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10.背反を言葉にする


 気が付けばわたしは草原に立っていた。


 目の前には巨大な湖が広がり、青々とした草の匂いに混じって水の匂いがする。


「ここは……」


 わたしは豊穣神の言葉に従い、色んな人に助けてもらいながらアレッサンドロに抱き着いた。


 そこまでは覚えている。


 周囲を見渡せば右手に巨大な石碑が見えた。


 塔のようにも見えるそれは『ディンアクアの石碑』だろう。


 ということは、わたしは王都からサンクトカエルレアス湖のほとりまで移動させられたのだろうか。


 まさか、豊穣神が言っていたことは失敗してしまったのだろうかと頭によぎる。


「心配かけたねアンナ」


「ボス?!」


 背後から突如声を掛けられて、わたしは慌てて振り返った。


 そこには困ったような笑みを浮かべながら、草原に立つボス――アレッサンドロの姿があった。


 考えるよりも先に、あたしは彼に向かって駆け、飛びついていた。


「ボスー!! ……いったいなにをやってるんですか!! どれだけわたしが心配したと……ッ!!」


 もう一度無事に会えたら言おうと思っていたことが、全て真っ白になってしまった。


「ごめんよアンナ、ただいま」


「!! おかえりなさい、ボス!! ボス~~~!!」


 何とか『おかえりなさい』は言うことができたけれど、抱き着いたままわたしは動けなくなっていた。


 泣いて、ひどい顔をしているのが自分でも想像できたからだ。


 それでもアレッサンドロは優しく私を抱きしめてくれた。


 これが夢で、またアレッサンドロと旅が出来るのではと一瞬脳裏によぎったところに彼が告げる。


「いま一つ自覚は無いんだけど、どうやら神さまにされちゃったみたいだよ、ぼく」


「……そ、その話は結局どうなったんですか?!」


 わたしは涙をぬぐってから顔を上げて問いかけた。


 それに対し彼は、一つ頷いてから口を開く。


「順番に説明するけれど、まずここは神界――神の世界だ。今のぼくは亜神に準じる存在で、『準亜神』とでも呼べる状態らしい」


「『準亜神』、ですか?」


「うん。その力を使って、ガワだけサンクトカエルレアス湖の辺りを再現してみた」


 わたしがアレッサンドロの言葉の意味を理解するまで、少し時間が掛かった。


「……いまボスがこの風景を作ったって言ったように聞こえたんですけれど」


「うん、ぼくが作った。今のぼくは、神さま見習いみたいなものだからね」


 改めてわたしは神になるという意味について、その凄まじさを感じた。


 けれど、アレッサンドロはどうしてこの風景にしたんだろう。


「ボスはこの風景に、何か思い入れがあったんですか?」


「少しだけね。前にアンナには言ったと思うけれど、あのディンアクアの石碑は竜魔石の安置所なのは覚えているかい?」


 もちろん覚えている。


 アレッサンドロによれば大精霊の力を身に宿すことに成功した竜は、寿命を終えるときに魔石に魂を移し、生まれ変わるという話だった。


 生まれ変わった存在を『竜魔石』と呼ぶらしい。


「ディンラント王家が管理している遺跡ですよね」


「そうだね。そしてディンラント王家の秘密でもある。……アンナには覚えておいて欲しいけれど、世界にはああいった隠された施設や遺跡が沢山あるんだ。そういう場所を訪ねる面白さを、いつかきみも理解して欲しい。そう思ったんだ」


 アレッサンドロはそう告げて、穏やかに微笑んだ。


 彼にはいろんな遺跡攻略に連れて行かれたけれど、わたしとしては彼と行ったから楽しめたような気もする。


「分かりました、ボス」


 それでもわたしはいつか、彼が感じた面白さを理解したいと思った。




 その後アレッサンドロとの話の中で、今後の話になった。


「それで、正式には神としての研修を受けて『亜神』になってから、新しい『魔神』としての仕事が始まるみたいなんだ」


 神々への信仰が好きではなかったアレッサンドロがこんな目に遭うなんて、つくづく運命って皮肉だとおもう。


「それでね、研修自体は現実の時間では一瞬で済むみたいなんだけれど、それが終わったら神の名を創造神が与えてくれるそうなんだ」


「創造神……。よく分かりませんが、一番えらい神ってことですか?」


「そうみたいだ。それでね、創造神から神の名を決めるにあたって要望はあるかって言われて、その時にきみがぼくの巫女を希望してるって聞いたんだよ」


 なるほど、一番えらい神さまというのも伊達では無いのか。


 わたしの希望まで把握しているとは、神さまも捨てたものでも無いのだろうか。


「はい! わたしはアレッサンドロの第一の巫女になります!」


「うん、ありがとう! それは確定させてもらうよ、よろしくお願いします。ぼくの神としての名前に関して、要望はあるかな?」


 名前と言われても、わたしにとってアレッサンドロはアレッサンドロだ。


 でも、神さまになって名前を変えなくちゃいけないなら、人間の時の名前は使えなくなるのかな。


 それはすこし――いや、かなり寂しく感じる。


 ほかの誰が忘れても、わたしはずっと彼が人間だったころの善なる心根を覚えていたい。


「……ならひとつだけ、いいですか?」


「何だい?」


「ボスが、アレッサンドロが人間だった時の名前を、思い出しやすい名前にして欲しいです」


「ああ、それはいいアイディアだね。それでいこう。アンナはやっぱりしっかりしているよ」


「いいえ、ボスがちょっと抜けてるんです」


 アレッサンドロが微笑んだのを見て、私も思わず微笑んだ。


「さて、差し当たっての用件は済んだけれど、忘れる前に言っておくよ。アンナ、きみは現実に戻った後に家族の元に戻るんだ。そしてディアーナとして生きて欲しい」


「でも……、せっかくボス――アレッサンドロがいままで頑張ってきた色んなことがあるのに……」


「ぼくはもう人間ではなくなるから、今まで出会った人たちに託すことにするよ。神々も直接的には邪魔しないみたいだし、ぼくも見守ることにする」


 アレッサンドロはそう言って頷くけれど、彼が決めたのならわたしがどうこうできる話では無い。


 それに兄さんやマルゴー姉さんを知っている人たちにも会えた。


「現実に戻った後の生活は、神託の形でディンラント王国に命じることにする。きみは何も心配することは無い」


「…………分かりました! そういうことならわたしは、『魔神の巫女』としてアレッサンドロの教えを広めることにします!」


「本気かい? そういうことなら、いや、そうじゃなくても、きみは学校に行った方がいいだろうね。体系的に魔法や色々な事を勉強するべきだ。よし、決めたぞ!」


「はあ……、学校ですか?」


「うん、それを含めて神託で伝えておこう」


 学校は勉強をするところだったはずだけれど、今さら何を学ぶというんだろう。


 でもアレッサンドロには何か考えがあるみたいだし、それに従おう。


 わたしはそう思った。


「それじゃあ、そろそろ見習いから正式に神さまって奴になってくるよ」


 そう告げてアレッサンドロはわたしの頭を撫でてくれた。


 わたしはその手を取り、手の甲にキスする。


「どうか、あなたに幸いがありますように」


「ふふ、きみにもどうか、幸いがありますように。――たぶん、きみにとっては直ぐ戻って来るよ」


 そう言ってからアレッサンドロはわたしから一歩離れた。


 次の瞬間、彼は白い光で淡く輝きその場で目を閉じた。




 アレッサンドロは気付けば満天の星の下に居た。


 足元は暗がりだが、石材でも敷かれているかのように平らになっているようだ。


 目の前には穏やかに白く光る創造神の姿がある。


「さて、アレッサンドロよ、神としての研修の準備はできたかな?」


「創造神、御身のご高配に感謝を。アンナ――ディアーナと話せたことで、自分の気持ちに整理が出来ました」


「宜しい。今回のお主の場合、自ら望んで神に至ったわけでは無い。ある意味でそのように仕向けられた神じゃ」


 創造神の言葉に頷きつつ、アレッサンドロは自分の身に起きたことを思う。


 それでもいきなり神にされるというのは、戸惑う要素が大きいのだが。


 その様子を見た創造神は微笑む。


「今回お主を助けたウィンという少女が、以前面白いことを言っておった。神々でさえ、自ら望んでそのような神になったわけでは無いのだとのう」


「神々にも運命があると仰るか、創造神」


「さて、運命というのも曖昧な言葉じゃが、世界が神々や人の立場を作る面は理解できるかの?」


 創造神に問われ、アレッサンドロは考える。


 自分の身にしても、今回のことのみならず、前世の記憶を思い出したのは原因となる事件に巻き込まれたからだった。


「世界が個々の立場を決めると?」


「そういう面はある。しかし、真逆の見方もあるのじゃ。それは全ての存在は自由であるという事実じゃ」


 創造神の言葉にアレッサンドロは考える。


 これから神としての研修を始める折、この話をされていることについて。


 いまされている話では、自分の身でいえばアレッサンドロは共和国やその魔神信者によって生き方を方向づけられた。


 だが同時に、人間として生きる日常では、自分の行動は自分の自由意志で決めていた。


 その背反を言葉にする。


「世界からぼくの役割は既定がある。同時にぼくは本質的な部分では自由だ。つまり『ぼく』というものを考えるときは、いくつかの視点があると?」


「然り。その視点とは、観る角度の違いでしか無いのじゃ。答えを言葉にすれば、世界に存在するあらゆる関係性を一度受けとめ、受容し、全体を見通すのじゃ。それにより自我による世界の評価が完成するし、神としての最初の一歩を踏めるじゃろう」


 アレッサンドロは創造神の言葉を自らの中で反芻し、受けとめるということについて意識を向けた。


 彼の様子を見て創造神は満足そうに微笑む。


「そうじゃな、研修の場所はペトという名の宇宙をコピーして行おう。ヌイトやコスモスといった神々が護る宇宙で、地球という星がある。そこで最初にお主は『無我』であるとか『脱構築』や『万物神性』、あとは『状況倫理』あたりを経験と共に学ぶと、見識が広がるじゃろう」


「宜しくお願い致します」


 アレッサンドロに一つ頷くと創造神は視線を移す。


 するとそこには門が現れた。


 彼らは星空の下を歩き、門をくぐって行った。



挿絵(By みてみん)

ディアーナ イメージ画(aipictors使用)




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