07.ただ友のためその力を尽くせ
王都ディンルーク中央部に位置する王立国教会本部。
その内部から眼前の中央広場を見やりながら国王ギデオンは考えていた。
自分たちディンラント王家の膝元で、全力の竜魔法発動をする機会が訪れることは想像だにしなかったことだ。
それがいま、国教会本部のバルコニーに立ちながら、神の使いたる天使たちを狩るために発動する皮肉について。
「全く、仇為すものは、その機会を選んでくれないものなのだな」
「父上。確認ですが本当によろしいのですね」
「レノ、ここへ来てビビってるのか? なに、責任はおれが取る。おまえは竜魔法の実戦経験を積む機会だと割り切れ」
背中を押すようなギデオンの言葉にレノックスは苦笑する。
「分かりました。ですが、その実戦の相手が天使たちだというのはゾッとしません」
「国教会の連中によれば、神託があったというのはおまえも聞いていただろう。戦いは時と場所を選べないこともある。ゆえに、その時々で最善を尽くせばいい」
「はい」
「時にレノ、『諸人の剣』なる者共には、おまえの友も含まれているのだったか」
ギデオンに問われ、レノックスは魔法で連絡のあったコウや、彼からの話で聞いているウィンのことを思う。
「どういう巡り会わせか、そのような事になったようです」
「ならおまえの場合、おれと違って話はシンプルだ。国や国教会、神々や民のことはおまえは忘れろ。ただ友のためその力を尽くせ」
「……ありがとうございます」
ギデオンとレノックスが話している間にも、バルコニーには選りすぐられた宮廷魔法たちが姿を見せている。
本来は式典の都合で中央広場に舞台を作れないときなどに、国教会関係者が舞台の代わりに使うのがこの場所だ。
いまやそのバルコニーは、大規模な魔法を発動するための台座となっていた。
「陛下、時間となりました」
宮廷魔法使いのこの場の取りまとめ役が、ギデオンに伝えた。
「よし、始めろ」
「承知しました」
取りまとめ役が一礼したのと同時に彼は闇魔法の【意念接続】を発動した。
これにより、この場の宮廷魔法使い達の意念が時差なく伝達できるようになった。
直後に、ギデオン達の右手に待機していた宮廷魔法使いが環境魔力の集積を始める。
その中には平素、呪いの研究を担当するライアンの姿がある。
彼は戦術魔法のなかで、風の魔法の使用について登録及び許可されている宮廷魔法使いだ。
ライアンは精神を集中させ、風を想う。
学問的には魔力における地水火風の四大属性は、命であるとか魂の循環を含意する。
風で命が起こり、火で命が変容し、水で命が融けて交わり、地で命が固定される。
故に戦術魔法でも初級魔法と変わらずに、それぞれの根源的な魔力の運動を意識する。
「この場に現すのは破壊ですが、その破壊を以て多くのものが護られますように」
仲間に先んじて極限までの集中を完了していたライアンは、脳の空いたリソースを使って思わずそんな言葉を呟く。
その意念を拾った同僚たちは口元を緩ませるものの、彼らもまたディンラント王国を代表する宮廷魔法使いである。
次々に極限までの集中を完了し、それぞれ呟く。
「ポエマー乙」
「まあ、理解できるわよ」
「無為な破壊で無いことを願おう」
「いつでも行ける」
「風の本質は準備できた」
そして闇魔法で接続された意識の中で、彼らは意志を解き放ちながら同時に詠唱を行った。
『【竜巻】!』
その瞬間に風の環境魔力が収束し、眼前の中央広場を効果範囲として、轟音と共に膨大な破壊エネルギーが炸裂した。
レノックスの目の前では、中央広場の中に巨大な竜巻が発生している。
その恐るべき回転運動が発生した瞬間から、広場中心の光柱付近を護るように集まっていた天使たちは巻き上げられている。
そしてその身を切り刻まれながら広場の中空に集められ、徹底的な風属性魔力の集積による破壊が成されていく。
切り刻まれた天使たちは、燐光を放ちながらその身を虚空に溶かしていった。
それでも渦に囚われた天使たちの中には、原型を崩さない者たちが混じっているのが見て取れた。
「レノ、そろそろ準備しろ」
「分かりました父上」
ギデオンに促されたレノックスは状況の変化に意識を集中させる。
やがて戦術魔法の効果が薄まったのか、広場中央で暴れていた魔法による竜巻はその回転速度を弱めていく。
そしてそれを見て取ったギデオンが叫ぶ。
「カウント三つで始めるぞ! 合わせろ!」
「はい!」
「「三! 二! 一! 【竜鳴】!!」」
その瞬間、まだ広場中央の中空を回転していた天使たちを、風属性魔力を帯びた不可視の拡散型の衝撃波が襲った。
発動は一瞬だったが、鎧を纏わない天使と大天使はその肉体をバラバラに破壊され、燐光となって虚空に消えていく。
そして間髪を入れることなく、控えていた宮廷魔法使いたちが同時詠唱で水の戦術魔法を発動した。
『【水塊】!!』
次の瞬間、中央広場の中空にはインディゴブルーの巨大な水球が現れ、残っていた鎧を着ている権天使を飲み込む。
そして水球の中心部付近で光が発せられ、権天使たちはその数を急速に減らしていった。
水球の中心部付近が光ることが無くなった段階で突如として水球が形を崩し、濃密な水属性の環境魔力を周囲にまき散らしながら虚空に消えて行った。
その後には広場中央に、変わらずに光柱と磔にされたように浮かぶアレッサンドロの姿があったが、天使たちの姿は消えていた。
広場に通じる街路で突入するために待機していた光竜騎士団の者たちは、その光景に歓声を上げた。
宮廷魔法使いとしてデボラは【水塊】の発動に参加していた。
彼女は集中力を使い果たした反動で、半ば茫然と現実感を感じられないまま中央広場の光景をその目に映していた。
「これで片付けばいいけど……」
デボラの呟きは【意念接続】が解かれた状態で漏れたものだったが、それに応える者は居なかった。
宮廷魔法使いたちによる戦術魔法の水球が解かれたのを合図に、ウィン達『諸人の剣』を名乗った一行は移動を始める。
冒険者ギルド屋上から身体強化と気配遮断を行った状態で、垂直にギルドの外壁を移動して中央広場に降り立つ。
だが早くもこの段階で異変が起き始めていた。
天使たちが倒されたことでその場にまき散らされた神気が、広場の三か所に集積し始める。
ウィンは嫌な予感を覚え、グライフやノーラ、デイブやブリタニーなどの高位冒険者たちは天使たちが再出現するのを勘働きで予想した。
それでも彼らは可能な限り速く、広場中央に向けて高速移動を続ける。
すると中央広場の光柱を正三角形で囲むような位置取りで、大柄な人影が出現した。
それぞれが身長五メートル程の大きさで翼があり、鎧を着こみ巨大な両手剣を持っている。
その身に集めた神気の密度から、出現した三体の権天使が一般的なそれよりも強化されていることをウィン達は予感した。
一行が冒険者ギルドの地上部分から光柱まで約六割ほど進んだところで、ウィン達が懸念した通り権天使たちが動き始めた。
権天使たちも高速移動を行い、野太い声で叫びつつウィン達に迫った。
この時点でどうやら権天使たちには気配遮断が通じていないことが判明する。
先頭を進むグライフは抜剣して両手に剣を取り、地属性魔力と水属性魔力を纏わせそのまま氷属性魔力に変ずる。
その隣のノーラは、無詠唱で【収納】から日緋色金製の杖を取り出し、闇属性魔力を纏わせて魔力の大鎌の刃を出現させた。
ほぼ同時に暗部の者たちが動く。
彼らはウィン達を挟むように十名ほどの二チームで並走していたが、ウィン達と会話をした青年が叫ぶ。
「参の奥義・塊!」
それに返事をする者は居なかったが、暗部の者たちは全員走りながら両手の指から糸状に収れんさせた魔力を放つ。
高度に統率された動きで糸状の魔力は収れんし、暗部の二チームがそれぞれ一体ずつの権天使を魔力糸でマユ状に捕らえた。
本来、彼ら暗部が使う不生流では、参の奥義は敵をマユ状の魔力糸で包んでコマ切りにする技だ。
だが彼らの奥義は複数人での連携を前提に編み出されており、指揮者が『塊』と指示することで同一対象に同一奥義を使用する。
今回の場合は『諸人の剣』一行を支援するため、足止めと増援までの時間稼ぎを意図していた。
そしてウィン達には、残る一体の権天使が叫び声を上げつつ巨大な両手剣を繰り出してきた。
『オオオオオオオオオ』
権天使の初撃をグライフが双剣で往なしながら対処する。
同時に無詠唱でノーラが【鑑定】を行い、叫ぶ。
「こいつは一体で天使二千体分の耐久力よ!」
その声と同時に闇属性魔力を武器に込めつつ、ノーラは刈葦流の揺斬撃を連続して繰り出していく。
その声を受けつつ、デイブとブリタニーとディアーナが権天使の死角から刺突技を繰り出した。
デイブとブリタニーはそれぞれ権天使の上半身の鎧の隙間に。属性魔力を込めた四刺一突の攻撃、死帛澪月を連続で叩き込む。
ディアーナは真銀製の杖に風属性魔力を纏わせ、一心流の刺突技である貫心突を権天使の脚部に叩き込んでいく。
そしてデイブがブツブツと呟く。
「天使一体で一般兵並みだろ。二千体分てことは、耐久力だけでいえばかなり強めのS+級の魔獣と同格だ!」
『うわ~』
デイブの言葉にウィン達は思わず呻く。
個体差はあるものの、S+級の魔獣には竜種の魔獣が含まれる。
安全に倒すためにはS+級の冒険者を数人連れて来るか、正規軍の大隊規模以上の戦闘力が必要とされる。
正規軍の一個大隊は国や組織によって異なるが、この世界の場合は約八百名規模の集団になる。
単純に一般兵二千人規模ということは、三個大隊弱の耐久力があると言える。
「でも打たれ強いだけで、速度やパワーはA+級の魔獣程度だな!」
「ちょっと待って! たぶんこの天使、時間稼ぎ用に耐久力に全振りしてるんじゃないの? 」
やや安どの色を浮かべて叫んだグライフに対し、いつでも魔法による回復を行えるよう待機していたウィンが叫んだ。
『…………』
ウィンの言葉に一行はそれぞれ思考を巡らせる。
そして攻撃を連続で繰り出しながら、焦った表情でディアーナが叫ぶ。
「急がないと、アレッサンドロが邪神側の魔神になっちゃいます!!」
その指摘にその場の全員がイヤそうな顔を浮かべた。
デボラ イメージ画(aipictors使用)
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