10.妙なところで政治的配慮
ティルグレース伯爵家の訓練場に移動したあたし達は、さっそくニナ以外は【風壁】を習うことになった。
ニナはその間は見学だという。
「それでは皆さん、先ずは【風壁】の練習を行います。ディンラント王国の場合は、四大属性の上級の壁魔法については、小さい単位で覚えて効果範囲を広げていきます」
「お婆様、王国の場合はということは、他国は違うのでしょうか?」
「共和国やその近傍の都市国家群などは、最初から上級魔法の完成形を目指します。ですがこの方法の場合、指導が成功した場合はいいものの、失敗すると鍛錬に使った時間が無駄になるリスクがあります」
ロレッタ様の質問にシンディ様が応えた。
でもそういうリスクがあるなら、王国のように小さい単位で覚えるのが賢明なんじゃ無いだろうか。
「妾から少し補足させて頂くと、共和国方式の場合は鍛錬の時間が王国方式よりも短く済むのじゃ」
「そうですわね。共和国の方式で上級魔法の鍛錬に一か月掛かるとすれば、王国の方式では一か月半以上掛かると言われておりますわ。加えて、鍛錬の期間は個人差がありますので、それよりも延びる可能性がありますの」
キャリルの補足にシンディ様が詳しく説明をしてくれた。
全体の時間の短縮をめざすか、多少は鍛錬の時間が延びても確実な方を選ぶのか。
「妾は共和国の人間じゃが、それでも王国の方式の方が合理的に感じるのじゃ。少々期間を長くしても、確実に覚えられる方が良いからの」
「そうですわね。結局は教える側の方針次第ですので、その判断は指導者次第ということでしょう」
シンディ様とキャリルの話にあたし達が納得した顔を見せると、シンディ様はお手本として【風壁】の魔法を二種類見せてくれた。
ひとつは通常サイズのもので、もう一つは手のひらサイズのものだった。
通常サイズのものはシンディ様が【風壁】を詠唱するのと同時に、半径五メートル程の範囲で風属性魔力で出来た刃が飛び交う壁が出現した。
魔力の感じからすると壁の範囲内では風が吹いているものの、効果範囲の内側と外側では大気の動きが発生していない。
【風壁】の魔法は『虚ろなる魔法を探求する会』の連中が、合体魔法で使っていたのを見たことがある。
個人での発動でも魔力が集中しているからか、そこに風の壁が出現していることは認識できるのが不思議だった。
「風の動きなど見えるはずはありませんのに、風壁の効果範囲は見えるのですね」
キャリルがあたしと同じことを疑問に思ったようだ。
「人間の身体には魔力を感知する能力があるからの、初級の風魔法では見えないものも上級魔法では風属性魔力が黄色く見えるのじゃ。それに【水壁】が青い色に見えるのは水の色に加えて、水属性魔力の色が混じっているからなのじゃ」
『ふ~ん』
でもその説明だと、地魔法の上級魔法である【石壁】は、地属性魔力の緑色が見えるはずなんだよな。
「ニナ、地魔法の場合はどうなるの?」
「あの魔法は使用者のイメージで岩塊を作り出すのじゃ。よって、岩塊の色は使用者が決めた色じゃが、それにうっすらと地属性魔力の緑色が重なって見えるのじゃ」
『へ~』
あたし達が感心していると、シンディ様が今度はこちらに近づいてきて右手を差し出す。
「はい、次は右手の上に【風壁】の魔法を発動させて、小さな風の壁を作り出してみます。皆さんの最初の目標となりますわ。集中して魔力の動きを感じ取ってくださいな」
『はい!』
「【風壁】!」
シンディ様が詠唱すると、彼女の右手の上で風魔力の回転が発生したのが分かった。
回転は比較的穏やかで、含まれている筈の風属性魔力の刃は感じられず、そよ風が渦を巻いているようだった。
シンディ様はそれを数分ほど維持したあと、魔法を解除した。
その光景を見たあたしは、扇風機とかサーキュレーター代わりに使えそうと思ったけれど、よく考えるまでもなく上級魔法だ。
扇風機代わりに風を作りたいなら【風操作】で試行錯誤した方が良さそうな気がする。
「この段階の難易度なら、普段【風のやまびこ】を使っているなら今日明日中には出来るようになると思いますわ。達成できた人はそのまま、【風壁】の効果範囲を直径一ミータ(メートル)、時間を一分間維持できるように練習してください」
『はい!』
そうしてあたし達の練習が始まった。
ニナの方もシンディ様の指導が始まったようだけれど、手のひらサイズで回復の【振動圏】を発動させるのが目標のようだった。
手のひらの上に何やら葉っぱを乗せて練習しているから、ちぎった部分を回復させるんだろう。
「まずはあたしも【風壁】を覚えなきゃだよね」
そう呟いてあたしは右手の平を差し出し、練習を始めた。
みんなで休憩を挟みながら魔法の練習をしてお昼になった。
シンディ様の鶴の一声でみんなで昼食を食べることになり、食堂に向かった。
あたし達が食堂に着くとシャーリィ様も食堂に現れたので、改めてニナが自己紹介した。
そして前回、『魔神騒乱』の話をするのに伺った時は魚料理を頂いたけれど、今日は肉料理を頂いた。
メインはマトンのソテーだったのだけれど赤ワインソースが使われていて、肉々しさのこってり感がワインの酸味とフレーバーで上品に抑えられて感動してしまった。
というかこれ、お爺ちゃんちの台所で研究してみようかな。
「それにしてもアルラとウィンには先を越されたわね」
「仕方ないわロレッタ。私とウィンは『魔神の加護』を頂いてしまったから」
そう言えばティルグレース伯爵家の人たちは、『魔神の加護』は願ったりしていないのだろうか。
情報を伝えた身としては微妙に気になったりする。
「『魔神の加護』についてですが、ディンラント王国の貴族は、先に王家の方々が加護を得られるのを待っておりますわね」
「王国貴族は実力主義と言いつつ、妙なところで政治的配慮をするのよね」
キャリルとロレッタが半ば呆れたような表情でそんな話をしている。
「何? 王国貴族は王家より先んじて『魔神の加護』を頂かないようにしているの?」
「そうですね。紳士協定というか、暗黙のルール的なもので王家が先に頂くのを待っているようです」
あたしの声にシンディ様が応えてくれた。
ふつうに学院でキャリル達と話す口調の時に応じて下さったので恐縮してしまう。
でも、シンディ様やシャーリィ様に話しかけるときに気を付ければいいか。
「確かに王家が高貴な方々の中で真っ先に『魔神の加護』を頂けば、“魔神さまの聖地を護る王家”という話を対外的にしやすそうですね」
あたしが相槌を打つ感覚でシンディ様に告げると、彼女は面白そうに微笑んだ。
「やはりウィンは政治的な話は好きそうですわね」
「え゛……、いや、そんなことは無いですよシンディ様」
「ウィンはそういうところがあるよね。目端が効くというか、ときどき面白い判断をしてくれるし」
シャーリィ様までそんなことを言い始める。
その後あたしはみんなも巻き込んで、魔神さまの話をしながら昼食を頂いた。
昼食後はシャーリィ様を除いたメンバーで最初の応接室に移動し、シンディ様があたし達の質問を受け付けた。
そこで幾つか練習を行うときのコツや注意点を確認したあと、今日の練習はここまでということになった。
「それでは、年が明けてまた一週間後に我が家にお越しくださいまし。皆さんの上達を楽しみにしておりますわ」
『ありがとうございました!』
今日は十二月最終週の風曜日なので、一週間後は一月最初の風曜日だな。
それまでにどこまで上達するか、あたしは少し楽しみだった。
ティルグレース伯爵家を出たあたしとアルラ姉さんとニナは、通用門の前で足を止める。
「それでニナ、この後どうする?」
「そうじゃの、真っすぐ寮に帰ろうかと思っておるのじゃ。妾は帰りは馬車は特に不要じゃからの」
特に用事も無ければそうだよな。
走って行けばいいというのもそうだろう。
ただ、乗合い馬車と違って王都を一人で走って移動させるのも微妙に心配ではある。
ニナは刈葦流の師範代クラスだし、気配遮断も使えるからチンピラ程度はものともしないだろうけれど。
「ニナ、何かあったらイヤだし学院までは送るわ」
「ウィンは心配性じゃのう。乗合い馬車は一人で乗ってきたじゃろう?」
「でも他のお客さんも乗ってたじゃない。だいぶ王都での暮らしに慣れたとはいえ、油断はしない方がいいわ」
「まあ分かったのじゃ」
けっきょくアルラ姉さんをブルースお爺ちゃんちまで送り届けた後、ニナを寮まで送っていくことになった。
三人で王都内の乗合い馬車で移動し、お爺ちゃんちに到着する。
「ニナちゃん、私たちのお爺ちゃんちだけど寄って行って。姉さん達もいるかも知れないし、お茶くらい出すわよ」
ニナは少し考えて、結局寄って行くことにした。
コニーお婆ちゃんにニナを紹介すると何やら張り切ってハーブティーとスコーンを用意し始め、家に戻ってきていたリンジーも紹介してみんなでお茶を頂いた。
ロレッタ イメージ画 (aipictors使用)
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