07.自分なりに課題があるから
ティルグレース家の王都の伯爵邸、その訓練場にキャリル達は移動していた。
普段は伯爵家の使用人が訓練に使うことの多い場所だ。
だが、伯爵家の者もそれなりに使用頻度は高い場所である。
今日もまた、キャリルがスパーリング相手を引き連れてこの場に来た。
彼女の最初の相手は、クラスメイトであるホリーの兄のフェリックスだ。
フェリックスの腕前に関しては、ホリーから話を聞いている。
蒼蜴流を修め、ホリーよりも腕が経つという話だった。
すでにキャリルとフェリックスは防具を装備し、武器を手にしている。
もっとも、キャリルが愛用する戦槌の場合は刃が付いていないため、木製のハンマーを選んでいるが。
それを見たフェリックスも同じ条件を望み、木剣一本を手にして自然体で佇んでいる。
「それではフェリックス先輩、お願いしてよろしいでしょうか」
「ああ、大丈夫だけど、その前に礼を。今日は誘ってくれてありがとう。俺やホリーは家の方針で、学院内では大人しく過ごすようにしている。だからスパーリングも身内ばかりでマンネリだったんだ」
「その割には以前、パトリックと構内で試合をしていたようですが」
キャリルはそう告げてフェリックスとパトリックに視線を向ける。
その視線を受けた二人は苦笑いを浮かべていた。
「まあ、たまにはそういう事はあるさ。でも、今日のスパーリングに感謝しているのは事実だ」
「分かりました。よろしくお願いいたしますわ」
「こちらこそよろしくー」
二人はそう言い合ってから、訓練場の開始位置に移動した。
キャリルがウィンとのスパーリングでそうするように、審判には彼女の側付き侍女であるエリカが立ち会っていた。
試合でもないのに審判を置くのは、安全のためであるのと同時に、客観的な目で有効打や勝敗に結びつく動きを評価させる意図があった。
「お二人とも準備がよろしいようですので、始めさせて頂きますね。――それでは用意」
エリカの言葉でキャリルは火属性魔力を身に纏わせ、フェリックスは水属性魔力を身に纏わせた。
これにより二人とも身体強化の効果が生じた。
訓練場には初冬の寒さを和らげるかのように、穏やかな日差しが降り注いでいる。
それとは真逆の真剣さを帯びながら、キャリルとフェリックスは対峙する。
「はじめ!」
開始の合図の直後、格闘術から派生した蒼蜴流らしい動きでフェイントを入れつつ、フェリックスが高速移動で間合いを詰めた。
だがそれに対しキャリルはその場を動かず、待ちに徹する構えを見せる。
そしてフェリックスは、キャリルの戦槌の間合いに入るよりもずい分前に剣を振るう。
蒼蜴流の技である蒼舌斬による、魔力の刃を飛ばす斬撃だった。
これに対しキャリルは最小の動きで斬撃を避けつつ、戦槌を振るって魔力の刃を叩き潰した。
「ちょっとフェイントにさえなっている気がしないんだが」
思わずフェリックスが口に出すが、それでも彼は手足を止めない。
「いまわたくしの個人的な課題を試行錯誤しているのです。先輩が不快なら殴り合いをいたしますわ」
フェリックスは飛ぶ斬撃を放ちつつ、臆面もなく『殴り合い』という言葉を可憐な笑顔で言ってのける伯爵家令嬢に意表を突かれていた。
同時にそのことで、この家が武門であることを今さらながらに意識する。
そしてフェリックスが、フェイントを織り込んだ歩法でキャリルの戦槌の間合いに入り込んだ瞬間、刺突技に近い軌道で戦槌が繰り出された。
雷霆流の雷炙だが、キャリルがウィンと対峙するときにはとにかく連撃での手数を意識している。
それが今日のスパーリングでは見られない。
見学に回っていたウィンはその様子を怪訝そうに眺め、エリカやシャーリィはニコニコとした笑顔を浮かべていた。
ともあれキャリルの雷炙をよけながら手にした片手剣で往なしつつ、フェリックスが片手剣の間合いに踏み込む。
だがそこはキャリルが先の先を取っていたようで、フェリックスが身体を入り込ませた場所に、戦槌の石突が繰り出されてきた。
フェリックスは内心冷や汗をかきながら、その場に尻もちをつくように身体を地面にスライディングさせた。
同時に手にした片手剣を地面スレスレに水平に薙ぎ、キャリルの脚を刈ろうとする。
しかしこの動きもキャリルの想定内だったようで、獣性を秘めた笑みを微かに浮かべながら、縦方向の打撃である雷落としを繰り出した。
ズドォォォ――
強力な打撃音が響いたが、その一撃によりフェリックスが手にしていた木剣は粉々に破壊され、その場には小さなクレーターが出来た。
「はい一本です~」
破壊された木剣を手放して、キャリルから距離を取ろうと跳び退ったフェリックスだったが、エリカの声で冷静になる。
「確かに一本だなー。剣じゃ無くて身体のどこかを打たれてたら、今ごろ回復の魔法が必要だった」
「ですがフェリックス先輩、これはあくまでもスパーリングですわ。まだ木剣はたくさんございますし、わたくしの動きも見え始めているのでは?」
「そう言ってくれると助かるよー」
二人は話をしながら、ウィンたち見学者の方に歩いて移動した。
あたしとスパーリングをする時とは若干違う動きをしているキャリルだけれど、どうやら自分なりに課題があるからみたいだ。
その課題もあたし的には微妙だったのだけれど――
「ウィン! わたくし、ブルース連隊長のような動きの質を目指しますわ!」
そんなことを言い始めた。
先日の王城での模擬戦を受けて、ブルースお爺ちゃんがみせた体捌きとかに衝撃を受けたようなのだ。
それをシャーリィ様に相談したところ、身体強化に任せて連撃による手数を意識するだけじゃダメだと言われたという。
「そうそう。見切りを意識するのと、相手を誘導するような動きを意識するのを課題にしたんだよ」
休憩を挟みつつ、すでに三本目に突入しているキャリルとフェリックスのスパーリングを観ながら、シャーリィ様が説明していた。
あたしとしてはキャリルがそういう方向でスパーリングをしてくれた方が、相手をするときにラクでいいと思ってしまう。
でもそんなことを考えていると、「ウィンが相手なら全力でスパーリングしますわ!」とか言われる予感がした。解せぬ。
その後もキャリル達のスパーリングは相手を変えて行われた。
キャリル対フェリックスの内容が火を点けたのか、なんだかんだでホリーが参加し、それを観ていたパトリックも結局参加していた。
「ウィン、いつもなら身体を動かしているのに、手持ちぶさたじゃないかしら?」
「そんなことは無いですよロレッタ様?」
「そう? 何なら魔法のトレーニングでもしてみる?」
魔法のトレーニングか。
ふだん日課のトレーニングでは自己流で時魔法なんかのトレーニングをしているけど、ロレッタ様とかはどんなことをするんだろうな。
そう頭によぎったところ、表情に出ていたのかシンディ様が会話に入ってきた。
「トレーニングと言っても難しいことは無いのですわウィン。魔法は使うだけで鍛錬になるんですの」
「確かに、そうかも知れませんね。――使う上でのコツみたいなものはありますか?」
シンディ様は魔法に関して凄そうなので、あたしはちょっと訊いてみたいと思ってしまった。
「コツといっても、結局は楽しんで魔法を使うことが一番ですわ。そういう意味で、“興味を持って魔法に臨む”ということがコツですわね」
「『好きこそものの上手なれ』ですね」
日本の記憶とかではなくて、この世界でもこの言葉は広く流布している。
たぶん経験則みたいなものなんじゃないかと思う。
「そうですわね」
「分かりました。ところでシンディ様、興味といえば『振動の魔法を極めたら【風操作】が凄い魔法に化けます』と仰いましたね?」
「あらウィン、その話に興味がありますか?」
そう言いながらシンディ様は倍増しでニコニコと微笑んだ気がした。
そしてそれに反するように、ロレッタ様はシンディ様から死角の位置で首を横に振りながら手を横に振っていた。
ロレッタ様の挙動に微妙に疑問を覚えつつ、あたしはシンディ様に応える。
「そもそもの特級魔法のお話で興味深い話をされていたので、お話を伺えたらとは思っていたんです」
「まあそうですか! それでは少しだけお話しますわね」
シンディ様がそう言った直後、ロレッタ様がシンディ様から死角の位置で眉間を押さえていた。
でも面白そうな話だと思うんだけどな。
「先ほども説明しました通り、【振動圏】は魔素を振動させ魔力の波を作りますの。そして魔法の違いとは魔力の波長の違いです。つまり理屈の上では、魔力の波長を自在に制御できれば、【振動圏】で様々な魔法を再現できますわ。ここまではいいですか?」
「はい。実現性や制御の難易度はともかく、理屈はとても分かりやすいです」
「いいですわねウィンは、ふふ。さて、ここで問題がありますの。【振動圏】は特級魔法ですので、魔力消費が激しく使いづらいのです」
「そこで登場するのが【風操作】ですか? 【風操作】で振動の効果を生んで、魔力波長を制御すれば同じことができると?」
「正にその通りですわ。そのために、面白いものをお見せしましょう」
そう言ってシンディ様は右手の平をあたしに向けた。
「これからわたくしは、【風操作】で二種類の魔法をあなたに掛けますわね。両方とも身体を強化する魔法ですわ」
「は、はい……」
身体強化の魔法ということなら、妙なことは起きないだろう。
そう思ってあたしは椅子に座ったままリラックスして待つ。
するとシンディ様は魔法を詠唱した。
「【風操作】! 【風操作】!」
それと同時に、闇属性魔力と光属性魔力が走り、あたしに流れ込んだ。
少なくとも、そう感じられた。
フェリックス イメージ画 (aipictors使用)
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