08.魔法で感じられた視界
現実に戻ったあたしは、日課のトレーニングをする前に、せっかく覚えた【振動圏】を試すことにした。
この魔法は攻撃と防御と調査と回復を、覚えた段階で使えるとシンディ様が言っていた。
試すにせよ、攻撃はお爺ちゃんちで行うのはちょっと怖い。
防御も場合によっては周囲を破壊しかねないし、今のところは却下しよう。
現実的なのは回復と調査だけれど、回復はシンディ様が見せてくれたからイメージは出来る。
なので、調査に使えるっていうのを試してみることにする。
振動の魔法だけど、要するに自分から魔法的な振動を発して周囲の情報を集めるんだろう。
長い練習を経て覚えた魔法と違って、今回のようにいきなり覚えた魔法を試すのって、ちょっと楽しみな感じがする。
「よし、行くわよ。……【振動圏】!」
意識がこの魔法を発動することを決めた瞬間に、振動の魔法のイメージが頭の中に広がり、それを周囲に広げればいいと本能的に理解していた。
そして詠唱を行った段階であたしに風属性魔力が大量に集中し、次の瞬間それが一気に広がった。
それと同時に、頭の中には目を介していないのに視覚情報が飛び込んでくる。
目を使った視界と区別する意味で、魔法で感じられた視界を魔法的視覚と呼ぶなら、魔法的視覚は地球のドローンのような空撮映像に近いかも知れない。
あたしの周囲にある床や壁や家具が、すべて半透明になったかのように透けて見える。
いや、意識を切り替えれば、本来の透明ではない表示のされ方もできそうだ。
その光景が、あたしがいま居る部屋を中心に半径五十メートルの球の範囲で魔法的視覚に表示されている。
「これは面白いわね! でもこれのぞき見し放題な魔法かしら。使い方を考えなきゃ怒られるか……、あ」
直後に魔法的視覚の中で視線を感じたので、あたしはそちらに意識を向ける。
すると現実では足元の床の向こう――階下のリビングで、母さんがこちらを見上げているようだ。
しかも微妙にその表情が凍った笑顔をしている気がする。
ていうかいま一瞬目が合っただろ。
直後に母さんはリビングに居たお爺ちゃん達に一声かけて部屋を出ると、凄まじい速さで家の中を移動し始めた。
「やばいかも。えーと、魔法を切ればいいのかな……、よし、魔法は切ったわ」
その直後、あたしの部屋の扉がトントンとノックされた。
どうしよう、扉を開けるのがものすごく怖い。
本能的な部分であたしは逃げ出したかったけど、ここで逃げたら恐ろしいお説教が確定してしまう予感がした。
あたしは色々と観念して扉に向かって歩き、扉を恐る恐る開いたらそこには母さんがいた。
「ウィン、いま何をしてたのかしら? 説明してくれる?」
「はい……」
母さんを部屋に入れてあたしは説明を始めた。
あたしは【振動圏】を覚えたので、攻撃と防御と調査と回復の効果のうち“調査”を試してみることにした。
魔法を発動すると幸いにも直ぐに発動し、普段の視覚とはちがう魔法的視覚が得られた。
その範囲は半径五十ミータ(メートル)の球形だった。
発動後は魔法的視覚を半透明にしたり通常表示にしたりできた。
リビングの方から母さんの視線を感じたら目が合ったので魔法を切った。
あたしが部屋の中で一通り説明すると、母さんはため息をついた後に告げる。
「いくつか言いたいことはあるけど、ウィン、いますぐにステータスを確認して魔力の値を調べなさい」
「はい……」
言われた通りに調べると、さっき調べた魔力の数値から百ポイント減っていた。
それを母さんに伝えると、無条件で特級魔法を使った時の魔力消費量が百ポイントだと説明された。
また、魔力を百ポイント使った時の調査の範囲が、半径五十メートルの球形だと教えてくれた。
「その辺りはだいたい人並みね。母さんが特級魔法を無条件で放った時も、同じくらいの魔力消費で同じくらいの効果範囲よ」
「そうなのね……。母さん怒ってるの?」
「怒って無いわ。自分の迂闊さにちょっとイラついていただけよ」
母さんの話によると、特級魔法は使う魔力によって効果範囲を広げたり狭くすることが出来るらしい。
そして広げ過ぎると魔力を使い切って気絶することもあるそうだ。
「魔力を使い切って、そのことで直接死ぬことは無いわ。でも気絶したまま意識が戻らずに魔力の回復が中々進まないで、肉体の方が衰弱する場合もあるのよ」
「そうなんだ……」
「ごめんなさいね。母さんがきちんと説明しておけば良かったわ」
「ううん。あたしも母さんに相談すればよかった。心配させてごめんなさい」
あたしの言葉で母さんはようやく微笑んで、頭を撫でてくれた。
「ところで母さんも特級魔法を使えるの?」
「いちおう使えるわね。母さんと父さんは【生命圏】って魔法を覚えているわ」
「あ、グライフさんが覚えてて、デイブやブリタニーが覚える予定の魔法ね」
けっこう【生命圏】て人気の特級魔法なんだろうか。
あたしは選ばなかったけどさ。
「あなたが覚えた【振動圏】の練習をするなら、手のひらに乗るサイズの効果範囲で練習をしなさい。魔法の制御のトレーニングになるし、そのくらいに収めれば使う魔力は多少は抑えられると思うわ。それでも初めのうちは魔力消費がすごいけれど」
「分かったわ」
そこまで話すと母さんは部屋を出ようとするが、何かに気が付いた様子であたしに告げた。
「そう言えばウィン、【振動圏】を使った調査だけれど、放出される魔力が凄いみたいだから隠密活動には向かないと思うわ。覚えておきなさい」
「うん、分かった」
そうして母さんは部屋を出ていった。
その後あたしは日課のトレーニングをこなしてから早めに寝た。
一夜明けてゆっくりと起き出すと、リビングにはアルラ姉さんとコニーお婆ちゃんが居た。
姉さんは読書をしていて、お婆ちゃんは編み物をしている。
「おはよう」
「「おはようウィン」」
何となくブルースお爺ちゃんちの中の気配を探ってみる限りでは、他のみんなは居ないみたいだ。
「母さんたちは?」
「また母さんたちは中央広場で賛神節のミサに行っているわ」
「リンジー姉も?」
たしかリンジーは『魔神の加護』を覚えたんじゃなかったか。
「ええ。気分転換で同行して、お昼を一緒に屋台で食べたら戻ってくるつもりみたい」
「ふーん」
「ウィン、何か食べる?」
「うん、あ、自分でやるわよ」
「簡単なものだけど、直ぐに用意するわ」
お婆ちゃんが台所に向かおうとしたので声を掛けたけど、先を越されてしまった。
すぐに厚めのベーコンを炒めたものと、サラダと豆のスープとパンを用意してくれた。
うーむ、ブルースお爺ちゃんちとはいえ、家事を手伝わないと鈍ってしまいそうだな。
ミスティモントでは普通に手伝ってたんだよな。
それはさておき、アルラ姉さんには確認をしておこうか。
「そう言えば姉さん、ロレッタ様から連絡はあった?」
「聞いたわよ。思い切ったわねウィン? シンディ様から魔法を習うんでしょう?」
「うん。姉さんも習うのよね?」
「そうね。いい機会だし、ロレッタとキャリルと挑戦してみるわ」
そう言いながら姉さんはページをめくる手を止めて微笑んだ。
「ウィンとアルラは何か魔法を習うのかい?」
編み物をしながらコニーお婆ちゃんが訊いてきた。
「うん、友達のお婆さんが魔法の達人で、特級魔法とか色々教えてもらう話をしているのよ」
「特級! それは凄いわね」
「確かに凄いけれど、父さんと母さんも地魔法の特級魔法を覚えてるみたいじゃない」
「え、ちょっとウィン。私それ初耳なんだけれど」
あれ、アルラ姉さんは知らなかったのか。
あたしも昨日の夜までは知らなかったし、耳にする機会は無かった気はする。
「うん、昨日ちょっとそういう話になったのよ。二人とも地魔法の【生命圏】を覚えてるみたい」
「はぁ、そうなんだ。母さんはともかく、父さんはちょっと意外かも」
姉さんはそう言って考え込んだ。
そう言われてみれば普段魔法を使う機会もあまり無いし、狩人の仕事の中でも魔法をほとんど使ってなかった気がする。
「だよね。魔法を練習する時間で、剣とか斧とか武器の練習をしそう」
「あの子――ブラッドは、魔法にはそれほど苦手意識は無かったわ。『闇神の加護』を持っているし、魔力の使い方は一時期いろいろ試したって聞いたことがあるわねえ」
「「ふーん」」
アルラ姉さんも『闇神の加護』を持つけれど、父さんに似たのかも知れないな。
父さんは母さんと同じく高位冒険者だったし、冒険者もランクを上げていくと色んな強さが求められるのかも知れない。
あたしはしっかり焦げ目の付いたベーコンをかじりながら、そんなことを考えていた。
アルラ イメージ画 (aipictors使用)
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