08.むずかしく感じるのは
いまあたしはシンディ様から風の初級魔法である【風操作】を、詠唱付きで放ってもらった。
でもそこで発せられた魔法は風属性魔力ではなく、別の属性魔力が感じられた。
「闇魔法と光魔法ですか?!」
ちょっと待って欲しい。
闇魔法と光魔法はそれぞれ加護が無いと使えないし、闇と光と時の神の加護は同時には授からないんじゃ無かったのか。
「そうですわ。闇魔法と光魔法には、武術などの身体強化技法の上に効果を重ねられる魔法がありますの。それぞれ【反射制御】と【明敏】という魔法です」
「そ、それをただの【風操作】で再現したと?」
ほとんどズルというかバグじゃ無いのかそれ。
そう思いつつどう反応すべきかを考えていると、執事が一人あたし達の所に寄ってきた。
「大奥様、ご歓談中に失礼いたします。先ほど領都の本邸より長距離通信が入りました。侍女長が急ぎご相談したいことがあると」
「あらそうですか。分かりましたわ、直ぐに参ります」
シンディ様は立ち上がり、あたしに告げる。
「ウィン。もしも振動の魔法を学ぶことを選んで困ったときは、いつでもわたくしに相談なさい」
「は、はい。大変貴重なお話、本当にありがとうございました」
あたしは席から立ち上がって一礼した。
あ、何やら身体が軽い気がする。
その様子を満足そうに微笑んで、シンディ様は屋敷の中に戻って行った。
シンディ様を見送った後、ロレッタ様が口を開く。
「ウィン、お婆様の『振動の魔法を極める』という話は話半分に聞いておいた方がいいわ」
「え、どういうことですか?」
「難易度がとてつもないのよ。さっき説明した内容で若い頃に論文を書いたら、お婆様は『万象の写本師』という二つ名を得たらしいわ」
「何だか凄そうです……」
「理屈の上では一度見た魔法は再現できるらしいし、そう言う意味で凄いわね。でも実技指導を頼む人も大勢来たみたいだけど、会得できるのは百人に一人くらいらしいわ」
会得できるのは一パーセントか、それは結構な難易度だな。
「トレーニングをする時間が丸々ムダになる可能性もあるから、それを避ける意味で話半分に聞いておいてね。普通は目的の魔法を覚えてる人を探す方が早いんだし、あなたの言葉を借りればその方が『ラク』よ」
「そうですよね……」
たしかに一人で何でもやる必要は無いんだよな。
「でも特級魔法の【振動圏】自体は、私もいい魔法だとは思うわ。魔力消費は激しいけれど、効果でいえば魔法としてムダが無いもの」
「魔力消費については、環境魔力の取り込み方を覚えればずい分マシになりますね」
「そういうこと」
「――分かりました。少し考えてみます」
あたしの言葉にロレッタ様は頷いた。
あたしがシンディ様やロレッタ様とやり取りをしている間も、キャリル達はスパーリングを続けていた。
ブルースお爺ちゃんの動きの質を目指すと言っていたけど、どうしたってキャリルは流派が違う。
それでも課題を持って練習すること自体はいいことだと思う。
この先いつまでキャリルが戦槌を振るうのかは分からない。
けれど当面は、『敢然たる詩』で一緒に戦ってくれるだろう。
その時に彼女がお爺ちゃんの動きをヒントにしてラクに戦えるなら、あたしとしては応援したいと思う。
ズドォォォ――
あ、またクレーターが出来たみたいだな。
さっきからキャリルはホリーと組み、フェリックスとパトリックのペアとスパーリングをしている。
いつもあたしはキャリルのスパーリングには相手をする立場なので、こうして落ち着いて観ている時間は新鮮に感じる。
客観的に観るキャリルの表情は嬉々としている。
戦うということを純粋に楽しんでいる感じがするのだ。
「キャリルは戦うのが好きなんだろうな」
ウェスリーの声が聞こえた。
近づいてくる気配がしていたから分かっていたけれど、彼は侍女の一人に案内されて訓練場にやってきた。
ウェスリーはロレッタ様に促されて適当な椅子に座った。
「そうですね。地元にいるときから、スパーリングの時はあんな感じでした」
「なるほどな。ウィンは戦うことは好きか?」
それはまた難しい質問だな。
ウェスリーに問われ、少し考えてしまう。
「自分が学んだ流派や、いま学んでいる流派も好きですし、その技を狩人の仕事とかで使うことは多分好きだと思います」
「ああ」
「でも、戦うことが好きかと訊かれると、応えるのがむずかしいです」
月輪旅団の仕事でも戦いはあったし、風紀委員会の仕事でも戦いはあった。
達成感を感じた瞬間はあったかも知れないけれど、戦いが煩わしくて自室に帰りたいと思っていた時間も結構あった気がするんだよな。
だから、あたしにとっては応えるのが難しい質問だと思う。
「そうか? 難しく感じるのは、ウィンが難しく考えているだけだと思うぞ」
「そうなんですかね?」
「ああ、難しい話は分かりやすいことに置き換えるのが一番だ。例えば料理だって、見方によっては戦いと捉えることが出来るだろう」
たしかに一理ある。
商業地区の食べ物屋さんなどは、毎日ほかの店舗との激しい戦いを繰り広げているわけだ。
「その中で考えてみるといい。俺にとってはそう、ほとばしる熱情のままにイールパイを作り上げる瞬間の昂りを想像するんだ!」
あたしはその瞬間から、マジメにウェスリーの話を聞くことを半ば諦めた。
スパーリングが止まったタイミングでキャリル達に声を掛け、みんなで応接室に移動した。
もちろん待ちに待ったカスタードプリンを頂くためだ。
あたし達が席に着いたタイミングで侍女の人たちがハーブティーを用意し、カスタードプリンと共にあたし達に出してくれた。
「ウェスリー先輩、説明をお願いしてよろしいですか?」
「ああ。といってもごく普通のカスタードプリンだが、若干硬めにしてある。俺のこだわりで卵の風味は強めにさせてもらった」
キャリルの言葉でウェスリーは説明を始めた。
卵の風味と聞いた時点であたしは期待感が高まる。
ふだんの言動はともかく、ウェスリーの作るスイーツに関しては今のところハズレが無い気がする。
「ウェスリー先輩、プリンが二種類あるみたいですけど?」
「カラメルがかかってるのは普通のやつだ。そうじゃない方は、とある果物のピューレをかけてある。これはお楽しみにということで」
また芸が細かいな。
イールパイ云々をネタにして色々と好き勝手な話をしている人だけれど、作るセンスは悪く無いんじゃないだろうか。
「ウェスリー先輩、俺たちの分まで作ってもらってありがとうなー」
「「ありがとうございます」」
フェリックスとホリーとパトリックの分もある。
というか、シンディ様とシャーリィ様とロレッタ様の分も普通に用意してあるけど、あたしとキャリルだけ黙々と頂くわけにもいかないよね。
シンディ様は用事が済んだのか、いつの間にか合流していた。
「気にしないで欲しい。手伝って下さったティルグレース伯爵家の料理人の皆さんが、張り切ってしまったんだ。まかないの分も含めて全力で作ったから全員のお代わりは多めにある」
多めにお代わりがあると聞いた瞬間、あたしはヘンなうめき声が出そうになった。
もちろんガマンしたけどさ。
「それでは食べてみましょうか」
「うん」
キャリルに促されて、あたしは無心で頷いた。
頂いたカスタードプリンは最高だったけれど、説明された通り卵の風味が優しい感じで残っている味だった。
食感は硬めと言っていたけれど、口の中に含んだ段階では確かに食べている感があった。
プリン外側の硬さが卵料理だというのを嫌味でない程度に意識させつつ、舌に乗せるととろけていくバランスだ。
「ウェスリー先輩、ここまで完成度の高いものを食べられるとは思ってませんでしたよ」
「そうか? 学院の料理研究会だとプリンの研究は長い歴史があるみたいでな、俺程度でもここまでは作れるんだ。それよりお試しの方も食べてみてくれ」
「はい!」
さっそく頂くけど、口に含んだ瞬間プリンにかかっていたピューレがペアー (洋梨)のものだったと分かった。
フルーツらしい甘味と濃厚さと酸味は、カスタードプリンの風味とうまくバランスを取っていた。
「なるほど、こう来るんですのね。ピューレを使ったから、敢えてプリンは硬めにしたのでしょうか?」
「いや、プリンの堅さは単純に俺の好みだよ。料理研のレシピだと、柔らかさを追求するものもあるんだが、卵の感じをもっと前に出したいんだ」
キャリルにそう言ってウェスリーは楽しそうに微笑んだ。
その様子を眺めながら、普段からそうしていればもっと人気が出るんじゃないかなこの人などと思った。
あたしはさり気なくフェリックスなどの表情を伺ってみると、みんなも同じことを考えている予感がした。
ウェスリー イメージ画 (aipictors使用)
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