14.それに付け込もうとする人
あたしとコウがキャリルとカリオのところに戻ると、ライナス先輩たちは拍手してくれた。
「面白いものを見せてもらった。感謝する」
「いえ、あたしなんてまだまだです」
「そのウィンに負けたし、ボクもまだまだですよ、ライナス先輩」
他の先輩たちも手を止め、近くの部員と「短剣の実戦剣は剣舞みたいで美しいな」とか「カタナは技の繊細さが見事だな」などと互いに喋っていた。
「ウィンは月転流で、コウは鳳鳴流だな」
あたしたちだけに聞こえるように、先輩が呟いた。
そのときあたしには日本にいたときの記憶が流れ込み、『知っているのかライデン!』という言葉が脳裏に浮かんだ。
何か意味がある言葉だったのかは想起できなかったけど。
「ボクの方はそれで正解です。よくご存じでしたね」
「あたしも当たりですけど、内緒でお願いします」
「分かってる、俺は実家が代々武術史の研究者でね。多少は分かるんだ」
武術研はけっこう希少な流派の生徒がいるから、スパーリングをすると面白いと思うと言ってくれた。
その後、キャリルとカリオのスパーリングが始まった。
「キャリルの動きは雷霆流で、カリオは体術だが何かの流派を相当学んでるな」
ライナス先輩がそう評する。
「分かるんですか?」
「ああ。雷霆流はアロウグロース辺境伯領で領兵が制式採用している武術だ――」
一撃の強さを重視し、突く打つ払うの基本動作を極め体内魔力の制御を極めることで兵士を自律する武器とする発想で進化したそうだ。
「対するにカリオだが、武器の往なし方が独特だな。盾の魔法を体表面に作るのとも違う」
先輩が呟くが、カリオは素手で戦槌を往なしている。
しかも、魔力の層を作っているのか、自身の体表面を滑らせるようにしてキャリルの攻撃を捌いている。
「あれは、かすかに振動させているのかい?」
コウが小声で呟くのに、ライナス先輩が頷いてみせる。
「カリオの武術は王国内では希少だな。たぶんだが、獣人族で伝わる風漸流だ」
「どういう武術なんですか?」
「秘伝が多いから詳細は不明だが、風魔力を振動させて体術に乗せるんじゃなかったかな。過去の戦史だと、攻防一体で掠っただけでも相手にダメージが入る壊し技として伝わる、だったかな」
「え? あんなヌルヌルした気色悪い武器の往なしが?」
「……おまえ、容赦ないな。同級生なんだからもうちょっと言い方を考えてやれ」
「善処します」
でもあいつときどき変態なんです、という言葉はライナス先輩には黙っていた。
その後、スパーリングについてはカリオがキャリルの頭部に寸止めして一本になった。
寮の自室に戻ってから、あたしは【風のやまびこ】でイエナ姉さんに連絡を取った。
文書のコピーをおこなう魔法が無いかを聞いてみたら、【複写】という魔法があるという。
元になる文書のほかに、コピー先の記録用紙や筆記具は別途必要で、魔法の使用でインクや鉛筆の芯などは無くなるらしい。
コピーで出来た文書は【鑑定】で判別できるそうだ。
「今週後半なら空いてるから、習いたければ放課後に学園まで来てね。学園は私服で大丈夫だから」
「分かった。ありがとう姉さん」
「どういたしまして。せっかく来るならリンジーにも声をかけてみるわ」
「うん。それじゃあね」
そのあと、いつものようにアルラ姉さんたちと寮で夕食を食べた。
また貴族派閥の話をしてみたけれど、生徒会や風紀委員会が把握しているかも知れないとロレッタが言っていた。
念のため、生徒会と風紀委員会の教室を姉さんたちに聞いておいた。
食事後に宿題を済ませて部屋のカギをかけ、窓から出て薬品薬草研究会と関連がある学院の附属農場について調べに行った。
農場の事務室とか研究室などからは不審なものは出てこなかった。
収穫後の作物を仕舞っている倉庫も調べたけれど、ここも違法薬物につながるようなものは無し。
そこまで調べたが、少し考えて農場の職員の名簿を調べてメモした。
組織としての農場がセーフでも、職員が個人的に栽培しているようなもののなかにアウトなものがあったら追いきれないと判断した。
「そこらへんはもう、学院外のひとたちに調査をぶん投げよう……」
調査結果をまとめながら、そんなことを呟いた。
これで一通り、自分の部活周りは違法薬物についてはほぼシロという材料が揃った。
次の日、実習班の仲間とお昼を済ませてから、一人で生徒会を訪ねてみた。
姉さんたちから聞いていた生徒会室のあたりは生徒がほとんどおらず、ひっそりとしている。
それでも気配を探ってみると生徒会室には人が居るようだったので、あたしは扉をノックした。
「こんにちは。あなたは誰かしら?」
「こんにちは。一年Aクラスのウィン・ヒースアイルです。こちらは生徒会室ですか?」
すぐに女子生徒が出てきたので名乗る。
「わたしは生徒会書記のシャロン・シルバよ。どうしたの?」
「相談というほどのことでも無いんですけど、ちょっと聞きたいことがあって伺ったんです。いま宜しいですか?」
「別に大丈夫よ。入って?」
あたしはシャロン書記に促されて、生徒会室に入った。
部屋の中は教室ほどの広さがあったが、真ん中あたりにパーティションが置かれて部屋が仕切られている。
パーティションの向こう側には書棚が並んでいるようだった。
部屋の手前側は会議室にあるような大きなテーブルがあり、その周りに生徒が座っている。
「あらいらっしゃい。そちらは誰かしら?」
「一年Aクラスのウィンさんだそうよ。お話があるみたい」
「そう。こんにちは、生徒会長のキャシー・ウッドです。それでこちらが……」
「副会長のローリー・ハロップだ。こんにちは」
「こんにちは、ウィン・ヒースアイルです」
「まあ、空いてる席に座って?」
キャシー会長に促されて、あたしは椅子に座った。
「それで話って何かしら?」
「相談事というほどのことでも無いんですが、聞きたいことがあって来たんです。学院内での貴族の派閥のことなんです」
キャシー会長に応えると、目の前の三人は少し硬い表情になった。
「何かトラブルでもあったの?」
シャロン書記が心配そうな表情で問う。
「今回はトラブルではありません。――新入生のある派閥の貴族家の子がいたんですが、入部を検討していた研究会の部長が別の派閥の子で、入部を見送っていたことがあったんです」
「その新入生の子の話なのね?」
「はい。その子は、別の新入生が『派閥が違ってもいいじゃないか』と諭して、ある程度肩の力を抜くことができたと思ってます」
「そう……」
シャロン書記がホッとした表情を浮かべる。
「『派閥にこだわると学院や国が割れるけどそうしたい訳ではないよね』ってことで落ち着いたというか」
「それは、いい判断をしてくれたと思う。生徒会としても助かるよ」
そう言ってローリー副会長が苦笑いする。
「はい。――それで、今回はそういう感じだったんですが、今後もし貴族の派閥関係のことで生徒が揉めたり何らかのトラブルがあったら、どこに相談したらいいかと思ったんです」
「そういうことだったのね。……貴族の派閥の話は初等部に限らず、高等部と附属研究所、附属病院なんかまで含めてけっこう根深い問題なのよ」
そう言ってキャシー会長がため息をつく。
「研究所や病院まで問題があるんですか?」
そこまで行くと確かに人事とか研究成果とか、色々のことに影響が出るかも知れないな。
「そうなんだよ。困ったことにね」
そう言ってローリー副会長もため息をつく。
「それで、貴族派閥のトラブルの話よね。初等部と高等部については、先生たちか、生徒会か、風紀委員会に相談してくれれば対応できることが多いと思うわ」
「いま言った三つ、先生方と生徒会と風紀委員は連携とか情報共有とかしてるんですか?」
シャロン書記が教えてくれたので、あたしはさらに聞いてみた。
「連絡会というのを週に一回おこなって、情報共有はしているわ。学生側は書記が出るので、私が出てるわね」
「先生側は初めて聞く生徒はみんな驚くんだけど、連絡会には副学長のリー・ムーア先生が出席するんだ」
そう告げてローリー副会長が笑う。
「副学長が出てくるんですか!? それだけ貴族派閥ってヤバい話なんですね……」
学生を管理する先生などが関わるのかなと思っていただけに、副学長が関わっているというのはあたし的にはちょっと意外だった。
「そういうことなのよね……。とにかく、困ったことがあったら一人で悩んでないで、生徒会でも風紀委員会でも担任の先生にでも気軽に相談してね」
キャシー会長がそう告げて微笑んだ。
その三者で情報共有があるというなら、魔神信奉者の件もそれとなく聞いてみようか。
「分かりました、その時はお願いします。あとこれは、相談というかなんというか、どこに持っていったらいいか分からない話なんですけど……」
「どうしたんだい?」
「んー……入学が決まって地元から出てくるときに、幼なじみから言われたんです。『王都には魔神を信仰する危ない人たちが居るから気を付けなさい』って」
「「「…………」」」
「そういう生徒とか先生とかは居ないと思うんですけど、もし絡まれたりしたら生徒会とかに相談したらいいんですかね?」
あたしの言葉に生徒会の三人は表情を硬くし、互いに視線を交わした後にキャシー会長が口を開いた。
「実際にそういう人たちが居るかは何とも言えないわ。でもね、危なそうな人たち――魔神信者や反王国を掲げる人、危ない魔道具や薬品を広めようとする人、堕落させるような遊びに誘う人を見かけたら、迷わず相談してちょうだい」
「僕らでも、先生たちでも風紀委員でもいい、何だったら各クラスの委員長でも大丈夫だから」
「わかりました」
「この学院の生徒は、いろんな場所からわざわざ勉強をするために集まった人たちよ。だからみんなマジメでいい子ばかりだけど、それに付け込もうとする人もゼロじゃないの」
苦い顔をして、シャロン書記がそう告げた。
「ところで話が変わるけれど、ウィンさん。あなたはなかなか問題意識をもって行動できる子かも知れないわね」
「問題意識ですか?」
「ええ、もし学生自治に興味があるなら生徒会に歓迎するし、風紀委員会に推薦することもできるわ。生徒会長のわたしにはそういう権限があるの。やる気がある人はいつでもウエルカムだから覚えておいてね」
「ええと、……まだ入学したばかりなので、少し考えてみます」
「僕の個人的意見としては、風紀委員会に向いている気がするけどね」
「はあ……」
そのあと生徒会室を出て廊下を歩きながら、あたしは考えていた。
学院は王立の組織で運営には国も関わっている。
生徒のトラブルが生徒会や風紀委員会から吸い上げられるなら、『報告があったこと』は国が知っているはずだ。
国がつかんでいない学内の違法薬物の問題などをどう調べるのか、一度デイブと相談すべきかもしれないとあたしは考えていた。
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