01.知恵には知恵を
あたし達はいま、グライフの知人であるブライアーズ学園のフィル先生を訪ねている。
地魔法の【粒圏】を教えてもらうためなのだけれど、フィル先生の研究室がある学園の附属研究所に居る。
先生の案内で、普段は資料室として使っているという隣室に移動した。
グライフとニナとあたしが席に着くと、フィル先生はコーヒーを淹れて出してくれた。
あたしも手土産のコーヒーと焼き菓子を【収納】から出して手渡した。
先生は気にしなくても良かったと言いながらも受け取ってくれた。
「――それで、何年振りかに我に連絡を寄こしたかと思ったら、土の特級魔法を教えろとは意外だったぞ」
「まあな、半分以上はお前の顔を見に来たようなものだ。やはりお前は冒険者をやめてからの方が活き活きとしているな」
「なに、学園の若人たちの相手をするのに、老け込んでいても舐められかねんからな」
学園てそういう校風があるんだろうか。
歳相応に経験を積んでいるなら、尊敬されると思うんだけれど。
「それで、その二人の少女が教えを請いに来た者たちか。まずは自己紹介を。我はフィル・ディラックという。元冒険者で元ギルド職員だが、いまは魔法工学の研究者をしている。宜しくな」
「「よろしくお願いします」なのじゃ」
フィル先生の自己紹介を受けて、ニナとアイコンタクトをしてあたしから自己紹介をする。
「初めましてフィル先生。あたしはウィン・ヒースアイルと申します。王立ルークスケイル記念学院の魔法科初等部一年です。よろしくお願いします」
「そうか、貴様が『青松』と同門の少女か。宜しくな」
初対面で敵意が無い人から貴様と呼ばれたのは初めてだよ。
たしかに微妙に変わってる人かも知れないな。
それよりも元冒険者で元ギルド職員だけあって、デイブの二つ名が出てくるあたりは流石だと思う。
たぶんグライフが、あたしがデイブの同門だと話をしてくれたのだろうけれど。
「続いては妾じゃな。名をニナ・ステリーナ・アルティマーニと申す。王立ルークスケイル記念学院の魔法科初等部一年で、ウィンのクラスメイトなのじゃ。よろしくお願いしますなのじゃ」
ニナの名を聞いてフィル先生は何かに気づいた表情を浮かべた。
「アルティマーニ……。ふむ。過去に貴様は闇魔法に関する論文を出しているな?」
「そうじゃのう」
「ふ、面白い。研究に関することで気になることがあれば、いつでも指摘してくれ。宜しくな」
この分だと順調に魔法を教えてもらえそうだな。
そう思っていたらフィル先生が不敵な笑みを浮かべて告げた。
「さて、我は社会生活の中では努めて周りの空気を読むようにしている」
いきなり何か言い始めたぞ。
「だが、研究の道に進んでからは、冒険者時代に採用していた行動指針に則って行動するようになった。特に、誰かに物事を教えるという点ではな」
「行動指針ですか?」
「そうだ。それは等価交換を保つという指針だ」
「ふむ、等価交換ということは、同じ価値のものを示せということじゃな? 妾たちにタダで教えるつもりは無いと申すかの」
ニナもフィル先生の笑みを見ながら、面白そうに微笑む。
あたしとしては微妙に面倒そうに感じ始めていたのだけれど。
「少しだけ考えるがいい。技術とは知恵で、知恵とは財産だ。それを完全に無償で寄こせという話であれば、都合が良すぎる話では無いかね?」
「確かに、そうかも知れません……」
ここまでの話を聞く限りフィル先生には底意は無いし、話している内容も本人があたし達を騙すためにウソを話している訳でも無いようだ。
ということは、彼が言った『等価交換』という条件を満たさなければならない訳か。
ある意味、おカネを払って教えてもらうよりも面倒なことを言われていることに気づき、あたしは思わずため息を漏らした。
「フィル先生が申して居ることは妥当じゃのう。情報には情報を、知恵には知恵を。非常に分かりやすいのう」
たしかにニナの言う通りだけれど、それと面倒さは別の話だと思います、うん。
「具体的に、先生はどんな情報を求めているんですか?」
「もちろん、我にとって価値のある情報だな」
フィル先生にとって価値のある情報ということは、例えば魔法工学の話とかはそれに含まれるかも知れないな。
以前マーゴット先生と話した時に、彼女が安全性という点で見落としていたことを指摘したことがある。
もしかしたら場合によっては、フィル先生が見落としている情報を指摘できるかもしれないと頭の中で計算する。
「フィル先生に価値のある情報ということは、例えば魔法工学の情報ということですよね?」
「如何にも」
何やら先生はニヤニヤしながら頷いているけれど、この人はもしかしたらお喋りがしたいだけなんじゃ無いのかと微妙に頭によぎる。
けれど、そもそも向こうから示されたのは『情報には情報を、知恵には知恵を』という条件だ。
可能なうちはそれを目指してみようか。
「先生の研究対象は魔導馬車みたいですけれど、いま課題になっていることは何ですか?」
「課題か。――幾つもあるが、共通する言葉を上げるとすれば、『エネルギー効率』だろうな」
「エネルギー効率ですか?」
要するに燃費か。
魔導馬車の動力は内燃機関では無かった気がするので、“燃費”という用語はあまり一般的ではない気がするけれど。
「うむ。製品としての魔導馬車が世の中に登場してからすでに二十年以上経つが、普及にはブレーキが掛かっている。動力が魔石に依存するため費用がかさみ、世にそこまで普及していないのだ」
「それは確かにその通りじゃのう。現時点では、お金が掛かる乗り物という評価で定着しているのじゃ」
「その通りだ。我はその現状を打破したいと考えているのだよ」
魔導馬車については、以前なにかの機会に本で読んだことがある。
基本的には馬車の技術が土台にあり、そこに動力源となっている魔道具を積む形で動いている。
動力源の魔道具はこの世界らしく内燃機関ではない。
開発の当初はゴーレムの魔法を流用して動かしていたらしいけれど、別の魔法をもとに魔道具化した方が効率がいいことに研究者が気が付いた。
動力源の魔道具はこれまで土魔法、風魔法、水魔法のそれぞれの方式で開発が進んだ。
土魔法の方式は疑似的な重力制御に近く、任意の方向に落下していくエネルギーを回転力に変える方式だったけれど、回転を上げると動力源が壊れた。
落下のエネルギーを増やそうとするほど、動力源の重さも増えてしまったらしいのだ。
風魔法と水魔法は渦を起こす魔法の力で動力源を回転させている。
だから今ある魔導馬車は、風魔法方式か水魔法方式の動力源で動いているハズだった。
「風魔法方式と水魔法方式があることは、あたしでも知っていますよ。でも、エネルギー効率といっても動力源の研究は、魔導馬車の歴史と同じくらい長いんじゃないですか?」
「如何にも。貴様のような少女が魔導馬車の動力源の知識を持っていることは、嬉しく感じるぞウィン」
「ありがとうございます」
「指摘の通り、動力源の機構に関してはほとんど完成している。あと手を付けるとしたら、環境魔力を保持させる機構の実用化待ちというところか」
「ふむ。じゃがそれでも、魔導馬車のエネルギー効率を研究しておるのかフィル先生よ」
「そうだ。――さあウィン、ニナ、何か情報があるなら示してくれ。何ならほかの分野の話でも構わんがね」
そう言って飲みさしのコーヒーカップを掲げ、フィル先生はくつくつと笑う。
彼の様子であたしとニナとグライフは苦笑いを浮かべていた。
「フィルよ、お前の信条は理解するが、さすがに彼女らは「待って下さいグライフさん」」
見かねたグライフさんが割って入ろうとしてくれたのかも知れないけれど、あたしとしては確認してみたいことがあった。
「フィル先生、基本的な事かも知れないですが、幾つか思いつきました」
「それは言うべきだウィン。貴様の声を邪魔するものがいたら、我が追い出してやろう」
追い出すってどういう意味なんだろう。
魔法とかをぶっぱなすって意味だったら怖いなと思いつつ、あたしは口を開く。
「まずフィル先生が『エネルギー効率』と言った以上、効率性という点でいま研究をされていると思います。それはより少ないエネルギーでより遠くまでたどり着くということでしょう」
「続けるのだ」
「はい。すぐに思いつく戦略は、魔導馬車を軽くすることです。同じ動力源で軽い車体と重い車体なら軽い方が遠くまでたどり着く。なので、魔導馬車の強度を保ちながら軽くなるよう設計を見直すのが一つ」
あたしの言葉にグライフは微笑み、ニナはニヤニヤと笑みを浮かべている。
「二つ目はあるのかね?」
「三つ思いついています。二つ目は風の抵抗です。同じ重さの車体でも、前からよく風が当たる車体はそうで無いものよりも進めないはずです」
あたしの言葉にフィル先生は口角を上げ、作業着のポケットからメモ帳とペンを取り出してメモを取る。
「三つめは、坂を下る場合や一定速度で進む場合の、動力源の一時停止です。坂を下っている時は、馬が付いていない馬車だって前に進むでしょう。このとき動力源を使っている必要はありません」
「そうだな少女よ。一定速度というのは?」
「モノが移動していると、勢いが付いています。平地で荷車を押して、勢いが着いたとき手を離せばしばらく走ります。このときムリに動力源を使う必要は無いかも知れません」
「……面白いな。我らには無かった戦略だ。非常に示唆に富んだ情報を得たぞウィンよ!」
「ありがとうございます」
地球の記憶がある人間なら思いつくだろうけれど、車の空気抵抗の話や、エンジンの回転数の制御で燃費を向上させるのは普通の知識だったんだよな。
クルマの中身の情報は無くても、メーターパネルにエコを示すランプがついてたりしたし。
そういう意味ではズルした感じだけど、ソフィエンタやグライフからのツッコミは無い。
「妾からもいいだろうかのう」
「どんどん話すのだ」
「ウィンの案の二つ目で、風の抵抗の話が出たのじゃ。しかしこれは、魔導馬車に船のような帆を付けられる可能性を示しておるのじゃ。加えてこれが重さの点で不利であるなら、魔力を使って一時的な帆を作るのを試しても面白いかも知れぬのじゃ」
「……エネルギー効率としてはニナの案は即断は出来んな。それゆえ、だからこそ面白い情報ではある! いいだろう、二人とも。いま我が得た情報は【粒圏】を教えるのに十分だ」
お、それはありがたいな。
「しかも二人分ということで、貴様たちが望めば【粒圏】の他にも特級魔法をもう一つ教えてやるぞ」
「「ありがとうございます!」なのじゃ!」
「ホントに捻くれてるよお前は」
あたし達とやり取りをするフィル先生を見て、グライフは苦笑しつつ呟いていた。
ウィン イメージ画 (aipictors使用)
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