01.ボカされた情報
一夜明けて朝早めの時間に母さんに起こされ、月転流の基礎トレーニングを行った。
「そう言えばウィン、魔法を覚えるのってもう決まったの?」
「知り合いの意見を集めて、【振動圏】か【粒圏】にしようと思ってるわ」
「そうなのね。それぞれどんな魔法なの?」
「両方とも特級魔法よ。【振動圏】は風魔法で魔素を振動させて、【粒圏】は地魔法で魔素を固定化させるの」
「まだ検討中ってことは、それぞれメリットがあるのね」
「そうね。魔素の振動は――」
戦闘時の呼吸法を乱さずに普通に会話をしながら、母さんと円の動きで打ち合う。
母さんも気を付けているだろうし、周囲に妙な気配などは感じないので選んでいる魔法の話をした。
「――って感じだけど、母さんならどっちを覚える?」
「そうねえ。正直そこまで調べたなら、片方を今回の報酬で覚えたうえで、残る片方を伝手を頼って自力で覚えるわね」
そうか、その手があるのか。
【振動圏】はシンディ様に相談できるかも知れないし、【粒圏】は地魔法だからグライフに相談してもいいかも知れない。
「『両方覚える』か、母さんらしいわね」
「使うか分からない道具も、手入れをしておくと意外と役に立つものよ」
「ふーん」
そんな話をしながらひたすら二人で庭で回転して打ち合った。
知らない人が見ていたら怪しい光景だったと思う。
その後トレーニングを終えて、朝食の時間になるまでに新聞が配達された。
「おお、載ってる載ってる、一面です!!」
起き出してきていたバートが新聞を取りに行き、さっそく広げて目を通したみたいだ。
そのままリビングに持って行って、ブルースお爺ちゃんたちと記事を読み始めたのだろう。
「予定通りだな」
「何やら文体に気合が入っていますね。今回のことは王国の歴史に残るのは確定的ですしね」
「神さまが生まれたなんて世界史にも残る出来事だろうし、その記事ともなれば後世に残るだろう。気合も入るんじゃないか?」
ブルースお爺ちゃんとバリー伯父さんと父さんが、何やら記事の内容で話している声が聞こえる。
「あなた達も気になるなら手伝いはいいわよ? 新聞をみて来なさいな」
「うん、ちょっと読んでくる」
コニーお婆ちゃんに促されて、アルラ姉さんが早々に台所から離れてリビングに向かった。
その後を追ってイエナ姉さんとリンダ伯母さんも向かった。
あたしは後で読ませてもらうつもりだったけれど、リンジーや母さんやお婆ちゃんもそのつもりみたいだった。
「神になる運命を持って生まれてきた奴とか、大変そうだなって話だな」
「それでも人間として生まれて魔族の街で教育を受けたんだろ? その後は探検家になって、複数のペンネームを使い分けて遺跡調査の本を書いていたってあったぞ。探検家とか憧れるが、腕っぷしに加えて頭も良くないとなれないしな」
お爺ちゃんの言葉に父さんが何やら食いついている。
朝食を食べながら、新聞で仕入れた内容でみんなの会話は弾んでいる。
『魔神騒乱』の顛末については、大筋であたしが話しておいた。
それに加えてバリー伯父さんやお爺ちゃんが夕食の時などに補足している関係で、あたし達は今回の事態を把握できている。
もちろんそれは巫女や覡の話などをボカされた情報だけれど。
でも新聞記事にざっと目を通した限りでは、ディアーナが陛下に説明した『魔法の守護者』と『魔法による改革者』のせめぎ合いという内容に落ち着いていた。
たぶん記事を読めば予備情報が無い人でも理解はできると思う。
天使の被害に遭った人が納得できるかは分からないけれど、王国から正式に『魔神は魔法の守護者である』と発表があった。
『魔神の加護』や減税の話も記事になっていた。
興味深かったのはアレッサンドロという人物の記事で、共和国に問い合わせたとあるけれど探検家をしていたそうだ。
探検家がディアーナを連れて旅をしていたのか。
マルゴーの話では元々ディアーナは人攫いに誘拐されたということだった。
神域のソフィエンタの家で少しだけ聞いた話では、ディアーナはアレッサンドロに助けられたということだった。
助けた後の旅の資金はどうやって稼いでいたのか知らなかったけれど、あたしとしては漠然と冒険者でもして稼いでいたと思い込んでいた。
「それにしても『魔法の守護者』ねぇ。国教会が認定している話で、豊穣神さまからも神託が下りている話なら、信じるしかないよな」
「でも今回のことで、共和国の大勢の魔神信仰をしている人がホッとするでしょうね。過激な儀式をしている連中は今よりも秘密組織化するでしょうけれど」
リンジーの言葉に母さんが応じていた。
正直あたしは共和国に行ったことが無いけれど、魔神信仰をしている人ってどのくらいいるんだろうな。
「ねえ母さん、共和国の魔神信仰の人ってそんなに数が多いの?」
「そうねえ、王国の国教会で祀られている神さまの一柱に魔神さまが加わっていたような感じだったと思うわ」
「魔族って呼ばれる古エルフ族やエルフ族の中での信者は多かった筈だ。それに加えて獣人の中にも魔神を信仰していた連中は居たと思うぞ」
母さんの説明に父さんが補足してくれた。
そうやって考えると、結構な人数が元々魔神信仰を持っていたのかも知れないな。
あたしはそのうちニナとかにも聞いてみようと考えていた。
みんなで朝食を食べて後片付けしたあと、あたしと父さんとバートとジェストン兄さんは、竜征流の本部に出かけることになった。
「どうするウィン? 乗合い馬車で行くか?」
「別に走って行くからいいわ」
その方が早く着くし、おカネもかからないし。
「そうか。ジェストンは多少は気配遮断が出来るが、バートは覚えて無いんだよな」
「ブラッド叔父さん、ぼくなら走って行きますよ。筋肉のために」
筋肉のためにって何だよ。
その一言でジェストン兄さんがハッとした表情を浮かべちゃったよ。
「父さん、僕もバート兄さんと走って行くよ。何ならウィンと先に行ってて?」
「いや、たまにはお前らと王都を走るのも面白そうだ。……そういうわけでウィン、悪いけど先に行っててくれるか?」
何やら流れるようにそのように決まってしまった。
走って行くと言っているから、弱めの身体強化をしてランニングしていく感じなんだろう。
別にあたしは場所を知っているし、先に行くのは構わない。
いつものようにスカートにレギンスを合わせてブーツを履き、防寒着を着てマフラーを巻いている。
身体強化してしまえば、寒さはあまり気にならなくなるけどさ。
「分かったけど、馬車とかにぶつからないように気を付けてね」
「ウィンこそ気を付けるんだよ」
「ありがとうバート兄さん」
その後ブルースお爺ちゃんちの門の前から、父さんたちが軽めの身体強化を掛けて走り出すのを見送った。
そしてあたしは母さんとのトレーニングを思い出して呼吸法を意識しつつチャクラを開き、身体強化と気配遮断を行い場に化して移動を始めた。
特にトラブルも無く移動をして、程なくあたしは商業地区の外れにある竜征流の本部に着く。
敷地の中に知った気配が幾つか感じられたので、門をくぐってズカズカと中に入ると、本部の建物の前にコウやエルヴィスたちが集まっていた。
「おはようございまーす」
『おはよう』
集まっているのはまずコウとジンだけど、この二人は当初の予定に含まれていた二人だ。
さらに後から加わったエルヴィスとライナスとライゾウがいる。
それ以外だと竜征流の門人であるカールやローリーの姿もあるな。
「カリオは未だなんですね?」
何となく風紀委員会の時の感じでエルヴィスに声を掛けてしまった。
エルヴィスにはディアーナがどうしているかを訊いてみたかったけれど、みんなが居るところでなくてもいいよね。
「そう言えばまだ来ていないね?」
「はい。カリオはさっき連絡がありました。冒険者ギルド前で参加者に合流したから直ぐ向かうと言っていました」
エルヴィスが確認すると、コウが直ぐに応えた。
「コウ。カリオと一緒に来るのってニコラスさん?」
「そうだね。ホントはもう一人来る予定だったみたいだけど、魔神の件の対応で仕事が入っててムリらしい」
「ふーん」
来れなくなったのはフレディさんじゃ無いだろうか。
駐在武官ともなれば、今回の事では仕事が増えるだろうけれど。
でもニコラスが来るのはわざわざ時間を作ったんだろうか。
そんなことを考えていると、カリオとニコラスの気配が高速で近づいてきて門のあたりで止まる。
「来たみたいだわ」
「ああ、そうだねえ」
あたしとエルヴィスの言葉でコウが視線を門の方に向けて手を振ると、二人が歩いてきた。
「ニコラスさんは魔神さまの件で忙しかったんじゃないですか?」
挨拶もそこそこにニコラスに訊くと、彼は苦笑いを浮かべた。
「確かにそうなんだけど、昨日フレディさんに『明日はまだ大丈夫だから、時間があるときに休んでおけ』って言われてね」
「ああ、強引に休みを取らせてくれた感じなんですか」
「うん。言えないことは多いけど、魔神さま関連の話は色々と面倒な話が多くてね。今日みたいな息抜きが無いとやってられないかな」
ニコラスが忙しいってことはジャニスと過ごす時間が削られるってことだよな。
今日とかジャニスを呼んだ方がいいんじゃないだろうか。
そんなことをふと考えていると、門の方に父さんたちの気配がした。
どうやら到着したようだけど、紹介したらあたしは引き上げようかな。
でもキャリルがまだ来ていないな。
この段階ではあたしはそんなことを考えていた。
イエナ イメージ画 (aipictors使用)
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