法もそうだけれど、白梟流の技の上達も早くなるわよ。もちろん、基本の弓術を習った後の話だけれど」
「おお! 魔神さん、ホンマおおきに!」
サラはその場で空に向かって叫んでいたけれど、あたしとニナはその気分が分かるので思わず微笑んでしまった。
中央広場でしばらく過ごしたけれど、あたしは母さんや伯母さん達を見かけることは無かった。
そのあと、あたし達は商業地区に移動した。
道すがら、あたしは母さんから多めに食材などを買うように言われていることを伝えた。
するとニナがなにやら頷きつつ告げる。
「そうじゃな。夕食会は年が明けて二日目に行うのじゃし、新年のあいさつに来客などがあることを心配しておるのやも知れんのう」
「その可能性はあるかも知れんね。年末年始は身内で過ごすけど、商売をしとる家やったら挨拶回りはふつうにするやんな」
「そう言われたらその可能性はあるかも知れないわね。でもそれだと、男性陣一人当たり五人前っていうのは妥当なのかしらね」
新年の来客か。
来るとしても親戚関係じゃないだろうか。
ブルースお爺ちゃんは連隊長だし、バリー伯父さんは大隊長だ。
その騎士団関係の客が新年にあいさつ回りで顔を出したら、人数の多さで大変なことになる気がする。
そういうのもあって、王国では年末年始は身内で過ごすことになっているんじゃないだろうか。
貴族の社交シーズンは春が本番みたいだし、騎士団なんかでもそれに倣うと思うんだけど。
「とりあえず今のところは、親戚とかが顔を出す可能性を考えておくわ」
「それでいいと思うのじゃ」
「そうやんね」
そうしてあたし達は、先ずは薪を売っている店に向かった。
薪屋をみつけて店内に入ろうとしたら、微かだけど斜め後方から視線を感じたような気がした。
何となく振り返ってそちらに視線を向けると、道の反対側の斜め向こう側の店の入り口にあたしに視線を向けているおじさんに気づく。
店は乾物屋だったけれど、おじさんの顔は記憶にあった。
『黒血の剣』の悪ガキ共を移動させるときに、デイブの店で会った月輪旅団の関係者だ。
あたしは何となく表情を緩めながら目礼すると、向こうも微笑みながら頷いていた。
月輪旅団の関係者はちゃんと挨拶して回っていないけれど、デイブから特に何も言われていないのでそのままにしている。
ただまあ、月輪旅団は月転流の互助会みたいなものだし、何かあったときに助け合う感じなんだろうと理解している。
薪屋ではとにかく多めに薪を仕入れた。
そのため店員のお兄さんからは、どこかの商家のお使いかと訊かれてしまった。
土魔法でピザ窯を作って大量に焼く話をしたらピザを知っていて、すごく羨ましがられてしまったが。
でも量を買ったので、薪の代金をまけてくれたのはラッキーだった。
月末で年末ということもあり、デイブが自分の武器店の帳簿を確認していると風魔法で旅団の仲間から連絡があった。
「――ふーん、お嬢が薪を買いに来たってか?」
「かなりの量を買ったらしい。店員の兄ちゃんの話では、土魔法でピザ窯を作って大量に焼くのに使うと言っていたそうだ」
「そうか。他には何かあるか?」
「特に無いな。魔神絡みで客が増えるのを見越して、共和国関連の料理に使うようなパスタの乾麺は多めに仕入れている。動きがあるようならまた連絡する」
「頼んだ、ありがとうよ。来年もよろしくな」
「ああ、よろしく」
ウィンがピザを大量に焼こうとしている話を聞いて、デイブは自分も何となく食べたくなってしまった。
王都にもピザを出す料理店はあるが、大量に焼くというのは魅力的に聞こえる。
そう言えば姉弟子であるジナからは王都に来た段階で魔法で連絡をもらったが、しばらく会っていないのでそのうち挨拶に行くと伝えたことを思い出す。
「ブラッドの兄貴の顔も見てねえし、たまには顔を出してもいいかも知れねえな」
思わずそう呟いて、デイブはジナに連絡を入れることを決めた。
デイブ イメージ画 (aipictors使用)
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