08.れっきとした作戦です
あたし達が広場中央の光柱に近づいた段階で権天使が立ちふさがった。
グライフを中心に対処している。
彼はまだ余裕がありそうだけれど、それでもあたしから見て敵はすごい速さだ。
現状ではあたしの速度はそれほど武器にならないと思う。
速度やパワーは魔獣のランクでいえばA+と言っていたけれど、王都南ダンジョンでいえば第四十一階層から最下層の第五十階層がすべてAじゃ無かったか。
それを考えると中々厳しい相手だけど、グライフやノーラやデイブ達が居るから歯が立たない訳じゃあ無い。
でもディアーナが指摘した通り、時間切れになるわけにはいかない。
何とかしなければいけないのだけれど、打ち合わせとかしてる訳には行かないよな。
そこまで考えてあたしは、以前ニナがノーラと魔法を使って念話らしきものをしていた光景を思い出した。
「ノーラ、打ち合わせしたいわ!」
最前列で大鎌を振るうノーラに向かって叫ぶと、次の瞬間彼女から闇属性魔力が走った。
「ワタクシの魔法で意識を繋げたわ~。確かに時間を掛けたくない相手ね~」
「これって、周囲の時間を止めているんですか?!」
ディアーナが念話の中で驚いたような声をあげるが、闇魔法の場合は違ったはずだ。
「考える速度で意思の疎通をできているだけだから、時間は止まっていないわよ~。考える速度は若干速くすることはできるけれどね~」
「それでだ、どうする?」
グライフが率直に方針を確認しようとする。
あたし達の勝利条件は巫女や覡が光柱の男性に触れることだ。
無理に全員で相手をせずに、デイブとブリタニーとジンに任せる手が直ぐに思いつく。
「まずおれ達が権天使を無視して先に進んだらどうなる?」
「コウやウィンやディアーナが狙われる可能性があるかねえ」
デイブが逃げ切り案を出すと、ブリタニーが即座に懸念を述べた。
ブリタニーの前であたしは全力移動を披露したことが無いから、あたしも名前を出された。
速度的にはあたしはまだ逃げ切れるかもしれないけど、コウやディアーナは追い付かれる可能性があると思う。
「わたしとデイブさんとブリタニーさんで足止めするのは如何でしょう?」
ジンがそう言ってくれるけれど大丈夫だろうか。
「耐久力に任せて、デイブ達三人の攻撃を受けたまま追ってくる可能性はあるだろう」
グライフが告げるが、それに反論する人は居ないみたいだ。
「ということは、おれらが権天使を引きはがす訳にはいかないのか? ブリタニーとジンと三人でやっても抜かれる可能性があるってことはよ」
「そういうことですね」
デイブの言葉に残念そうにジンが応えた。
「瞬間的火力を極限まで高めて放つような奥義は、誰か持ってないですかね?」
「属性魔力を武器に込める手はあるけど、武器が途中で壊れる危険性があるね」
「瞬間火力はどちらかというと魔法の領分かしら~。この場で行うには賭けの要素が強いわね~」
コウの問いにブリタニーとノーラが応えるものの、解決策にはならないようだった。
みんなは意念を共有した状態で考え込む。
『…………』
あたしの持ち技でいえば、始原魔力を使った極伝の技で斬ること自体はできるだろう。
問題は、目の前の権天使が天使二千体分の環境魔力やら神気の塊で、決定打にならないことだ。
魔力を纏わせた技は魔力を纏うことで防ぐことが出来る。
始原魔力を使えば、同格の相手はほぼ防御を無視して切断できるし、飛んで来る魔法だって斬れる。
でも、今回の相手はダメージが足らずに切断しきれないかも知れない。
かも知れないかも知れないばっかりでイヤになるけれど、ここで安易にバクチ前提の攻撃に頼る訳にはいかない。
何とか時間内に逃げ切れるような、ラクな方法があればいいのだけれど。
そこまで考えてあたしは思い付いた。
「ねえ、攻撃が通らないならムリに攻撃しなくていいんじゃないかしら。権天使を引き連れて光の柱に全員で近づいて、隙を見て一斉にあの光柱のところの男性に触れるとかダメなの?」
『あ~~~』
「ダメじゃあねえな。セコいというかこすっ辛い手で、おれは好みだぜ」
全員が声を上げた後、デイブが嬉しそうに告げた。
もし闇魔法による念話で思考加速が起きていなかったら、デイブはいつものニヤケ顔を浮かべているかも知れないな。
あたしはそんなことを考えていた。
デイブには不本意な賛同のされ方をしてしまったので、あたしは一言付け加えておくことにする。
「セコいって何よ。れっきとした作戦です! ラクなのは正義なんですー! ええとみんな、その案はどうかしら? あとそれがオーケーなら、一つだけ練習中の技を試したいの」
「案自体は吾輩は賛成だ」
「ボクもいいと思う」
「わたしもです!」
「そうですね、現状ではそれを試して、駄目なら他でもいいのでは」
「ワタクシも賛成~」
「私もいいと思うよ」
「おれはもう言ったよな、賛成だ」
みんなも賛成してくれたけれど、ここでグライフから質問が来た。
「ウィンよ、練習中の技とは何だ?」
練習中って言われたら気になるよね。
実戦のこういう状況で試すなって言われそうだけれど。
「ごめんなさい、詳しくは言えないの」
「ふむ、まあいい。お前の腕なら、無駄な事はしないか。吾輩もノーラも、ウィンの技が不発でも成功でも動けるだろうしな」
「合わせるわよ~」
よし、ありがたい。
前にブルースお爺ちゃんの棍棒『撲殺君三十二号』を斬ったとき、何かが掴めそうな気がしたんだ。
さらに斬ることに集中して、権天使に挑んでみよう。
「方針が決まったし魔法を終えるけど~、剣を捌いてる途中のグライフは気を抜かないでね」
「分かっている」
次の瞬間世界が動き出すが、グライフは叫び声を上げる権天使の斬撃を双剣で往なす。
それを認識した次の瞬間、あたしを含めてみんなは光柱に向けて全力で移動を始めた。
光柱へと移動を再開した『諸人の剣』の一行だったが、当初の読み通りコウとディアーナの移動速度がブレーキになった。
結果、殿を務めるジンの背中へと権天使の巨大な両手剣が迫る。
それを察知していたのか、薄く笑みを浮かべながらジンは片手で抜刀し、火属性魔力を刀身に纏わせつつ振り返らずに権天使の斬撃を往なして捌く。
直後に権天使はその羽根で飛び、ジンを飛び越えて最も最後尾にいた覡であるコウに襲い掛かった。
コウは気配察知でその斬撃の軌道を大きく避け進行方向の右側に移動する。
そしてコウが避けた動きを追って権天使の体勢に隙が出来たところに、ジンが納刀しながら高速移動をしつつ抜刀術を繰り出した。
その技は鳳鳴流の鳳雛斬であり、熟練者は山をも断つと言われるほど切断範囲が広い技だ。
だが予想通り、ジンが狙った箇所には何の傷を作ることも無い。
幸いにもというか、ジンが抜刀術を放ったことでその威力により、飛行中の権天使の位置を大きく横に逸らすことには成功した。
その間に身体強化による高速移動で距離を稼ぎ、一行は光柱の付近に辿り着いた。
光柱のすぐそばに辿り着いたところで、わずかな時間差で権天使が叫び声を上げつつあたし達に迫ってきた。
移動中にはコウが一瞬狙われていたけど、相変わらずここまで追いついてもコウを狙っているようだ。
位置取りの関係なのだろうかと思った瞬間、権天使とあたし達の間にグライフが双剣を振るいつつ割込んできた。
「お前たち、機をうかがえ!」
『応!』
そしてグライフと権天使は双剣と巨大な両手剣とで斬り結び始める。
その間にコウとディアーナは光柱で磔にされている男性に近づき、ノーラはグライフの左隣に控え、あたしは右隣に控えた。
デイブとブリタニーとジンは、権天使の背部に回って攻撃を仕掛けようとしている。
そしてグライフと権天使が高速で斬り結ぶ中、あたしは手の中の武器――蒼月と蒼嘴に時属性魔力を纏わせつつ、斬るイメージに意識を集中させる。
ある瞬間、権天使が大きく横方向の斬撃を繰り出したところをグライフが避けつつ双剣で往なす。
そのことで権天使の体勢が一瞬崩れた。
それを認識したのと同時にあたしは動き出す。
武器に時属性魔力を纏わせた状態で、四閃月冥を左右の手で放った。
キィィィィィィィィィン――――
まるで蒼月と蒼嘴が意志を持ったかのように鳴き、その硬質の音が周囲に響く。
加えて、根源的な部分での切断をイメージさせるような感触が、あたしの手に余韻として残った。
同時にノーラが動き、体勢が崩れていた権天使に対して、手にしていた大鎌の柄で突きを放った。
「行くぞ!」
グライフが叫んだ瞬間、あたしたち巫女と覡は光柱に磔にされている男性に飛びつく。
視界の端では吹っ飛ばされた権天使が立ち上がり、こちらに向き直っていた。
その姿は右ひじの少し先から手先を失っており、左手で握られている大剣は刃の根元で斬られていた。
だが、もうあたし達には間に合わないだろう。
最初にディアーナが光柱の男性の首に手を回して抱き着いたが、彼女の表情は泣いているみたいだった。
コウは宙に磔にされている男性の右手を掴んでぶら下がり、あたしは左手を掴んでぶら下がる。
ノーラが右足首を掴み、グライフが男性の左足首に触れたと思った瞬間、あたしの視界が切り替わった。
ウィン イメージ画(aipictors使用)
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