02.ここだけの話にして
デイブとブリタニーとグライフはウィン達と別れ、デイブの店『ソーン商会』に辿り着いた。
通りに面した表口は閉店の札を下げてカギを掛けているので、三人は裏口に向かう。
店のバックヤードに通じる裏口は開いていて、中にはジャニスが大きなテーブルで一人焼き菓子をかじりながらハーブティーを飲んでいた。
「よう兄いたち、お疲れ様」
彼女はデイブ達の姿を見るとひらひらと手を振った。
「ジャニス、状況を教えてくれ」
「あいよ。っつーても王都での天使の出現は完全に終了。被害は貧民街で重傷者が出たみたいだけど、王都全体ではほとんどが軽傷で死者は無し。あとは火を使ってる店に天使が出たケースもあってボヤ騒ぎが何軒か出たくらいだ」
ジャニスが話している間にブリタニーが台所に向かい、人数分のハーブティーを用意している。
デイブとグライフもジャニスの席の近くに座る。
「教皇様はおれ達も会ったが、よくやってくれた」
アレッサンドロが賛神節に乱入した件で、教皇を救出するためにジャニスを投入して国教会の神官戦士団と連携させた。
デイブはジャニスの顔を見た段階で、その件を思い出していた。
「まあな。ボーナスは期待するぜ兄い」
「おう」
「そんで、あーしはグライフさんとは話したことはねえ気がすんだけど?」
ジャニスの言葉にデイブが目を丸くするが、すぐ気を取り直して彼女を紹介した。
「そうかも知れんな。兄貴、こいつはうちの若いのでジャニスだ。ジャニス、知ってるだろうがこちらがグライフの兄貴だ」
「そうか、吾輩も『黒野薔薇』の名は知っていたが、確かに話したことは無かったな。グライフ・ジュースミルヒだ、宜しくなジャニス」
「よろしく、グライフの兄い」
グライフとジャニスはそう言い合って握手した。
そうしている間にブリタニーが人数分のハーブティーを持って来て、開いている椅子に座った。
「それで、今回の騒動はなかなか面倒そうな話になりそうだけど、ジャニス、あんたの彼氏から何か聞いて無いのかい?」
「そうだな。あーしの彼が言う分には、『魔神の聖地』は確定的だから、共和国各地から巡礼者が殺到するだろうってさ。あとは魔神信者の過激派が王都でみょうな事を仕出かさないか心配だって」
「ふむ、ジャニスの交際相手は共和国関係者なのか?」
「ああ兄貴、こいつ生意気にも風牙流宗家の親戚筋のお坊ちゃんを落としやがったんだ。しかもそれが共和国の王都駐在武官をやるようなエリートなんだわ」
「へっへっへー、自慢の彼だぜ」
何やら得意そうに微笑んでいるジャニスを見て、グライフも微笑む。
「なるほど、面白い繋がりだな。月輪旅団のネットワークは流石だ」
「べつに旅団のために付き合い始めたんじゃないんだぜ、グライフの兄い。あーしとニコラスの出会いは運命って奴だったんだよ」
「そ、そうか。他意はない。愛があればいいだろう、うむ」
臆面もなく愛という言葉をグライフが使うのを聞いて、ジャニスの顔が少しだけ赤くなった。
それを誤魔化すかのように彼女は話題を変える。
「そういえばよう、ニコラスとも魔法で話してたんだけど、ウィンは何か技のキレがまた上がって無かったか? 中央広場でヤバそうな天使を斬ってたけどさ」
『…………』
ジャニスに問われて、グライフとデイブとブリタニーは何やら考え込んだ。
「あのときお嬢は練習中の技を試すって言ったんだよね?」
「そんなことを言ってたな。動き自体はフツーの四閃月冥だが……」
「魔力の運用か? 極伝の類いかも知れんな」
ポツリとグライフが告げるが、デイブが直ぐに首を横に振る。
グライフは、ウィンが月転流宗家の血を引くことは知っている。
ゆえに宗家のみに伝承される奥義の類いではないかと頭によぎったのだ。
「いや、極伝の技なら、大勢の目があるあんな場所では使わねえよ兄貴」
「ふむ、それもそうか。それでも練習中と言っていたが……」
「そうだなあ……」
デイブはそう言って少し考え込むような表情をして口を開く。
「兄貴だから言うが、うちの流派には歴史の中で失伝している技がある。それを再現しようとして、お嬢は色々試してるのかも知れねえ」
デイブの説明に、その場の者は息を呑んだ。
「……才能、だな」
「ああ、宗家の血って奴かも知れん」
「それはあーしもときどき思うぜ」
そんな三人の言葉をブリタニーは可笑しそうに聞いていた。
「それでもお嬢はお嬢だよ。いまごろ家族と合流して、今晩の夕食の話で盛り上がってるんじゃないかね」
ブリタニーの言葉で他の三人はウィンの様子がイメージできたため、思わず微笑みを浮かべていた。
あたしがブルースお爺ちゃんちに着くと、みんなの無事を確認できた。
お爺ちゃんちは母さんとジェストン兄さんが武装して警戒したようだ。
もっとも、お爺ちゃんちの周辺ではほとんど天使は出なかったみたいだけれど。
「どこまで話していいか分からないけど、どうにも今回、人間から魔神さまになった人が居たみたいなの。その『魔神の巫女』に神託があって、あたしとかデイブやブリタニーが巻き込まれた感じって言えばいいのかしら」
いまあたしは母さんの指示で、煮物の火加減を監視中だ。
多分またシチューになるだろうなコレ、美味しそうだけど。
「“魔神さま”ねえ。あまりいいイメージは無いわねえ」
コニーお婆ちゃんがそう言うのも無理はないと思う。
王国に伝わっている魔神信仰は、共和国に伝わるヤバい信仰っていうイメージが強いし。
「その辺りの解釈は王国や教会の専門家の人たちから細かい発表があると思うけど、『魔神は魔法の守護者だ』っていう神託があったみたい。その証拠に『魔神の加護』が凄いのよ」
「魔神の加護?」
アルラ姉さんが興味深そうな視線をこちらに向けている。
「国が検証するみたいだけど、『少なくとも三倍以上は魔法や魔力を使う技の上達が速くなる』って『魔神の巫女』が言ってたわ。速さは個人差があるみたい」
「それはちょっと革新的な加護ねえ」
母さんがホールサイズのミートパイを作る手を止めて告げた。
「それがそもそもねえ……、ここだけの話にして欲しいんだけど」
「だーいじょうぶだよウィン、台所には身内しか居ないじゃん」
リンジーが何やら食いついてくるので、本当に話していいのか頭の中で計算する。
まあ、大丈夫だろうと思っていたら鼻がムズムズする。
「くしゅん! あー、だれかが噂してる気がする」
「何よそれ、風邪じゃないのよねウィン?」
イエナ姉さんが布巾を差し出しながらそんなことを言う。
あたしはそれで鼻をかんでから返事をする。
「風邪じゃあないと思う。――それよりも、魔神様から巫女さんと国教会に同じ内容の神託が下りたみたいなんだけど、その内容がもしかしたらヤバいかもなのよ」
「ヤバいってどういう意味かしら?」
リンダ伯母さんが料理を作る手を止めてあたしに訊く。
伯母さんは文官をしているし、仕事の内容によっては影響を受けるかも知れないんだよな。
「『魔神信仰は共和国で盛んだけど、その内容が間違ってる』って話らしいわ」
「……なるほど、直ぐにでも真贋論争が始まりそうな内容ね」
アルラ姉さんがそう言ってくるけど、あたしも地球の記憶を思い出すと、信仰の真贋論争とかは火薬庫な気がするんだよな。
ちょっとした火種であっという間に爆発するというか。
「色々と面倒事は多そうだけれど、話をまとめると王都が魔神さまっていう新しい神さまの聖地になるって事よね?」
「そうね」
イエナ姉さんが確認するけど、それはたぶん確定なんじゃ無いかな。
なんせ人間の身から神さまになった土地だし。
「それって聖地巡礼のお客さんが大量に王都に来るってことじゃ無い? 宿屋とか食事をするところとか足りるのかしら?」
さすがイエナ姉さんだ、商売とかおカネの動きとヒトの動きには敏感だな。
「それは収穫祭が毎日続くような感じかしら。場合によってはちょっと収容能力が怪しいわねえ。イエナが気にする通りよ」
リンダ伯母さんがそう言ってため息をついた。
「真贋論争も聖地の話も、共和国の魔神信仰をしている人たちがどの程度動くかで、話が変わってくるわね」
「入国制限は王国としてはやりたくないわね。戦時では無いし、国同士の物流を止めたくないもの」
母さんと伯母さんがそんな話をし始めた。
そこまで会話をして、あたしは話していないことがあったのを思い出す。
「そうそう、思い出したわ。真面目に努力してる人が魔神さまに願えば、来年の末日までは加護を得やすくなるみたい」
『へぇ~』
他のみんなはそこまで食いついてなかったけれど、母さんとアルラ姉さんの目が妖しく光っていた。
「それで、王国が検証して問題無いようなら、たぶん『魔神の加護』を得た人は定額で減税があるみたい」
「「定額ってどのくらいかしら?!」」
ギラっとした視線でリンダ伯母さんと母さんがあたしに訊いてきた。
「一人当たり、ひと月分の食事代くらいらしいわよ。申請したら証文がもらえるとかなんとか陛下が言ってたわ」
『陛下って……』
台所にいた面々の反応は様々だったけれど、伯母さんと母さんは妖しい笑顔を浮かべていた。
ジャニス イメージ画(aipictors使用)
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