10.武力を使ったもめ事も
本体であるソフィエンタからは、ふだん助言をもらったりしている。
薬神の巫女だからという訳ではないけれど、賛神節で多少は感謝を述べてもヘンじゃ無いだろう。
そう思って祈りを捧げたらどうやら神界に招かれた。
そこにはチノスカートとセーターを着たソフィエンタが居たが、隣には長身の男性が佇んでいる。
尖った長耳でエルフ族だと直ぐに分かる。
冒険者っぽい服装をしているけれど、体格から判断してたぶん昨日の騒動で光柱に磔にされていた人だ。
人と言ってもソフィエンタなんかと似たような神の気配を感じるので、件の魔神さまなんだろうとおもう。
「あらためて初めまして。昨日色々と助けてもらって、神々の主流派の下で魔神になった者だよ。ぼくの名前はアレスマギカです。よろしくね」
「あ、はい。失礼しました魔神さま。人間からいきなり神さまになるのがどういうことか、正直意味が分からないですけど、おめでとうございますと言っておきます」
あたしの言葉にアレスマギカ様はくつくつと笑う。
「やっぱりソフィエンタ先輩の分身なんだねえ。率直な物言いは凄く学者とか職人に向いてるんじゃないかとぼくは思うよ」
「学者や職人ですか」
「大丈夫、ぼくも意味が分からないまま神さまになっちゃったからさ」
「はあ……」
だって他に言いようがないじゃないか。
とつぜん衆人環視の中で王様にモノ申していたと思ったら、いきなり邪神に目を付けられて神さまにされちゃった人とか意味が分からない。
「彼はウィンに昨日のことで、礼を言いたいと言っていたのよ。立ち話も何だし座って話しましょう」
ソフィエンタはそう言って視線を移すと、そこにはテーブルと椅子と紅茶と焼き菓子が現れた。
彼女に促されてあたし達は座る。
「礼といっても、あたしは大したことはしてないですよ? ……実感としては面倒事でしたけど」
「いや、結果的に大したことをしていないように見えているだけだね」
そう言ってアレスマギカ様は視線を移すと、そこには権天使と交戦中の『諸人の剣』のメンバーの姿が現れた。
「あの瞬間の様子を、速度を落としてガワだけ再現してみた」
あたし達が椅子に座って話し込んでいる位置から十メートルほど離れた位置に、ひどく質感が再現された立体動画映像が再生されている。
光柱に磔にされていたアレスマギカ様に飛びつく直前のシーンだ。
グライフが権天使と斬り結ぶ中であたしが時属性魔力を集中させ、グライフが往なしを行った瞬間に絶技・識月の初伝を放つ。
切断が決まったのとほぼ同じタイミングで、ノーラが闇属性魔力を込めた突きを権天使に放った。
「この瞬間ウィンの技が決まらなければ、ノーラの突きが対処された可能性が高いんだ」
「対処されましたかね?」
「タイミング的な話だけれど、権天使が吹っ飛ぶようなことは無かったと思う。でもきみ達は権天使をやり過ごした」
それが事実なら、あの攻防は綱渡りだった訳か。
打てる手を、打てる時に打っておくのは大事なんだな。
目の前の再現立体動画で、権天使が吹っ飛ばされて立ち上がるのを見ながら思わずため息が出た。
「あの権天使への対処でMVPをあげるならグライフだけど、敢闘賞が出るならぼくはウィンにあげたいと思う。感謝している」
「いえ、お役に立てたなら良かったです」
「役に立ったさ。ぼくやディアーナの未来が守られた。きみやグライフを筆頭に、『諸人の剣』の諸君や王国の人たちには恩ができた。ありがとう」
そう言ってアレスマギカ様はあたしに頭を下げた。
あの場面ではあたし達だけじゃ無くて暗部の人たちも身体を張っていたし、王国の戦術魔法や竜魔法が無かったら突入はもっと混沌としていたと思う。
「気にしないでください。あたしの見立てが王国を代表する訳じゃ無いですけど、魔神さまは邪神群に目を付けられただけじゃないですか」
「確かにそうなんだけどね」
そう言いながらアレスマギカ様は困ったように自分の頬を掻いた。
そしてあたし達の会話を聞いていたソフィエンタが告げる。
「今回の事態を受けて上とも相談した結果、対策することになったわ。今後は邪神群がいきなり人間を神に造り替えようとしたときは、創造神さまが干渉することになったの」
「ふーん。でもそんなケース、何度もあるようなことなの?」
いつも手が足りない神さまの世界が、あたしの住む世界を神に造り替える人間の養殖場にしたら何となくイヤだなと思った。
天然物の神さまと養殖物の神さまとかで、戦争が起きても面倒くさそうだし。
「ウィン、なにかあなた失礼な上におバカなことを想像していないかしら?」
「え、だいじょうぶよ、たぶん」
「そう? ――人を神にするような召命は条件がそろわないと難しいわね。でも可能性がゼロでは無いから、対策されることになった感じかしら」
ソフィエンタがこういう上に創造神様が対処するなら、人間の身としてはもう気にしても仕方がない話だと思うことにする。
「分かったわ。ところで、そうね……、魔神さま。色々と訊きたいことはあるんですが、もし良かったら教えてください」
「どうしたんだい?」
アレスマギカ様が落ち着いた様子を見せるので、あたしは気にしていたことを訊いてみることにした。
「ディアーナに『魔神の巫女』として説明させた内容が引っかかっています。『共和国の魔神信仰は内容が間違っている』というのと、『王国は魔法に誠実に向き合っている』という話は、火種になりませんか? 『聖地奪還』とかムリなことを言い始めたりとか」
場合によっては武力を使ったもめ事も起こるかも知れないし。
信仰って面倒事が多そうだし。
魔神信仰をしている過激な人たちが、王都ディンルークを自分たちの国の土地にしようとかおかしな事を言い出せば戦争の火種になるかもだし。
「ええと、共和国が王国に対して武力行使をするような火種という意味では、たぶん大丈夫だと思っているよ」
「え、でも『信仰が正しい・正しくない』なんて、もめ事しか起こさない気がするんですけど」
地球でも、日本だけじゃなく世界中に同一宗教の中での解釈の違いで戦いが起きていた記憶がある。
「確かにそういうことを言い出しかねない、原始的な魔神信仰を行っている連中は思い浮かぶね」
「それなら……」
「いや、前提があって、そういう古い信仰の連中は共和国の中でも少数派な上に危険視された鼻つまみ者なんだよ」
共和国の場合、少数派の嫌われ者が魔神信仰の真贋論争を起こす可能性があるのか。
それなら国同士の武力衝突とかにはならないかも知れないな。
「ただ、そういう危険な連中は、いまでも共和国の都市部では秘密組織化していて、今後はそれが加速するかも知れない。その秘密組織がディンルークに手を出す可能性はあるかも知れないね」
「うーん、それはヤバそうなような」
「ぼくも気を付けているし、ディアーナに神託の形で情報を出すようにするつもりだよ。彼女が王国に通報すれば、それだけで随分違うと思うし」
事前に巫女経由で魔神が王国に通報する仕組みか。
神さまの情報支援があるなら、確かに王都の住民の一人としては安心できるけれど。
「そういうことなら安心です。安心なんですけど……。神さま的にそこまで干渉しても大丈夫なのかな、ソフィエンタ?」
あたしとアレスマギカ様の視線が向けられたソフィエンタは、サムズアップをして告げる。
「ぜんっぜん問題無しです! 理由は、神としての性質がヤバい方向に曲げられそうなときは、地上に干渉するのは神々の権利だから!!」
「「おお~」」
何となくソフィエンタの説明のテンションで、あたしとアレスマギカ様は彼女に拍手していた。
確かに勝手にヤバい神さまにされるわけには行かないよね。
あたしとしては、国同士の武力衝突は避けられるというアレスマギカ様の言葉で、ひとまず安心した。
秘密組織とかはよく分からないけれど、神さまが気を付けているなら大丈夫なんだろう。
「ところでウィン、きみは何か報酬として欲しいものはあるかい?」
「報酬ですか? でももう頂いてますよね?」
デイブが陛下と話して二重取りをしたくないって言い張っていたけれど、あれはあたしも同意できる話ではあるんだよな。
「ぼくの加護と魔法を一つ覚えられる件は、確かにもう報酬として渡したね。でもあれはぼくを邪神群側にしないための行動への報酬だね」
「はあ……」
他に何かあっただろうか。
神さまになったばかりで気が大きくなってるとかじゃ無いよな、この神さま。
「ははは。ディアーナを家族と引き合わせてくれた件へのお礼だよ。ぼく自身人間だったころに、どうするか悩んでいたんだ。それを解決してくれたからさ」
「ああ、そういうことですか」
アレスマギカ様によれば、巫女や覡にはすでに確認しているし、そうでないメンバーにも夢の中で確認したそうだ。
ちなみにデイブには、店の魔道具の売上げをしばらく上向かせるという報酬になったらしい。
「でも、うーん、エルヴィス先輩の妹ですよね、ディアーナって」
風紀委員会の仲間の身内を引き合わせたなら、報酬なんか貰うものでも無い気がする。
「いいじゃないウィン、貰っておきなさい。アレスマギカのトレーニングにもなるんだから」
「トレーニング?」
「そうよ。因果律を破綻なく操作して、現実にいいカンジで望む結果を出すって、慣れないうちは結構大変なのよね」
ソフィエンタの言葉にアレスマギカ様は頷いていた。
そういう事ならどうしようかな。
おカネは困って無いし、困ったら働けばいいし。
欲しいものとかもあるといえばある。
でも「とんこつラーメンを王都で食べられるようにして欲しい」とか言ったら、ソフィエンタにグーパンで殴られる気がする。
「そこまで難しく考えなくていいんだよ。ふと思いついたことを言ってみたらいい」
「うーん……。二つほど思いついたんですけど、風魔法で振動の効果を極めたら闇魔法も光魔法も再現して使えるって最近知って、微妙に興味があるんです」
「ああ……、現実の時間では何十年か前に論文を見たことがあるけど、あれは面白かったね。でも実際は風魔法の方よりも、魔力感知の練度の方がカギだと思うよあの技術は」
「もしかして試したことがあるんですか?」
「人間だった時に普通に使えてたよ。慣れると色々ラクだし」
ラクと聞いてしまうとちょっと心が揺れてしまうな。
「二つって言っていたけれど、もう一つは何だい?」
「もう一つは、この世界での薬――薬品のことです。魔神さまがご存じかは分かりませんが、別の世界では化学という学問や薬学を発達させているんです」
「ああ、地球の事かい? 神としての研修で、コピーした宇宙を使って色々創造神さまにしごかれたよ。その合間に化学とか薬学のことも知ったけれど、面白いね」
地球の事を知ってるなら話が早いぞ。
「ええ。魔法薬以外の薬も発展させたら、いま魔法薬で治すのが難しい病気とかにも使えませんかね? その突破口があったら勉強したいんです」
あたしの言葉にアレスマギカ様は「そうだねえ」と言って考え込む。
そしてあたし達のやり取りを伺っていたソフィエンタが告げた。
「アレスマギカ、その二つなら薬品の方をやってみなさい。あたしが手伝えるから」
「え、いいのですかソフィエンタ先輩」
「時間は多少かかっても、この世界にとってもメリットが多いでしょう」
「それは確かに。――ウィン、分かったよ。少し時間は掛かるかも知れないけれど、薬品のことで何かしら手を打ってみよう」
「分かりました。あたしはあたしで気長に勉強をしておきます」
あたしの言葉にソフィエンタとアレスマギカ様は頷いた。
ノーラ イメージ画 (aipictors使用)
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