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02.研究者では無いのだ


 特級魔法を教えてもらうのに、フィル先生が『情報には情報を、知恵には知恵を』とか言い出した。


 物々交換的なルールというか等価交換で見合った情報なり知恵を寄こせという話だったので、地球の記憶とかから想起した案を出したら何とかオーケーをもらった。


 それはいいのだけれど、あたしたちのやり取りを見ていたグライフが口を開く。


「ふむ。……そういうことなら吾輩からもいいだろうか?」


「無論歓迎するがグライフよ、貴様がこの手の話題に乗ってくるのは珍しいな」


 グライフは地神さまであるテラリシアス様の分身だ。


 恐らくだけれど地球の記憶もあるのではないかと思う。


 そんな彼が出してくる案は、少し興味がある。


「たまにはいいだろう。――それで魔導馬車の『エネルギー効率』の話だったな」


「如何にも」


「ふむ。あまりにも素人考えが過ぎるので、黙っていた案が一つだけ吾輩にもあるのだ」


「もったいぶらずに話すがいい。閃きのレベルの話なら、素人も専門家も大差無いのだから」


 そういうものなのだろうか。


 直感的に素人が考えたアイディアが、専門家にとって常識以前の理屈で見落とされていたなんてことだったら面白いけれど。


「うむ。エネルギー効率で車体を軽くする話が出ていたが、これにも長い試行錯誤があるだろう」


「如何にも」


「だが、前から疑問だったのだが、魔導馬車は馬車の技術が土台にあるからか、馬車と同じサイズのものしか見たことが無い」


「それは……、ふむ」


 なにやらフィル先生がグライフの言葉で考え込んでいる。


 もしかして想定外の案だったんだろうか。


「平たくいえば、一人乗りの魔導馬車を作ることはできないか? しかも馬に引かせることを考えなくて良いなら、この部屋にもあるような木箱のサイズの車体で良いと思うのだが」


 そう言ってグライフは、部屋の隅にある大人一人がギリギリ入れるサイズの木箱をアゴで示した。


 地球の記憶でいえばサイズ的には、もうクルマというよりはカートに近い乗り物かもしれない。


 でももし実現するなら、エネルギー効率の点でいえばかなり向上するんじゃないだろうか。


 むしろ現行の動力源のパワーでは、もしかしたら出力が強すぎて走る棺桶になる気もするけれど。


「グライフよ…………」


 何やら張り付いたような微笑みを浮かべてフィル先生が問う。


 あたし的には微妙にイヤな予感がし始めた。


「どうしたフィル? さすがに素人考えが過ぎたか?」


「貴様と我の付き合いはどのくらいになるだろうな…………」


「ん? それはお前の冒険者時代からであるし、軽く十年以上前の話だな」


「「…………」」


 なんだろうこの沈黙は。


 フィル先生とグライフの間に微妙な空気が流れ始めた気がする。


 そして――


「何故ッ!! いままで黙っておったッ!! この筋肉野郎めがッ!!」


「ちょ……、まて、フィルよ!」


「貴様がそのアイディアを出していれば、どれだけ前倒しで実現できた技術があったと思っているのだ?! あ゛?!」


「いや……、そんなことを言われても、吾輩は素人だし……」


「もういい!! ちょっと貴様らはここで待っていろ!!」


 フィル先生はそう言い捨てると席を立ち、のっしのっしと資料室を出て隣の研究室に向かった。


 その直後、研究室からは怒号のような少年たちの叫び声が聞こえてきた。


「どうなるんですかねこれ?」


「妾は知らんのじゃ」


 あたしの言葉に、ニナがのんびりとコーヒーを飲みながら面白そうに微笑む。


 そしてあたし達はそろってグライフの表情を伺う。


「吾輩は研究者では無いのだ……」


 そう呟きながらグライフは煤けた笑顔を浮かべていた。




 十五分ほど待たされた後、フィル先生が資料室に戻ってきた。


「待たせたな貴様ら。全く、青天の霹靂とはこのことだ……」


「ど、どうなったのだ?」


 グライフが心持ち挙動不審になりつつフィル先生に問う。


 それに対して長い溜息をついたあと、先生は告げた。


「車体の小型化には動力源の小型化も必要になるゆえ、その点を勘案したエネルギー効率の計算をやり直している。だがいま木箱サイズの車体に変えたときの簡易的な計算をしてみたが、条件によっては魔石が要らなくなるかも知れん」


「どういう事じゃ?」


「最高速度や操作性など諸条件は一から検討し直す必要はあるかも知れんが、一人の内在魔力量で百キールミータ(キロメートル)」以上走れるかも知れん


『…………』


 その場にいたあたし達はフィル先生の言葉でそれぞれ何か考え込んだが、あたしは最初に思い付いたことを思わず口にする。


「魔石が値崩れを起こすかもしれませんし、馬車の需要が変わるかも知れませんね」


「商材の移動も変わるやも知れんのじゃ。そうなれば、今まで輸送の問題で諦めていた商材も市場に届くようになるやも知れんのじゃ」


「軍事技術などにも影響はあるだろう。現行の馬や魔導馬車の方が有利な場合はあるだろうが、兵の運用の方式が変わるかも知れん」


 あたしやニナは経済への影響、グライフは軍事への影響を考えたか。


「魔石の値崩れまでは行かんだろう。その分ほかで使われるだけだからな。だが馬車は……。全く、車体の軽量化という発想は近年出てきていたが、車体そのものを小さくするという発想は見落としていたぞ」


「それは他国でも同様かの?」


「恐らくはな。結局は軽量化の過程で強度不足をどう補うかという課題ばかり直面し、車体そのものを見直す余力が研究者に無かったのだ。……少なくとも我はそうだな」


 フィル先生はそう言って肩をすくめてみせる。


 たしかに目の前の課題に集中していたら、別方向からのアプローチは見落とすかもしれないよね。


「分かったのじゃ。妾は共和国出身ゆえ、必要なら【誓約(プレッジ)】で秘密を漏らさぬようにするが」


「それを言うなら吾輩は公国の民だ。吾輩も【誓約】で、然るべき時まで秘密を守ることにしても構わんよ」


 だがニナとグライフの申し出にフィル先生は首を横に振った。


「今回のような技術的なブレイクスルーの知見は、この大陸では論文などで発表するよう国同士の取り決めがあるのだ。ただ、発表時期は発見した研究者に半年間ほど猶予がある。今回の場合はグライフは研究者ではない。よって条約の上ではこの場にいた我が発見者という扱いになる」


 そこまで淡々と述べた後、フィル先生はグライフの方に向き直る。


「グライフの名は必ず論文に出すがな!」


 フィル先生がそう言いながらグライフをじっと見ると、彼は一瞬ビクッとして告げる。


「ふむ、協力者ということであれば吾輩は構わんな」


 何やら妙なところで名前が出そうだな、グライフは。


 それにしても猶予か。


 そのルールだと、半年といっても秘密裏に研究を進めれば、発表時期を延ばすことは出来そうな気もする。


「しかし今回の場合はモノがモノだ。実際に車体を作った段階で、外で試験走行をしたらすぐに秘密がバレると我は考えている」


『あ~……』


 それでも万が一を考えてとグライフが主張し、フィル先生が二人に創造魔法の【誓約】を掛けることになった。


 条件に付いては半年経つか、報道や学術誌などで公けに周知されるまで、フィル先生の研究室の関係者以外に他言しないというものだ。


 破った場合は一日分の記憶が無くなるというものに落ち着いた。




 そこまで済ませた段階で、フィル先生が当初の用事の話をした。


「さて、それで貴様たち、ウィンとニナに特級魔法を教える話だが、しばらく時間が取れなくなった」


 まあ、そうなるよね。


「当面のあいだ、まあ急いでも一か月くらいか、動きが取れん。その代わりと言っては何だがグライフの閃きへの礼と待たせることへの侘びだ、貴様ら三人には我が知る魔法は望めば何でも教えてやる」


「いいのかフィル?」


「二言は無い。四大属性魔法の特級魔法なら、おおよそ網羅している。二十代の頃にメシの種だと覚えまくったのだ」


 そう言ってフィル先生は怪しげに微笑む。


 特級魔法って覚えまくるものなんだろうか。


 ふとニナの方を見ると微妙に引きつった表情を浮かべていた。


「ええと……、フィル先生。四大属性魔法以外では、特級魔法は覚えていますか?」


「……そうだな、覚えている。時魔法の特級魔法だ」


「ふむ、『滅びの魔法』じゃな。良く覚えられたのう」


「『滅びの魔法』? ずい分物騒な魔法ね」


 あたしの微妙にビビった声にフィル先生が笑う。


 だってヤバそうな名前ですし、時魔法だし。


「『滅びの魔法』は通称だ。効果でいえば、より破壊に効率的で凶悪な魔法はある」


「『滅びの魔法』は。なんて魔法なんですか?」


「【乱雑圏(エントロピースフィア)】という。効果は『任意の空間での乱雑さを調節できる魔法』だ」


 乱雑さ――エントロピーか。


 地球の記憶でいえばどちらかといえば、熱とかそっちの方に影響がありそうなイメージが何となくある。


 でも時魔法の特級魔法なんだな。


 こんどソフィエンタに効果の詳細を確認してみよう。


「だが、我としては破壊に関しては、火魔法の【熱融解(メルティングフレイム)】を勧める。文献では星をも融かすと言われているからな」


『お~』


 星をも融かすって、どうやって検証したんだろう。


 たぶん計算とかしたんだろうけどさ。


「闇魔法では無くて残念なのじゃ」


「それはすまんなニナ。だが、王国の人間で我ほど特級魔法を多く覚えている人間は、そうは居ないだろう。今回の事で貴様らに教えるのに否は無い」


「その時はよろしくなのじゃフィル先生」


「よろしくお願いしますフィル先生」


「うむ」


「その時は吾輩も混ぜてもらっていいか?」


 グライフの言葉に、フィル先生は一瞬微妙そうな表情を浮かべて固まった。


「……いちおう訊くが、貴様はまだネタを隠していないだろうなグライフ」


「知らんよ。吾輩は研究者では無いのだ」


「……やれやれ、困った奴だ。――まあいいだろう」


 そう言ってフィル先生は頷いていた。



挿絵(By みてみん)

ニナ イメージ画 (aipictors使用)




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