05.メシ時に話したくない
竜征流本部での講習会はいい雰囲気でお開きになった。
時間的にもう昼食の時間だけれど、父さんとかジェストン兄さんやバートはどうするんだろう。
「ウィンはお昼はどうするんですの?」
「あ、うん。父さんと相談しようと思ってたんだけど、まだ未定ね」
「あそこで集まっているみたいですわ」
キャリルが指した方向を見ると、父さんとウォーレン様の他に竜征流の指導者陣が集まっていて、それにジンやニコラスも加わっていた。
二人で父さんのところに近寄ってみると、これから竜征流のなじみの酒場に繰り出して真っ昼間から飲むのだという。
「ちょっと父さん、母さんに何か言われても知らないわよ?」
「大丈夫だ、ジナにはいつものメンバーでいつもの店に行くと言ってある。ウィンも興味があるなら一緒に行くか?」
「あたしはいいわ。そういう事なら友達とお昼を食べるわよ」
そうして父さんとは別れることになった。
ジェストン兄さんやバートも、ライゾウやライナスなどと昼食を食べに行くことにしたそうだ。
キャリルに確認すると、ウォーレン様も父さんたちと一緒に飲みに行くとのことだった。
シャーリィ様には父さんと同じく連絡済みらしい。
「それじゃあキャリル、お昼は商業地区で食べていく?」
「そうしましょうか」
「それならウィンちゃんとキャリルちゃんは、ボクらと一緒に食べないかい?」
あたし達が話していたのを聞いていたのか、エルヴィスから声を掛けられた。
何やらニコニコしているな。
「エルヴィス先輩? ボクらって?」
視線を移すとそこにはコウとカリオが居た。
ある意味いつもの面々である。
「いいですけど、キャリルは護衛の人たちも同行しますよ?」
「大丈夫さ。マルゴーおb……ゲフン、マルゴー姉さんから『路地裏の風蝶草』の市場支店にウィンちゃんを案内するように言われているし、先日の礼も兼ねていると思う」
「はあ、……気を使わなくていいですよ」
お礼という話なら神々から貰ってしまっているし、貰いすぎな気分がある。
何となくあたしは今エルヴィスに誘われる事になった時点で、デイブが陛下との打ち合わせで二重取り云々を盾に断ろうとしていた気分が分かった気がした。
「それでもマルゴー姉さんがウィンやコウに感謝しているのは変わらない。もちろんボクもね」
「ジンさんはどうするんですか?」
「うん。ジンさんも誘いたかったけど、竜征流の人たちと交流するみたいだし、それはジャマできないかなって。その辺はマルゴー姉さんが手を打つと思う」
「ウィン、話はコウから聞いてるけど、俺も受け取っておいた方がいいと思うぞ。こういうのは気持ちって奴だろ?」
カリオが興味深げな視線であたしを見ながら告げた。
他人事だと思いやがって、カリオめ。
「それにどうやらフサルーナ風の料理でフルコースが出るみたいだぞ」
「分かりました、そういうことなら頂きます」
思わず即答してしまったが、カリオはなにやら頷いて「それでこそウィンだ」とか呟いていた。
そして結局キャリルも含めてみんなでお昼を食べることに決まった。
最後にマイルズさん達に挨拶してから竜征流の本部を出て、あたし達はエルヴィスの案内でお店に歩いて向かった。
市場にある『路地裏の風蝶草』の支店に着くと、あたし達はゾロゾロと上がり込む。
エルヴィスが同行しているからか、そのまま流れるように上着を預けつつ、店の奥の個室に案内された。
カレンが攫われそうになった時以来だけど、特に店の様子は変わっていないみたいだ。
あたし達が席に着くと、エリカは壁際に立って控えた。
それを見ていたエルヴィスが、壁際にある椅子が貴族の使用人用の椅子だと告げて、キャリルがエリカをその椅子に座らせた。
ちなみにキャリルの護衛の二人組は個室入り口外で立って待機している。
仕事とはいえ彼らを立たせたまま待たせるのは、あたし的には恐縮だったりする。
あたし達が席に着くと直ぐに店長のブルーノが現れて、あたし達に一礼した。
「皆さま、本日はようこそおいで下さいました。当グループのオーナーより、皆さまを丁重にお持て成ししますよう申しつかっております。どうぞ本日はごゆっくりお過ごしくださいませ」
そう告げてから彼は一礼して退出し、直ぐに果実水が出された。
そして小前菜でパイ生地の上にエビが乗っかった一口サイズの料理が出てきた。
みんな慣れた手つきでナイフとフォークを使って食べている。
キャリルは伯爵家の令嬢だし、カリオは親が議員らしいからこの二人はテーブルマナーとかは大丈夫だろう。
エルヴィスもマルゴーの甥だし、こういう店に来る機会はそれなりにあると思う。
あたしは一応ティルグレース伯爵家で習っているから、最低限の動きは出来る。
問題はコウだったけれど、どうやら杞憂だったかテーブルマナーは問題なさそうだった。
まあ仲間内だし、多少ちがってても気にする人は居ないだろうけれど。
「そう言えばウィンは、マイルズ様とどうしてあのような踊りをしていたんですの?」
「ああ、あれはマイルズさんから『真剣勝負をしよう』って声を掛けられたのよ――」
ミントパンケーキの件も含めて正直にあたしが白状すると、みんなはそれぞれ何やら考え込んだ。
「ウィンがやっていた『姿見合わせ』だけれど、ローリー先輩から面白い話を聞いたよ」
コウによると、マイルズさんが言い出したあの遊びは、『言葉を使わないコミュニケーション』の能力を伸ばせるのだという。
そしてそれが武術ではとても大事らしいのだ。
あたしとしては母さんとのトレーニングを何となく思い出しつつ、ミントパンケーキのために頑張っていただけなのだが。
「言葉を使わないコミュニケーションはたしかに大事だけれども、言葉を使うことも同じくらい大切だと思うよボクは」
そう言いながらエルヴィスは爽やかに笑ってみせた。
彼が言っていることは妥当なんだけれど、女子と過ごす時間のためにその能力を磨いていそうな気がした。
たぶんそれを確認しても全力で肯定されそうな気がしたので、あたしは料理を楽しんでいたのだけれど。
「そういえばカリオはコウから話を聞いたって言ってたけど、どこまで聞いているの?」
「ん? 『魔神の巫女』のひと――エルヴィス先輩の妹さんからの話をぜんぶ教えてもらってるぞ。俺も『魔神の加護』をもらったし」
コウの事だからディアーナ以外の巫女や覡の情報は隠しているはずだ。
それでも王国に伝えてある情報は、全部教えてしまったのか。
「そう、おめでとう。でもカリオ、注意してね。あなたがその情報を持っていることが、余計なトラブルに巻き込まれるきっかけになるかも知れないし」
「分かってるさ。誰にも言わないよ。ディンラント王国のみんなよりも共和国出身者としては色々知ってるからな。魔神といえばやっぱり過激派の連中がヤバすぎる」
「そういう過激派は秘密組織化しているらしいね」
コウに言われてからカリオは少し考え、真面目な顔で告げた。
「大小色んな組織があるらしいけれど、半ば伝説化してるのは『赤の深淵』の連中だな。共和国でも全容はつかめて無くて、数年おきに大規模な禁術の儀式を起こしたりしてるようだ。……メシ時にこれ以上は話したくないぞ」
「分かったわカリオ、あなたが注意しているならいいのよ」
あたしの言葉にカリオは肩をすくめてみせた。
メシ時に話したくないって、その時点でヤバそうな連中ではある。
前にニナから聞いた『魔神』の話でも供物の話とか出てきたんだよな。
あたしは努めてその話題を、いまは忘れることにした。
その後は話題を変えて休み中に何をしているのかとか、ディアーナが転入試験に向けて詰め込み式で勉強を頑張っている話とかをした。
転入試験は入試が終わり次第行われるそうなので、この年末年始の休みが終わるタイミングで試験となるようだ。
合格すればディアーナは、来年の入学式を待たずに転入してくることになる。
エルヴィスの話ではディアーナは基礎学力は鍛えられていたらしく、試験問題の傾向さえつかめれば特に問題無いだろうとのことだった。
「ところでコウは魔法は覚えたのかしら?」
「報酬で覚えられる魔法の事かい? 覚えたよ」
おお、さすがというか素早い決断だな。
「何を覚えたの?」
「【燃圏】っていう魔法だね」
「火魔法の特級魔法ですわね」
キャリルの言葉に頷いてコウが説明する。
「『任意の空間を燃焼作用で満たす魔法』なんだけど、燃焼のパワーは込める魔力で調節できるみたいだね。効果範囲を変えることで、火焔の剣とか火焔の槍とかを作れるらしい」
「なんだかお伽話に出てくる勇者様みたいな戦い方が出来そうだねえ」
「でもエルヴィス先輩、【燃圏】は戦闘に使うよりは鍛冶で使う人が多い魔法みたいなんですよ」
「へえ。面白いね」
コウの後ろ盾は王国の鍛冶師ギルドの総ギルド長だとか言っていたし、将来的には鍛冶も出来るように選んだのかも知れないな。
「ウィンはもう選んだのかい?」
「ほぼ決まったけど、まだ選んでないのよ」
「そうなんだ。ゆっくり選べばいいんじゃないかな」
「うん、ありがとう」
魔法を選ぶことに関連して、あたしはキャリルに確認しておきたいことがあった。
「ねえキャリル、シンディ様から魔法を教えて頂くことはできるかしら? いつでも相談してって言って下さったんだけど、忙しいなら控えた方がいいじゃない?」
「お婆様ですの? そうですね、春の社交シーズンは忙しくなりますし、それが終われば領都の方で過ごすはずですわ」
「なるほど、冬の間ならむしろ都合がいいのね」
「わたくしはそう思います」
よし、いい情報を聞けたぞ。
あたし達はその後もお喋りしながらコース料理を堪能した。
店を出て帰るときに、エルヴィスにはマルゴーにくれぐれもよろしく伝えるようお願いしておいた。
マルゴー イメージ画 (aipictors使用)
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