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02.お伽話みたいな単語


 ニナとサラとアンの三人は誘い合って朝食を寮の食堂で食べた後、そのまま流れでアンの部屋を訪ねていた。


 アンの部屋は片付いていて、寮に据え置きの家具類はそのまま使われていた。


 だがカーテンであるとかベッドのカバー、そして椅子のクッション類には、ピンク色をベースにした女の子らしい可愛らしい柄の布地のものが使われている。


 そしてアンはマジックバッグから椅子とローテーブルを取り出して、サラとニナを座らせた。


 共用の給湯室でハーブティーを淹れて三人で飲みながら、他愛ない話をして過ごす。


 美術部の話などをして平和に過ごせていたのだが、ある瞬間に神気がどこかから発せられたのを三人とも気付いた。


「これは、なに?」


「何や……、教会とかで神官さんらが出したはる気配に似とぉやん。神気やろ」


「そうじゃな、ちょっと待つのじゃ」


 戸惑うアンとサラを横目にニナは意識を集中させ、周辺の環境魔力を探る。


 すると神気が発せられている方向にある王都の中央広場付近に、異様な勢いで環境魔力が集中している場所があることに気付く。


 だがニナとしても自身の知識の中にそのような現象は無く、何が起きているかは判別がつかなかった。


「ふむ、王都の中央広場のあたりで、恐ろしい勢いで環境魔力を吸い上げている現象が起きておるのう。丁度、神気が出ておる方角じゃな」


「何が起きとるん?」


「知らんのじゃ。しかし十中八九妙なことじゃろうのう」


「みょうなこと?」


「うむ。一人の人間で集めるには多すぎる環境魔力が流れ込んでおるのじゃ。革袋に水を注いでも、入る量は決まっておるのじゃ。それを超えて環境魔力を集めておると言うことは、妙な魔道具でも発動したか、あるいは……」


「キャアアアアアア!」


 サラやアンの問いにニナが応えているところに、突然女子の悲鳴が寮内のどこかから聞こえた。


「え、どしたん?」


「ケンカとかかな?」


 眉を顰めるサラとアンだったが、反射的に周辺の気配を探っていたニナが告げる。


「ふむ、妙なものが湧いておるのう。精神生命体のたぐいじゃろう」


「さっきから何なん? 精神生命体って何やニナちゃん?」


「そうじゃのう、……甘い香りでも漂いそうな気配は妖精とかなのじゃが違うのじゃ。悪魔とかならもっとこう、苦いというかいがらっぽいのう。恐らくこの柑橘系の感じを思わせる、妙に酸っぱそうな何かを想起させる気配は天使だと思うのじゃ」


 何やら味覚に例えながらニナは椅子から立ち上がり、アンの部屋の床の上にしゃがみ込んで床に両手をついた。


「天使って酸っぱいの?」


「感覚的な話じゃ。べつに妾も天使や悪魔や妖精を食したことは無いのでのう」


 表情に疑問を浮かべつつアンが訊くが、ニナが不敵に微笑みつつ応える。


 その様子をサラが怪訝に感じる。


「ところでニナちゃん、しゃがみ込んでどしたん?」


「うむ。天使が暴れ出す前に退治しようかと思ってのう。移動が面倒じゃし、ここから攻撃するのじゃ」


「どういうこと?」


 次の瞬間ニナから闇属性魔力が走り、天使が出現した部屋では天井と床と壁から昏い魔力の刃が出現した。


 その刃は刈葦流(タッリアーレレカンネ)遍刃(へんじん)という技で、本来は身体の手足などに大鎌の刃を生やして手数を増やすのに使ったりする。


 だがニナは魔力が届く範囲ならどこでも刃を生成できるので、距離があっても切断を行うことが可能だった。


 ニナが生成した闇属性魔力による大鎌の刃は、悲鳴を上げる女子生徒と、彼女を見に来た寮生たちの前で天使を一瞬で解体して床に転がした。


「いやああああああ!」


『ぎゃああああああ!』


 アンの部屋でニナを見ながら、今度は微妙に叫び声の種類が変わった悲鳴を耳にして、サラが訊いた。


「……もしかしてここから攻撃して、天使がスプラッタな感じになっとるん?」


「え、スプラッタなのニナちゃん?!」


「ん? 大丈夫じゃろう。精神生命体の魔獣は血液ではなく魔力で動くゆえ、血をばらまいて床に転がるようなことは無いはずじゃ」


「そ、そうなんや……」


「もしかして、床には転がったの?」


 アンが真っすぐな視線でニナに問うが、ニナは少し考える。


「分からぬが、天使の気配は消えたのじゃ。仮に妾の攻撃でバラバラになったとしても、精神生命体は活動できなくなると環境魔力へと分解されるのじゃ」


「「へ~」」


「まあ、残るとしても羽根の数本ぐらいじゃろうのう。それよりも、ここにおるよりは、食堂に向かった方が良いと思うのじゃ」


「うん、分かったわ」


「そうやね。寮生で集まったほうがええかも知れんね」


 三人は頷いてからアンの部屋を出て、揃って寮の食堂に向かった。




 あたしはデイブとブリタニーに説明を終えると、これから確保する人物がいる場所を二人に説明した。


「――ということで薬神さまによれば、貧民街に転移の魔道具の対になる魔道具を持って待機しているみたいなの」


「なるほど、あの仮面の野郎の関係者を押さえるのか」


「衛兵に突き出すわけじゃなくて、そいつを巫女にするんだね?」


 ブリタニーに訊かれるものの、あたしは一瞬考えてしまう。


 あたし的にも捕まえた方がいいような気もするんだけど、ソフィエンタの指示では違うみたいなんだよな。


「細かい話はまたするけど、仮面の男を新しい神にしようとしてる連中が邪神て言われてる神々で、薬神さまとか主要な神々の敵なんだって」


「「邪神かあ~」」


 あたしの口から飛び出したお伽話みたいな単語に、デイブとブリタニーは嘆息する。


 いきなり邪神がどうこう言われても、普通の生活をしてる人間には困るよね。


「で、仮面の男を邪神群の仲間にしないために、元から仲間だった人間を巫女にして説得するって作戦みたい」


「情に訴えるってことか。分かりやすくていいじゃねえか」


「邪神に邪神群ねえ。神さまの世界も色々あるんだろうね」


 デイブとブリタニーはそれぞれに考え込むが、直ぐに表情を変える。


「とりあえずそこまで分かったら十分だお嬢。気配を多少残した状態で、全力で向かってくれりゃあいい」


「ああ、デイブと私はあんたに張り付いてるから、標的の居るポイントの近くまで先ず行こう」


「分かったわ」


 あたしは頷いてから右拳を出すと、二人は不敵に笑いながらグータッチしてくれた。


 次の瞬間あたしは内在魔力を循環させてチャクラを開き、少し気配を残した状態で気配遮断を行って、冒険者ギルドの屋上から王都の屋根を駆けた。


 いつも一人で移動している時は見慣れた風景だけれど、全力で走るあたしの視界を凄い勢いで王都の街並みが流れていく。


 屋根の上を移動して直線距離で走って行くけど、あたしから離れることなくデイブとブリタニーの気配が追ってきている。


 この二人の気配は王国の暗部の人たちに比べて格段に読みにくい遮断をしているけど、こういう状況だと頼もしく感じてくるのは不思議だ。


 やがてあたし達は数分で貧民街に入り、目的の建物が見える屋根の上に辿り着いた。


 あたしが右手を軽く上げて停止を促すと、デイブが話しかけてきた。


「マトはあれか」


「うん、間違いないわ」


 あたし達の視線の先にあるのは石造りの廃墟のような建物で、かろうじて読める朽ちた看板には酒場の名前が書かれている。


 ソフィエンタから説明を受けたとき、対象の人物の外見や潜伏先の情報は画像情報として頭の中で見せてもらった。


「罠とかそういうのはあるのかねえ」


「おれなら仕掛けるな。ここには広場から魔道具で転移してくるんだろ? 引き払うときに解除して出ればいいし」


 ブリタニーとデイブが侵入経路の検討を始めたようだ。


 罠は確かにあるかも知れないな。


「ちょっと待って、薬神さまに調べてもらえないか聞いてみる」


「ああ」


「あいよ」


 あたしは頭の中でソフィエンタを呼び出すように念じると、直ぐに念話で返事があった。


 周囲の動きは止まっているので、また一瞬で会話するつもりなんだろう。


「呼んだかしらウィン?」


「うん。ソフィエンタ、いま目標の建物の斜め向かいに居るんだけど、侵入するのに罠はあるかしら?」


「ああ、ちょっと待ってね……。結構あるわね。間取りの情報と一緒に送るわ」


「ありがとう。取りあえず今はそれだけよ」


「分かったわ、気を付けなさい」


 あたし達が念話を終えると直ぐに周囲に動きがもどる。


「確認したわ。一階部分は表口も裏口も入り口周りには魔法の罠がたっぷりあるわ。間取りは幅と奥行きはここから見えるサイズだけど、一階が二部屋で二階も二部屋ね。階段で上り下りできるけど、階段の上り口と下り口付近も魔法の罠が仕掛けてある」


 剣や矢を使う物理的な罠とか、魔道具を使うような罠は無いみたいだ。


 たぶん魔法にした方が、敷設した人にとって解除がしやすいのかも知れないけれど。


「罠の種類は分かるかい?」


「【麻痺(パラライズ)】で徐々に麻痺させるタイプだけみたい」


 ブリタニーに応えるが、とくに表情も変えずに彼女は頷く。


「それで、肝心の標的は?」


「建物二階の道路側の手前の部屋ね。部屋の中央の床に転移の魔道具の対になる奴を置いて、本人は窓の脇で道路を背にして椅子に座ってるみたい」


 デイブに問われてあたしは応えた。


 二人は件の建物に視線を向けるが、「他に気配がねえが、一人しかいないか」などとデイブが呟く。


「それで、どうする?」


 あたしが訊くとデイブが応える。


「両隣の廃屋も二階建てだし、そっちに罠が無いようなら壁を斬って侵入する。お嬢が標的に触れれば、薬神さまが何とかしてくれるんだろ?」


「そうね。あたしは触れるだけよ。両隣の建物に罠があるか、薬神さまに訊いてみるわ」


 あたしの言葉に二人が頷く。


 ソフィエンタに確認したところ、罠は対象が居る建物にしか設置されていないらしい。


 それを告げるとデイブは破顔した。


「了解だ。しかしまあ、なんつうか神さまが依頼主だとラクでいいな」


「あんまり楽なのも考え物だけどね」


「でも、あたし的にはラクは正義だと思うわ」


 あたしの言葉にデイブとブリタニーは微笑んだ。



挿絵(By みてみん)

ニナ イメージ画(aipictors使用)




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